医学界新聞

 

《連載全3回》

リハビリテーション・ルネッサンス

第1回「生活」・「人生」全体の向上をはかる医学

大川弥生 (国立長寿医療研究センター老人ケア研究部長/医学博士)


 リハビリテーション(以下,リハと略す)は,今大きく変わりつつある。
 例えば,今年3月の介護保険の報酬改定ではリハに関する新しい施策が多数設けられた。また6月の高齢者介護研究会(厚労省,座長:堀田力氏)の報告書「2015年の高齢者介護――高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて」は,今後のわが国の介護のあるべき姿を提言する中で,リハへの大きな期待を表明するとともに,その現状については厳しい苦言を呈した。
 そしてその提言を受けるかたちで7月に「高齢者リハビリテーション研究会」(厚労省,座長:上田敏氏)が設けられ,高齢者リハのあり方全体についての根本的な検討が進行中である(筆者もその一員となった)。
 これらは,より大きな底流としての「リハビリテーション・ルネッサンス」,すなわちリハの原点(初心)にたちもどって新しく出発しようとする動きのあらわれともいえよう。
 本来リハとは患者・障害者の「人間らしく生きる権利の回復」,すなわち生活・人生の再建・向上を目指すものであった。しかし,いつからか「リハは機能回復訓練」という誤解の横行を許すものに変質してしまった。そして今やその原点への復帰が新しい姿をとって花開く時を迎えたということである。

全人間的復権としてのリハビリテーション

 「リハビリテーションとは全人間的復権(人間らしく生きる権利の回復)」と初めていわれたのは,筆者の恩師の上田敏氏である。障害(生活・人生上の不自由・不利益)を持つことは人間らしく生きることの妨げになりやすく,その解決,すなわち最良の生活と人生の実現がリハなのである。わが国の障害者施策の基本である障害者基本計画においても,また先に述べた高齢者介護研究会報告でも,リハの理念は「全人間的復権」であると明確にうたわれている。
 そもそも「リハビリテーション」とは権利や名誉の回復という意味の一般用語であり,例えばジャンヌ・ダルクが宗教裁判で魔女として処刑された後に,その破門が取り消され人間としての名誉が回復されたことも「ジャンヌ・ダルクのリハビリテーション」と呼ばれている。
 いいかえれば,リハは「尊厳」の回復である。個人の尊厳の重視は今後の医療全体で重要である。また先に述べた高齢者介護研究会報告書でも,高齢者介護の理念は「高齢者の尊厳」の保持・向上であると明確にうたわれている。

「全人間的にみる」ためのICF

 全人間的な復権,あるいは全人間的な尊厳の回復を本当に実現しようとする場合にまず必要なのは,患者・障害者を「全人間的にみる」ことである。「全人間的にみる」とは心身機能だけでなく生活・人生をみることを意味する。ここで大きな力を発揮するのがICF(International Classification of Functioning, Disability and Health:国際生活機能分類;2001年,WHO)の生活機能構造モデルである()。

 生活機能(functioning)とは,「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3つのレベル(階層)のすべてを含む包括概念である。すなわち,「生命・生物(心身機能の働き・構造)」(例:筋力低下,片麻痺)レベルだけでなく「生活」(例:ADL・日常生活活動,家事)「人生」(例:家庭での役割,社会参加)という,人が「生きる」ことの3つのレベル全体を総合的にとらえている。
 そして生活機能のマイナス面の包括概念が障害であり,生活機能の3つのレベルに対応して「機能障害」・「活動制限」・「参加制約」の3つのレベルからなる。
 ICFの生活機能構造モデルにはさらに,生活機能に影響する「健康状態」(病気だけでなく加齢,ストレス,妊娠などを含む),また背景因子である「環境因子」と「個人因子」が加わる。そして,生活機能の各レベルとそれらすべてが相互に関係しあうものであり,ひとりの人間を全人間的に把握するモデルを提供している。
 この「環境因子」は,障害の発生には個人の持つ心身の特徴だけでなく環境の影響が大きいとの認識にたって導入されたものであり,物的環境だけでなく,家族,介護者などの人的な環境,社会的な制度さらに法制度,行政や医療などの各種のサービスなどの社会的環境を含む非常に広いものである。

障害のある人にかかわる職種間の「共通言語」としてのICF

 ICFの第一の目的は,障害のある人に関係するすべての人々の「共通言語」の確立である。すなわちリハ医療だけでなく医療一般,また介護や福祉などを含め障害に関与する専門家の間の,そして専門家と利用者本人・家族との間の共通言語であり,そのため用語も一般の人々が用いることを前提としている。
 ICFは1980年の国際障害分類(ICIDH)に根本的な改定を加え,障害というマイナス面だけでなくプラスの面を重視し,“生活機能”という新しい概念を打ち出した。ICFは障害観・障害者観の根本的転換を迫るものであり,その背景には,ICIDH以来の20余年間における,リハ医療の進歩を含めた障害および障害者をめぐるさまざまな状況や意識の変化がある。
 ICFは,ICD(国際疾病分類)のように分類が主なのではなく,生活機能構造モデルのもとにひとりの人間を総合的に,しかもプラス面を重視しつつみるものである。「共通言語」としても,このような見方を共通に持つことが大事である。

機能障害の回復と「活動」の向上は互いに独立

 ICFモデルで重要なのは,各要素が影響しあっている「相互依存性」があるとともに,「相対的独立性」があることである。
 マイナスである障害の発生の因果関係としては,まず健康状態から心身機能の障害(「機能障害」)が生じ,そこから「活動制限」,そして「参加制約」が生じてくる。そのためこれらの問題,すなわち障害の解決にあたっても,この因果関係を重視して,機能障害の回復以外には「活動」「参加」の問題解決の方法はないと考えがちである。
 しかし,プラスを増やすことを基本とするのがリハであり,このプラスの発生・向上には「相対的独立性」を活用することが大事である。後に詳しく述べる「活動向上訓練」のように活動に直接働きかけてそれを向上させることは,短期間で大きな効果をあげるものであり,リハの非常に有力な手段である。また早期の「活動」向上は機能回復をも促進する。

「生活」・「人生」を重視するリハビリテーションとは

 他の臨床医学と異なるリハの最大の特徴である「生活」・「人生」の向上を最重要視するとは,具体的には次のような点である。
1)ADLをはじめとする「活動」の重視
 医療の中で生活をみる概念として最も普及しているのは,ADL(Activities of Daily Living:日常生活活動)であろう。このADLはリハ医学の中で生まれた概念であることを知ると驚かれる方も多い。ADLの概念はニューヨークの障害児・者研究所で,ディーヴァーとブラウンによって生み出され,1945年に発表され,1947年のリハ医学独立(アメリカ専門医制発足)の推進力になった。
 ICFではADLだけでなく,家事,職業,社会生活,余暇活動などにわたる多様な生活行為が「活動」の概念で捉えられている。こうしたさまざまな「活動」(生活行為)の具体的なあり方が生活であり,「活動」の向上こそがリハにおける「生活」の再建・向上にほかならない。
2)「人生」の具体像が「生活」
 人生(「参加」)とは,1日中の1つひとつの生活行為(「活動」)の積み重ねで成り立っている。すなわち人生の具体像が生活である。そのため人生をよりよくするとはどのような「活動」の,どのようなやり方が必要かを考え,それを獲得することである。
3)「活動」向上訓練は専門性の高い技術
 現在のリハの問題点の1つとして,ADLをはじめとする「活動」の見方(評価・診断)およびそれらを向上させることは専門性に乏しく,患者本人や家族の工夫で十分に可能なものと考えられがちなことがある。特にADLに関しては健常人ならば幼時期に習得して,通常は方法・手順についてはほとんど無意識のうちに実行しているものであるため,非常に容易なものと考えられやすいのかもしれない。また活動向上訓練が,身体運動学,応用運動学,運動障害学などにもとづいた極めて専門的な技術であることの認識が不十分なことがある。
 身体の一部に機能障害を負った状態では,従来習得した方法・手順では「活動」は困難になる。しかし専門的な知識と技術にもとづく適切な指導によって,方法・手順(姿勢のとり方,場・用具の活用の仕方を含む)を新たに習得すれば,機能障害自体が不変,あるいはわずかな改善しかない場合でも,「活動」は飛躍的に向上しうる。
 「活動」向上訓練の効果は極めて短時間・短期間にあらわれるものであり,その効果は,患者・家族にもすぐにわかるため,専門家としては非常にやりがいがある。その一方,自分自身の技量がすぐに明らかになるので,ある面では怖いものでもある。理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・言語聴覚士(ST)にも「活動」向上訓練を軽視し,看護師にゆだねてよいと考える傾向がないわけではない。しかし,これは大きな誤りである。「活動」向上訓練は高い専門的な技術を要するもので,PT・OT・STの果たす役割がきわめて大きいのである。

すべての医療で「生活」・「人生」の尊重を

 以上「リハビリテーション・ルネッサンス」の基本点を述べた。病気だけでなく,「生活」・「人生」のすべてを尊重し,「全人間的」な向上をはかる」ということはリハだけでなく慢性疾患時代,また高齢社会におけるすべての医療に求められることである。その意味でICFは今後ますます広い医学分野で活用されていくと期待される。またその際リハの考え方と技術には大きく役立つ面があると思われる。
 次回以降はより具体的なポイントについて述べていきたい。




大川弥生氏
 1982年,久留米大学院医学研究科修了。東大リハ部助手,帝京大講師・助教授を経て,1997年より現職。著著に『目標指向的介護の理論と実際――本当のリハビリテーションとともに築く介護』(中央法規)など。