医学界新聞

 

SARSから得た教訓,国際保健の課題

第44回日本熱帯医学会・第18回日本国際保健医療学会
合同大会開催される


 第44回日本熱帯医学会・第18回日本国際保健医療学会合同大会が,吉村健清合同大会会長(産業医大)のもと,さる10月10-12日の3日間にわたり,北九州市の北九州国際会議場において,「国際保健からみた地域開発-熱帯医学における学際的アプローチ」をテーマに開催された。両学会の合同大会開催は1999年に続いて2度目となるが,同一会長のもとでの開催は初めて。  本大会では,注目を集めるSARSに関する講演や,旅行医学についても話題に取り上げられた他,国際保健医療協力の分野においては,援助対象国を9つの地域別に分けそれぞれの地域ごとに議論しあうワークショップが企画されるなど,合同学会にふさわしいバラエティに富んだ内容となった。(関連記事


SARS対策の最前線から

 基調講演「国際保健医療協力の現場より-SARS制圧対策を振り返って」(WHO西太平洋地域事務局長 尾身茂氏)では,WHO専門官であった,故・Carlo Urbani氏によってSARSのアウトブレイクが最初に報告された時点から制圧までの経過を,尾身氏自身の対面した出来事を含めながら概説した。
 WHOのCase Definitions(38℃より高い発熱,咳または呼吸困難,10日以内の感染曝露暦の3項目が認められたうえ,肺炎またはRespiratory Distress Syndrome=RDSの所見が見られた場合,SARSと判断するとした基準)では,sensitivityを重視し,偽陽性が多くなろうとも,患者を見逃さないことを第一にするという方針を採ったと説明。ところが,実際にはトロントやシンガポールで患者の見逃しがあったことなどから,診断キットが開発されていない状況で出されたCase Difinitionsには限界があったとも述べた。
 さらに,国際レベルでの防疫体制についても言及。感染地域となった国には,義務として国外渡航者へのスクリーニングを実施してもらったとする一方,「その他のすべての国で入国時にスクリーニングを実施することは,実際には難しい」と述べ,あくまで感染地域から感染者を出さないための対策が現実的であることを強調。リソースに余裕がある国については,任意で入国時スクリーニングを推奨したと説明した。
 渡航延期勧告については,Global Alart後にも感染者が増加し続け,病院内から地域へと感染が拡大していったことを受けて,特定の地域において感染者が増加しすぎた場合に,勧告を行なったと説明した。
 さらに氏は,情報開示や,WHO専門官の派遣問題をめぐって交渉が難航した中国政府とのやり取りについても紹介したが,方針転換後の中国政府は他のどの国よりも積極的に感染対策や情報公開に努めたとし,その姿勢を評価した。

SARSが残した教訓

 氏は,さまざまな困難があったにもかかわらず事態を収束させることができた要因として,各国政府の徹底した検疫・隔離・接触者調査,疫学・基礎研究・行政組織の国際的協調,マスコミの高い関心と適切な情報の取り扱い,の3点をあげた。また,得られた教訓として,先端医学偏重の時代にあって改めて認識された感染症対策の重要性と,正しい情報提供を行なわなければ国際的な混乱が起こるといった意味で,情報開示の重要性が認識された点をあげた。
 今後のSARS対策への課題としては,検査方法の確立,ウイルス起源の探求,感染症監視体制の強化,国際社会における情報共有の4点をあげ,また,今回起こった中国における情報開示の問題を鑑みて,今後世界中で発生した公衆衛生にかかわる重大な出来事は,すべてWHOに報告することとしたWHO地域委員会の決議を紹介し,講演を締めくくった。

国際保健医療協力の課題

 シンポジウム1「21世紀の国際保健医療協力をそれぞれの立場から語る」(座長=長崎大 嶋田雅暁氏,東大 神馬征峰氏)では,国井修氏(外務省),橋本章氏(JICA),藤崎智子氏(HANDS),太田伸生氏(名古屋市大),徳永瑞子氏(長崎大)の6名の演者が登壇し,それぞれの立場からこれからの国際保健医療の課題をあげ,議論した。
 この中でODA実施機関の立場から橋本氏は,本(2003)年8月に改定されたODA大綱で,その目的の中に「わが国の安全と繁栄を確保し,国民の利益を増進する」という言葉が含まれたことに言及。これを受けてJICAは,国際協力への国民参加の拡大を求めていく方針であるとし,すでにJICA人材センター(http://partner.jica.go.jp)において,人材を求める側と国際協力に参加意思のある人材との間をつなぐ活動を進めていると紹介した。また,今後の保健医療協力評価の問題点については,評価基準をどこに置くか,技術移転を通じて得られた信頼関係や相互理解をどのように評価するか,の2点をあげた。
 また,NGOの立場から発言した藤崎氏は,NGOの特質からみた,国際保健における貢献の可能性として,多様性,柔軟性,当事者の声を伝える,政策提言,国内へのフィードバックといった項目をあげ,さらに今後への課題として,(1)「医療」ではなく「健康」を当事者の目線でみて,支援手法の正当性や効果を客観的に示す責任能力,(2)幅広い専門性を持ち,活動にかかわる人材にとって魅力ある場となり人材を確保する,(3)継続的に責任ある活動を可能とするための組織強化,の3点をあげた。

国際協力における日本の存在感

 すべてのシンポジストが登壇したディスカッションでは会場内から,国際会議の場に日本からの参加者がない,もしくは参加しても発言力がないといった問題提起があり,これに対して国井氏は,「資金を出しても専門性のある人材が会議に出席しなければ,日本の存在感は出せない」と指摘。解決のための方向性として,JICAに専門性のある人材を多く入れ,積極的に国際プログラムに発言していく機会をつくるべきとの意見を述べた。
 この問題については,国際保健医療の分野において世界的に活躍したコメンテーターを集めたフォーラム「世界の公衆衛生に貢献した日本人先駆者たち-次世代へのメッセージ」(座長=東大 若井晋氏,コメンテーター=エイズ予防財団 島尾忠男氏,国際保健医療交流センター 蟻田功氏,日本赤十字九州国際看護大 喜多悦子氏,東邦大名誉教授 入江實氏)でも話題に上った。世界天然痘根絶対策本部長として天然痘撲滅を果たした蟻田氏は,国際保健医療協力に取り組む際の心構えとして,「自分の好きなこと,得意なことを,WHOを使ってやるという考え方が大切」と強調。そのうえで「『言いたいことを言う』気持ちを持って会議に臨むくらいで欧米と同じレベルになる」と指摘。国際的な場で日本の発言力を強めていくために必要な姿勢を示した(本フォーラムの詳細については,雑誌「公衆衛生」(弊社刊)の2004年2,3月号で紹介予定)。




今こそ熱帯医学,国際保健医療学に関心を

――吉村健清合同大会会長に聞く


SARSをきっかけに高まる関心

――国境を越えて広がりをみせる感染症が,改めて関心を集めています。
吉村 交通の発達によって,国境を越えた人の行き来が大変スピードを上げています。これは,感染症の伝播もあっという間に起こることを意味します。私たちは,戦争を予防するのと同じように,こうした疾患についても関心を持ち,予防に向けた対策を考えなくてはいけません。
 SARSが大きな問題になりましたが,こういった疾患への対策は,普段からしておかなくてはいけないことです。いざ感染症が入ってきた時,診療することができないという状況は問題があります。いまや未知の感染症の侵入も日常茶飯事と認識する必要があります。熱帯医学や国際保健医療学に関心のある方々は,すでに理解しているものと思われますが,一般の医療関係者,行政の方々にも普段から目を向けていただきたいと思います。
 SARS問題が引き金となってこのような部分の認識はだいぶ変わりました。今回,日本は幸運にも患者発生を防ぐことができましたが,これで今後も大丈夫というわけではありません。がんや生活習慣病とは異なり,発生してからの迅速な危機管理体制が大切なのです。

「情けは人のためならず」

吉村 世界中で年に1回くらい,新しい感染症のアウトブレイクがあります。こうしたアウトブレイクはもちろんアフリカでも起こりますが,人口や人口密度を考えれば,経済的問題への影響などは,アジアで起こるものが重大です。日本はそのすぐ近くにあるのですから,特にその時のための準備を考えなくてはなりません。
 日本はWHOの健康指標を考えれば世界でトップの健康国です。内部を見ればいろいろと問題があるとしても,他の国から見れば日本はさまざまな健康の問題を克服してきた国です。ところが,隣接する中国,東南アジアや南アジアといった国々を見ると,必ずしもまだ健康問題への対策は十分に整備されていません。アジアで大きな健康問題が起これば,経済的打撃はすぐに日本にもやってきます。健康面だけでなく,トータルな意味で影響があるわけです。
 確かに,昔に比べて技術が進み,病原体の解明などのスピードは上がっておりますが,例えばSARSを考えてみても,数か月の期間でもたらされたアジア各国への経済的打撃は大変なものでした。日本の企業も大きな打撃を受けました。日本は,国内での対策はもちろんのこと,健康への対策が不十分な,隣接する諸国への援助を通して,健康問題の発生を根本から予防し,日本自身の経済的,健康的問題を防ぐという意識も必要だと考えます。まさに国際貢献とは,途上国に対して「してあげているもの」ではなく,自分たち自身の国を守る意味でもなされているという認識を持っていただければと思います。
――ありがとうございました。