医学界新聞

 

がん基礎研究の最前線から臨床へ

第62回日本癌学会開催


 さる9月25-27日の3日間にわたり,第62回日本癌学会が富永祐民会長(愛知県がんセンター名誉総長)のもと,名古屋市の名古屋国際会議場において開催された。「がん研究:基礎から臨床へ」をテーマとする今回は,診断・治療・予防といった臨床の場に,がん基礎研究の成果がもたらす可能性について,最新の知見が報告された。


■SNP研究によるオーダーメイド医療

ヒトゲノムから個人のゲノムへ

 現在,がん細胞における遺伝子発現や患者自身の遺伝子情報を解析することにより,患者個別的な治療や予後を予測する方法が開発されつつある。特に大規模なSNP(single nucleotide polymorphism:一塩基多型)の解析は,患者自身の遺伝子情報に基づき,抗がん剤や分子標的治療薬の治療効果を予測し,副作用を回避する可能性を持っている。シンポジウム「オーダーメイド医療の現況と展望」(座長=東大 鶴尾隆氏,愛知県がんセンター 高橋隆氏)では,これらオーダーメイド医療の実現に向けての最新の研究成果が報告された。
 村松正明氏(東医歯大)は「がんの発症には遺伝子と環境の両要因が複雑にかかわっており,遺伝子を追究するのみでは明らかにならない」と述べ,環境因子への曝露がないと遺伝子の効果は現れないことを指摘した。そして,SNP研究に代表されるゲノム解析を取り入れた新しい疫学研究「ゲノム疫学」を提言。「遺伝子と違い,ライフスタイルと密接に関係する環境因子をどうモニタリングしていくかが課題だが,こうした研究によって疾患発症に関連する遺伝子と環境因子の交互作用が明らかになっていくだろう」と述べた。
 関根章博氏(理研)は「日本におけるSNPs解析戦略の実際」と題し,日本人におけるSNP解析,および国際ハプロタイププロジェクトでの取り組みを紹介した。また,すでに日本人一般集団における薬剤の代謝酵素遺伝子や受容体遺伝子に関するハプロタイプ地図が完成しており,これは薬剤応答性における個人差についての研究の重要な基盤となる。氏は,「これまで1つの遺伝子あるいは分子を通してがんを研究していたが,ゲノムの情報が充実してくることによって,その全貌を網羅的にみていくことが可能となった」と述べ,今後の可能性を示唆した。

予後と薬剤感受性の予測が可能に

 続いて,それぞれの疾患におけるオーダーメイド医療の取り組みとして,座長の高橋氏,間野博行氏(自治医大),野口眞三郎氏(阪大)が講演を行なった。
 高橋氏は「肺がんはわが国におけるがん死亡原因のトップであり,依然として難治がんであるにもかかわらず,その死亡者数は増加傾向にある」と述べ,肺がん外科手術後の予後予測モデルの開発について説明した。これは原発性肺がん外科手術症例において遺伝子発現解析を行ない,患者の予後との関連性を調べたもの。さまざまな患者における肺がんの遺伝子発現を調べて構築されたデータベースを基に,最終的には遺伝子発現パターンからその患者の肺がんの予後,薬剤感受性を予測することが可能になる。
 間野氏は白血病などの特発性血液疾患の多くが造血幹細胞の異常に起因することに着目,「数多くの患者より採取した細胞を保存し,DNAチップ解析を行なうことで,より正確なゲノミクス解析が期待される」と述べた。氏は実際に400症例以上の造血幹細胞バンク「Blast Bank」を立ち上げており,慢性骨髄性白血病(CML)において,DNAチップ解析により病期によって遺伝子発現パターンが異なることがわかったと報告,病期進行機構の解明や,新たな分子標的マーカーの同定の可能性を示唆した。
 野口氏は「乳がんの予防と治療の個別化戦略」と題し,乳がん罹患リスクの遺伝子診断について紹介した。この方法では患者のエストロゲンの合成・代謝にかかわる遺伝子を調べ,乳がん罹患リスクの高い遺伝子型かどうかを診断する。「遺伝子診断を乳がん診療に導入することによって,従来の画像診断や病理診断ではわからなかったことがわかるようになる」と述べ,「今後さらに遺伝子発現解析が進めば,予後および薬剤感受性を考慮した的確な治療を実践することができる」と指摘した。

がんペプチドワクチン

 最後に登壇した伊東恭悟氏(久留米大)は,現在第II相試験にあるがんペプチドワクチンについて報告した。これは上皮性がんにおいてCTL(細胞障害性T細胞)が標的とするペプチドを患者に投与し,がんに対して特異的な免疫誘導をするもので,患者のCTLのタイプに応じて投与するペプチドが異なることからテーラーメイド型がんペプチドワクチンと呼ばれる。氏は「第I相試験ではスキルス胃がん,子宮頸がん,再燃前立腺がんにおいて有効であることが確認され,特に再燃前立腺がんでは第II相試験でも良好な成績が得られつつある」と述べた。また,医薬品承認にむけて「ペプチド単独での抗腫瘍効果20%以上の成績」,「他剤併用の申請」をあげ,2004年に予定されている後期第II相試験への課題とした。

■生活習慣改善と化学予防

基礎と臨床の橋渡し

 パネルディスカッション「発がん研究から予防の実践へ」(座長=富永祐民氏)では,基礎から臨床へのトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)を目的とし,それぞれの分野の演者が,がん予防に対する提言を行なった。
 最初に登壇した黒木登志夫氏(岐阜大)は発がんの原因として食事,喫煙をあげ,特に栄養状態の変化による欧米型がんの増加を指摘した。福島昭治氏(大阪市大)は動物実験におけるがん化学予防研究について講演,「発がんリスクの遺伝子レベルの解析」,「発がん物質同定のための動物発がんモデルの開発」,「遺伝子改変動物を用いての化学予防物質の研究」を課題としてあげた。そして「動物発がん実験はがん1次予防の1つの柱であり,化学予防物質の開発と臨床応用への出発点となる」と述べた。
 続いて森脇久隆氏(岐阜大)は,「化学療法とはがん細胞の代謝を阻害して殺すことであり,化学予防とはがんになる可能性の細胞を生理学的手法によって抑えることである」という言葉を紹介,肝がんのハイリスク群を対象にした非環式レチノイドによる化学予防について説明した。

禁煙に対するアプローチ

 27日に行なわれた総会において日本癌学会は「禁煙宣言」を採択した。大島明氏(大阪府立成人病センター)はこの実現に取り組んできた1人であり,疫学の立場から発がん原因としての喫煙の害を強調,「わが国における喫煙に関する疫学研究は優れており,禁煙支援や受動喫煙防止プログラムの開発研究も行なわれているが,その成果がタバコ・コントロールの推進につながっていない」と指摘した。また,2002年から実施されているC型肝炎検診による肝がん予防については,「単にキャリアの発見にとどまらず,市町村,保健所,専門医療機関がデータをシェアして,患者がもれなく治療を受けられるようにしなければならない」と述べた。
 垣添忠生氏(国立がんセンター)は現在行なわれているがん予防研究について,タモキシフェン,ラロキシフェンによる乳がん予防やポリプレノイン酸療法による肝がんの再発予防,ピロリ菌の除菌による胃がん予防を紹介した。そしてこれからのがん予防戦略として,「ハイリスク群を対象とし,データマネジメントセンターの設立が必要である」と述べて講演を締めくくった。