医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


「やった!」と快哉。排泄が学問の舞台へ

「排泄学」ことはじめ
排泄を考える会 著

《書 評》河邉香月(東京逓信病院長)

 送られてきた本を一読して,思わず「やった!」と快哉を叫んでしまった。実を言うと,私自身こういう本を書きたくてアイディアを温め続けてきたから,むしろ「やられた!」のほうが適切な言葉かもしれない。しかし,そんなジェラシーを払拭するほど,内容は洗練されている。

感慨深い「ことはじめ」

 私はもう40年も前に医学卒前教育を受け,1年間のインターンを経て,泌尿器科医になった。自分の不勉強もさることながら,排尿・排便に関する解剖学,生理学,および臨床医学を教え込まれた覚えはない。
 入局後の研究テーマとして尿失禁を選んだ時,恩師の高安先生は難色を示された。当然,学位の取りやすさ,研究のしやすさに配慮を示されたうえでのことで,感謝はしているが,学問としての“風”は排尿問題などに向かっていないとの判断はあったと思われる。
 その私が長らく排尿を研究し,定年退官の最終講義を「排尿障害ことはじめ」としたことには,運命の皮肉を感じている。ただ,私の場合の「ことはじめ」は,beginning of the endであって,この本はたぶんbeginning of the beginningなのであろう。ようやく排泄の問題も学問の舞台に登場したという,一種の感慨がある。

教科書にない難問にどうアプローチするか

 本書の著者代表の1人である本間之夫氏は長く排尿障害の専門家として,その病理,疫学,治療法,QOLなどに深く関与し,学問的にも多大な貢献をする一方,「排尿権」という言葉を創造し,排尿あるいは広く排泄の重要性を講演やマスコミを通じて訴えてこられた。排尿権とは「誰でも気持ちよく排尿する基本的人権」であり,医療従事者はこの権利を守る義務がある,とするユニークな理論を組み立てた。
 もう1人の著者代表である西村かおる氏は,看護師として早くから排泄の重要性に着目して英国に留学,コンチネンスアドバイザーの資格を得て,日本コンチネンス協会の創始者となった方である。
 この2人の独創的な著者を中心として出版されたゆえに,本書は斬新な内容に満ちている。巻頭の「理論編」は難しい理屈を廃して,無駄なく,以後の記述を理解するために必要な知識をまとめている。次の「事例編」にはこの本の特色がよく出ている。すなわち,医療,看護,あるいは介護といったそれぞれの分野で,教科書にはふつう載っていない複雑な症例に遭遇した時,どのようにアプローチし,どのように考えるかの道筋を提示している。

ディスカッションが臨場感にあふれている

 ここに載っている15の症例は,いずれも実際に経験されたもののようで,各科の専門医と,看護師,工業デザイナーなどを交えて詳しくディスカッションし,難問を解決するといった臨場感あふれる構成になっている。
 もちろんこれらのケースでは,一応のコンセンサスが得られたといっても,唯一の正解ではないことが多く,異論も収録されており,それはそれでヒントになることは間違いない。むしろ控えめに結論を導き出すテクニックが,この本と著者たちの特徴を出しており,一読の価値あるものとして,推薦するしだいである。
B5・頁208 定価(本体2,600円+税)医学書院


「口腔ケア」でのとまどいを解決してくれる

〈JJNスペシャルNo.73〉
これからの口腔ケア

鈴木俊夫,迫田綾子 編集

《書 評》長吉孝子(呉大教授・看護学)

口腔ケアは必要不可欠な援助

 これからの高齢社会では,看護師にとって「口腔ケア」は必要不可欠な援助であり,十分な知識が必要とされる。しかし,これまで看護基礎教育における「口腔ケア」は,歯科医療関係者の専門的役割と考えられたためだろうか,多くの看護技術の中で,必ずしもその扱いは大きくなかったように思う。
 また,「口腔ケア」についての知識を与えてくれる「本」はあったが,「口腔ケア」の実践に参考にできる部分は多くなかった。全体のほんの一部に収められていたわずかな知識で「口腔ケア」に対応してきたといっても過言ではない。
 今まで,「口腔ケア」の必要性をなんとなく理解し,義歯の手入れはこんなふうに,歯ブラシの使い方はこのようにと,知識というにはおこがましいような浅い知識で多くの患者さんに援助をしてきたような気がする。
 その結果,患者さんに対して満足な「口腔ケア」ができていないと思いつつ,また,適切な援助とはいえないだろうと感じつつ,そうしたケアしかできなかった。本書を前にして反省せざるを得ない。

あらゆる場面に配慮

 そんな看護師のための1冊と言える本書は,「口腔ケアはなぜ必要か」「知っておきたい口腔ケアの基本的知識」「口腔ケアのアセスメント,ケア計画,評価」「口腔ケアの基本」「口腔ケア応用篇」といった構成で,確実な知識で確実な援助ができることをめざしている。
 筆者が本書を手にした時,後半にあるオーラルリハビリテーションの項目がまず目についた。最近,老人保健施設において,脳血管障害の後遺症である発語障害に対する「舌」の運動訓練の効果について知ったが,その訓練方法も掲載されていたからである。そのため,この本は「口腔ケア」に関して網羅的に対応している,という実感をもって読みはじめた。
 例えば「口腔ケア応用篇」では,急性期の患者,癌の化学療法中の患者,さらに在宅での口腔ケアなど,さまざまな場面の「口腔ケア」において,看護援助として求められる内容が,わかりやすく解説されている。
 このほかにも,看護の視点に立った患者の見かたから,歯科の専門的な知識までが,日常のケアに応用できるような形で提供されており,口腔ケアにおける「どうしたらいいのだろう?」というとまどいを解決してくれる。
 かつてのような経験による援助ではなく,看護としての自信を持って,患者さんのニーズに適切に応える援助の指針ともなり得よう。
 看護師が必要とするあらゆる場面に配慮した内容であり,「口腔ケア」を行なおうとする時にすぐに役立つ本である。
AB判・頁190 定価(本体2,200円+税)医学書院


本邦初。ヘルスプロモーション評価の実用書

ヘルスプロモーションの評価
成果につながる5つのステップ
Penelope Hawe/Deirdre Degeling/Jane Hall 著
鳩野洋子,曽根智史 訳

《書 評》中原俊隆(京大教授・公衆衛生学)

ヘルスプロモーションの先進国から

 本書は,シドニー大学公衆衛生学部に在籍していたPenelope Hawe氏らの著書「Evaluating Health Promotion; A Health Worker's Guide」を翻訳したものである。わが国ではあまり知られていないが,オーストラリアでは,国民の健康に対する関心がたいへん高く,各州政府をはじめ,さまざまな団体によって,先進的なヘルスプロモーション活動が実施されている。原書は,1990年の発行以来,ヘルスプロモーションの立案・評価の教科書として,オーストラリア国内の公衆衛生大学院(School of Public Health)をはじめ,保健医療分野の関係者の間で広く読まれ,活用されている。本書はその前半の総論・理論編を訳出したものであり,後半の手法編は類書も豊富とのことで割愛されている。
 本書では,ヘルスプロモーション活動の立案から評価まで,5つのステップに分けて具体的なポイントを丁寧に解説しているのが最大の特徴である。第1章は,まずプログラムをはじめる前に,評価とは何か,なぜ行なわなければならないのかをきちんと考えることの重要性を述べている。そのうえで,第2章では,ステップ1として「ニーズアセスメント」をどのように行なうべきかを第1-9段階に分けて詳細に説明し,第3章では,ステップ2として「プログラム立案」段階での目的,目標の設定を解説し,評価のためにいかにこれらの設定が重要かを強調している。第4章からは,実際の評価として「プロセス評価」を取り上げ,かなり具体的な評価方法を示している。第5章は「評価可能性のアセスメント」であり,評価のための前提条件の確認を取り上げ,第6章は,最終ステップとして「影響評価と結果評価」の実際とその注意点を解説している。

現場で使える「実用書」

 本書は,決して評価に関する突飛な「アイディア」集ではない。むしろ,きわめてオーソドックスな,しかしこれまで誰もきちんと整理して,系統立てて述べてこなかった事柄が,親しみやすい文体で述べられている「実用書」である。しかし,例えば,プロセス評価について,「プログラムが最も望ましい形で行なわれていないのに,その効果を検証しようとするのは愚かなことである」とその重要性を強調するなど,随所に膝をたたいて肯く記述がちりばめられている。特に「評価可能性のアセスメント」の章は,これまでのわが国の地域保健活動の評価に希薄だった「誰のための,何を目的とした評価なのか」という問いかけに焦点を当てており,「評価情報の使い手を意識すること」が不可欠な要素であることを再認識させてくれる。
 わが国では,ヘルスプロモーション活動の評価に関してここまで実用的な本は初めてといえる。都道府県や市町村では,健康日本21地方計画の中間評価・見直しの時期が間もなくやってくる。また,日々の活動について,その評価をどれだけきちんと実施するかが今後の公衆衛生の行方を左右するといっても過言ではない。評価の本質と実際をわかりやすく示した本書は,公衆衛生の現場で働く多くの技術職,事務職にとって極めて利用価値が高い。評価についてあれこれ悩む前に,ぜひ一度本書を通読されることをお勧めする。なお,訳文は,日本語としてこなれており,たいへん読みやすいことを付け加えておきたい。
A5・頁196 定価(本体3,000円+税)医学書院