医学界新聞

 

〔座談会〕年間自殺者3万人 医療職にできること


森脇龍太郎氏
埼玉医科大学総合医療センター・高度救命救急センター講師(内科医・救急医)
 
高橋祥友氏〈司会〉
防衛医科大学校教授・防衛医学研究センター行動科学研究部門(精神医学)
 
福山なおみ氏
川崎市立看護短期大学助教授(精神看護学)


 年間自殺者が3万人を超える事態が続き,その数は交通事故死者数の実に3倍以上だ。自殺は精神科の問題と捉えられがちだが,自殺研究の第一人者である高橋祥友氏は著書『自殺のリスクマネジメント』(医学書院)の中で,「自殺に至る前に精神科に受診していた人は一般に考えられているほど多くはない」と指摘する。本座談会では,精神科以外の医師と看護師の役割について当事者を交えて議論する。また,厚労省と日本医師会の取り組みについても紹介する。(「週刊医学界新聞」編集室)


高橋〈司会〉 最初に,自殺に関する最近の概要をお話ししておきます。は,過去半世紀の年間自殺者総数の推移を示しています。1988-97年の10年間をみると,年間平均自殺者数は2万2410人でした。ところが,98年になると1万人以上増えて,3万2863人になっています。それ以来,年間自殺者総数が3万人台という緊急事態が5年連続しています。つい最近発表された2002年のデータでも,3万2143人でした。自殺者3万人という数字は,交通事故死者数の3倍以上です。
 これは既遂者の数で,未遂者は少なく見積もっても既遂者の10倍と推定されています。また,自殺未遂・既遂1件あたり,家族や知人といった強い絆のあった人が最低5人は非常に大きな影響を受けると言われています。したがって,自殺というのは自殺者3万人の問題だけでなく,年間百数十万人に影響を及ぼす深刻な問題でもあるということです。

自殺者は体の不調を訴え精神科以外を受診している

高橋 いくつもの調査が共通して指摘しているのは,自殺で亡くなった人の大多数が最後の行動に及ぶ前に精神疾患にかかっていたという点です。そして,特に働き盛りの人の場合はうつ病が自殺と密接に関連しています。うつ病では,気分や感情,思考や意欲の面に現れる症状以外にも,さまざまな体の症状が出てきます。そして,すぐにそれがうつ病と気づかずに,精神科以外の科に受診している例がかなり多いのです。最初から精神科に受診していた人となるとせいぜい1割程度です。
 自殺の予防というと,いかにも精神科独自の問題のように考えられていますが,実は,精神科以外の医療者の役割が非常に大きいのです。自殺予防における医療職一般の役割について,今日は先生方のお話をお聞きしたいと思います。私は精神科医として自殺予防に取り組んできましたが,自殺急増という社会的背景を考えると,最近では,自殺予防に加えて,不幸にして自殺が起きてしまった時に,遺された人々へのケアも重要になってきていると考えています。それでは,先生方のバックグラウンドをお話しください。
福山 私は,現在看護教育の場におりますが,臨床では小児,一般病棟,ICU,精神科病棟などのケアに携わっておりました。いま高橋先生がおっしゃったように,精神科以外で身体症状を持ちつつ心の病を持っている方に多く出会いました。一般病棟の看護師たちは,身体的な面を看ることには卓越しているのですが,精神的な問題になると「これは私たちの領域ではない。かかわり方がわからない」という反応が多かったです。また,薬物や投身などによる自殺未遂や既遂時のケア体験もしました。
森脇 私は,3次救命救急センターで8年間,主として内科系の傷病者を診察しています。年間約1000人の患者さんのうち,自殺企図の患者さんは,向精神薬などを大量摂取するなどの急性薬物中毒を中心として約150-200名もいます。その内訳は,若い女性を中心とする急性薬物中毒が多いのですが,最近は壮年期男性を中心とした自殺企図も増えています。壮年期男性の自殺手段としては,農薬などを大量摂取する,体に火をつける,ビルから飛び降りる,お腹を刃物で刺すなどさまざまです。自殺企図者の身体症状が改善して,会話がある程度できるようになってから,併設する精神科の先生に診断・治療をお願いしている現状です。もちろんわれわれ救命救急センターのスタッフも精神科疾患の勉強をしていますが,十分ではありません。つねづね,精神科の先生が専任でいたらいいなと切望しています。

欧米ではプライマリケア医がうつ病を治療

高橋 昨年,プライマリケアと精神疾患についての会議がローマで開催され,出席してきました。欧米ではプライマリケア医が治療している患者の約20%は精神科に関連した疾患,中でも,特にうつ病が多いと知り,驚きました。SSRI(選択的セロトニン再取込阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害薬)といった比較的副作用も少なくて効果的な抗うつ薬が開発されてきたために,うつ病にかかっている患者さんをプライマリケア医が治療することが多くなったというのです。
 日本の精神科医の中には,うつ病の患者さんを誰が治療すべきかという論争が以前からあります。うつ病は絶対に精神科医が診るべきで,精神科以外の医師が手を出すとかえってこじらせてしまう,と主張する精神科医がいます。一方で,いつも自分の体を診てくれる医師が,うつ病もある程度の段階まで治療するほうが,患者さんにとっても抵抗がないと考える精神科医もいます。私も後者の意見です。もちろん重症になったら,いつまでも引きずらずにその限界を見極めて,ある程度のところで適切に精神科に紹介することが大事です。
 とはいえ,プライマリケア医が臨床の現場で非常に多忙であるということも現実です。そのような中で,うつ病も治療していくということに関して,森脇先生はどのような考えをお持ちですか。
森脇 私はもともと内科医で,今も週に1回,朝から晩まで外来をやっていますが,たくさんの患者さんを診なければならず,残念ながら外来は3分診療そのものとなってしまっています。精神科の診療をしっかりするためには,かなりお話を聴く時間が必要ではないかと思います。個人的な意見としては,時間があれば,重症以前,軽症・中等症の患者さんをゆっくりと診たいのですが,待ち時間が長くて3分診療のようなところでは難しいと思います。ただ,一般開業医で,ある程度時間的に余裕があるところでは可能かもしれません。

過労自殺裁判にみる医師の責務

高橋 精神科以外の先生方にうつ病の診断や治療について話す機会があるのですが,治療にすごく熱心な人と最初から自分の領域ではないと考えている人とがいるように感じます。
 私がこんな話題を出したのは,過労自殺の裁判の医師意見書を再検討したところ,10例のうち9例までがうつ病で,その半数は一般内科にかかっているからです。しかし,精神科で治療を受けていた人はせいぜい1例くらいです。現在,企業には従業員に対する安全配慮義務が求められています。安全な労働環境を用意して,うつ病を発病しないように配慮しなければなりません。さらに,うつ病になってしまったら,早い段階で適切な対応をしなければいけないと言われています。そして,自殺に至る前に内科に受診していた場合に,内科医が一定の医学教育を受けている以上は,せめてうつ病を診断して精神科医に紹介することは,最低限求められるのではないかということを,過労自殺を担当する弁護士が主張しはじめているのです。これはアメリカではすでにはっきりと問題になっていますが,今後日本でも問題になる可能性はあると思います。精神科医ではないからといって,他人事では済まされない事態が起きてくるのではないのでしょうか。
森脇 内科医が精神科治療にかかわっていくという立場は大変重要なことと感じます。勉強することはますます増えますけれども,私個人としてはぜひやってみたいと思っています。ところで,日本医師会と厚生労働省はどういう方針なのでしょうか。
高橋 「自殺防止対策有識者懇談会」の提言をもとにして,厚労省は,地域の保健師などを対象としたうつ病予防のマニュアルを作り,日本医師会は,かかりつけ医にゲートキーパーになってもらうためのマニュアルを作ろうという動きになっています(関連記事参照:うつ対策に厚労省がマニュアルを作成自殺防止に向けた日本医師会の取り組み)。これが実際にどこまでかかりつけ医に受け入れてもらえるのかは,次の課題になると思いますが,個人的には当然の流れになってきたと感じています。

「自殺したい」と打ち明けられた看護師の対応

高橋 看護師の役割についてもお聞きしたいと思います。精神科では最初から自殺のリスクを考えますが,一般科の場合,まずそれは頭に浮ばないようです。でも,患者さんが最初に「死にたい」と打ち明ける相手は看護師に対してですよね。
福山 そのケースは多いですね。
高橋 私の経験では,精神科以外の場合,最初に自殺の危険を察知するのは,ほとんど看護師であるといった印象を持っています。その点について,いかがですか。
福山 看護師の仕事は,患者さんのそばで療養上の世話や日常生活にかかわりますので,医師より身近な存在に感じられるのでしょうね。病気は回復しても残された障害を悲観し,うつ状態になる患者さんは,「生活はどうなるのか,家族に迷惑をかけるだけだ,生きていても仕方がない,死にたい」と,看護師にその思いを打ち明けやすいのではないでしょうか。そのような時,看護師には,患者さんの辛い気持ちに添い,傾聴し,不安を少なくできるよういっしょに考えて支える役割があると思います。
 また,患者さんにとって担当医師の存在は非常に大きいので,「死にたい」と打ち明けられた時は,すぐに担当医師にも相談しますが,話を聞いてくれる先生とそうでない先生がいます。その違いは,病気を持つ患者さんの気持ちに向き合っているかにかかわっていると思います。一方で,(特に精神症状や日常生活面で気がかりな点や言行不一致がある場合には)自殺の危険も予測されるので,精神科医のコンサルテーションもお願いしていました。ただ,患者さんの中には,「僕は精神病なんかじゃない」と精神科医の診察を拒絶する方は少なくありません。その時は,「精神病だから精神科にかかるのではなくて,辛い思いを話したり,夜眠れるよう薬をもらうなど,体も気持ちも楽になるためだ」ということを,きちんと伝えていく必要があります。
高橋 患者さんに危機的な状況が迫っているときに,看護スタッフがうまい具合に対応できているのか,先生の経験からお話しいただけますか。
福山 結婚して間もない若い男性の患者さんが落ち込んだ様子で「私はがんなのですか。手術をしたらどのくらい生きられるのでしょうか」と,若い看護師に尋ねた事例がありました。その看護師は「それは先生に聞いてください」と即答してしまったのですが,どう対応すればよいのか,フォローしてほしいという相談がありました。私は,「今,そのことがとても心配なのですね。直接先生に尋ねてみませんか? そして治療方法の手術についても,納得いくまで話し合ってみましょう」と,その気持ちを受け止めたうえで,医師に患者の疑問に答えていただけるよう伝え,対話の場面をつくりました。
 看護師には,迫り来る患者さんの危機的状況に対し,気持ちを聴き,思いの促しや代弁,患者さんと医師との信頼関係が築ける機会をつくる調整的役割があると思います。患者さんが安心でき,受け入れられたと感じた時,患者-医療スタッフ間の信頼関係が築かれ,危機克服の一歩が踏み出せるのだと思いました。
高橋 精神科以外のところ,例えば内科病棟で看護師が薬を配りにいった時に,患者さんから「死にたい」と打ち明けられたとします。その時には,「誰でもいいから打ち明けたのではない」のですね。多くのスタッフの中から意識的・無意識的に特定の人を選んで,「この人なら,こんな話をしてもバカにしたり,叱ったりしない」と思って真剣に打ち明けているのです。ですから,その状況は大切にしてほしいのです。話を聞かされたほうは不安になってしまいますが,真剣に聞くつもりであれば,自殺を話題にしても危険ではありません。むしろ,それが予防の第一歩になります。その際,性急な助言や安易な励ましをしたり,「家族が困りますよ」というような社会的な価値を押しつけたりしないことが大事です。「まず,徹底的な聞き役にまわってください。十分に話を聞いたうえで,適切なコンサルテーションにつなげるように」と,私は看護師さんに言っています。

身体症状の訴えに潜む自殺のリスクを見逃さない

福山 阪神大震災から1か月半経過した時に,医療派遣で避難所を訪れました。夜になると,「お腹が痛い」といって点滴を受けにくる男性がいました。同行した医師は問診や触診後に点滴を開始するのですが,表情は暗いがそんなに痛いという反応はみられない。私は,保健室を訪れる大きな理由は心の問題ではないだろうかと思いました。診察台の傍らに座り「お腹の痛みはいかがですか?」と話しかけました。すると,「女房は死に,家もなくなったし,仕事も奪われた。俺ももう死にたいよ」と話しはじめました。手にはめてあったブレスレットが目に入り尋ねると「女房の形見だ」と言い,しばらくの沈黙のあと私が「あなたには生きて,奥さまの弔いをしてほしい」と伝えると,あとは涙を流すだけでした。それから1か月後,私の勤務する病院に,「やっと探しあてた。僕は,あなたのおかげで生きてみようと思えるようになりました」と電話がありました。その時,悲嘆から立ち直る過程で生きる力を支えることが,自殺予防には大切だと学びました。
高橋 今おっしゃったように,体の症状で心の痛みを訴えてくる方はけっこういますね。もちろん本当に体に異常がある場合もあるので,検査をするのはとても大事です。しかし,検査をしても異常が見当たらないのに,自覚的な不調が続いている時には,ぜひうつ病の可能性を疑ってほしいです。あと自殺に関しては,周囲から十分にサポートが得られずに,孤立した状況というのも危険です。ましてや,自殺未遂まで起きてしまった場合は,その時は幸い助かったとしても,同じような行動を繰り返して,将来,自殺が現実に起きてしまう可能性が高いのです。精神科では,「事故傾性」という考え方をします。これは,大事故の後ろには29件の小規模の事故があって,300件のヒヤリとするトラブルがあるという,ハインリッヒの法則に似ています。
――例えば,患者さんのどんな行為を事故傾性と捉えるのですか。
高橋 医療の現場では,それまでできていた糖尿病の管理ができなくなってしまったり,逆にインスリンを多く打ちすぎたりするような患者さんには注意が必要です。あるいは,腎不全の患者さんが透析を受けなくなる,移植後の人が免疫抑制剤を服用しないというような例もあります。また,うつ病の患者さんが無断で突然,職場放棄して,失踪してしまったり,真面目な人が突然多額の借金をして株式や博打につぎ込むとかいったことも事故傾性として考えられます。現場でもそういうことに気づかれることはありますか。
森脇 それをうつの症状だというふうに考えたことは,いままであまりなかったですが,たしかにそういった症状がありますね。
高橋 担当医が繰り返し説明している医学的な助言を守れなくなってしまうというのも,自己管理ができなくなるという意味では,自殺の少し前の段階で起きている,危険な兆候と捉えられます。

できることはたくさんある

森脇 ところで,日本では「精神科にかかる」ということ自体に抵抗を示す人が多いと思うのですが,いかがですか。
高橋 たしかにその傾向はありますね。ただ,精神疾患への認識は徐々に高まっています。精神科の外来に受診してくるうつ病の患者さんは,10年前の2倍ぐらいになっています。マスコミは「ストレス社会でうつ病が増えている」とセンセーショナルに取り上げるのですが,むしろ,認識が高くなってきたから,受診する患者さんが増えてきたと思います。うつ病が現実に増えているというよりは,うつ病に対する認識が高まって,以前よりも受診する人が増えているということでしょう。
森脇 つまり,敷居はすでに低くなっていると考えていいわけですね。
高橋 まだまだ高いですが,以前に比べれば,徐々に低くなってきたと言えるのではないでしょうか。例えば,今では少し大きな町では駅前にクリニックが見かけられますが,その役割は大きいですね。夜,仕事が終わってから立ち寄れますから。もう1つは,総合病院の精神科です。精神科の大病院だとすぐに受診しようとは思えないかもしれませんが,まず総合病院へ行って,内科や総合診療科で身体的なチェックをしてもらって,特に大きな異常のない場合,「心の専門家に診てもらって治った方がいますよ」と精神科医を紹介されることがあります。すると,「じゃあ,行ってみようか」となります。問題を抱えていることに,自分でもうすうす気づいているので……。
森脇 内科医がうまく導入してあげれば,大丈夫だということですね。総合病院の場合は,軽症・中等症でも精神科に紹介していいのでしょうか。それとも,中等症ぐらいまでは内科医で診ていていいものでしょうか。
高橋 それは,その先生の判断でいいと思います。最初から自分の専門外だと判断して精神科に紹介する人は,それでいいでしょうし,ある程度まで診ようという人は,たとえばSSRIを使って1-2か月くらいで症状が改善しないようならば,精神科に紹介するとか,自殺念慮や不安焦燥感が強い重症の場合は,最初から精神科に紹介するというように,目安を設定しておけばいいと思います。
――いまの3分診療の中で,どうやってうつ病のアセスメントができるのかを考えると,困ってしまいます。
高橋 まず,うつ病などの精神疾患の可能性を考えることからはじまると思います。検査をしてもはっきりした原因が見つからないし,薬を出しても治りが悪いといった時に,「ひょっとしてうつ病かな?」と。「十分睡眠はとれていますか? 食欲は落ちていませんか? 仕事の能率は落ちていませんか? 感情が不安定になっていませんか?」と尋ねるだけでも,うつ病を疑う第一歩になります。開業されている内科の先生ならば,その時に精神科医とのネットワークがあって,「あそこに紹介しよう」とか,「ちょっと相談しよう」ということがあれば,ずいぶん違うと思います。少し手を差し伸べれば回復する人は,かなりいますから。
森脇 内科医がやる精神科の治療というと,やはりマイナートランキライザーやSSRI,SNRIなどの薬物療法になりますよね。ほかの精神療法というのはとてもできませんから。
高橋 いや,体を診てくれるというのは,患者さんにとって,とても重要な治療の一環になっていると思います。私たち精神科医にできないのは,このようなアプローチです。特に高齢者は,内科医への信頼感は強いです。さらに精神疾患について理解して,もう1つの武器を持っていただくと,大きな力になると思います。
森脇 大変参考になりました。診察の際に疑がってかかって,今後はうつ病を見逃さないようにしたいと思います。

■自殺が起きた時,医療スタッフのケアについて

高橋 心の病を早期に発見して,早い段階で治療に結びつけば,予防の余地はかなりあります。しかし,現実の問題として,多くの方が自殺で亡くなっているのも事実です。遺された人は深い心の傷を負ってしまうわけです。遺族のケアの問題などもあるのですが,今回は病棟のスタッフのケアに限ってお話ししようと思います。
 今まで,医療や看護にあたってきた患者さんが,ある日突然,自殺という手段で目の前から姿を消すということになると,病気で亡くなったのとは違う衝撃を受けます。これについて,福山先生からお話しいただきたいと思います。
福山 自殺を目撃したという1人の看護師は,「あの時,なぜ声をかけなかったのか。もし,声をかけていたならば自殺を防止できたかもしれない。他人には話せないことで,自分の気持ちの中にどのように納めたらよいのか。看護師として防げなかったことへの罪意識,自責の念は大きい」と語っていました。今でも,その時に身に付けていた真紅の寝巻きが脳裡に焼きついて,それがトラウマになってしまったというのです。この話を語った後,「聴いてもらうことで,解決はしないが,辛い体験が軽くなる,許される思いがする」と話していました。
 これまで看護師は,医師もそうかもしれないのですが,自分の中に生じるつらい感情は表出するものではないとして,語ることも取り扱われることもありませんでした。しかし看護師の仕事は,自分の感情を活用して相手と対人関係を築きながら看護を行なうことです。このような衝撃から心の回復をはかるためには,感情の動揺を語ってもいいと思える環境と,聴いてもらえる人がいることが大切ですね。また,その作業は感情や考えを整理する学びの機会となり,その後の職業的アイデンティティにも大きく影響していくものと思います。
高橋 病棟で自殺が起きると,「どうして起きたんだ?」「なぜ防げなかったんだ?」「他のスタッフは自分のことをどう見ているだろう?」と,それこそ嵐のような感情に襲われます。その時に,お互いにサポートする雰囲気がなければいけないと思います。そしてもう1つ,不幸にして自殺が起きてしまったのなら,そこから少しでも学ぶことはできないのかということです。たとえば,内科や外科では,病気で亡くなった人がいたら,剖検して,自分たちの治療に間違っていることはなかったのかを振り返りますが,自殺の場合でもその振り返りの過程があってもいいと思うのです。
――高橋先生は,病棟で自殺が起きた際のポストベンション(遺された人へのケア)チームのリーダーとして従事されていますが,どのような対応をしているのですか?
高橋 医師も看護師も,参加できる人にはなるべく多く集まってもらいます。そして,最初から感情に触れる話をすると混乱してしまうので,まず事実関係の確認をします。事実確認そのものはそれほど感情を動揺させることもないので,比較的冷静に話せるのですね。そしてそのあと,素直に自分の感情を表現する機会を与えます。話を強制するような雰囲気は禁物です。話したくない人は話さなくてもいいと保証もしておくことがとても重要です。そして,その場で皆で話し合ったことを外で話したりしないという約束も大切です。
 スタッフもいろいろな症状が出てきます。眠れない,食欲がない,夜の勤務が恐くて仕方ない,また誰かに自殺されるのではないかなどです。ある人がこのようなことを打ち明けたのを聞いて,そう感じているのは自分だけではないとスタッフが思うだけでも,ずいぶん楽になります。そして,自殺が起きた場合には,不安障害やうつ病,PTSD(心的外傷後ストレス障害)というような症状が起こる可能性があること,それが数週間を超えても続くようなら専門的な治療を受ける必要があることを精神科医の立場から説明します。これが,グループ全体を対象に行なうことです。
 それから,人前では話せない人がいる場合は,個別に話す機会を与えることも,重要になります。先ほど福山先生がおっしゃったように,いままでわれわれ医療職は「そういうことがあっても,乗り越えるのがプロだ」「それは通過儀礼だ」と教えられてきたのですが,それは大きな間違いです。放っておくと心の傷になってしまって,せっかく時間をかけて教育してきた人が職を離れてしまうということにもなりかねません。
森脇 自殺が起きた時にあたふたしないためには,ある程度のマニュアルを作っておいたほうがよいのでしょうね。
高橋 病院の中ですと,どうしても皆が当事者になっていますから,よほど十分な経験を持つ人がスタッフの中にいればいいのですが……。
森脇 それは精神科の医師でしょうか。
高橋 そうですね。適任者がいない場合なら,外部から呼んでもいいのかなと思います。

幅広い医療従事者に正しい知識を

福山 自殺予防や実際に起こった後のマニュアルは一定の水準を保つのに必要ですが,その解釈と活用には学習を要しますね。日常の対応を超える場合を除いては,精神科でなければできないという考え方ではなく,精神科を巻き込んだ柔軟なチーム医療の視点での危機介入とスタッフのサポート体制を含めたシステムづくりが課題になると思うのです。
森脇 最後に,救急医療に携わるものとして,注意点をひと言だけ。自殺企図患者を診療するにあたり絶対にしてはいけないことがあるのです。
 自ら手首を切って,家族に救急外来に連れてこられた患者さんがいました。若手医師はその手首の創が意外に浅いことに安堵のため息をつき,「ためらい傷ですね,後遺症はまったくないでしょう」と丁寧に洗浄・デブリ・縫合をし,「抗生物質を処方しておきますので,きちんと飲んでください」とだけ注意して自宅に返してしまいました。ところがその数時間後,高層マンションからダイビングをして,今度は救急車で戻ってきたのです。心肺停止状態で,そのままお亡くなりになりました。
 思わずぞっとする話ですが,教訓としては,自殺企図あるいはそれが疑われる患者さんは,精神科医に診てもらわないで帰宅させることは大変危険だということです。精神科医の診察を受けるまでは,責任ある人の監視下に置かなければなりませんし,それができないようなら帰宅させてはいけないのです。危ないと思ったら,夜間でも診療可能な精神科はあるはずですから,紹介することも必要でしょう。省略しますが,そのほかにもいろいろな対処法があるはずです。ともかく自殺企図患者をプライマリケア医が診療する時は,身体的治療以外に精神的な面できめ細かい配慮が必要だということは胆に銘じる必要があると思います。
高橋 最初の話を繰り返すことになりますが,自殺予防はけっして精神科だけの問題ではありません。むしろ,精神科以外の医療スタッフが患者さんの自殺の危険に最初に気づく,重要な役割を担っています。その意味で,幅広い医療関係者に自殺予防に関する正しい知識を備えておいていただきたいのです。さらに,自殺予防に全力を尽くすということは当然ですが,不幸にして自殺が起きてしまった時にも適切な対応をするというのもリスクマネジメントの一環になると考えています。
――今回の座談会を通して,社会問題でもある自殺の予防に,医療職が主体的にかかわっていくヒントが得られたと思います。ありがとうございました。