医学界新聞

 

現場の声を政治力に高めるために

第7回日本看護管理学会より


 さる8月22-23日に横浜市のパシフィコ横浜にて行なわれた第7回日本看護管理学会では,「看護政策決定過程とパワーダイナミクス──看護職のもてる力を高める」をテーマに,看護界の抱える政治課題が大きく取り上げられた。久常節子会長(慶大)ら,豊富な政治経験・知識を持つ看護職によって組まれたプログラムには1500人を超える参加者が集い,看護職の政治意識啓発をめざした会合となった。
 なお次回は中西睦子会長(国際医療福祉大)のもと,明年8月20-21日,栃木県総合文化センターで開催される。


もっと政策に関心を

 会長講演では久常節子氏が「看護職の持てる力を高めるために-おそれず,ひるまず,あきらめず」をテーマに,看護職が政治課題に取り組む意義と,そのために何が必要かについて語った。
 氏はまず,看護界が取り上げるべき政策課題として,教育環境の向上と看護師配置基準改善の2点を取り上げたうえで,これらの課題の重要性を解説した。
 近年,保険医療費の増大が懸念されるなか在院日数の短縮が政治課題となっている。これを実現するためには医師,あるいは看護師の数を増やす必要があることがわかっているが,医師を増やすと治療,薬剤にかかる費用が増大してしまい,在院日数が短縮してもトータルとしての保険医療費の抑制につながらない。一方,看護師の数が増えれば,薬を増やすことなく在院日数を短縮することができることが明かになっていると氏は指摘。看護師の数を増やし,看護を充実させることは,政策として理に適ったものであると述べた。
 しかしながら,政策決定の現状はそのように動いておらず,薬剤士や栄養士の教育制度が改革される中,看護教育制度は「私が行政の世界に入った10年前からまったく変化しておらず」,看護師の配置基準に関しては「2000年にようやくそれまでの4:1から3:1に改善されたが,もともとの看護協会の主張は1.5:1だったわけであり,3:1という結果は,むしろ後退ではないかとさえ感じている」と語った。
 看護界が求めたこれらの要望が実現しなかったのはなぜなのか。看護師の票は選挙になれば100万票あるはずなのに,政策を決定していくうえで機能していないのはなぜなのか。
 氏は,自らの経験から,政策決定のプロセスの中で看護の意見がうまく通らなかった経緯を具体的に解説したうえで,今,どのような政策が審議されているのか,それが現場にどのような影響を及ぼすのか,ということを管理者は1人ひとりの看護師に伝えていく必要があると訴えた。
 看護師1人ひとりが政策に関心を持ち,自分たちの意見を組織化することによって看護師のエンパワメントが推進される。氏は,そうした看護師1人ひとりのエンパワメントなくしては,これからも政策決定の場で看護の意見を通していくことはできないし,看護教育の改善,配置基準の改善をもたらすことは難しいと述べたうえで,「看護師は,他の職種,特に医師との衝突を避けようとする。しかし,物事を変えていく時には衝突は避けられない。どこにも負けないくらいの数を持つ私たちの組織の力で政策を変えていきたい。おそれず,ひるまず,あきらめず,看護の力を高めてほしい」と講演をまとめた。

マスコミの活用がカギ

 シンポジウム「看護政策を成功に導く戦略」では,浅川明子座長(神奈川県看護協会)のもと,井部俊子氏(聖路加看護大),飯野奈津子氏(NHK解説委員),金子郁容氏(慶応義塾大大学院)らによって,看護職と政治課題のかかわりの問題について議論がかわされた。
 井部俊子氏は会長講演と同じく平成12年の厚労省医療審議会での看護職配置基準をめぐるエピソードを紹介。答申の末尾に「一般病床の看護職員の配置基準は入院患者4人に1人とすべきとの意見があったことを付記する」という一文が加えられたことについて,これが「根拠薄弱で,しかも少数の意見」であったにもかかわらず記録に残ってしまい,一方で看護職側がかねてより主張した2.5:1などの主張は一切記録に残らなかったことなどを指摘した。
 井部氏はこれらを踏まえて「医療審議会という公式の場で,多数とされた意見が通らない,意見の集約をしないということが公然と行なわれている」と述べ,この現状を打開していくには,マスコミを通じて世論に訴えていくことが重要であるとした。
 「看護師は日々の仕事の中で,多くの人と接している。このことを,マスコミを利用するなどしてもっと大きく活用していきたい。例えば,配置基準の問題について知っている人が世の中にどれくらいいるのか。これを国民全体の問題として周知していくことが肝要です」と述べ,「沈黙」ではなく「発言していく」集団に,職業集団として変わっていく必要性を訴えた。
 続いて飯野氏はマスコミの立場から,看護職は一般的にマスコミの使い方があまり上手でないと感じていることを述べた。女性が大半を占める看護職とは対照的に,飯野氏はNHKに入社した当初,社内唯一の女性記者だったという。そこでは,記者としての仕事は与えられたが,人を使ったり,マネジメントしたりという機会が与えられることはなかなかなかった。そうした自分の経験から氏は,「リーダーシップ能力は,機会を与えられないと育たない」と指摘。看護職が政策に影響を与え,世の中を動かしていくためには,情勢判断と情報分析能力,プレゼンテーション能力,根回しといった実践的な能力に加え,自分が今なぜそのことに取り組んでいるのかという高い志が求められると述べた。
 また,記者として医療問題に長くかかわってきた飯野氏は,医療をめぐる近年の話題の中でも,医療費の増大や患者本位の医療の実現,あるいは疾病構造の変化などは,看護師の重要性を国民にアピールするまたとないきっかけであると指摘したうえで,次のように発言をまとめた。
 「しかしながら,こうした背景があるにもかかわらず看護師の“生の声”は聞こえてきません。医師と向かい合ってもなかなか自分たちの意見を主張していくことは難しいかもしれない。けれど,国民に対して訴えていくことはできるのではないか。自分たちの不満を解決することが患者さんのためになるんだ,ということをマスコミを通じて訴えてほしい」
 最後に発言した金子氏は,教育改革や行政の研究に携わってきた経験から,「現場」の人間が,現場を超えた制度に関与していくことの難しさと,大切さを語った。
 金子氏は,現場の声がまとまらない状況では,教育の世界においても,学校教育の株式会社化や,初等教育での英語化など,現場の教員の感覚とかけ離れた「改革」が行なわれることがあると紹介し,それらの「改革」が,教育を受ける立場の子どもにいかに不利益をもたらすかを解説した。またその一方で,「学校選択制度」が2000年に品川区で実施された例をあげ,現場の声をうまく組織化することで,制度の変革をうながすことは可能であると指摘。そのためにも現場にいる身近な人間同士のコミュニケーションを密にし,ネットワークを構築していくことが大切であるとまとめた。

看護職の配置基準について議論

 後半の討論では主に,看護の政策課題,特に看護職の配置基準について今後どのように取り組んでいくのかといった方向性について話し合われた。
 井部氏が外来看護の配置基準について,そもそも「何人配置しなければいけない」という問題設定そのものが,看護師の専門性を国民にアピールしていくことをはばんでいるのではないかと指摘すると,飯野氏も同様に,何対何という最低基準をなくし,病院ごとの判断に任せたほうが,適正な配置が実現するのではないかという意見もあることを紹介した。
 これらは,「配置基準」といういわば「最低ライン」を要求していく従来のスタイルに変わって,看護の有効性を訴えていくことによって結果的に看護職配置の現状を改善していく方向性を打ち出したものといえる。しかしこれに関しては会場から,「病院の現実を見れば,4:1基準があったからこそ,そのラインが最低限守られてきたのであり,今でもそこが崩れればさらに無茶な配置になる病院がないわけではない」という発言があり,会場に集った看護職からは大きな拍手が巻き起こった。


●看護管理学会の話題から

日本看護連盟がホームページ「Nurse Style」開設!

 日本看護連盟は看護職のためのサイト“Nurse Style”を開設した。
 コンテンツの1つ“Nurse Action”には,政策についての議論ができる掲示板や政策,法律などの内容が盛り込まれており,若い世代の看護職への政策・政治に対する意識向上が狙いとなっている。これに対して,コンテンツ“Nurse Life”には「ビューティー&ヘルス」「カルチャー&エンタメ」など,ナースのための生活情報が豊富に盛りこまれている。また,このコンテンツには通信販売やプレゼントなどが盛りこまれているが,これらについては,“Nurse Style”の掲示板での発言などがポイントとして使用できるようになっている。
 サイト開発にあたった石田昌宏氏(日本看護連盟)は,「Nurse Lifeではできる限りナースの生活に密着したコンテンツをつくるよう工夫しました。また,Nurse Actionではできるだけ幅広い層の看護職に,政治に関心を持っていただけるよう,表現に工夫をこらしています。若いナースの皆さんが,楽しみながら看護連盟や,看護と政治の課題について関心を持っていただけたらと思います」と語っている。詳細は下記アドレスまで。

URL=http://www.nurse-style.com/