『看護管理』10月号座談会より
個人の献身と悔悟からシステムによる質保証・質の改善へ
●参加者(発言順)阿部俊子 (司会)東京医科歯科大学助教授・日本看護協会副会長
飯塚悦功 東京大学大学院工学系研究科教授
水流聡子 東京大学大学院工学系研究科助教授
佐藤エキ子 聖路加国際病院副院長・看護部長
分野を越えた医学と工学との「医工連携」の流れの中で,看護管理・医療管理の分野にシステム工学の手法を導入しようという試みが行なわれている。看護管理にシステム工学を取り入れることで何が変わるのか。「医療社会システム工学」を研究している飯塚悦功氏を中心に,看護情報学を専門とする4名が,医療の質と安全を確立する医療と工学の協働の可能性を議論する。
本号では,このもようをダイジェスト版で報告する。なおこの座談会の詳細は弊社刊行『看護管理』13巻10号(2003年10月発行予定)に掲載される予定。
医療・看護と工学との接点
阿部 本日は,「個人の献身と悔悟からシステムによる質保証,質改善へ」をテーマにお話をうかがっていきたいと思いますが,まず初めに,なぜ今,看護管理・医療管理の分野で工学なのか。大変興味があるところです。飯塚 私のもともとの専門は統計解析です。それが適用される場が多いということで品質管理分野に関心を持ちました。そして90年代半ば,東北大学医学部の上原鳴夫教授に出会い,お話をうかがっているうちに,品質管理という側面から見て医療界というのは常識をはるかに超えたすごいところだとショックを受け,自分の命を守るためにもこの分野に入り込みました。
阿部 それで医療・看護から人材を,ということになって,水流先生が広島大学から移ってこられたということですね。
飯塚 いま工学系には医学系と協力していこうという「医工連携」の流れがあります。私の研究室でも「医療社会システム工学」という柱を立て,任期5年足らずですが,この分野で活躍している人を探していたところ,水流先生にきていただけました。異分野から入ってきて,公私ともに苦労することも少なくないと思いますが,私たちが期待するセンスをすでにお持ちで,これから先がとても楽しみです。
水流 飯塚先生の研究とは,かなりオーバーラップしていて,さらにそれを発展させることができるのではと期待しています。
いまの医療の何が問題か
阿部 聖路加国際病院は,お客様中心,患者様中心ということでずっとレベルの高い医療・看護を提供されていると思います。実際に,佐藤さんも「医療はサービス業である」ということをおっしゃっていますが,日本の一般の医療の現状では,それ以前のズレを感じることがおありではないでしょうか。佐藤 私どもの施設では,阿部先生が言われるように「医療はサービス業の一環」という考えのもと,患者さんによりよい医療サービスが提供できるよう,さまざまな努力をしています。特に,病院にとってかけがえのない存在であるスタッフに対する教育は,質の高いサービスを提供するうえで不可欠であると考え,多岐にわたる教育プログラムを実施しています。
いま,国民の大半が「医療はサービス業である」と認識するようになり,医療者側に対する要望も複雑かつ高度になってきています。しかし,その一方で,医療の現場では,いまだにパターナリズムを引きずりながら医療を施している現実があることも否めません。つまり,医療サービスの受け手である国民の期待と,提供側である医療者との間のズレを感じることがあります。
システム思考による現場の改善
水流 K医科大学病院の臨床工学技士たちの活動に興味深いものがありました。分散管理されていたME機器を1か所に集め,輸液ポンプなどの器械類も全部そこへ持ってきて,中央管理するようにしたのです。例えば輸液ポンプは多種類あったのですが,その中で台数が多く,機能もよくて使いやすいものを貸し出し棚に用意するようにしました。そして,回収したものをメインテナンスして,また同じ貸し出し棚に載せるのです。その種類がなくなったときは,次の種類を出していくのですが,そういったことを繰り返し,使用期限を経たものは捨てていく作業をするうちに,最も優れた物だけが出回るような構造をつくったのです。さまざまな制約を抱えた状態で,医療サービスを継続的に提供しながら,現場を改善していくためには,このようなプロセスを経ることも必要だと思います。
阿部 ある病院でも,中央材料室で何種類もある輸液ポンプを病棟に貸し出しする際に,病棟ごとに貸し出す種類を2種類くらいに決めています。高価なものですから,すでにあるものでどう再配分していくか,ちょっとした工夫が必要です。
水流 それは担当者がシステム思考ができる人材かどうかにかかっていますね。
阿部 それができる人がいなくて困っている病院が多いということですね。
水流 やはり教育の問題だと思います。国立大学の医学教育のなかで,病院管理学の講座があるところはほんのわずかです。一方,看護大学の場合は,看護管理学が必修科目であるのと,現場では大人数を扱うので,標準化したり,組織化する必要から,マネジメントの視点が自ずと出てきます。ただ,日本の看護教育の中で,看護管理学教育の位置づけを明確にするという課題は残されています。
「管理不在」が理想の管理
水流 病院情報システムを導入する際には,部門ごとのシステム思考の有無の状況を顕著に知ることができます。看護は,病院全体を組織横断的に動いていますが,他職種はそれぞれ自分のテリトリーの中だけで動いている場合が多く,それを前提に病院情報システムをつくると,チーム医療の実現を具現化するツールとしては構築できません。特に電子カルテのシステム設計と運用などにその影響が出ます。飯塚 「標準化」の意味と意義がわかっていないということです。「標準」のひとつの意味は,実際に経験してみて良いとわかった物や方法です。先ほどのK医科大学の例では,いい物にどんどん集約していったわけで,とても上手な方法だと思います。こうしたことをもっと教え,体験させるべきです。
佐藤 私どものところでは意識してやっているつもりですが,一般的にはそうした標準化を図ることは口で言うほど簡単ではないと思います。
水流 大学病院では,診療,教育,研究と一人三役をこなすなど,少ない人数でいろいろな仕事を一所懸命やっています。ですから,それぞれが違うやり方をすることが,いかに不都合かという思いを味わって初めて「ルールを決めよう」となるのだと思います。それに,病棟移転や法人化などは,なんらかの改革を行なうきっかけとして有用です。
佐藤 ルールを守るためにはその基準となるものがまず必要で,それをどのように作成するかがポイントになりますね。
水流 全国の病院の現状を考えると,聖路加国際病院のようにレベルの高い仕事を当たり前にやっている病院が実際にあるということは,モデルとしてとても大事なことだと思います。
飯塚 これは品質管理の基本ですね。当たり前のことを当たり前に自然にやる。これが本当にできると,周りからは素晴らしいことをやっているようには見えないのです。本当の超一流は,難しい仕事を特別のこともなくこなして,平穏のうちに一日が過ぎておしまいです。実はそこでは深遠なる工夫の数々がごく自然になされているのであり,それこそ品質管理の理想の姿なのです。「管理不在」が理想の管理だということですね。
医療社会システム工学がめざすこと
阿部 飯塚先生と水流先生のお話を聞いていると,システム思考や標準化などから,質の追求をしていくという点で医療・看護と工学という領域の違いを感じさせません。看護職も,世界に誇れる品質をつくり上げたシステム工学の考え方を医療の世界に入れてもらえることを期待していると思います。佐藤 他分野から医療・看護を刺激していただくことは歓迎です。先ほども申し上げましたとおり,医療はサービス業だと思っています。そして,「サービス」というものは無形のものですから,無形のものと有形のものをいかにマッチングさせていい医療サービスを提供できるかを,工学的なアプローチで提言していただけるとありがたいと思います。
水流 無形のサービスを見えるようにする部分は,やはり医療のなかにいる者がやらなければいけないことだと思います。そして,ある程度見えるかたちにしたものを,今度は工学的に,実際の技術の中に組み込んでいく方法論を考える必要があると思います。
飯塚 私たちは,医療の質と安全のための工学アプローチ,システムアプローチを「医療社会システム工学」と,ことさら「社会」という用語を入れて呼んでいます。病院での努力も大事ですが,もっと範囲を広く取りたいのです。社会全体として,医療技術がまっとうに進展していくような仕掛けをもっていなければいけないと思うのです。つまり,医療提供者だけではなく,医薬品業界,また行政などさまざまなところが,医療に関する正しい価値観,正しい方法論を推進していけるような仕掛けをもちたいということです。
阿部 医療の質と安全を確立するために,医療と工学が協働,連携して,工学的アプローチを医療にどのように定着させるのかを十分に議論し,医療としてのシステムアプローチを確立していくことが今後期待されます。
今日はありがとうございました。