医学界新聞

 

あなたの患者になりたい

守秘義務と中待合い-新しき酒は新しき皮袋に

佐伯晴子(東京SP研究会・模擬患者コーディネーター)


 「患者さんのプライバシーを大事にします」という表現が病院のパンフレットに書かれる時代になりました。けれども,他の人には聞かれずに安心してお話できる外来診察室や病室は,まだまだ少ないと感じます。有名な病院にわざわざ時間をかけて行って,せっかく信頼できそうな医師に出会えても,何人もの患者さんが同じ部屋で薄いカーテン越しに耳をそばだてていることを思うと,相談したくてもその気持ちが萎えてしまうことがあります。診察を終えてカーテンの外に出たところ,いっせいに注目されて,とても嫌だったという経験を持つ人は少なくないようです。
 盗聴はひとつの犯罪です。勝手に人の話を立ち聞きしてはいけないというのは社会のルールです。秘密を守られるのは権利です。勝手に立ち聞きされるのはプライバシーの侵害です。これについて異論はないでしょう。とすると,赤の他人に見られる,聞かれるという状況は明らかにプライバシーの侵害です。

「病院だから我慢してください」

 では,悪気はないのに見えてしまった,聞こえてしまったというのはどうでしょう? 見られた,聞かれた人が嫌な思いになっているは事実です。中待合いにいないと自分の順番が回ってきません。その場にいることを強制させられているわけです。言葉は悪くなりますが,盗聴の共犯者にさせられた気分です。聞かれたほうも,聞いたほうも実に不愉快です。いったい,どうしてこんな基本的な人権が大事にされないのでしょう? 他人に知られたくないという素直な気持ちは日本の医療では持ってはいけないのでしょうか。
 ここは病院だから,医療の場だから我慢してください,と言われることがありますが,病院や医療がなぜ我慢する理由になり得るのでしょう? みんなが我慢して嫌な思いをしなければ病院や医療はそもそも成り立たないのでしょうか? どうもそのあたりのことが少し誤解されているのではと感じることがあります。狭い場所で効率よくさばくのが医療の使命であって,そのための必要悪は当然です,という威圧的な印象がぬぐえません。
 患者さんがあなたを信頼し,いろいろ相談したいと思っていても,心を開きにくい環境があることに気づいていてください。そして我慢を強いるのではなく,何かできないか,常に考えてくださると嬉しく思います。
 患者さんはこのような苦労をして心を開き,プライバシーをさらけ出しています。このリスクをともなった行動は,治って日常に戻るという大きな目的のために敢えて決断されたものです(診療の流れに自動的に乗っているように見えるでしょうが)。ですから,廊下やエレベーター,あるいは電車中などの公共の場所で「○○の患者がさ,□□で,……」などと噂話をしないでもらいたいと思います。聞いている人は共犯者にさせられるだけでなく,自分もそのように語られるのか,と暗い情けない気分になってしまうのです。
 プライバシーが守られることがわかって初めて,信頼の糸口がつかめるように思います。カタカナ言葉のプライバシーがピンと来なくても,人として大事にすること,と言い換えてもいいでしょう。人としておかしいと思うことは勇気をもって変えていくしかありません。

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●単行本発行のお知らせ
 本コラム『あなたの患者になりたい』は,読者からの要望に応え,10月上旬に単行本化されます。ご期待ください。
(「週刊医学界新聞」編集室)