医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


現代生命科学のキーワードが集積した,読書感覚で使える辞典

分子生物学・免疫学キーワード辞典 第2版
永田和宏,他 編

《書 評》阿部達生(京都府立医大名誉教授/京北病院長)

読者を有頂天にさせる可能性のある辞典

 『分子生物学・免疫学キーワード辞典第2版』が発刊されたこの6月のある日,数回の測定でも血小板数が“0”という重症患者が緊急入院した。ITPを疑って骨髄を調べたが,高齢のためか所見は教科書どおりでなかった。外注しておいたPAIgGが1000倍を超える数値で返ってきて,机上にあった本書の解説を読んだ。説明は簡明であるがゆきとどいていて,免疫学にうとい私を勇気づけてくれる内容だった。ステロイドで血小板数を増やしてから摘脾を行なった。血小板数は数日後32万に増加,術前検査でみつかった早期胃癌もいっしょに切除できるおまけがついた。
 辞典の顔であるキーワードの選定には編集者の経験や先見性が求められる。また,与えられた紙面の中でそれぞれの用語をどのように解説するかは執筆者の自由度に依存するようであって,けっしてそうではない。長からず短からず,古すぎても新しすぎてもいけないし,我田引水はもってのほか。要するに天秤の両端に十分な目配りのされていることがよい辞典の条件でなかろうか。そのうえIT時代においては,用語間のネットワークへの配慮も必要である。
 逆に,もしそのような辞典が存在すれば,その購買者は知識を吸収するうえで大きな利便を受けることになろう。そんなものがあるわけがないという人がいても不思議ではない。しかし,辞書辞典類に特別な関心を持っておれば,英和辞典や独和辞典,あるいは漢和辞典においても自身を有頂天にさせてくれるような辞書に遭遇することはけっしてまれでない。而して今回刊行された『分子生物学・免疫学キーワード辞典第2版』も読者を虜にする可能性がある辞典といえそうである。

先端研究理解への助けに

 いま私は思いつくままにページをめくり,自身の専門領域の用語が本書でどう解説されているか,また,最近注目されている言葉の解説や採択の状況に注目している。第2版では紙数が大幅に増え,項目が増えたのは当然として,解説が実にわかりやすく,包括的によく整理された図表を多用して内容の理解に一層の配慮がなされている。利便性という点では,原著論文を読むとき,実験方法や考察に出てくる不慣れな用語をこの辞典で確認できる。もちろん,自分で論文を書くときもお世話になれるが,なによりも,先端研究理解への糸口を本書で見出すことが可能なところに本書の真骨頂が見出される。その意味では読書感覚で読める辞典ということもでき,医師や自然科学領域の研究者はいうにおよばず,情報科学や人文科学領域の研究者にとっても歓迎される辞典ではないかと思う。
A5・頁1056 定価(本体9,800円+税)医学書院


エビデンスに基づいて明らかにされた定期健康診断の現実

EBM健康診断 第2版
矢野栄二,他 編

《書 評》大島 明(大阪府立成人病センター調査部)

根拠のない健康診断項目

 本書は,1999年に出版された『Evidence Based Medicineによる健康診断』の全面改訂版である。すでに第1版で,わが国の職域健診の多くの問題点を指摘していたが,本書では,その後3年半の間の新たなエビデンス,とくに米国予防医療研究班報告の新しい内容などを参考にして,労働安全衛生法による一般定期健康診断項目のそれぞれの有用性について改めて吟味している。その結果,定期健康診断に含めるべきだとする根拠があるものが少なく,多くが有用,無用の根拠が不十分であることを明らかにした。
 日本でのEBMは,横文字を縦にするだけで,いわば社会現象のように流行して内容を伴うことがないところからはじまったが,最近ようやく臨床の現場では実際に適用されつつあるようである。しかし,編者が言うように,「お膝元の公衆衛生領域や予防活動の実践に,EBMを適用しようとする動きが多くない」「わが国の公衆衛生や予防医学の領域も,権威主義や経験主義からいまだに脱却しえていない」のは誠に残念なことである。特に,健康診断は「現在自覚的には特に問題のない対象に,時には侵襲や不利益をもたらすこともある検査をおこなう」のであるから,「健康診断項目にある検査を含めるか否かは,より直接かつ厳密にエビデンスが示すものに従うべき」である。

健康診断のガイドライン必要

 このような編者の健康診断に関する問題意識に,書評子はまったく賛同する。しかし,各論における提言では,編者も認めていることではあるが,「さらなる研究が必要である」というような歯切れの悪い結論の章が少なくないのは,大いに不満が残る。編者の問題意識が検診の「専門家」である各論の執筆者の共通の認識に必ずしもなっていないように思われる。「権威主義や経験主義」に基づいていったん定期健康診断の項目に取り入れられたものをエビデンスに基づいて中止あるいは変更しようとすると,検診現場から大きな抵抗があることは十分予想できることである。せめて編者のまとめとして,何を目的にしているかが明確でないものや有用性のエビデンスのないものは,健診項目から削除するべきだと各健診項目ごとに明示してほしかった。編者が言うように,今後わが国の健康診断の制度が法規準拠を脱し,現場の産業医の判断で前向きな取捨選択の裁量が取り込めるようにして,さらに過程でなくアウトカムを重視するようにするためには,産業医が参照するべき健康診断のガイドラインの作成と定期的な改訂更新が必須である。今後,本書がさらに発展して,そのようなガイドラインとなることを期待したい。
 さて,本書は健康診断という二次予防の問題点を指摘しているが,提言にもあるように予防医学の中心は一次予防にあり,今日のわが国ではタバコ・コントロールが最重要課題である。おりしも,本年5月から施行された健康増進法の第25条では受動喫煙の防止が,事務所など職場を含む施設の管理者の義務と規定された。また,WHOタバコ・コントロール枠組み条約が,本年5月の世界保健総会で日本政府を含む加盟192か国の全会一致で採択された。日本におけるタバコ・コントロールをめぐる環境は変わりつつある。行動科学や薬理学の裏づけのある禁煙指導を職場の禁煙・分煙とセットして組み合わせれば,禁煙成功率は確実に高まり成果を上げることができる。日本の産業保健の分野で,タバコ・コントロールは今後最優先して取り組むべき課題であると書評子は考える。
B5・頁120 定価(本体2,800円+税)医学書院


現代と次代の研修医・学生は必読! 巨匠が語る医師育成の未来

日本の医療風土への挑戦
明日の「医者」を育てる

宮城征四郎,黒川 清 著

《書 評》松村理司(市立舞鶴市民病院副院長・内科)

“明日の「医者」を育てる”心

 医学界の2人の巨匠の対談・諭文集である。一方の東海大学教授・総合医学研究所長の黒川清先生は,カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)医学部内科教授,東京大学医学部第一内科教授,東海大学医学部長を歴任された大学人中の大学人である。他方の宮城征四郎先生は,前沖縄県立中部病院長であり,現在は臨床研修病院プロジェクト群星(むりぶし)沖縄のプロジェクトリーダー兼臨床研修センター長になられたばかりの,根っからの病院勤務臨床医である。
 背景がかなり異なるおふたりだが,その対談は,誠に肝胆相照らすものとなっている。これまでに接点がかなり多かっただけでなく,“明日の「医者」を育てる”方向性が共通だからであろう。やや年少の宮城先生が,少し腰を低くされて,聞き役にまわっておられる場面が多いことが円滑な進行のコツのようにも思える。

思いきった切り口で語られる

 その医者育成の方法の根幹が,「混ざる」ということである。話題沸騰中のマッチングの思想でもある。その心は,混ざることによってはじめて真剣な切磋琢磨ができるし,にせものの権威なら化けの皮もはがれやすいというものであろう。これだけの国際化・情報化の時代だけに,「混ざる」のでなければ間尺に合わないということにもなろう。
 卓見にも満ちている。私が最も合点がいったのは,「人材の育成の不備は,医療界に限らない。政府,行政,産業界,銀行などでも同じである」という趣旨の黒川先生の発言である。国内外の政財界の方々とも交際の広い先生の言葉だけに,重い。黒川流の「アメリカかぶれ」の中身に触れることができるのも楽しい。「歴史の浅い多国籍国家のアメリカでは,文化的・民族的背景を超えた普遍的な価値観が生まれやすい」という意見には賛否があろうが,「お上意識が抜けない日本とパブリック(市民社会)が目を光らせるアメリカ」といった類の一貫した対比はわかりやすい。
 宮城先生は,私の恩師である。黒川先生にも,間接的ながら多くを教わってきた。還暦をとっくに超えられたお2人のエスタブリッシュメントが,これだけ思い切った切り口を持続されるのは心強い限りである。しかし,これだけ批判的に物されるうちは,「日本の医療風土」の闇は深いままだ。
 現代と次代の研修医や学生諸君に一読を勧めたい。君たちの志が,プライマリ・ケアの修得や人格の陶冶だけでは事足りないぞ!
A5・頁356 定価(本体2,400円+税)医療文化社


腰痛を通してみた,全人的医療のありようが語られる

腰痛
菊地臣一 著

《書 評》中井吉英(関西医科大学教授・心療内科学)

 表紙を見た途端,ただものでない本だと直感した。読み進むうちに,本書が整形外科医のためだけの教科書ではなく,腰痛を通して,著者が医療者にメッセージを伝えようとしていることがわかってくるのである。
 「自分の現場感覚からは,『EBM(evidence-based medicine)だけでは医療は成立しない』という思いで過ごしていた。その後間もなく,NBM(narrative-based medicine)が提唱された。これこそ現場の医療従事者,自分たちがやってきた『手当て』そのものではないか,と納得できた」,「臨床の疑問を基礎で解明し,それを臨床に還元しようとしてきた約30年の記録でもある」からもわかるように,腰痛を通してみた全人的医療のありようが語られ,lumbagoからpatient with lumbagoに至る脊椎外科の専門医としての著者の歴史が刻み込まれている。著者の言葉で言うと「ロードマップ」である。その語りに古い中国の詩人の感性が流れている。

病態と社会的な側面からみた腰痛に関する問題点

 「腰痛」がなぜ問題なのか2つの理由があるという。1つは腰痛の病態自体が抱えている問題。もう1つは腰痛により惹起される社会的問題である。
 ありふれた腰痛の発生機序や病態が21世紀を迎えた現在も十分に解明されていないらしい。最大の不思議である。消化性潰瘍というありふれた病気の痛みの原因がわからないのと同じである。腰痛の生物学的病態が複雑で多因子が関係し合っているだけの問題ではない。慢性腰痛に至ると,心理的・社会的・行動学的要因が生物学的要因に関与する。従来の医学・医療モデルであるbiomedical modelに基づく要素還元主義的モデルでは腰痛の病態が説明できなくなってしまうのだ。
 他方,腰痛と社会とのかかわりから派生してくる問題は,高齢社会の到来,高い罹患率,高騰する医療費,不適切な治療を受けている患者がいるという状況証拠,そしてEBMの概念と手法の医学界への導入である。わが国のように高齢者の人口増加はそのまま腰痛患者の増加につながる。国民の15-20%が毎年腰痛を訴えている。米国の就業年齢層の50%に毎年腰部に由来する症状が認められ,米国民の1%は慢性腰痛のために就業不能になっているという。

EBMとNBMの統合が充実した医療実践のカギ

 著者はデータ中心のEBMから患者中心のEBMという視点を持った医療の実践が求められていると語る。そのためにはNBMの導入が必要だと。NBMとは著者の言葉を借りれば「医療現場における医療従事者と患者との信頼関係に基づく医療であり,その手法は対話を通して,患者の個人的,社会的背景を評価して,それに応じた配慮を伴う医療の実践」である。そして「EBMとNBMが統合してはじめて充実した医療ができる」と。
 本書はまさに「腰痛の全人的医療学」である。しかも,その概念だけにとどまらず具体的,実践的な方法について述べられているのが最も素晴らしい。整形外科医は「形態」だけを視点にして医療を行なっているものと思い込んでいた。菊地教授のような整形外科医がわが国に存在することそのものが稀有である。
 整形外科医だけではなく医療に携わる多くの人たちにぜひとも読んでもらいたい1冊である。
B5・頁344 定価(本体8,500円+税)医学書院


検査の解説とともに,オーソドックスな日常診療法を示す

フォローアップ検査ガイド
北村 聖,大西 真,三村俊英 編

《書 評》関原久彦(横浜市立大教授・第3内科)

診療のプロセスと検査

 長年内科医を務めさせていただいて,いつも感ずることであるが,日常診療において最も大切な点は,病歴と現症を詳細にとることであり,たいていの疾患は,これにより,およそその診断と治療の方向がわかるのではないかと思う。このプロセスを経たうえで,必要な検査を行ない,診断を確定し,治療に入ることが重要である。
 最初,本書のタイトル「フォローアップ検査ガイド」を拝見した時,「検査法の解説書だな」と感じたのであるが,一読して,「これは,すごい本だな」とびっくり。それは検査ガイドではあるが,各疾患について,医療面接,身体所見,一般検査のプロセスを示し,診断のための方向づけをした上で,確定診断のために必要な検査法を解説している。しかも,二ツ星,一ツ星と各検査の重要度を示しているし,治療後のフォローアップの手順についても,従来あまり取り上げられていない治療効果判定のために必要な検査や副作用の有無のチェックのための検査の項を設けて解説しており,各疾患について診療の全体像がよくまとめられている。一見,日常診療のプロセスを簡潔に記載している,ごく普通の教科書のようであるが,オーソドックスな内科の日常診療の真髄を何気なく示している点で,奥行きの深いすばらしい教科書である。ぜひ,医学生の皆さん,研修医の皆さん,若い内科医の皆さんに読んでいただきたい本である。

受け継がれる日常診療法の真髄

 編集された北村聖,大西真,三村俊英先生は,私がまだ東京大学にお世話になっていた頃,入局して来られた先生方で,病棟でがんばっておられた姿が目に浮かぶ。内科医としての修羅場を通り抜けた先生方であり,その経験を通して,このようなすばらしいプランが出てきたのだと思う。執筆者のお名前を拝見しても,これからのわが国の内科を担ってゆく若い先生方である。最近の若い医師に対して,患者さんの顔を見ない医師やコンピューター画面ばかり見ている医師が多いとの批判もあるが,本書を読ませていただいて,オーソドックスな内科の日常診療法が若い世代に受け継がれていることにほっとした次第である。本書が,よい内科医をめざす皆さんの必読書になることを願うものである。
B5・頁568 定価(本体6,500円+税)医学書院