医学界新聞

 

【印象記】

第8回欧州医療質改善フォーラム

安井大策(東北大学大学院医学系国際保健学分野)




 2003年5月14日-16日の3日間,ノルウェー第2の都市,フィヨルド観光で有名なベルゲン市で第8回欧州医療質改善フォーラム(European Forum on Quality Improvement in Health Care)が開催されました。
 欧州医療質改善フォーラムは,英国医師会雑誌出版部(BMJ Publishing Group)と米国医療質改善研究所(Institute for Healthcare Improvement)の共催により,1996年から毎年開催されているもので,同じ企画のフォーラムが米国でもアジア太平洋地域でも開催されています
 今年はヨーロッパを中心に34か国から,医療の質管理に従事する医師,看護師,薬剤師,質管理の専門家,保健行政関係者,研究者など約840人が参加しました。

50以上のセミナーと研修

 フォーラムは3日間の日程で行なわれました。毎日のスケジュールは,これからの医療専門家のあるべき姿,医療の質概念の相対性,質改善手法の途上国での活用,といった内容の全体講演ではじまり,その後は18の会場に分かれて,初心者から経験豊かな上級者まで各レベルに応じて選択できるセミナー・セッション(計50以上)と,1日がかりの研修(ミニ・コース)が同時並行で進められました。質改善(CQI: Continuous Quality Improvement)を新たに導入するときの方法から,実際の活動で遭遇する問題点,解決すべき課題,質改善に関する最新の知見,今後の方向性まで,幅広い話題が取り上げられていました。ポスター・セッションでは,優秀発表の表彰も行なわれました。
 各国にはそれぞれ固有の医療システムがあり,質管理の現状や問題点はさまざまですが,参加して一番に感じたことは,CQI(質改善)やTQM(質管理)が予想以上のスピードで各国に浸透していたということです。とくに北欧諸国では,国が先頭に立ち,政策と医療提供システムの全体に質改善の取組みを取り入れることで組織体制から抜本的に変わり,ビジョン,行動計画,運営にまで質管理手法が活用されていることに驚きました。
 「医療の質管理」はまだ新しい分野で,その範囲は行政システムから日々の日常業務まで多岐に渡ります。基本的な点は,患者の利益を目的として質改善を行なうこと,Plan・Do・Study・Actionの4つのサイクル(PDSAサイクル)を継続的に行ない,エビデンスに基づき改善していくことです。
 今まで個人の資質の問題,個人の不注意の問題として扱われ,毎日繰り返されてきた同じようなミスは,それが必然的にある割合で起こる構造にこそ問題があり,その構造を放置しておくことに問題があることがくりかえし強調されていました。

限られた資源の中で行なう質管理

 “南アフリカのHIV/AIDS対策プログラムにおける質改善の取り組み”というテーマのセミナー・セッションにも参加しました。
 南アフリカでは,人的・経済的資源が非常に限られた中で,HIV/AIDS感染が現在も広がっています。HIV(+)の妊婦に対する抗ウイルス療法の受療率向上プログラムを例として,最前線のヘルスワーカーでさえHIVの知識が不十分という状態で何から取り組むべきか,特性要因図を使って問題の要因を分析し,プログラムの設計にプロセス管理の考え方を取り入れ,PDSAサイクルを回して改善に成功した経験を学びました。
 質管理の手法は,先進国だけのものでなく,幅広くさまざまな問題解決に役立つ方法であるということがわかりました。

おわりに

 今回のフォーラムで特に頻繁に耳にしたことは,医療の質改善は,技術的には難しくないが,その技術を自分や同僚,職種を超えた病院組織全体のみんなが共有すること,医療提供システム全体を継続的な改善の軌道に乗せていくこと,さらには,「質改善のカルチャー」を病院組織全体に浸透させてゆくことが重要なのだ,ということでした。
 現在,Evidence Based Medicineが盛んに叫ばれ,各方面から数々のガイドラインが出され頻繁に改訂される状況で,すべての情報を把握することは個人の努力では不可能な状態になっています。患者に不利益を与えないためにも,また自分の身を守るためにも,医療の質を個人の努力のみでなく,病院システムで保障していく必要性を強く感じました。
 今回,欧州医療質改善フォーラムに参加して,実際に行なわれているさまざまな技術を学ぶなかで,日本が北欧諸国のレベルまで国をあげて医療の質改善に取り組むにはまだまだ時間がかかると感じました。しかし,医療の質改善が広まらないのを国の責任にせず,患者の利益のため「質改善のカルチャー」を,病院レベル,医療者レベルで広めていくことが,我々の責務であると,自分の意識を改善するよい刺激になったと思います。


*全米医療質改善フォーラムは1989年から開催されており,今年は12月にニューオリンズで開催される。また,アジア太平洋医療質改善フォーラムは2001年から始まり,今年は9月にニュージーランドで開催される。