医学界新聞

 

最近の韓国医学教育事情

吉田一郎(久留米大学医学部医学教育学教授)


 本年5月,韓国国家試験機構主催による「医学教育国際シンポジウムおよび韓国医学教育学会」に参加する機会があったので,感じたことを記してみたい。

医師国家試験でのOSCE,韓国は2006年からスタート

 韓国の医師国家試験を実施する組織団体が5年前に,「National Health Personnel Licensing Examination Board(NHPLEB)」と改組され,医師国家試験だけでなく,歯科医師や看護師など約20の国家試験を担当している。
 韓国では近く,医学生にも米国の「ステップ1」や日本の「共用試験」のような中間の試験を実施する計画で,この試験もNHPLEBが担当することになるという。これはわが国のように「共用試験は文部科学省」,「医師国家試験は厚生労働省」管轄と別々になっているのに比べると,より望ましいシステムであり,卒前・卒後教育の一貫性という点では米,英などの医学教育先進国に近い。
 米国の医師国家試験がNBME(National Board of Medical Examiner)という民間団体により,「ステップ1」,「ステップ2」,「ステップ3」と卒前・卒後と一貫性をもって実施されており,英国では非政府組織のGMC(General Medical Council=英国医学協議会)が約50年前にスタートしてからは,卒前・卒後の医学教育に対し,質の高いコントロールを行なっていることは,よく知られている。
 ただし,韓国のNHPLEBの運営は,受験料に大きく依存しており(政府からの補助は約10%とわずかなのに,政府からのコントロールがあるという),財政的には楽ではないという。しかし,約30名の専属スタッフ(複数のpsychometrician=心理測定専門家を含む)が国家試験に専念して従事しており,毎年このようなシンポジウムを開催していることに強い感銘を受けた。
 5月20日のソウル市でのシンポジウムは,「Toward the Better Evaluation System;Clinical Skill Assessment」と題して開催された。米国の歯科医師国家試験での臨床能力評価について講演する予定であったゲストスピーカーは,SARSの影響のためか,訪韓をキャンセルされた。
 トロント大学のClarke氏は専門医試験における実技試験を,筆者は日本の現状や臨床能力試験のあり方を,一方カナダのMedical Council of Canadaの評価部門長のBlackmore氏はカナダの医師国家試験における臨床能力試験について講演された。

カナダの医師国家試験OSCE,患者の安全確保に必須

 10年以上前から医師国家試験にOSCEを導入しているカナダの経験について紹介する。
 カナダでは1992年から医師国家試験にOSCEを導入しているが,導入までに4年間の準備期間が必要であったという。最初は20ステーションで実施していたが,2日間にまたがること,経費がかかること,さらにこのやり方を学生が嫌がったことなどで,現在はステーション数を14(7ステーションは10分だけ,他の7ステーションは5分間の模擬患者との面接の後に,CTやレントゲン写真をみせる5分間のPEP:postencounter probe)に減らしたが,20ステーションのOSCEのほうが,より質の高いOSCEであったという。
 Blackmore氏は患者の安全性確保の立場から,医師国家試験へのOSCE導入は必須であると強調された。なお,模擬患者のトレーニングにはビデオ,ロールプレイを用いること,試験官(医師)のトレーニングにも2時間ほどビデオに撮影し,評価が適切かどうかを話し合っているという。
 Yesとnoの2つしかないチェックリストを用いるほうが信頼性は高いが,実際には,チェックリストとレーティングスケールの組み合わせがよいとも発言された。
 さらに6つのglobal rating scaleの中央2つを,「borderline unsatisfied」と「borderline satisfied」とすると評価がつけやすいと指摘された。また試験を公平に管理するうえで,OSCEの「structured」に関連し,ステーションを廻る順番は違えても,受験生が同じ内容の試験を受けることが重要と強調された。
 カナダでは,OSCE用に240のシナリオをプールしており,これは3年ごとにチェックされ,見直されるという。このシナリオ集は受験生にも公表しているが,チェックリストは非公開(公開すると受験生が丸暗記してしまって,型に入った解答パターンを示すのがその理由)である。
 Blackmore氏は米国が導入しようとしている臨床技能試験についても言及され,特にSPが評価用紙にマーキングすることや,どのステーションも同じように進めるやり方に対して批判的であった。しかし,カナダの医師国家試験での評価者数は,経費の都合で1人としているが,複数の方が望ましいと言われた。
 なお韓国では2006年から医師国家試験にOSCEが導入され,12ステーションでスタートする予定であるという。
 Blackmore氏は,この10-12のステーション数はミニマムなので,医師国家試験に用いる場合は十分な注意が必要と指摘された。韓国のOSCEのトライアルでは心理測定専門家により,一般化可能性理論を含めた多面的な検討がすでになされていた。

欧米の医学教育の動向を的確にすばやくキャッチ

 韓国医学教育学会は5月22-24日に済州島で開催された。韓国の医学教育学会は年に2回,春と秋に開催され,春の大会は招待講演,各種報告,ワークショップなどを主体とし,秋の大会では一般演題中心となっている。
 なお春の大会は,全国医学部長会議と合同で開催され,医学部長へのファカルティディベロップメントにもなっている。この学会では,前述のNHPLEBでの国際シンポジウムの招待者に加えて,米国からWilkerson氏ら2名が招かれていた。
 Wilkerson氏はハーバード大学の有名な新しいカリキュラム「New Pathway」のスタートにかかわったことでわが国でも知られている。1992年に,教育改革のためにカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)に移られたが,UCLAのような古典的な講義中心のカリキュラムの医学部で,PBLチュートリアル中心の新カリキュラムをスタートすることが,伝統的な考えに固執する教授の抵抗などで,どれだけ困難であったか,またハーバードを離れて,カリフォルニアに来たことが本当にハッピーであったのかと,何度も自問していたと言われた。
 しかし,長年の努力のかいがあり,やっと本年の新学期から週に10時間の講義を残すだけで,後ははすべてPBLチュートリアルというハーバード方式をスタートできることになったという。その内容はハーバードよりもさらに統合され,科目名をなくした進んだPBLチュートリアルになるだろうと言われた。PBLチュートリアルにおけるチューター不足は世界共通の悩みであるが,UCLAでは,チューターを出し渋る部署には医学部長が定員削減をちらつかせて,その部署と交渉するなど,リーダーシップを発揮することになるという。
 今回の学会で非常に印象に残ったのは,日本とは比較にならないほど多くの方々が,韓国から海外での国際医学教育の学会に出席していることであった。「ヨーロッパ医学教育学会(amee.org)」,「オタワ会議(www.bcmedic.com/ottawa)」,「米国医科大学協会(カナダも含む,aamc.org)」,「世界医学教育連合(www.WFME.ORG)」などへの平均参加者数は10-20名と,日本からの参加者を大きく上回っている。
 また,海外医学教育先進校が開催する医学教育セミナーにも驚くほど多数の参加者がある。毎年の韓国医学教育学会の春の大会でそれらの詳細な報告がなされ,全国の医学部長や学会参加者にその内容が伝えられる仕組みになっている。今回は上述の医学教育国際学会報告の他に,アイオワ大学のファカルティディベロップメントの体験記,マーストリヒト大学の2001年からスタートした新カリキュラムやPBLチュートリアルが紹介されていた。
 また今回の春の学会では,『医学教育用語集』も作成されていたが,その新しさに強い感銘を受けた。

メディカルスクールがスタート,さらに充実しつつある教育スタッフ

 韓国の41医学部のうち,11校が米国と同じく4年制のメディカルスクールを2002年からスタートし,ソウル大学などは抵抗しているようであるが,政府は補助金の大幅な増額や定員増でメディカルスクールへの移行を進めている(実際の新入生の入学は2005年)。
 筆者は小児科医でもあるので,韓国の小児科の教授数を示すとソウル大学の小児科教授は20年前は5名であったが,現在は20名に増加したという(内科教授は56名)。ハーバード大学小児科の33名には及ばないものの,わが国の大学あたり小児科教授の平均人数が,戦前・戦後ともずっと1人なのと比較し,圧倒される思いであった。小児科の関係者であれば,この20名という数がどれほどに驚異的な人数であるか容易に理解できよう。
 わが国の医学教育は,マンパワーを増やさないで,スタイルだけを米英方式に変えようとしているが,マンパワー不足は致命的な問題となっている。一方,公共事業費はG7中,わが国だけで他のG6の総計を上回るという。
 韓国では医師国家試験も確実に進歩しており,2年前から古典的なマルチプルチョイスに加えて,「EMIs(extended matching items)=R type(本紙2530号を参照)」が導入されているが,わが国では未実施である。現在は10の解答リストの中から1つを選ぶスタイルであるが,2-3年以内にさらにレベルアップしたEMIsにするという。
 また医師国家試験の評価も30年前の修正イーベルやアンゴフではなく,項目反応理論による解析が進められていた。カナダのようなtwo parametric(問題の難易度+識別度)でなくとも,one parametric(Raschモデル)で十分ではないかとの意見もあった。韓国のスキルスラボもスライドで見る限り,マーストリヒト大学などよりも優れているのではないかと思わせるほど,随分と立派なものであった。
 帰国後にさらに驚いたのは,コリア大学のAhn教授から手紙をいただき,「韓国と日本で協力して,いつの日か,現在の米英アングロサクソンによる医学教育のスタンダードに打ち勝つ,新しいスタンダードを作りたい」と書いてあったことである。
 なるほど,ワールドサッカーでベスト4になり,金融再生も成功させた国だけのことはあり,韓国恐るべしとの感を強く持った。
(おわり)