医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


ある老年科医が託した「遺書」

老年者ケアを科学する
いま,なぜ腹臥位療法なのか

並河正晃 著

《書 評》日野原重明(聖路加国際病院理事長)

闘病のなかの執筆

 本書の著者,並河正晃博士は1968年に京都大学医学部を卒業。4年後に米国に渡り,内科学を2年研修の後,ニューヨーク市のマウントサイナイ医科大学の老年科でさらに2年,フェローとして老年医学を修め,帰国後の1976年からは京都桂病院,近江温泉病院にて老年者診療を行なう傍ら,京都大学医学部講師および同大学医療技術短大の講師として,教育・研究も続けられた方である。
 1999年に不幸にも胃癌に罹患していることがわかり手術を受けられたが,2000年12月に再発のために再入院。その後,入退院を繰り返す闘病生活が続き,本書を上梓して間もない2002年7月,死去された。同年12月には,私が理事長をしている聖路加ライフサイエンス研究所の主催で第4回腹臥位療法セミナーを開催することになっており,その講師として出席を依頼しようと計画していた矢先の訃報であった。
 このように,本書は癌との厳しい闘病のさなか,30余年にわたる老年医学者としての臨床と思索をまとめ,後世に託した「遺書」ともいうべき書である。

腹臥位療法によせる思い

 日本では急速に老齢化が進んでおり,2025年にはケアを必要とする老人は500万人にも及ぶと予想されている。マンパワーに頼る現在の老人ケアでは,人手と経済の両面から立ち行かなくなるのは目に見えており,そのことへの強い危機感が,病を押して本書の執筆に著者を駆り立てたのである。著者の提案する新しい老年者ケアの方法は,臓器別診療を主流とする現在の医学的手法には馴染み難く,むしろ身体と併せて生活全体への視点を持つ看護的アプローチに近いものであり,看護に対する期待の大きさが本書の随所にうかがわれる。
 本書は2部構成になっている。第1部では若年患者と老年者との差を述べ,老年者へのケアでは「『生活に起因する疾患群(生活習慣病を含む)』の芽が,生活の段階で摘み取られ,大事(疾患)に至らないようにする予防がことに重要」である,と情熱的に述べられている。その具体的方法として提案されているのが,本書の副題である,腹臥位療法なのである。
 著者は,脊椎動物の進化に伴い,脊椎と内臓の位置がどう変化してきたかを人の体位と比較して説明し,心身の休息・休養に好ましい仰臥位やファウラー位を昼間もとり続けることにより,容易に発現する病態(拘縮,誤嚥,尿失禁,便秘・糞づまり・便失禁,褥瘡,周囲への反応性・注意力の低下)を「寝たきり廃用症候群」と名づけ,注意を喚起する。そして,それらが起こる機序と,腹臥位によってなぜ予防または治療が可能なのかを,主に重力が体位に及ぼす影響から解明していく。この間の説得力に富む論理展開は圧巻である。
 第2部には,老年者ケアと医療の革新についての自説が記されている。介護・看護方法を考える視点から,より少ない介護量で老年者の自立度を上げる具体的な方法を,著者はまず提案する。そして最後に,適切な老年者診療体系の構築に,看護学,理学療法学・作業療法学が果たすべき役割に言及している。特に医学の体系の中で,老年科医が健全に育ち難い状況にあることを,自らの体験を交えて論じ,むしろ,老年科を包摂する老年学の構築には看護学が首座を占める最短距離にある,と述べ,看護への大きな期待をにじませて本書を結んでいる。

目からウロコの老人ケア

 本書はすべての考えが理路整然と,しかも臨床的応用への方途が具体的に示されており,実践書としての特長を持ちつつ,考え方を整理するのにも最適な,思索の書といえよう。
 老年者ケアを目指す医師,ナース,理学療法士,作業療法士などは,本書を読まれれば,目からウロコが落ちる思いをもたれると思う。今は亡き並河正晃医師の教示により,日本の老人ケアが一段と前進することを望んでやまない。
B5・頁112 定価(本体2,000円+税)医学書院


いちばんシンプルでわかりやすい病態生理の本

図解 知っておきたい病態生理
西崎 統 著

《書 評》大島弓子(愛知県立看護大教授)

「病気」を学ぶには?

 看護教育の中で,対象の健康状態に大きくかかわる病気をどのように学生に理解してもらうかについては,日々悩むところであり,私自身もその取り組みを長年,書籍で行なってきている。そのため,疾患や病態に関連した書籍をみると,いかに理解しやすくするために工夫されているかなどクリティークすることが常である。
 その視点で本書を手にして読み進めると,随所に,いかに病態を読者に理解してほしいかの気持ちが伝わってくる。本書が『看護学雑誌』に連載されていたものをまとめ直していることからも,看護で活用できる内容へと精選されているとともに,アップデートの内容を盛り込んだり,自身で理解を確認する項を設けるなどの工夫が施されたのではないかと感じている。

臨床でよく出会う疾患に焦点化

 精選の視点からは,2つの特徴が感じられ,それが本書の特長につながっていると思う。
 1つ目は,本書は器官系統別に主たる疾患を取り上げており,疾患を網羅的に理解していくというのではなく,臨床的に出会う頻度の高いものが選択されているために,理解するためのボリュームが苦になる量ではない。つまり焦点が絞れて理解できるのではないかと思う。
 例えば,循環器・呼吸器疾患では,「うっ血性心不全」「狭心症」「心筋梗塞」「高血圧症」「先天性心疾患」「慢性閉塞性肺疾患」の6つがあげられている。この6つは,その病態を持つ患者に出会う頻度が臨床上高いと思われ,興味・関心も高い。また,初学者である学生には特に,実習で受け持つ患者の状態であることが多い。
 この視点で病態を理解することをめざし病態をクリアカットすることを私も試みているが,踏ん切りがつかないことも多い。その点,本書はその姿勢を明確に打ち出していると思う。

クリアカットでシンプルな図解

 2つ目は,内容である。その病態を理解するために,メカニズムの大筋を論理的に理解できるように複雑な内容を精選し,できるだけ骨子だけになるよう工夫されていると思う。著者も「序」で,わかりやすくするためにクリアカットした意味を述べている。この点も,簡単にそのようにできそうでいて,なかなか踏ん切れないことであり,それはねらいどおり,理解しやすい内容になっていると思う。さらに,図もその内容に合わせて,シンプルに表されている。初学者が病態を理解するのに取り組む手始めや,臨床でその病態を確認しておきたいと考える時,内容や図が複雑であると敬遠しがちになるが,その点,本書はすっきりしているため,読みやすいと思う。
 これら2つの精選は看護学を教授する私たち教師にとっても大切なことであり参考になる。たくさん,詳しく,網羅して教授したくなる内容をこのように精選するには,吟味を重ねた結果のたまものであろうと思われ,教授内容を構築していく際にも役立つのではないかと思う。
B5・頁248 定価(本体2,400円+税)医学書院


全面改訂! 経験から導かれたカウンセリング理論

看護カウンセリング 第2版
広瀬寛子 著

《書 評》成田善弘(名古屋市・桜クリニック)

 本書は1994年に刊行された『看護カウンセリング』の第2版であるが,全面的に改訂されており,新しい本といってよい。『看護カウンセリング』というタイトルをあえて変えなかったのは,看護カウンセリングを通して成長してゆく著者のプロセスを示す本にしたいという編集者の言葉に従ったからだという。たしかに本書を読むと,著者のすぐ側でその息づかいを聞きながら歩みをともにする感じがする。

看護カウンセリングのすべて

 本書は第I部「総論」と第II部「各論」からなる。「総論」は4章からなり,看護カウンセリングの学問的位置づけ,臨床的位置づけ,基本的姿勢,そしてその発展が論じられている。著者は看護カウンセリングの特徴として,身体にアプローチすること,母性的存在として機能すること,患者の精神的ケアに関するニーズを把握すること,面接室だけでなくベッドサイドや自宅など患者の空間と時間に出向いていくこと,チーム医療の中で情報を共有することなどの諸特徴をあげ,医師,臨床心理士,一般の看護師などと比較しつつ,看護カウンセリングの独自性を明らかにしようとしている。「痛みやだるさの世界にいる患者に対しては,言葉による対話よりは,その世界に添って身体をさする」「意識水準の低下している患者に対しては,ただ黙って側にいることもある。その時は患者の呼吸に合わせて呼吸する」などは,著者のいう看護カウンセリングの独自性が発揮されているところだろう。
 「各論」は5章からなっていて,看護カウンセリングの方法論,実際,機能,拡大が論じられ,終章「生きるということ」では患者,家族,ナース・カウンセラーの体験世界が語られている。いずれの章でも,著者が患者にどのようにかかわっているかが,著者自身の内面の動きにまで立ち入ってきわめて具体的に語られていて,患者に接するときの著者のはりつめた気持ち,繊細な感受性,押しつけを避けようとする節度などが痛いほどに伝わってくる。第2章「看護カウンセリングの実際」,中でも「対話の中で具体的に気をつけること」は,ナース・カウンセラーに限らずすべての医療者にとって有益な内容である。ここには「普通の人の感覚を忘れない」「患者のプライバシーにもっと謙虚になる」「患者・家族の真実と医療者の解釈を混同しない」など,医療者が陥りがちな陥穽の鋭い指摘がある。第3章では患者,家族,医療者それぞれにとっての看護カウンセリングの機能が述べられ,第4章ではがん患者とその家族そして医療者へのサポート・グループについて述べられている。かかわりの中で患者だけでなく家族や医療者のニーズを把握し,それに応えるサポートを手作りで行なっていく著者の行動力には敬服させられる。

体験を力に

 終章「生きるということ」では患者と家族とナース・カウンセラーの体験世界が語られる。第1版の序章で著者は自身の病の体験を述べていた。本書ではそれは省かれているが,それでもいたるところに著者自身の病の体験,さらに母親と父親を看取った体験がにじみ出ている。著者は患者,家族,ナース・カウンセラーのいずれをも一身に体験したのである。そしてその体験が病む人への著者の理解とかかわりをやさしく深いものにしている。本書は著者の中で個人的体験がより普遍的なものへとひらかれていくプロセスをよく示している。
A5・頁320 定価(本体2,800円+税)医学書院


「若者がわからない」人のために

ユースカルチャーの現在
日本の青少年を考えるための28章

渡部 真 著

《書 評》服部祥子(大阪人間科学大教授/精神科医)

「若者は変わった」のか?

 10代-20代の犯罪や自殺率が事件として報道されるつど,「昔の若者とはちがう」という感想を述べる大人が多い。本当に現代日本の若者は変わったのか。
 本書は社会教育学者である著者が,マイナス方向への若者変質論をさまざまな角度から科学的実証的に検討し,現代日本の若者の実像に迫ろうという興味深い本である。私のような児童青年精神科医はもとより,看護師,カウンセラー,教師など,若者との接点をもつ専門職者に本書は多くの示唆をもたらすにちがいない。
 構成は2部に分かれ,第1部はユースカルチャーの現在を28章で論じている。内容は実に多彩だが,約半分の章で少年非行・犯罪,いじめ,自殺等を年代による推移で論考したり,小中学生の意識や行動,学校生活と勉強時間,若者の人生観の調査結果等を入念に考察して,安易な青少年の悪質化論を冷静に批判反論している。また10数章では若者にかかわる興味深い書物や記事や映画の紹介を通して,著者の考える現代のユースカルチャー論が展開されている。各章とも大学教師と大学生の対話形式で書かれているので,論点が具体的で読みやすく,理解もしやすい。どの章も独立したテーマでかつ完結しているので,順不同,どこから読んでも構わない。

若者と政策

 第2部は頁数が少なく補足的に見えるが,実は大変重大な論が展開されている。つまり,青少年の問題行動や逸脱行動が起こると国の教育政策にいかに影響が及ぶかという社会教育学者らしい鋭い指摘である。ことに神戸事件(1997)の衝撃により直ちに諮問され,翌春答申の出された中教審「心の教育」を例にとり,詳しく解析されている。1つの特異な事件により「マイナス方向へと変質してしまった青少年像」が潮流となり,「個性化」「多様化」よりも「社会化」「標準化」を重視する教育改革へシフトしていくさまを,これほど迫力をもって解説している書物を私は他に知らない。
 1本1本の木を見るように,個々の人間に深くかかわる臨床医の人間観は貴い。しかし時には森全体を眺め,大きく趨勢を知ることも大切である。本書は現代社会の若者をバランスをもってとらえるための最良の指南書である。
A5・頁228 定価(本体2,200円+税)医学書院


「高齢者観」の転換を迫る大胆な一書

地域ケアを見直そう
備酒伸彦 著

《書 評》岡本祐三(岡本クリニック院長)

 異色の「地域ケア」論であり,大胆極まりない一書というべきだろう。とにかく,この世界の既成概念や固定観念(著者の言うところの「思い込み」)を覆してやろうとする気魄に満ちている。そしてさらに,「頭を切り換えるほどおもしろいことはないですよ。皆さんもやってみませんか」と問いかける(「挑発する」というほうがふさわしいかもしれない)。
 なにしろ本書の題名は「地域ケアを見直そう」だ。しかし章立ての見出しはもちろん,本文にも,従来型の行政やらボランティアのかかわり論は一切登場しない。そもそも「地域うんぬん」の言葉がほとんどと言ってよいほど出てこない。
 ではこの問いかけはいったい何なのだろうか? そこで読者がページを繰ってみると,著者が自分自身の認識の変革過程を率直にさらけだし,読者に追体験させるという手法が次々と繰り出されて,まんまと著者のワナにはまる。
 まず著者は,地域リハのこれまでの「思い込み」は,「入院中にピークまで持っていったADLが,自宅へ帰るとどんどん低下する」というものであり,また,これまでの「地域ケア論」の本質は要するに家族支援であり,それを(家族がどんなにがんばっても,できそうにないことを)ケチケチと行政が仕切る「福祉」が手助けするというものだった,と指摘する。
 しかし介護保険導入後,状況が一変した。高齢の障害者が自宅へ復帰後もADLが低下せず,むしろ改善する例が急増したことを強調する。それは家族介護一辺倒だった在宅生活の世界に,各種プロフェッショナルの技術がすいすいと入れるようになったからである,という。

既成概念をひっくり返す

 そしてこれは著者自身の原体験でもあるが,高齢者を十把一絡げに「お年寄り」扱いすることから,「力強い」「個性」ある個人としてとらえ直すという,ケアの対象者についての認識の転換を,さまざまな実例により紹介する。
 著者の既成概念「ひっくり返し」の,真骨頂のエピソードの1つを紹介する。「出口を創る-窓ガラスの奇跡」(第6章)だ。数年間寝たままだった老婦人のために,「外を見てみたいだろう」と考えて,ガラスの引き戸を上下に「ひっくり返し」,外が見られるようにしたところ,彼女は起き上がりはじめ,(ここからは著者から直接聞いた話だが)外を通る近所の子どもにお菓子をあげるようになった,という。つまり本人がそれまでのひたすら「与えられる存在」から「与える存在」にまで飛躍したという。ここでいう「出口」とはまさしく「可能性」のことだ。
 このように著者の問いかけの本質は,実は「高齢者観の見直し」であり,ケアサービスにかかわる人々個々の仕事を総称して「地域ケア」と規定し,そのような人々の,高齢者に対する「価値観の見直し」にある。日本社会の「高齢者観」の転換をも迫るものだ。
 「地域ケア」「地域リハ」「自立支援」とは何なんだ,と考えている方々とって,本書はかっこうの導きの書となるだろう。語り口は洒脱で読みやすく,広く推奨したい。
B5・頁128 定価(本体2,000円+税)医学書院