医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 「フーッ」

 加納佳代子


 この夏,学会で久しぶりに知人と出会った。たまたま出会ったのが昼食時間だったのでレストランへ直行した。
 私たちはテーブルに座ってすぐ,待ってましたとばかりにしゃべり始めた。学会途中の短い食事時間しか話せないのだから,いきなり本題から始める。
 彼女のまわりで起きた出来事,憤慨した感情,がまんして努力したいきさつ,考え抜いた結論,振り返って考えられる現在の見解,ずらっと目の前に並べてくれた。昼食セットのように,これがすべてよとダーッと話をしてくれたので,私もフンフンと味わいながら,話も料理も短時間に飲み込んだ。
 食後のコーヒーや紅茶が運ばれる頃には,フーッとため息をついて落ち着いた。そして次には,彼女の私生活に降りかかった不運ともいえるさまざまなでき事をカラッと語ってくれた。そして最後にまた,フーッと息を吐いてこう言った。
 「こうやってニコニコと話しているとね,私は苦労もなく仕事していると周囲は勘違いするのよね。冗談じゃないわ。人様よりよっぽどたくさんの苦労が降りかかっているのに。あれもこれもと,人が持ってくる苦労をみんな私が引き受けているだけ。周りからは『そうやってケロッと笑っていられるからいいわね』なんて言われるのよ。こっちはホントに大変なんだから。フーッ」
 私は話を聞き,「んー」とうなりながらこう言った。
 「それっていいことよ。ずらっーと『苦労』が並んでいると,その中から背負いたい『苦労』が選べるでしょ。選択の自由があるってことは,幸せじゃない」
 彼女は「エッ!」と息を呑む。
 「鞄の中の『苦労』を追い出そうとすると,すぐ次の『苦労』が入ってきちゃうのよ。だから鞄の中は好きな『苦労』でうめつくすの。そうすれば,他の『苦労』は置いていくしかないでしょ。いいねえ,好きな『苦労』選べるって幸せだね」
 すると彼女は「アハハハ……」と大笑い。
 「1つ降りかかると押し付けられたように思えるけど,いっぱい降りかかれば選べるっていうことか」
 私たちはフーッと息を吐いて肩の力を抜き,清々しい顔で午後の会場に向かった。ため息を吐いて,肩の力を抜き,次に背負う苦労を決める準備をする。
 私の仕事部屋の床には,私が吐き出した『ため息の玉』がごろごろところがっている。終業時間になると看護部長室付の職員があらわれ,「あらあら,今日も一杯ころがっていること」と言って箒を持つふりをして,見えない『ため息の玉』を掃きだす格好をする。そして,「さあ,きれいになりましたから,また明日。じゃ,お先に」と言って私を残して帰る。
フーッ。