医学界新聞

 

先駆者たちと明日の医学教育を議論

第35回日本医学教育学会開催される




 第35回日本医学教育学会が,杉森甫大会長(佐賀医大学長)のもと,7月25-26日の両日,佐賀県医師会メディカルセンターにて開催された。本学会では,「医学教育と地域貢献」がテーマとして掲げられ,地域における医学教育がクローズアップされた。
 また,来年4月に施行が迫り,この秋にかけて初のマッチングも行なわれる新しい臨床研修制度をめぐっては,シンポジウムが企画され,活発な討論が行なわれた他,OSCE(客観的臨床能力試験)の開発者として知られるロナルド・ハーデン氏(英国ダンディー大)をはじめ,英米から新しい教育方法の先駆者たちが招かれ,日本でも導入が進んでいるOSCEやPBL(問題解決型学習法),クリニカル・クラークシップのあり方について,示唆に富んだ講演を行ない,話題となった。
 本紙では,新臨床研修制度についてのシンポジウムと,海外からの招待演者による演題を中心に本学会の話題を紹介する。




 「卒後臨床研修必修化を目前にして-期待と要望」と題して行なわれたシンポジウム2(座長=京大 福井次矢氏,佐賀県立病院好生館 宮本祐一氏)では,大学病院,臨床研修病院,厚労省,そして,研修医のそれぞれの立場から,新しい制度実施を前に,現状認識と今後の展望が語られた。

勝ち組と負け組がはっきりする

 はじめに登壇した前野哲博氏(筑波大)は,大学病院における研修の利点として,(1)専門家から学ぶことができる,(2)専門研修との連携に優れている,(3)教育資源が充実している,(4)医師の派遣の起点となっている,などを列挙する一方,「大学病院に入院しているのは,医療全体からみれば一部の特殊な患者であり,コモンディジーズを経験できない」と,その欠点を指摘した。そこで,外部研修制度を充実させることによって,その欠点を補うようにつくられた筑波大の研修プログラムを紹介し「欠点を補い,利点を活かせれば,大学病院は臨床研修に決して不向きではない」との持論を述べた。また,氏は新制度下においては「優れた研修病院には優れた研修医が集まり,質の悪い研修病院には質の悪い研修医が集まるだろう。勝ち組/負け組がはっきりする」との見通しを述べた。

研修の「安全性」という問題

 続いて,臨床研修病院の立場から,井村洋氏(飯塚病院)が飯塚病院の教育実践を紹介。現在の到達点と今後の課題を述べた。氏は,初期研修の目標は「高頻度に遭遇する疾患への対応を身につける」ことにあると指摘し,飯塚病院における研修の最大の特徴ともいえる,2年間継続して行なわれる救急外来当直の意義を示した。その中で「当直時間を準夜,深夜に分け,当直時間を8時間に制限する」,「1年次研修医をマンツーマン指南する指導医当直」,「各科の救急当直バックアップ」などの「安全性の考慮」を特に強調した。また,今後の課題として「(救急以外の)外来研修の整備・充実」,「研修・診療の質の保証」を挙げた。
 一方,研修医の立場からは,中村明澄氏(筑波大)と八戸敏史氏(国立病院東京医療センター)がシンポジストとして参加。研修医の「『やる気』がでる臨床研修についての実証的考察」を報告した。この中で両氏は,「初期研修医の『やる気』を促すことに役に立っていた因子は,(1)相互フィードバック(助け合い),(2)目標があること(到達目標の設定・達成の実感),(3)『やらなきゃ』状況(『自分しかいない』,『まかせられた』)にある」と述べた。
 最後に登壇した吹野恵子氏(厚労省)は,新臨床研修制度について概説した他,この8月にも登録が行なわれるマッチングについてのシミュレーションを動画で示した。
 フロアを交えた各口演者と討論では,会場から「勝ち組と負け組に分れるような医療がわれわれの求めている医療だろうか。医師確保が困難な地域からはさらに医師がいなくなり,地域医療は悪くなるのではないか」「医療に市場原理はなじまない。国で何らかの手当てを考えるべきではないか」などの意見も出され,新制度がもたらす地域医療への影響を懸念する声が聞かれた。

英米の医学教育の先駆者らが講演

 米英から招かれた著名な教育者による演題は,本学会の目玉の1つであったが,招待演者たちはそれぞれ,日本の医学教育改革のあり方に強く示唆を与える講演を行ない,参加者に深い感銘を与えた。
 2つの講演と1つのシンポジウムをこなす活躍ぶりだったハーデン氏は,特別講演「OSCE-過去・現在・未来」で,1969年に始まるOSCEの開発,そしてその後の世界的な広がりの歴史を概説。その中で氏は「医学教育においては,学習者が何を身につけたかというアウトカムが重視される」と述べ,OSCEの開発・導入に至った「Outcome-Based Education」という考え方を強調した。さらに今後は,「学習者が学んだ証拠(Evidence)を重視すべきだ」とし,評価へのアプローチとして,筆記試験,OSCEに加えて,「ポートフォリオ」の有効性を示唆した。最後に氏は,「評価を行なってこそ,私たちは学習者が何を学んだか知ることができる」と,教育における「評価」の重要性を再度強調して講演を結んだ。
 シンポジウム4「PBLテュートリアル教育の新たな展開」(座長=東女医大 神津忠彦氏,佐賀医大 酒見隆信氏)では,ハーデン氏の他,神津氏,松尾理氏(近畿大)の2人に,米国からジャネット・ハフラー氏(ハーバード大)とゴードン・グリーン氏(ハワイ大)が加わり,PBLのあり方について議論。ハフラー氏は,(1)学習者が教育目標の設定に積極的に参加した時,学習は増幅される,(2)フィードバックは学習に必須である,との重要な2原則を示し,さらに具体的なフィードバックのあり方を論じた。他方,グリーン氏はハワイ大での教育実践を紹介した上で,「PBLを日本に導入する際,エンドポイントの設定などで問題が生じている。何をターゲットにしたPBLを行なうのか考える必要がある。日本でも必ずできるはずだ」と助言した。
 また,「診断過誤を共有し,そこから学ぶ-責めずに開示させる」というユニークなテーマで教育講演を行なったジョルジュ・ボルダージュ氏(イリノイ大シカゴ校)は「過ちから学ぶ」ことの重要性を指摘。診断において「(1)学生が何を考えているのか知る,(2)不確実さを表明することを促す,(3)責めずに思考を開示させる,この3つの方法が,教育上求められる」と述べ,現場の指導医たちに大きな示唆を与えた。