医学界新聞

 

〔書評特集〕

看護教育機関の採用決定者が語る

この本に決めた理由


テキストの選定は難しい。授業の良し悪しを左右しかねないし,何冊も選べば学生の費用負担も大きくなる,しかしそのぶん,「どのような授業をめざすか」「学生にどんな看護師になってほしいか」という教育方針が,1冊の本の中に色濃く反映される。本欄では,採用に至った経緯や本の活用の仕方をご紹介いただく。


看護に“水”を与えてくれる書

看護のための精神医学
中井久夫,山口直彦 著

《書 評》谷口満夫(兵庫県立淡路病院精神科)

 私は,公立総合病院の精神科病棟に勤務する一看護師である。上司の「依頼」もあって,公立看護学校の精神科看護の授業も担当している。
 立場が,臨床からの非常勤講師ということで,比較的好きなように授業をさせてもらっている。だから,授業で「脱線」も多いし,私の好きな映画の話をしたり,トイレ休憩を設けて,その間に音楽を流している。学生さんにとっては,迷惑な話である。
 その迷惑ついでに,学校から与えられた教科書に加えて,1つの本をその中に入れてもらった。それが,中井,山口両先生共著の『看護のための精神医学』である。

思わず看護学生にお願い
「騙されたつもりで読んでみて!」

 私は,本を読むのが好きで,少ない小遣いのほとんどがそれに飛んでいってしまう。ただ,最近は年齢のせいか目も遠くなり,なかなか読書が進まず,「積読」に終わっていて,家の者にひんしゅくを買っている。
 とはいっても,友人,知人に本の紹介はしても,薦めることはしてこなかった。それは,自分が幼い頃からひねくれ者ということもあって,他人(ひと)から,特に先生から薦められたものは,どうも寄せつけないところがあった。ましてや,教科書と名のつくものは,仕方なく読むものであって,決して愛読書にはならなかった。
 そんな私が,今回この書を手にし,読んだところ,友人に「騙されたつもりで,これを読んでみて」と薦めてしまっていた。いわんや,看護学生にも,「高価な本を追加して,申し訳ありません。騙されたつもりで,読んでみてください。皆さんが将来臨床に出て,精神科に限らず,一般科でメンタル・ケアにかかわる時に必ず役に立ちますから」と授業のはじめに話していた。

著者の看護への理解が根底に

 本書は,「切れ」がよく,読みやすい。内容については,次の3点に絞って,述べてみたい。
 第一は,著者が一貫して看護の理解者としてあり,看護の重要性を根底に置いていることである。そして,それが,文の端々に感じられるのである。
 それは,「『看護者が知っていたために患者が助かったこと』を伝えたい」「看護できない患者はいない。息を引きとるまで,看護だけはできるのだ」と言い切るところから,本書の扉が開くことからもわかる。また,言葉にとどまらず,著者の豊かな経験がそれを裏づける力となり,本書の信頼度を増している。
 ある中井先生の講演録の中に,「御用聞き」の逸話がある。先生が勤務医の時代,準夜勤務になると,看護者と病棟内をまわり,「今晩眠れそうですか。眠れそうでない方は?」と言って,必要な患者には睡眠薬を渡していたそうである。その時の看護者は,どんなに心強かったことだろう。
 私は,この話を知っただけでも,本書の著者が看護者の苦闘,思いを理解してくれている,と直感できるのである。これは,精神科病棟の準夜勤務,とりわけ,患者が入眠するまでの,患者の話を聞いたりと慌ただしい時間を経験した者であれば,すぐ受け容れられることである。

看護は実践知
乾いた顔につやが出てきそう

 第二に,精神疾患をどのように捉え,どう患者にかかわるべきか,そのことについて,幾多の示唆を私たちに与えてくれている。そして,それは,精神科以外のメンタル・ケアにかかわる者にとっても共通するところである。
 「こころ」と「からだ」の捉え方にはじまり,特異症状と非特異症状があり,非特異症状こそが重要で,その消失が回復であること,精神療法においては,広義と狭義の意味があり,広義の精神療法が「しっかりしていないと,狭い意味の精神療法を行なうことはあぶない」と,治療者側の一挙一動の大切さ,謙虚さが基本であることを強く述べている。また,疾患それぞれを,時間の経過を重視しながら,精神症状にとどまらず,同時に身体症状にも観察の眼を向けるようにと導いてくれている。
 最後に,精神科の領域にとどまらず,看護の捉え方について言及されていることである。看護は,「実践知」ではないか,そこでは「スキル(熟練)」が重要ではないか,と。
 私がこのことについて共感を覚えるのは,今日看護の世界でも,EBM(N)が本流となって,あらゆる分野でマニュアル化が進んでおり,私の周辺でも看護記録,業務にと,ご多分に漏れずである。もちろん,EBMを否定する気はないのだが,時間の経過,熟練性が軽視されているように思えるのである。とりわけ,精神科では,患者をみるのには,そして,その記録を行なうには,どうしても時間の経過とともに,その患者の発言や行動の流れを重視し,判断するところがある。
 「問題点」でない発言やしぐさも記録に留める必要もあるのだ。また,トラブルを起こした患者への対応においては,その看護者の熟練度がものをいう。実際私たちは,先輩からそれを学んできたし,マニュアル化で学べるものではない。
 こうした点で,著者の捉え方は,今日の「合理的な」本流の中に,何か忘れてはならないものを投じてくれているように思えるのである。
 以上,本書について,私は,思いつくままのことを述べてきたが,ひと言でいえば,「看護に水を与えてくれる書」である。乾いた顔につやが出てきそうなのである。
 みなさんも,私の友人や学生が「騙されてきた」ように,「騙されて」みませんか。
B5・頁324 定価(本体2,800円+税)医学書院


学生に事典を持たせることの意味

看護大事典
和田 攻,南 裕子,小峰光博 総編集

《書 評》校條英子(愛生会看護専門学校・教務主任)

 愛生会看護専門学校は,1987年に開校し,本年で17年目を迎えた。毎年変化する学生に合わせ,自発的・積極的な学習に向かわせるために,試行錯誤を続けてきた。与えられた課題に取り組む,ポイントを教えられ暗記する,という受身的学習から,主体的学習に切り替えることは容易なことではない。

“ハテナ発問”で学生の主体的学習を促す

 入学したばかりの学生たちは新しい環境の中,学習のモチベーションは高い。そこで「なぜだろう?」「どうしてそうなっているのか?」という“ハテナ発問”を投げかけ,知的好奇心に刺激を与えることで,気づかないことを意識化させ,「追究したい」「調べたい」という意欲を行動化させようとした。
 しかし,疑問に感じていても,調べる手立てがわからず行動に起こせない学生たちは,どのようにしたらよいのか戸惑い,思考が中断し,疑問を追究する意欲が低下してしまうという傾向に陥ってしまった。

初学者が疑問点を調べるには事典が有効

 そこで本校が最初に取り組んだのが,学習の基本である「学び方の習得」である。
 まず疑問に感じたことをすぐ調べられる学習環境を整えた。初学者である学生にとっては,専門書はその内容を理解することが大変難しい。また,文章だけでは理解しがたいことも図や写真なら一目瞭然の場合も多いが,どのテキストを見たらそれが載っているのかもわからない状況である。
 そのような学生たちに勧めるのは事典の活用である。
 わからない言葉をすぐ調べて意味を理解する。言葉の中からキーワードを見つけ,さらに検索してみるということにおいて,事典は大変有効である。このように,学習の足がかりとして事典を利用し,テキストや参考書,さらには専門書を紐解き理解を深める,という学習スタイルを繰り返し行なうことで,次第に学習技能が身についてきたのである。
 当校では,主体的学習の試みとして解剖生理学や看護論,基礎看護技術など演習形態の授業が多い。グループワークをすると,学生の事典の活用が頻繁となり,各グループに行き届かなくなってきた。また開校当初,入学生には2冊程度の辞典類を購入させていたが,内容の重複などもあり,一本化しようと本年度は入学生全員が『看護大事典』を購入した。
 入学後約3か月が経過したが,授業だけではなく,実習や国家試験対策などあらゆる学習の場で活用してくれることを期待している。
A5・頁3186 定価(本体12,000円+税)医学書院


臨床に即した内容で学生の反応にも手応え

看護学生のための心理学
長田久雄 編集

《書 評》篠原千里(あじさい看護福祉専門学校・教務部長)

 心理学は人間の心と行動を学ぶ学問であり,その学問範囲は広く深いものである。 看護基礎教育のカリキュラムの中で,基礎分野の「人間と人間生活の理解」の科目として心理学を設定している学校は多い。人間の心理や行動の基礎にある原理を学び,自己理解と他者理解をとおして看護学へと発展させたいところである。

カリキュラム見直しを機にテキスト選定

 本校においても,基礎分野に心理学を設定して1年生次の前期に実施している。昨年までは人間の心理を理解するための基本的な事項を中心に展開し,臨床心理学領域は精神看護学の中で2年生次前期に実施していた。しかし,カリキュラムの見直しをした結果,臨床心理学を早い時期に一般的な心理学に連動させて行なうことになった。
 そこで,そのためのテキストに当たるものを探していたところ,まさにタイトルどおり『看護学生のための心理学』があった。この本は「人間の心理を理解するための基礎」と「医療場面での人間理解の展開」の2部構成となっており,本校のカリキュラム内容にフィットするものであった。担当講師も,臨床心理士を含む2名で分担して当たることにした。

豊富なコラムや練習問題で理解を促す構成

 レイアウトは2色刷りで見やすく,各章にはコラムが挿入されており,内容の補足や興味が喚起されるような話題がコンパクトにまとめられている。また,ところどころケースを紹介して,イメージしやすく学生の理解を助ける構成となっている。章ごとには「Works」と題してまとめの学習ができるように練習問題が設定されており,キーワードをとおして学びの確認ができるなど,主体的な学習に繋がるよう編成されている。
 現在,授業は進行中であり,テキストも含めた内容や時期についての評価は今年度末でないと明らかではない。しかし学生の反応をみる限り,人間関係学との連動や臨床場面に関する項目に,モチベーションの高い入学間もない時期から触れられることで,比較的手応えが感じられる現状である。
 毎年,テキストの選定には頭を悩ましているところであるが,教育目的・目標達成のための科目設定であり,そのためのテキストであり,そのテキストを教えるのではなく,テキストで何を学ばせるかを念頭に,担当講師とも検討の上,私たち専任の教員がその責任において選定すべきと考えている。
 心理学をとおして,学生らが看護の対象となる人の気持ちを理解するための,また自分自身を理解するためのきっかけになってくれれば幸いと願っている。
B5・頁288 定価(本体2,200円+税)医学書院


倫理教育の方針にピッタリはまった1冊

ケースブック医療倫理
赤林 朗,大林雅之 編集

《書 評》下村朋子(鹿児島医療福祉専門学校・教務主任)

 今日,遺伝子治療や臓器移植に代表される高度に発達した医療が日常的になり,患者の高齢化・重症化,平均在院日数の短縮などによって看護業務も多様化・複雑化し,密度が高くなってきている。
 このような状況のもと,臨床看護の現場では,「患者を守る」とか「患者のために」といった看護の基本的な信念や行動の規範を定めた職業倫理綱領があるにもかかわらず,その倫理綱領と照らし合わせても答えの出にくい医療上の問題が多数発生しており,医療を複雑にしている。
 医療上の問題の中には,正しいか間違っているか,良いか悪いか,よく考えるべき倫理的な要素が含まれるものもある。特に看護職の場合は,その特有の役割と責任から,倫理的問題のジレンマにしばしば陥って,立ち往生する場面があると聞く。

具体的事例をもとに考える訓練が必要

 日本語の「倫理」の「倫」は人と人の関係を,「理」は人間というものの中で発展した共生を意味していることから,日本語の倫理は,伝統的には,人間関係を表しているそうだ。そうであれば,看護基礎教育の中で,看護の対象を包括的にみる学習を臨地実習で体験する学習途上の学生であっても,臨地で出会うすべての人間とのかかわりにおいて,このような倫理的な問題に直面する可能性は大きいともいえる。
 そこで,倫理的諸問題に対処できる看護職を育成する教育では,何ができるのか考えてみた。看護学校に入学し,看護の旅を歩きはじめた学生には,将来生死と向きあう医療現場で医療チームの一員として「倫理上の問題」を発見できる看護者になってほしいと望んでいる。そのためには,何が倫理的に正しいのか,何を根拠にそれを判断するのか,自分で考えることができればよいと思う。
 今後はヒトゲノム解析や遺伝子診断・遺伝子治療など,ますます倫理的な判断が要求される問題が増えてくるだろう。そこで具体的な事例をもとに,論理的な問題を据え考える訓練をすることが,専門職につく学生の自覚としては必要である。
 よいテキストはないかと思案していたおり,『ケースブック医療倫理』に出会った。

倫理学担当講師が太鼓判

 このテキストは,医療現場で生じる事例に,当事者の価値観や希望,関連した情報が整理して提示されており,事例を読んだ学生は最終的によく考え自分で判断するような構成になっている。とはいえ,臨床経験のない学生はこの事例を理解できるだろうかと危惧したのは事実である。しかし,事例の内容が現代社会情勢をとらえた内容であり,学生はすぐに興味を持った。
 また,医療職ではない倫理学の講師はこのテキストを手にされた時,「とても難しい」という印象を持たれていた。そのため,講義は事例をゆっくり読んで説明し事実確認をしながら,問題点を明確にしてディスカッションをする方法をとられていた。その結果講義終了時には,「非常によくできた内容であり,看護学校ではやるべきテキストである」と太鼓判を押してくださった。
 まさに,私の医療倫理の考えにピッタリはまった1冊である。
B5・頁136 定価(本体2,400円+税)医学書院


やっと見つけた! 新カリキュラムに最適の1冊

生涯人間発達論
人間への深い理解と愛情を育むために

服部祥子 著

《書 評》南 和子(横浜市医師会看護専門学校・教務主任)

新教科設置するも適切なテキスト見当たらず

 カリキュラム改正時の基礎科目の構成において,その考え方の1つに指定されたのが「人間と人間生活の理解」であった。
 従来,本校では看護の対象である人間を理解するための基礎科目として,心理学や社会学,生活科学といった教科を設置していた。しかしカリキュラム改正時,この考え方を受けて,人間の発達やそれに伴う行動の変容,また発達に伴って生じる問題行動や病理について複合的に学ばせたいと考え,「発達心理と人間の行動」という教科を設置した。
 当時,教員間の教科への期待は膨れ上がったが,目的に合致するテキストが見つけられず,従来から参考図書として使用していた臨床心理系の図書を引き続き採用していた。

きっかけは教育研修会の著者講演

 年月の経つうちにテキストに関する課題はそのままとなり,日々の教育活動の中では学生への対応についての問題も浮上していた。
 時代の趨勢か,少しずつ学生気質も変化し,「学生をどのように理解していけばよいか,どのように関わっていけばよいか」ということが教師間の課題となっているおりだった。「学生の理解」に焦点を当てた医学書院主催の研修会(看護教員「実力」養成講座)の案内があった。学生指導に何かよい考えが得られるだろうとこの研修会に参加したのが,著者である服部先生のお話を伺う機会となり,本書を知るきっかけとなったのである。
 さっそく教科の担当講師に本書を紹介し検討してもらったところ,教科のねらいともほぼ合致し,テキストとして用いることになったのである。

実習前に患者を知るのにも使える

 本書は,著者も述べているように,エリクソンの発達理論を基盤としながら,著者自身の精神科医としての長い臨床経験からの知見が加えられ,0歳の乳児期から65歳以上の成人後期(老年期)までの発達理論が解説されている。さらにその時期に出現しやすい問題事例が紹介され,精神科医としての著者のアプローチや解説が述べられている。
 実際の学習活動では,どの領域の臨地実習でも受け持つ患者の発達段階を事前に学習するが,学生は本書を手がかりとして学習している。
 看護はどんな場であっても,生活している人々との人間関係を機軸として実践される。看護するものの年代や体験しえた生活経験にかかわらず,目の前の対象者に限りなく近づきよりよい変化をめざしかかわっていく必要がある。
 看護学生が普遍的な人間発達理論とその時期のさまざまな変化や,現在社会に生きる人間に生活行動上起こりうる問題を理解,対応の基礎を学んでいくことは自身の成長に役立つとともに,将来看護活動をしていく上で必須の能力である。本書はそのひとつの指針となろう。
B5・頁168 定価(本体1,800円+税)医学書院


マンネリ化した基礎教育に一石を投じる書

《コアテキスト1》
人体の構造と機能

下 正宗,前田 環,村田哲也,森谷卓也 編集

《書 評》中木高夫(日赤看護大教授)

 目を閉じて思い浮かべてほしい。高校を卒業したての,主として若い学生たちが授業を受けている姿を。ついこのあいだまで,彼女たちは医学の「い」の字も知らなかった。ところが,看護師養成施設(その中には大学・短期大学・専門学校が含まれる)に入学するやいなや,週に1回ないし2回の「人体の構造と機能」という授業を受けることになる。
 授業形態は,大部分の養成施設では講義が多いだろう。「人体の構造と機能」という科目で,プロブレム・ベースド・ラーニング(PBL)をやるには勇気が必要だろう。彼女たちは何も知らないのだから,人間の身体面への最初の入り口である「人体の構造と機能」は,網羅的でなければならない強迫観念にも似た思いがある。

「人体の構造と機能」で学生に求めるもの

 筆者は,自分ではプロパーな看護学教育者をめざしているが,医師免許しか有していないということが災いして,いまは看護基礎教育における医師役割を演じている。つまり,「人体の構造と機能」と「疾病の成り立ちと回復」の部分が主たる担当科目というわけだ(本当は「看護診断学」「看護診断学演習」「看護診断学実習」といった科目を担当したいのだけれど,残念ながらわが学舎にはそのようなイカガワシイ科目は存在していないのだ)。筆者の目の前にいる学生たちは,冒頭で想像してもらったような学生たちである。
 そういう学生を前にして,筆者は何を念頭において「人体の構造と機能」を担当しているのかというと,医療の世界で用いられる専門用語の伝達である。まず教科書を自分で音読し,その中に含まれる専門用語を解説し,場合によってはその語のもとになった英語を示して語彙がつくられる構造もあわせて解説している。つまり,専門家が駆使する用語の概念を教えようとしているわけだ。
 「人体の構造と機能」という科目は,その名称が示すとおり,「解剖学」と「生理学」ではない。身体を機能を中心にすえて,その機能を発揮するためにいかに合目的的な構造を神様はおつくりになったのかという不思議を学ぶための科目と解釈している。しかも,1年1学期から学ぶ科目である。これからの50年近くを過ごす医療の世界の,はじめの一歩なのである。

本文は簡潔に,コラムを充実
教育者として工夫をこらす

 『コアテキスト1:人体の構造と機能』は,1984年に大学を卒業し,病理学を専門とし,多くはネーベンとして看護基礎教育の場で「人体の構造と機能」を教えてきた人たちの著である。したがって,実際に教育を担当する者としてのさまざまな工夫をこらしている。その特徴を一言でいえば「ハイパーテキスト性」である。要点は,できるだけ簡潔に述べたい。だが,それでは専門用語がつまづきになって,読者である学生には理解が困難になる。そこで「Word」や「ワンポイント」,「ステップアップ」という本文外のコラムを充実させている。
 マンネリ化していた看護基礎教育のための教科書に一石を投じるものとして,『コアテキスト1:人体の構造と機能』にかける期待は大きい。しかし,まだはじめの一歩である。筆者の方々が実際に通して使われてみれば,一層バランスのとれた,充実した改訂版に生まれ変わるに違いないだろう。
B5・頁352 定価(本体3,000円+税)医学書院