医学界新聞

 

看護師国家試験出題基準を読み解く

〔特別寄稿〕  美田誠二(川崎市立看護短期大学教授)
 さる5月,「保健師・助産師・看護師国家試験出題基準」の初改定が発表され,全容が明らかになった(出題基準改定部会長・中島紀恵子氏)。今改定では,一部の項目が強化された他,看護師国家試験出題基準では必修問題出題基準が設けられた。
 夏休みに入り,受験生の勉強は本番を迎える。教員は今改定をどう捉え,学生の受験対策にあたればいいのか。所属短大でも夏季講習を担当する美田氏が,看護師出題基準を分析した。

昨年とは打って変わり,大きな波乱はなく高い合格率となった今春の合格発表


■高い正答率が求められる必修問題

 今回,看護師国家試験出題基準が5年ぶりに改定された。全般的な見直し,医療の安全性,人権への配慮に関する項目の充実・強化とともに,平成16年の試験から導入される看護師国家試験必修問題(30題程度予定)の出題基準が新たに盛り込まれている。
 改定の背景には,看護の社会的・倫理的側面の重視,対象者と看護技術に関する基本的な理解・実践が,看護師として特に重要な基本的事項だとする認識の高まりがある。言い換えれば,看護師免許を有するにふさわしい最低限の基本的かつ重要な知識と臨床実践能力が必須であること,そしてこの必要条件を満たさなければ免許を与えない,という明確なメッセージを示したと解釈できる。
 特に,必修問題はそうした趣旨に添った,重要な位置づけと理解できる。したがって当然,必修問題に対しては,総合点の基準とは別に,格段に高い正答率が合格基準として設定されると推測される。こうした観点に立って,今後,適切な国家試験対策を講じる必要がある。
 それでは,必修問題出題基準の構成・内容順に沿って,試験対策上,注目すべき点などを具体的に述べてみたい。

1)看護の社会的側面・倫理的側面
 人口動態では,死因の概要につき最新の情報を必ず把握しておきたい。生活習慣との関連では,食事・栄養,睡眠,運動,飲酒,喫煙などの影響と適正な習慣の必要性を理解するとともに,動脈硬化症の危険因子としての視点も合わせて学習しておく必要がある。看護の倫理として,基本的人権の擁護に対する正確な知識と理解は欠かすことができない。

2)看護の対象者および看護活動の場
 QOLについて,その正確な定義と内容理解が不可欠である。

3)看護に必要な人体の構造と機能および健康障害と回復
 脳死については,臓器移植でも話題になることが多く,その判定基準をはじめ十分な理解が必要である。また,臨床上よく遭遇する症状として発熱,脱水など18項目(23症状)がとり上げられている。各症状につき,その定義,成因・発生機序,看護的対応などにつき学習し整理しておくことが大切である。
 主要疾患と看護の項目では,生活習慣病,感染症,外傷,精神疾患などがとり上げられている。この中では,感染症に対する知識・看護対応はその拡大防止,予防の観点からもきわめて重要であり,今後一層重要性が増すと考えられる。感染症疾患としては,インフルエンザ,MRSAなどの多剤耐性ブドウ球菌感染症,O-157などの腸管出血性大腸炎,ウイルス性肝炎,結核,HIV感染症/AIDS,などの学習が必須である。こうした感染症に遭遇しても専門家として冷静な対応ができるように,最低限の基本的知識は不可欠なのである。生活習慣病では,癌など悪性疾患を生活習慣病として捉えることの根拠・意義を十分理解しておきたい。骨折,創傷の治癒過程,外傷性ショック,など外傷に関連する救急的対応も看護師として必須の臨床的能力である。精神疾患では,うつ,統合失調症に対する知識が求められている。精神疾患に対する看護は一段と人権的配慮が重視されるところでもある。小児科感染症や乳幼児突然死症候群などは,特に初期の対応が重要であり,予後にも影響しうる。時には医療事故などにつながる可能性もあり,プライマリ・ケア実践のために,最低限の知識と技能がすべての看護師に求められている。
 医薬品の安全対策では,禁忌に対する理解が臨床的にはきわめて重要であり,実践的な教育が望まれる。

4)看護技術の基礎的知識
 院内感染防止対策で,スタンダードプリコーション(標準予防策),手洗いの方法,無菌操作,滅菌と消毒の方法,針刺し・切創の防止,感染性廃棄物の取り扱い,などは欠くべからざる知識である。薬物療法では,与薬方法,吸収・分布・代謝・排泄の機序などの薬理学的知識をしっかり押さえておきたい。輸液管理では,滴下速度は臨床的に大切な事項で,正確さが要求される。救急救命処置では,気道の確保,人工呼吸,心マッサージ,止血,体温の保持,などは体験あるいは人形を使った演習を通して必ず具体的な手順とその根拠を理解しておくことが大切である。酸素吸入に関する基礎的知識も含めて,救急処置・対応は,全員が漏れなく修得しておくべきで,プライマリ・ケアの基本中の基本である。胃管挿入や吸入,経静脈栄養法,採血などの方法・注意点,に関しては解剖学的知識,技能,観察能力,対象患者の安全・安楽を守る適切な配慮などができなければならない。

●気になる医師国家試験の現状

 昨(2002)年度実施された第97回の合格基準は次のとおり。
(1)必修問題 160点以上/200点
(2)一般問題 127点以上/200点
 臨床実施問題 395点以上/600点以上
(3)禁忌肢問題選択肢 1問以下

 これらすべてをクリアすることが合格の条件。必修問題の合否は絶対基準で,基準は8割となっている。一般問題と臨床実施問題は,問題の難易度のばらつきを考慮して相対基準で設定されているため,合格基準は毎年変化する。
 また,95回から出題数が320から500に増加したのに伴い,必修問題数は30から100となった。95回からは高合格率が続いており,必修問題の割合が増し,その正答率も高まってきたことが要因と言われている。
(本紙編集室)

■専門基礎領域で特に注意すべき点

 次に,全体的な見直しのなかで,私の専門領域に関連する「人体の構造と機能」,「疾病の成り立ちと回復の促進」で,注目される点,目新しい点などについて述べる。今回の改定で,項目の配置や病態・疾患の位置付けなどが,少しは素直になり,わかりやすくなった。よい傾向であり,今後も,わが国の特性,臨床現場を反映したさらなる改善を期待したい。
 「人体の構造と機能」に関しては,生体の防御機構,食細胞とサイトカイン,ビタミン・ミネラル,排泄の機構,などを十分学習しておくことが望まれる。細胞外液の調節では,特にRAA(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン)系は高血圧症の病態・治療との関連などで近年,重要性が非常に増している。
 「疾病の成り立ちと回復の促進」に関しては,疾病を引き起こす生活習慣,異常状態の発現,が新たに記載され注目される。異常状態に対する治療と看護では,麻酔薬,医薬品等の安全な使用,放射線による治療,輸血,麻薬,などが新たに登場した。臨床上重要でありしっかり学んでおきたい。また,「健康状態をおびやかす微生物への感染看護の視点」の部分では,病原微生物に対する化学療法,薬剤耐性菌,感染防御などが臨床現場で必須の知識であり,重視される。「人体防御機構への看護の視点」では,アレルギー疾患,自己免疫疾患および類縁疾患,臓器移植,などに注目しておくべきであろう。「医薬品等による健康被害」では,ウイルス性肝炎,クロイツフェルト・ヤコブ病,が記載されている。マスコミなどでも話題になり,専門職として理解は必須である。「生命の危機」では,ショック,播種性血管内凝固症候群DIC,多臓器不全MOF,などが重視されている。これら用語の定義,病態,治療についての学習は確実に行ないたい。循環機能の障害,造血にかかわる諸機能の障害,排泄機能の障害,酸塩基平衡の異常,などについては解剖生理学と関連づけて,基本的な病態を整理しまとめておきたい。「活動や行動を妨げる障害」では,運動機能障害による残存機能とリハビリテーションが注目されるところである。

教員の実践能力も問われる

 要するに,国家試験出題基準は,「妥当な範囲」と「適切なレベル」で,出題に際して準拠すべき基準である。つまり,看護師が看護・医療の現場に第一歩を踏み出す際に少なくとも具備すべき基本的知識・技能を項目によって具体的に示したものといえる。
 一方,「必修問題出題基準」は,実践的なプライマリ・ケアを主題に,確実にクリアすべき必要最低限の範囲とレベルを示したものである。必修問題の対策は,各出題基準項目について,学生の自主的努力だけでなく,教員側も必ず,講義・演習・実習等を通して教授・解説し,正しい実技等を指導すべきである。教員の実践能力も一層問われ,その責務は大きい。
 以上,今回の看護師国家試験出題基準について,主に,新たに導入された必修問題出題基準,全体的な見直しがなされた項目の中で,注目すべき点,その対策などにつき述べた。読者諸氏にとって多少なりともご参考になれば幸いである。