医学界新聞

 

《連載全5回》

アメリカ代替医療見聞録

患者と医師とCAMの接点

鶴岡優子・鶴岡浩樹
(ケース・ウェスタン・リザーブ大学家庭医療学/自治医科大学地域医療学)


第2回 多様な価値観と自己責任

第2540号より続く

ポテトチップの価値観

 巨大スーパーで目撃した「買い物カートの中味」は,私たちの価値観を揺さぶった。大量のポテトチップとカロリー・ゼロの清涼飲料水という組み合わせは,アメリカの日常的な間食,いや人によっては主食かもしれない。「ポテトチップの食べ過ぎは体に悪い」という認識は,アメリカでも日本でも多くの人に共通している。しかし,その対応はさまざまである。
 「食べる量を減らす人」もいるし,「リデュース・ファットや減塩のポテトチップを選び,量を減らさない人」もいる。また「ポテトチップは好きなだけ食べて,他の食べ物で調節すればよい」という人もいる。
 「それでは,栄養のバランスが悪いのでは?」などと意見すれば,「足りない分は,ビタミン剤やその他のサプリメントで補えばよい」と反論されるかもしれない。
 アメリカで何度も「価値観の多様性」を実感する場面に出会った。「自分の価値観」で何かを選択し,その判断には「自分で責任」をとらなければならない社会だと思った。

キャンパスに侵入

 IRBの許可が降りて自分たちの研究が始まり,フィールド・ワークはますますおもしろくなってきた。
 インタビューの開始に当たり,一番問題となったのは,やはり私たちの英語力だった。共同研究者ロング教授の発案で,ジョン・キャロル大学社会学の3人の学生に質的研究実習の一環として,インタビューを手伝ってもらうことにした。何度かミーティングを開き,研究の概要と目的,研究倫理,インタービュー方法について勉強を進めた。医学部に限らず,アメリカの教育に関する熱意にはいつも感心する。ロング教授は私たちの研究指導に留まらず,この実習の学生指導を通じて,「教育者としての姿勢」も教えてくれたように思う。
 教授は,大学で「人類学入門」,「医療人類学」の授業を受け持ち,私たちもよく聴講させてもらった。学生たちは,「年齢不祥のもぐり学生」に好意的だった。
 ある日,教授出張中の「医療人類学」授業実習の進行役を頼まれた。学生の健康に関する対処行動から,彼らの価値観に触れるチャンス到来だと思った。

多様性を実感する

 まず14人のクラスを3人から4人のグループに分け,ブレイン・ストーミングを始めた。
 「マイナーな健康のトラブルがある時,どうする?」という問いを投げかけてみる。
 すると,間髪いれず,それぞれが発言し,自然に書記と司会者が決まる。
 「授業をさぼる」,「パジャマでいる」,「ビタミン・ドロップ」,「ハーブ茶」,「チキン・ヌードル・スープ」
 みな,自分の体験や親の勧めなど実体験から発言しているらしい。
 「塩水でうがい」という発言もあった。
 これは私の親と同じ対処法で,私にも身に覚えがあった。隣のテーブルでは,「緑茶を飲む」,「仕事を減らし,映画を見る」,「エキネシア」という意見も出ていた。
 次に,「健康維持のためは,何をする?」と質問を変えた。
 「新鮮な空気を吸う」,「天候にあった洋服を着る」,「十分な睡眠」,「好きな音楽を聴く」,「ヨガに通う」,「マソセラピー」
 続々とCAMが登場する。アメリカの健康な若者の意見を聞くのは非常に新鮮だった。実は,似た質問を日本の医学生にしたことがあったが,反応は大きく違っていた。
 最後にグループごとに電話帳を配り,CAMと思われるものを列挙する作業を行なった。カテゴリーに分けながら数を数えるグループ,書かれてある宣伝内容からその治療内容を把握しようとするグループ,クリーブランドで流行っているCAMのトップ3をカウントするグループ。アプローチはさまざまであったが,私たちも学生と一緒に,「多様化する医療システム」を肌で感じることができた。

Energy Healingの体験

 ある夏の土曜日,「Energy Healing講習会」に参加した。15年前にヒーリングのパワーに気づいたという心理学博士が,この会を主宰していた。私はこの人の「知り合いの知り合い」として参加を許可された。
 まず丸く輪になって座り,参加者はひとりづつ自己紹介していく。参加者30名のうち,男性はたった2人で,残りはすべて女性だった。年齢は18歳から70歳,職業もさまざまだったが,現役の看護師と「Reiki」の治療師が多いのに驚いた。
 参加目的もいろいろだが,自分や家族の健康問題に役立てたいという人と,自分の仕事に役立てたいという人に大きく分けられた。
 念入りな足裏のマッサージをしながら,この「Energy Healing」の話を聞いた。「愛と地球からのエナジーにより,健康を維持し,病気を治すことができる」という。
 まず「愛を感じながら歩く」練習を始めた。そして,「大地を感じるように足踏み」し,右手で心臓付近をトントンと叩く。これで「地球のエナジーを授かることができる」らしい。

信じられる?

 講習の後半は,「誰か健康問題のある人,いますか?」という質問で始まった。
 半分くらいの人が手を挙げ,60歳代の老婦人が選ばれた。「肘が痛い」と訴え,その主宰者が手を当てると,「治った! 動かせる!」と喜んだ。
 次に,20歳代の脳腫瘍であるという男性が選ばれ,「複視に悩んでいる」と言った。どこからボールが登場し,キャッチボールが始まった。主宰者の,文字どおり「お手当て」の後,「あっ,ボールがひとつに見える!」という予想通りの展開となった。
 講習会が解散になった直後,50歳代くらいの婦人が2人,私のほうに駆け寄ってきた。ひとりが「あなた,日本の医者でしょ? 科学者としてアレ,信じられる? ちょっと値段も高いけど,ウチの息子の病気にも効くと思う?」と聞いてきた。
 私は下手な英語で「息子さんの病気についてはわからないけど,アレは信じられない」と素直な感想を述べた。
 すると連れの友人らしき人が「ほうらね。だから,言ったじゃない」と言った。しかしその婦人は納得がいかないらしく,「直接聞いてみるわ」と今度は主宰者の所に走っていった。

もし主治医だったら

 私が体験した「Energy Healing」は,「Therapeutic Touch」や「Healing Touch」とか呼ばれるものの1つらしい。EBMの手順でこれらに関する情報を集めてみた。ここ数年でCAM領域にもEBMが浸透し,情報収集のリソースは飛躍的に進歩している1)
 The Desktop Guide of CAM(CAMのクリニカル・エビデンス集),FACT(CAMの二次情報誌),コクラン・ライブラリー,PubMedにあたり,1つのSystematic Review(SR)にたどりついた2)。
 これはTherapeutic Touchに関する11件のRandomized Controlled Trial(RCT)を評価したものである。アウトカムは不安除去,疼痛緩和,創傷治癒のいずれかで,11件中7件は,少なくとも1つのアウトカムで有効な結果となっていた。
 方法論的な制限もあり,著者はそれぞれのアウトカムの有効無効については明言していない。しかし,不安除去に対しては有効,創傷治癒に対しては無効ではないかと考察していた2)。「コクラン共同計画」でもTherapeutic Touchに関するSRが現在進行中で,こちらの結果も興味深い3)
 もしも診察室で患者から「Therapeutic Touchをやってみたいのだけど」と相談されたら,主治医としてどう答えるだろうか。まず,「現時点では,確固たるエビデンスがない」ことを伝え,患者の健康信念や解釈モデルを聞いたうえで,「害がないようであれば試してもよいかもしれない」と答え,その後もその話題を共有していくだろう。

病院でのCAMフェア

 私たちの通う大学病院で,派手なチラシを見つけた。真っ赤な紙に,「CAMの健康フェア開催」と書いてある。
 場所は病院内の食堂,カフェ・売店などが並ぶアトリウムである。早速行ってみると,21団体のCAM提供者からの出展があり,ヨガ,太極拳などのデモンストレーションをやっていた。(写真)
 マッサージ,ヒーリング・タッチ,中国伝統医学,イメージ療法,ハーブ,サプリメント,ナチュロパシーのコーナーは特に人気が高かった。見学している人は,通院中の患者が3割,仕事途中の医療従事者が3割,出展中のCAM関係者が3割くらいだと思う。
 驚いたのは,この会の主催者が病院内の医師であることだ。彼女はNIHのホームページを参考に,CAMの定義,分類などの一般向けパンフレットを用意していた。
 しかし,それぞれのCAMのエビデンスや安全性には,まったく触れていなかった。
 大学病院で,しかも医師の主催でこのようなフェアをやることは,患者さんにこれらのCAMすべてを勧めていると思われるのではないかと心配になった。
 確かに「多様化する価値観」には,「健康に関する選択肢」も多いほうがよいかもしれない。しかしその情報を集め,自分で考え選択していくという作業は,想像以上に大変である。なにせ,その「自分の選択」には「自分で責任」をとらなくてはいけないのだから。
 そんなアメリカの社会で,臨床医はCAMをどのように考えているのだろうか?



文献
1)鶴岡浩樹,鶴岡優子.相補代替医療(CAM)とプライマリケア(2):EBMの適用.日本医事新報4108: 41-46, 2003
2)Astin JA, Harkness E, Ernst E. The Efficacy of "Distance Healing": A systematic review of randomized trials. Ann Intern Med. 132: 903-910, 2000
3)O'Mathuna, Ashford RL. Therapeutic touch for healing acute wounds(protocol for Cochrane Review). The Cochrane Library, Issue2, 2003.