医学界新聞

 

PUM(Public understanding of medicine)とは何か

橋本信也医療教育情報センター理事長に聞く


 近年,医学医療の進歩と社会状況のめざましい変化の中で,医療の質を高め,よりよい「医師・患者関係」を築くためにさまざまな試みが行なわれている。
 先ごろ,「PUM(Public understanding of medicine)」という新しい診療概念を提唱して「NPO法人医療教育情報センター」が設立され,先日,その「設立記念市民公開シンポジム」が東京と大阪において開催されたことも,その動きの中の1つである。そこで本号では,「PUM」というこの新しい診療概念はどういうものなのか,またこれを導入した「NPO法人医療教育情報センター」は,どのような主旨のもとに設立されたのか,同センターの橋本信也理事長にお話をうかがった。


■「PUM」とは何か?

「PUS」とは何か?

──まず最初に,馴染みのない方もいらっしゃるかもしれませんので,「PUM」についてお聞かせいただけますか。
橋本 「PUM」をご説明する前に,「PUS」からお話ししたいと思います。
 「PUS」は,「Public understanding of science」の略称で,日本語に訳すと「一般人の科学理解」ということになります。
 これは,現代科学論の領域で近年注目を集めている概念で,「科学の非専門家である素人に科学知識の理解を促し,科学技術政策などの意思決定に参加していく知的活動」ということを意味しています。
 簡単に歴史的背景を振り返ってみますと,戦後の欧米では,科学の世界では一般の方にわかりやすい科学技術の推進や啓蒙が行なわれてきました。
 例えば,1980年代半ばに注目を集めました有名な報告書『The public understanding of science』を作成した「英国ロイヤル・ソサイエティ」や「全米科学財団(NSF:National Science Foundation)」などの事例で,一般市民に科学技術研究への理解を求め,科学技術政策振興と技術開発推進による経済成長を企図して,さまざまな科学教育や啓蒙・普及活動を積極的に行なったようです。こうした活動は,現代社会においては重要であり,科学の進歩がもたらす恩恵はきわめて大きい反面,逆に科学技術の開発が人類に不幸をもたらすことも,私たちは歴史の事実の中で知っています。
 よい例が,最近話題になったクローン人間の作成です。こうした研究がよいのか悪いのか,一般の人たちからもっと大きな声が上がってよいはずです。そして,大声で主張するためには,その科学的事実を知らなければならなりません。
 先ほどの「英国ロイヤル・ソサイエティ」や「全米科学財団」などの活動は,上からの一般市民への働きかけという形式ですので,「トップダウン式PUS」あるいは「啓蒙的PUS」と言われています。
 一方,一般市民が科学者に協力してもらって,科学的知識を学び,科学技術政策の意思決定に参画していくことも行なわれています。これが「ボトムアップ式PUS」,「社会学的PUS」と言われ,欧米では公共機関がこれを支援すると言われています。
 いずれにしても,「PUS」という考えが,一般社会の中で浸透していくことは非常に大切なことだと思います。
 PUSについては,わが国では斉尾武郎先生(フジ虎ノ門健康増進センター長)が以前から論じておられます。

医療における「PUS」

橋本 こういう観点から,「PUS」という概念を医学の分野に敷衍して考えてみますと,医学の分野ほど専門家(医師)と非専門家(一般人,患者)との間の知識の非対称性(アンバランス)の著しい分野はないのではないでしょうか。もちろん,どの学問分野でも,専門家と素人との間の知識格差はあるのが当たり前ですが,医学ではそれが特に著しいと思います。
 確かに,医学の専門用語からして大変難しい。難解な医学専門用語を使って患者さんに話す医師がいますが,これでは患者さんと医師との間に,齟齬をきたすのは当然でしょう。ですから,医師は難しい医学用語をやさしく患者さんに説明しなければいけませんが,一方,患者さんも医学知識を日頃からよく理解しておくことが大切だと思います。
 「パターナリズム(父権主義)」や「おまかせ主義」でなく,患者さん自身が複数の治療法の選択について医師から説明を受けた時,自分で意思決定できる判断力を身につけておくことも大切です。
 こうした意味から言えば,「医療領域のPUS」は,「PUMS(Public understanding of medical Science」ということになります。すなわち「一般人の医科学理解」というべきでしょうか。もちろん,このことは社会医学的場面,医師・患者関係,医の倫理などにも関連してくる問題だと思います。

医療理解として捉えたい「PUM」

橋本 そこで,最初にご質問がありました「PUM」の話に戻ります。
 私がこの新しい概念に魅せられましたのは,日本医師会学術推進会議(座長=高久史麿自治医科大学長)で,高久先生からお話をうかがった時です。この時の「medical science」という概念を,日本語で言う“医療全般”に拡大して考えたいと思ったのです。つまり,PUMを「一般人の医学・医療理解」と捉えて考えました。
 例えば「インフォームド・コンセント」という問題です。医療倫理の分野では,「医療者が十分に理解可能な説明を行ない,患者は自発的意思に基づいて決定する」ということで検討されてきましたが,PUMの議論においては,「患者さんも医学知識を勉強して意思決定する」ということになります。しかしながら,患者が勉強した知識は当然十分でなく,解釈が適当でない場合もある一方で,特定の事項については偏りが生じたりします。また,セカンド・オピニオンや専門家も参加するネット社会での議論では,主治医の技能を評価することもできるようになります。今後は,こうしたことを考慮に入れて,インフォームド・コンセントの議論を深める必要があります。
 また「情報公開」という問題にしても,これは医療におけるパターナリズムへの反省や人権意識の高揚などから,近年求められています。しかし,「患者さんが医療情報源にアクセスして治療法を選んだ時,その治療法が得られるかどうか」,そういうところまで考えることが必要になります。
 これらのことはほんの一例に過ぎませんが,今後,「個々の医師・患者関係におけるPUM」という問題をさらに検討していくべきであると思います。

■「医療教育情報センター」について

「PUM」を導入するに至る背景

──ありがとうございます。「PUM」が意味するところがわかりました。
 ところで,どのような背景から,今回設立した「医療教育情報センター」に,この「PUM」を導入したのでしょうか。
橋本 先ほど申し上げましたように,医学・医療の分野では,特に専門家と非専門家(一般市民)との間の知識格差は大きく,これが医師・患者間のコミュニケーションや医療行為の意思決定に影響を与えていることは否定できません。
 申し上げるまでもなく,医学・医療のめざましい進歩に伴い,人類はこれまで想像もしなかったような場面について議論しなければならなくなりました。例えば,脳死と臓器移植,植物状態の患者,体外受精,出生前診断,遺伝子操作など,数え上げれば枚挙にいとまがありません。
 また一方では,社会状況そのものも急激に変貌しています。高齢者人口の増加と少子化,また「高度情報化社会」がもたらしたIT時代における医療情報の氾濫,医療経済の複雑化など,一般市民は激変する医療環境の中に曝されています。
 医療の対象は,生活習慣病などの慢性疾患が大きなウェイトを占めるようになり,一方で,一般市民の権利意識の高まりと自己決定権の主張もあって,医療に対する社会的要請も大きく変化しています。
 こうした状況を踏まえて,今ここで,「PUM」という概念を導入して,医学・医療に関する正しい知識を一般市民に情報として提供し,理解してもらうことの必要性を痛感したからです。

医学教育がその源流

──次に,「医療教育情報センター」についてお聞かせいただけますか。
橋本 「いつも健康でいたい」,「病気になったらよい医療を受けたい」,これは人間,誰もが願っていることだと思います。
 それでは「よい医療」とはどういうことを言うのでしょうか。
 ご存知とは思いますが,わが国は健康寿命が世界1位,平均寿命が世界1位,そして乳児死亡率が世界一低い,つまり日本の医療はこうした点からみる限り,世界一高い水準にあるわけです。
 しかし,それでも日本の医療は,さまざまな問題を抱えています。健康保険の問題,医療費の問題,高齢者医療の問題,病院・診療所など医療施設の問題,薬剤に関する問題など,数え切れないほどです。
 こうした中で私たちは,よい医師の育成ということに長い間努力してまいりました。これには昭和42-43(1967-68)年頃の医学部紛争を契機として,「日本医学教育学会」を創設された牛場大蔵先生をはじめ,多くの先人たちのご努力に負うところが大きいわけです。
 日本の医学教育も,ここにきて大いに改善が見られるようになりました。講義偏重から実習重視,クリニカル・クラークシップ制の臨床実習,OSCEの導入,国家試験の改善,臨床研修必修化などが,やっと日の目を見るようになったのは,やはり,「日本医学教育学会」などで長い間論じてきたことが実ったのだと思います。
 しかし,よい医師が育成されただけでは医療はよくなりません。このような時,「PUM」が登場してきたわけです。「一般の人たちに,わが国の医療をよく知ってもらう」,これがわが国の医療をよくするための,もう1つの要件だと思います。これまでにもこうした取り組みは,「健康教育」,「患者教育」という形で行なわれてきましたが,必ずしも十分であったとは思われません。
 「健康教育」については,国,地方自治体,医師会,マスコミなどが,出版物,放送・テレビ,講演会などで行なっていますが,系統立ったものではありません。
 「患者教育」も,医療機関において医師や医療従事者が個別に行なっていますが,短い時間に簡単に済ませることが多いようです。また,慢性疾患患者団体による啓蒙活動も一部の疾患に限られているのが現状です。
 こうした中にあって,医学的に必ずしも妥当でない,誤った医学的知識が一般市民の間で信じられ,数多くの民間療法や健康補助食品などが巷(ちまた)に氾濫して,時に健康障害を引き起こしています。

「医療教育情報センター」の設立趣旨

橋本 医学的根拠のない誤った健康情報が,学術的検証がなされないまま巷間に流布され,それを一般市民が信じて服用したり,実行したりして,健康障害を起こしているとするなら,こうしたことは,情報の医学的信憑性を一般人に説明せず,放置している専門家としての医師にも責任の一端があると思います。
 「設立趣旨」にも明記しましたが,一般市民の方々と医師が同じ側から日本の医療を考えていくことが,医療の質を高めるために重要であると考えます。
 こうした趣旨に賛同してくださって設立発起人となっていただきましたのが,櫻井勇(前日大医学部長),今中孝信(前天理よろづ相談所病院副院長),徳永力雄(関西医大教授),福間誠之(前明石市民病院院長・洛和ヴィライリオス施設長)の諸先生方です。
 また,日野原重明先生(聖路加国際病院理事長・同名誉院長),高久史麿先生,阿部正和先生(慈恵会医科大学名誉教授)には顧問になっていただいております。
 「医療教育情報センター」の具体的な事業目的は,一般市民および医師や医療従事者に対象として次の事業を行ないたいと思います。
 (1)医学・医療に関する正しい知識の解説とその普及,(2)巷間に氾濫する民間療法・健康補助食品などに関する医学的信頼性の解説,(3)保健・医療・福祉制度に関する正しい知識の解説とその普及,(4)「生活習慣病」の予防,「寝たきり」「痴呆」の防止などに関する健康教育,(5)慢性疾患に関する病態・治療の当該疾患患者への解説,(6)「新しい診療理念」の解説,(7)医療機関への正しいかかり方についての啓蒙と普及,(8)特定疾患(難病)に関する医療情報の提供と解説,(9)各種の医療相談の支援,(10)医学・医療に関する調査研究,(11)医師および医療従事者への医学教育の支援,(12)その他,などです。

「設立記念市民公開シンポジウム」について

──先日,同センターの設立を記念して,「市民公開シンポジウム」が開催されましたが,主催者としてのご感想はいかがでしょうか。
橋本 今,申し上げました「医療教育情報センター」の活動の一環としまして,『医療を知る』というテーマで,日本医師会と読売新聞社の後援を得て,中央法規出版(株)共催で東京と大阪で開催いたしました。東京会場では,本センター顧問の日野原重明先生に基調講演「暖かい医療と冷たい医療」を,また大阪会場では,行天良雄先生(医事評論家)に基調講演「上手な医療のかかり方」をお願いしました。
 そして両会場において,「医療を知る」というシンポジウムを行ないました。
 読売新聞の『医療ルネッサンス』をご担当していらっしゃる医療情報部長の丸木一成氏から「現場からのレポート」を報告していただき,続いて今中孝信先生,櫻井勇先生,徳永力雄先生,福間誠之先生にご講演をお願いしました。(右記参照)
 主催者側の率直な感想としましては,参加者募集の段階から予想以上の大きな反響を得たことにむしろ驚いております。われわれの意図が十分に理解されたと,内心意を強くするとともに,われわれの今後の責務の大きさを大変痛感しました。

■「医療教育情報センター」の今後

一般市民の行動変容に働きかける

──今後の展望はいかがでしょうか。
橋本 平成12年に厚生労働省は21世紀における国民健康づくり運動として「健康日本21」を策定して発表しました。そこには「生活習慣病」や「寝たきり」「痴呆」を防ぐために,日頃から健康づくりを実践するようにと,栄養・食生活,身体活動・運動,休養・心の健康づくりなどが詳細に指摘されています。
 しかし,これを具体的に実現するためには,一般市民各層における知識習得,意識改革,さらには行動変容が必要です。それには,多くの実施主体がその特性を生かして,連携して推進していくことが大切と言えましょう。

医師と一般市民が同じサイドに立って日本の医療を見つめる

橋本 現代の複雑化していく医療構造の中で,特に医療経済は危機に瀕していると言っても過言ではありません。国民医療費の高騰が喧伝されて久しいのですが,はたして国民・一般市民は自分たちの国の医療費の実態を,具体的にどの程度知っているのでしょうか。
 日本の医療費は,国家予算額の中で他と比べて決して高くはなく,また国際比較をした時に,先進諸国の中ではむしろ低いという事実を,一般国民はおそらく知らないのではないかと思います。
 この10年間,先進国で日本だけが医療費を含む社会保障費を減額しています。国民総生産額に対する社会保障比率が,公共事業費(建設投資額)比率よりも低いのは,先進諸国では日本だけです。国民1人が1年間に医療機関を受診する回数は,日本人はアメリカ人の約4倍ですし,患者1人当たりの医療費は先進諸国の中で最も低く,日本の医師の技術料はアメリカの医師の約2割という値です。
 OECDは日本の医療費は世界各国の医療費に比べて安いことを指摘していますが(1998年),安い医療費でありながら,先ほども言いましたように,わが国はWHOによる健康達成度の総合評価は世界第1位です。つまり,低い医療費で質の高い医療を国民に提供しているのです。それにもかかわらず,国内では医療費が高いと言われているのです。すでに切り詰めるところまで切り詰められた医療費を削減することは,医療の質の低下,さらには医療機関の倒産になりかねません。こうした医療の現状,それを生み出した仕組みを国民・一般市民に正しく知ってもらうための広報活動も必要だと思います。

医学教育,患者教育,市民教育

──橋本先生をはじめ,設立シンポジウムで基調講演をなさった日野原重明先生や,センターの理事の先生方は,長らく「医学教育」に携わっていらっしゃったことが1つの共通点でもありますが。
橋本 ええ,先ほども申しましたように,私どもは長い間,医学教育に携わって参りました。ですから,このセンターの原点は医学教育にあります。医学教育の究極の目標は,患者さんによい医療を提供することにあります。そのためによい医師育成に心がけてきたわけです。
 医学教育では「教師が生徒に教える」のではなく,「学習者が学ぶ(自学自習する)ことを,教師はサポートする」ことが基盤にあります。あくまでも「主体は学ぶ側にある」ということが,医学教育の基本的な姿勢になっています。
 「医療教育情報センター」の活動においては,「一般市民」が対象になりますが,基本的な考え方は同じです。「一般市民が医療を知る」,そのための情報を提供することが大きな目的の1つです。
 また「患者教育」というのは,すでに「患者」になられた方々への教育ということになります。一方,「市民教育」と言いますと,その以前,つまり,患者さんになる前のいわゆる「予防医学」という観点の導入が必要になってきます。

「新しい診療理念」を共有するために

橋本 これまでの医療は,確かに医師のパターナリズムと患者のおまかせ主義で成り立っていた部分が少なかったことは否めませんでした。「疾患中心・医師主導型の医療」から,「相互理解・共同作業型の医療」へと転機が図られつつあります。医療の原点は,「初めに患者ありき」であると思います。これまでの「医師・患者関係」は,ともすると,「医師vs患者」として捉えがちでした。これからは,医師と一般市民が同じサイドに立って,「医師and患者」の関係で,一緒に医療を見つめることが,日本の医療をよくするためには大切なことだと思います。
 さらに,近年は「インフォームド・コンセント」,「クリニカル・パス」,「EBM(Evidenced-based medicine)」,「リスクマネジメント」など,さまざまな新しい診療上の概念が登場しています。これを「新しい診療理念」と名づけるなら,医師および医療従事者はいち早くこれを習得,理解しなければなりません。そして,この新しい診療理念を,患者あるいは一般市民に正しく伝えることも必要です。
 PUMの開発,普及という観点に立って,正しい医療情報を提供し,あわせて健康教育を促進するための「医療教育情報センター」を設立し,わが国の医療と福祉の向上に寄与していきたいと考えています。
──本日は,お忙しいところをどうもありがとうがとうざいます。
(おわり)