医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


長寿社会に対する医療のあり方がみえる

長寿科学事典
祖父江逸郎 監修

《書 評》井村裕夫(内閣府総合科学技術会議)

世界一の長寿国としての日本

 20世紀の100年の間に日本人の平均寿命はおよそ2倍に延伸し,世界一の長寿国となった。多くの人が長い人生を享受できることはめでたいことであるが,そのことが社会全体に,なかでも医療に大きな変化をもたらしつつあり,高齢者の健康の維持と病気への対策が極めて大きな課題となってきている。当然疾病構造も著明に変化し,医学のあらゆる分野で高齢者に多い病気が増加し,看護・介護やリハビリテーションなどの果たすべき役割も大きくなってきた。
 そのような状況のなかで,この度『長寿科学事典』が出版されたことは,誠に時宜を得た企画であると言えよう。本書は辞典ではなく事典と名付けられているように,教科書の順序で配置されている。しかし教科書とは異なり,個々の事項の説明は簡潔でわかりやすく,編集者の努力の跡が伺われる。さらに索引を利用すれば辞典としても使用できるよう配慮されている。これだけの事典をまとめることは短時日ではできないことは明らかである。序文を読むと十数年にわたる長寿科学の協同研究の基盤があり,さらに数年にわたって長寿科学研究エンサイクロペディア情報開発事業が展開されたとある。本書はその成果を一般の人々にも理解しやすくまとめられている。

「予防」がキーワード

 長寿社会にどう向きあうかは,21世紀の人間社会の重要なチャレンジである。医学・医療の面では高齢者の疾患の予防が何よりも大切であろう。それによって本人も老後の生活を楽しむことができ,周囲や社会の負担も軽減される。今後ヒトゲノムの研究が進めば,遺伝的素因に立脚した疾患の予防も可能になるであろう。しかしそれまでは,一般的な健康維持の方策に頼らねばならない。
 このように予防は長寿社会の医療にとって最重要な課題であるが,残念ながら高齢者はさまざまな疾患に罹患し,重篤な状態になることも少なくない。こうした疾患への対策は大きな問題で,本書でも多くのページが割かれている。将来はこの分野においても再生医療,バイオニクスなどの先端医療が導入されるであろう。
 長寿社会にとって重要なことは,生命の長さではなく質である。本書でもこの点は配慮され,社会科学分野でかなりよく書き込まれている。少子化が進むなか,高齢者の職業や社会参加の問題は今後さらに重みを増すであろう。サクセスフル(ウェル)エージングこそ,これからの社会の目標である。その意味でも本書の果たす役割は大きいものと評価できる。今後定期的に改訂され,一層充実した内容のものになることを期待する。
A5・頁1200 定価(本体9,800円+税)医学書院


「正しい確定診断」のために工夫されたアプローチ

今日の診断指針 第5版
亀山正邦,高久史麿 総編集

《書 評》川上義和(国家公務員共済組合連合会 幌南病院院長)

 先の第4版から5年の歳月を経て,責任編集者の一部,執筆者の全員が交代した第5版が出版された。第4版まで幾度か執筆に携わった者,つまりOBとして書評を試みてみた。OBという立場は基本的に後輩(第5版)に優しくはあるが,内情をよく知っている立場として厳しくありたい。しかし,結論から申し上げると,厳しく見つめても本書は座右の書として完璧に近い内容を持っていると思う。その理由をいくつか挙げて,読者の参考に供したい。

症候,疾患の双方向からのアプローチ

 診断の基本的な目標は“正しい確定診断に至ること,それを正しい治療に応用すること”に尽きる。そのための工夫は本書の構成を「症候編」と「疾患編」に分けたことからはじまる。つまり,本書は症候から診断へのアプローチの仕方と,疾患からの攻め方の逆向き双方向から構成されている。症候編では,「症候のメカニズム」,「定義」,「原因」などからはじまって,「緊急処置」にまで及んでいる。「診断のチェックポイント」は親切な項目であるし,「鑑別のポイント」も重要である。「どうしても診断のつかないとき試みること」は理論を踏まえながらも執筆者の経験に照らしたポイントが書かれてあって貴重であり,本書の目玉の1つであろう。筆者はこの項目の執筆に苦心した記憶がある。
 疾患編は,救急疾患からはじまり内科系,外科系疾患を網羅し,外来の小外科的疾患に至る。診断上の常識としてまず「診断のポイント」が書かれ,「移送の判断基準」,「症候の診かた」,「検査とその所見の読みかた」,「確定診断のポイント」,「鑑別すべき疾患と鑑別のポイント」と続く。これらの項目は,確定診断に至るアプローチが執筆者の考え方や経験を踏まえてきめ細かに述べられている。「移送の判断基準」はプライマリケア医にとっても専門外の疾患を診た場合にもよいガイドとなろう。皮膚や顔貌の視診所見などの基本的な事項はよく選別され鮮明なカラー写真で提示されている。イラストやフローチャート,漫画,表も活用されて,理解に役立つ。また昨今の画像診断法の進歩に合わせて,典型的症例の内視鏡,超音波,CT,MRI,RI,病理組織像などの写真が提示されており,第一線の臨床医にとって脳裏に残る貴重な画像ばかりである。

診断確定後の治療や予後についても補足

 診断指針とは言いながら,診断確定で終わらず診断後の対応つまり「予後判定の基準」,「合併症・続発症の診断」,「治療法ワンポイント・メモ」など,治療や予後に触れているのも本書の特徴であろう。「さらに知っておくと役立つこと」は最後のだめ押し的に,あるいは補足的に執筆者が長短自在に書き残している。
 巻末の「基準範囲一覧表」には臨床検査値が網羅され,この表単独でも成書となりうる内容とボリュームがある。近年,検査値の異常は自動的に診断され表示・プリントアウトされるので,値そのものが軽視されがちであるが,値の意味(例えば活性か,蛋白量か),測定法による値の違い,単位の表現法,短い解説・注,変動幅など参考になることが多い。
 以上,OBとして「厳しい目」で見たが,第一線の臨床医や研修医が必要に応じて,また診療の合間にひもとく座右の良書として推薦したい。蛇足ながら,きめ細かく多面的な項目を立てたこと,全疾患を網羅したことの2点に加え,症候と疾患の双方向から診断を助けるよう工夫された手引き書は,欧米を含めて外国に類を知らない。
デスク判 B5・頁2136 定価(本体24,000円+税)
ポケット判  B6・頁2136 定価(本体18,000円+税)
医学書院


循環器病学全般を網羅した基本的問題集

循環器診療シークレット
Cardiology Secrets, 2nd Edition

Olivia Vynn Adair 編集
高橋利之 訳

《書 評》大川真一郎(東女医大附属第二病院内科)

レベル分けされた問題と,エビデンスに基づく十分な解説

 本書は米国で好評を得ている「The Secrets Series」という医学書シリーズの1冊,「Cardiology Secrets」(第2版,2001年出版)を東大循環器内科の俊英,高橋利之氏が翻訳されたものである。循環器病学の全領域にわたって必要な知識が設問と簡潔な解答という特色ある形式で網羅されている。記述が最新のものに更新され,2000年までの文献が引用されており,大規模臨床試験によるエビデンスに基づいた実際的な解答が多く提供されている。豊富な図や表も便利である。また原著にはないが訳者は問題を便宜的にランクA:医学生レベル,ランクB:研修医レベル,ランクC:専門医レベルと3段階に分類しており,これも至当なものと思える。

教訓的かつ今日的な出題

 内容は1.一般の診察・検査,2.診断的手技,3.不整脈,4.症状と病態,5.弁膜性心疾患,6.心血管薬理学,7.心病変を伴うその他の医学的状態の7章からなる。これらを計78名の執筆者が分担し,重複部分も多少はあるが全体はよく統一されている。全1127問のどのQ&Aを取り上げても教訓的でおもしろい。本書の主要部分をなす「第4章:症状と病態」の中に,「34.成人の先天性心疾患,35.女性における心疾患,36.高齢者における心疾患,37.心臓移植」の今日的な問題4分野が独立して取り上げられていることも印象深い。
 訳者の高橋氏は,1987年からの3年間にハーバード大学でGrossman教授,出雲教授らと優れた業績をあげ,現在は東大循環器内科の心不全グループの責任者として活躍中である。
 本書がベッドサイドや外来での循環器患者診療にきわめて有効な良書であることは間違いない。また医学生や研修医のみならず循環器専門医の知識のアップデイト,再整理にも大いに役立つ。小型で400ページあまりのこの1冊に循環器学全般の実用知識がよくも要領よく詰込まれたものと感嘆するばかりである。是非座右の書に加えたい好著である。
A5変・頁450 定価(本体5,600円+税)MEDSi


「そうか―――!」と呆然。医者が読むべき看護の本

《シリーズケアをひらく》
感情と看護
人とのかかわりを職業とすることの意味

武井麻子 著

《書 評》長廻 紘(群馬県立がんセンター院長)

 評者は長らく東京の私大病院(A)に,次いで8年前から県立のがんセンター(B)に勤務している者です。いきなり私事,しかも自慢できないことを白状しなければなりません。

まずは回心篇

 Aでは,患者は「病気をもって馳せ参じる人」であり,したがって珍しい病気の人が医者にとってはよい患者,そして看護師は,「よく仕えてくださる方」でした。
 Bでは,患者さん(患者様という人もいる)は「肉体のみならず精神的にも苦しんでいる人」,看護師は「尊敬すべき同僚」となりました。こんなふうに,時間をかけて見る目が変わってきたような気がします。まるで『罪と罰』の回心篇のような具合です。
 そういうところへ,ある偶然から本書『感情と看護』に出会い,目から鱗というか,これまでよくわからなく,もどかしく感じていた諸々のことが大変よく理解できました。

なるほど,看護は感情労働だ

 まず文章がよい。そして導入がすばらしい。『女たちは,いま』という本が紹介され,「主婦まで含めてありとあらゆる職業の女性が登場するのに,看護婦は出てこない。なぜか」などといわれると,つい読み進んでみたくなるではありませんか。
 そして,内容がよいのは言うまでもありません。筋が通って淀みがありません。専門分野外の本は,文章が読みづらいとまず投げ出してしまうものですが,重い内容なのにすらすらと進むことができます。
 最も力を注いだと思われる第2章「感情労働としての看護」では,次のように述べられています。 《患者が体験しているのは生理的現象としての「疾患disease」ではなく,その人の人生のなかで意味づけられた「病いillness」なのです。そこには,さまざまな感情と意味がつきまとっています》そして,《患者とかかわることは,こうしたさまざまな感情にさらされることでもあるのです。……看護が感情労働だと思うのは,こんなときです》
 なるほど,看護の仕事はそんな面も含むのか。
 しかし現実の看護師は過労で,そんな余裕はなさそうで可愛そうだ。そのうえ,《患者の気持ちをケアするのはもっぱら看護婦の仕事ということになり,医師の思いやりのない言葉や態度に傷ついた患者をなぐさめるという仕事まで看護婦に任されてしまう》(第3章)のですから。

病棟という戦場での救援者

 また別の章にはこんな文章もあります。
《このように患者に共感し,援助しようとしている人のなかに生じる独特の心理的疲労を「共感疲労compassion fatigue」といいます》
《告知されない患者とのかかわりでいちばん看護婦が悩むのは,患者に嘘をついているという思いです。誠心誠意ケアをしたいと思っている当の患者を裏切っているというこころの痛みは,患者のもとへの足を重く鈍らせます》
 このあたりまでは了解可能の領域ですが,《看護婦は病棟という戦場での救援者です。看護婦に二次的PTSDの症状が出てくるのは,必然といえるでしょう》(第7章「死との出会い」)となると,「そうか―――!」といって呆然とするしかありません。
 内容紹介はこれぐらいにしますが,「看護婦のパーソナリティと共依存」「強迫的世話やきとアダルトチルドレン」「春名ちゃん事件について」「外傷体験と看護という職業選択」「看護婦の規律はなぜ厳しいか」といった項目が目白押しです。どうです? もっと読みたくなりませんか。

燃えつきを防ぐのも医師の務め

 看護という仕事は打ち込めば打ち込むほどきついものです。しかし本書を読むと,そこに精神的向上の契機が他の仕事(どんな仕事でも打ち込めば精神的向上はついてくる)以上に散りばめられていることがわかります。しかし,現実はなかなかそれを許さず,中途で転職したり,燃えつきる人が少なくありません。そうならないようにするのは看護部の幹部であるとともに,医者の務めということも肝に銘じました。
 評者のキャリアからいって本書を本格的に論ずる資格はありませんし,論ずれば失礼になるような格調高い内容です。下手をすると深みにはまりそうな世界ですが,決していやみはなく率直に共感できる本です。
 本書は看護師のための,看護師にエールを送っている本だとは思いますが,医者にも,いや医者にこそ読んでほしいし,また読むべき書と思います。
A5・頁280 定価(本体2,400円+税)医学書院


整形外科医のための「腰痛をめぐる本当の話」

腰痛
菊地臣一 著

《書 評》山内裕雄(順大名誉教授)

腰痛はミステリーに包まれている

 先年『腰痛をめぐる常識の嘘』『続・腰痛をめぐる常識のウソ』(金原出版,1994,1998)という名著によって,センセーションをまき起こされた著者が現時点での集大成として世に問われた本である。今度は「腰痛をめぐる本当の話」が伺えるだろうと期待して頁をめくった。
 まず装幀が憎い。簡単な帯はついているものの仰々しいカバーはない。オフホワイトの表紙に「腰痛 菊地臣一」とだけ記されている。これは著者の愛でている李朝の白磁からヒントを得たのではないかと思った。その白磁の壺から立原正秋の小説が生まれ,そしてこの「腰痛」も。
 目次を見ると,腰痛-その不思議なるもの,腰痛診察を巡る環境の変化,腰痛診療とEBM,腰痛の病態,診療に際しての留意点,腰痛の病態把握-診察のポイント,診察の進め方-病態把握の手順,画像による病態診断,臨床検査,誤診例と治療難航例からみた診療のポイント,腰痛の治療,最後にご丁寧にも患者への情報提供として,患者さんに手渡すいろいろな説明書がつけられている。
 通読して感じたのは「腰痛とは依然として不可解」ということである。Sir Winston Churchillが第二次世界大戦の政治的背景を評した有名な言葉に“A riddle wrapped in a mystery inside an enigma”(謎の中にあり,ミステリーに包まれたこの不可解なもの)というのがある。まさしく腰痛はそれだなという念を深くした。著者はそのミステリー解明に人生を賭けておられるが,まだまだ頂上ははるか先である。でも現時点でのいろいろなルートと障害物は豊富な文献と著者の教室での研究から詳しく示されている。そして全編を貫く特徴は著者の腰痛に対する情熱とクールさにある。まさに菊地イズムとでも言おうか。その点ではじつにユニークであり,よくある分担執筆の教科書とはまったく次元の異なった世界である。

独自性に富んだ著者の哲学

 特徴はまず「器質的疾患としてとらえるより病者として考えよ」,「解剖学的損傷より生物・心理・社会的疼痛症候群としてとらえよ」という哲学である。著者の師匠Macnabの「腰痛は,内臓由来,血管由来,神経性由来,心因性,脊椎性の5成因で考える」という視点で,多年腰痛の診察・治療・研究に携わって来られた膨大なデータをもとにして述べられている。とくに第4章の「腰痛の病態」は全体の3分の1を占め,多面的なアプローチでの著者の考えと研究成果が盛り込まれ,圧巻である。なかでも筋内圧測定,神経根造影,リエゾン精神科の重要性が印象的だった。しかしどの項目でも「ここまではわかった,しかし問題はこれこれであり,今後の解明に期待したい」と率直に述べられており,今後の研究者にはよい道しるべになるであろう。
 第2の特徴は著者のEBMにかける姿勢である。これによって従来の治療法を細かく解析している。あまり厳格に準拠しすぎると「いままでやられてきたことはなんだったのか?」という疑念も抱かれかねないが,このような透徹した見かたも科学である医療には必要だなと説得されてしまう。これこそ本書の他書にない独自性であろう。
 「患者をよく診ないで,画像診断のみに走りがちな近頃の整形外科医」に対する鉄槌のような書物である。整形外科は「骨折・腰痛に始まって骨折・腰痛に終わる」と言われるが,整形外科医たるもの,ぜひ本書を繙かれて腰痛というこの不可解な魔物をいささかでも理解する糸口とし,日常の診療の糧とされんことを心から希っている。
B5・頁344 定価(本体8,500円+税)医学書院