医学界新聞

 

連載(41)  精霊たちと生きる

いまアジアでは-看護職がみたアジア

近藤麻里

E-mail:mari-k@dg7.so-net.ne.jp    


前回,2535号

【第41回】タイ語と5つの声調

タイ語と5つの声調

 タイ語は5声調あるため,音の上げ下げで意味が変化していきます。例えば,日本語の“はし”という言葉が,5つの声調で5通りの意味になると思ってください。日本語でも,同じ発音ながら声調が違う「端,橋,箸」などがありますから,それをイメージするといいでしょう。
 そして,タイ語の文字を学ぶと,漢字と同じように綴りが違うために簡単に区別することができるわけです。
 タイ語に“ピー”という単語があります。「ピーナッツ」という日本語の発音と同じ感覚で,“ピー”とだけ発声すると,それは「お兄さん,お姉さん」を意味し,年上の人を呼ぶ総称として便利に使えます。ちなみに,年下には,“ノーン”を使います。
 しかし,ここでタイ語の未熟な外国人が,間違って下から盛り上がるような声調で“ピー”と発声してしまうと,それは「お化け」とか「精霊」の意味になってしまいます。そう呼ばれた人は,大笑いをするだけて済むのですが,必死で発声しているタイ語初級者のこちらとしては,毎回屈託なく笑われてしまうことに,いい加減腹も立ってくるのです。
 ですから,ここらへんでタイ語をやめてしまう人が多くいるのです

どこにでもいる“ピー”(精霊)

 さて,その“下から盛り上がる”ような声調のピーについては,年輩の方々と話をしていて,「お化け」や「妖怪」,「精霊たち」の昔話として登場するのはもちろんですが,普通に若い世代同士で話をしていても,
 「なんだか,最近食欲がありすぎて困っているの……」
 「それはお腹の中に,ピー○○がいるのよ」
 などと真剣に話し合ったりしているのです(残念ながら,よく登場したその「お化け」の名前は忘れてしまいました)。
 “ピー”には必ず名前がついていて,ありとあらゆる病気や,何か説明しようのないできごとは,さまざまな“ピー”による仕業や災いであると言われています。
 私としては,日本の昔話に出てくる妖怪やお化けが,きっとタイの人たちが話している“ピー”に近いのかもしれないと思って聞いていました。そう言えば,よい妖怪も悪い妖怪もいたなあと「ゲゲゲの鬼太郎」を想像していたのです。

 タイの家を訪問する機会があったら,庭を観察してみてください。必ず家々の庭のどこかに“祠(サーン・プラプーム)”を見つけることができます。
 そしてそこには,花やお水が供えられていますから,特にアジア人であればすぐに見つけることができます。
 「この土地と家の“ピー”がいて,私たちを守ってくれている。だから,毎日花飾りや供物をお供えして,大切にしている」
 と説明を受けました。
 このような家々にある祠は,土地や家の精霊に,繁栄と幸福を祈願して祀られているもののようです。

何曜日の何時に生まれたのか?

 “ピー”の話が出たところで,訪問した家で次に聞かれるのが,この質問です。
 「何曜日に生まれたのか?」
 そこで,私が「知らない」と答えると非常に驚き,さっそく本棚から分厚い本を持ってきて,生年月日から曜日を割りだしてくれるのです。そして,
 「生まれた曜日は,とっても大事なことなんだからね」
 と,年長の女性から念を押されるのです。
 タイでは自分の誕生曜日と生まれた時刻を,親から聞いて知っているというのです。ですから,占いをする時に必要なのは,誕生した曜日と時間なのです。

 タイの職場で,鮮やかな緑色のスカートをはいた若い女性が,
 「私のラッキーカラーは,水曜日生まれだから緑なのよ」
 と話しかけてきました。
 “また,曜日の話だ。しかも,若い女性にまで曜日信仰が浸透している”
 と私は思いました。
 タイでは曜日ごとに決まった色があり,自分の生まれた曜日の色をラッキーカラーと称し,大切にしているのです。
 ちなみに曜日の色とは,日曜日は赤,順に月曜日から黄色,ピンク,緑,オレンジ,青,そして土曜日が紫だそうです。
 その話を聞いてから,よくよく知り合いの女性の服装を観察してみました。すると,自分のラッキーカラー以外にも,曜日ごとの色を取り入れて,必ず毎日どこかにその色のブローチや,スカーフなどのアクセサリーを使って,さりげないおしゃれを楽しんでいる人が多くいたのです。

 日本で誕生の曜日を聞かれることはほとんどありませんが,きっと,日本で暮らしているタイの人たちは,
 「ねえ,血液型は何型?」と聞かれて,
 「ええっ!」と驚いているのだろうなと想像し,ちょっと笑ってしまいます。
 どこの国や文化にも,昔からの言い伝えや,精霊,占い,縁起かつぎなどがあるものだなあ,と精霊が巨木の下にいるような錯覚を起こさせる昼下がり,タイの庭先を見つめながら思ったりしました。