医学界新聞

 

第126回医学書院看護学セミナー開催


参加者を圧倒した「目からウロコ」の理論

 第126回医学書院看護学セミナー「物語としての自己,物語としての病,物語としてのケアの世界へ-ナラティヴ・アプローチとは何か」が,第28回日本精神科看護学会会期中の5月30日に,那覇市のパレット市民劇場において開催された。講師は日本におけるナラティヴ・アプローチ理論のパイオニアである野口裕二氏(東京学芸大)。大きな発想の転換を伴う同理論についての解説に,参加者は熱心に聞き入っていた。
 講演の冒頭で野口氏は,ナラティヴ・アプローチが注目を浴びはじめた経緯を説明。80年代から90年代にかけて,家族療法の世界に「ナラティヴ」,「語り」といった言葉が見られるようになったと紹介し,当時それまで主流だったシステム論的看護理論を支持していた氏は,「哲学的な難しい言葉が並べられていて,はじめは好きになれなかった」,「はやりものだろうと思っていた」と告白。その後研究を深めるにつれ,ナラティヴ・アプローチが世界的な流れになっていき,自身の見方も変わってきたと述べた。
 氏は,他者に自分を伝えるためには経験を物語として紹介する他に方法がないといった観点から,人間を「物語を生きる存在」と定義。同様に,病の経験も,自分自身の主観的経験の「物語」であるとの見方から,「病は物語の形式で存在している」とし,「援助者の物語と患者の物語が出会い,新しいケアの物語が生まれる」と,ナラティヴ・アプローチの基本的な考え方を示した。

「無知の姿勢」が大切

 さらにナラティヴ・アプローチを進めるにあたって自覚しなければならない点として氏は,(1)専門家のナラティヴ(診断・説明)が,仮にそれが正しかったとしても,問題を固定化し,増幅している可能性,(2)専門家のナラティヴが患者を抑圧・支配している可能性,(3)知識や技法が専門家の地位を守るためのものになっている可能性,の3点を指摘。そのうえで,「問題は解決していないけれど,なんだか患者さんがいきいきとしている」という「浦河べてるの家」の例(本号に取材記事インタビューを掲載) を紹介し,専門性によって患者の世界を区切ってしまうのではなく,専門家は表面的にしか患者の世界を知ることができないことを自覚する「無知の姿勢」をとり続けることの重要性を示した。なお,本理論については,野口氏の著書「物語としてのケア」(弊社刊)に詳しい。