医学界新聞

 

【印象記】

第55回米国神経学会総会に参加して

佐藤準一(国立精神・神経センター神経研究所免疫研究部)


はじめに

 私はこのほど,「金原一郎記念医学医療振興財団」より2002年度第17回研究交流助成金の補助を受けて,本年3月29日から4月5日にハワイ州ホノルルで開催された第55回米国神経学会総会(55th Annual Meeting, American Academy of Neurology)に参加しました(写真1)。
 折りしも,「イラク戦争」激戦中および「新型肺炎流行」と重なり,春休み中にもかかわらず,往復の飛行機では空席が目立ちました。ホノルル国際空港に到着した際も,検疫係官から新型肺炎の情報が中国語で記載されたイエローカードを渡されて驚きました。
 本学会は例年,米国本土で開催され,筆頭演者は1人1演題と決められていましたが,本年はハワイで開催され,日本から近く,気候的にもよく,また筆頭演者は2演題まで登録可能となっているので,日本からの参加者も急増するのではと思っていましたが,上記の理由で予想は裏切られました。

多発性硬化症

 さて私は現在,多発性硬化症(multiple sclerosis; MS)の発症機構や治療法開発に関する基礎的研究に従事しております。
 MSは若年成人に好発する原因不明の脱髄疾患で,視神経・大脳・脊髄など,中枢神経系白質に炎症性脱髄巣が多発し,さまざまな神経症状が再発と寛解を繰り返す難病です。炎症が遷延化すると,軸索変性を来し不可逆的な後遺症を残して進行します。本邦に比較すると,欧米ではMS有病率が約10倍ほど高く,また研究者の数も多いことから,米国でMSに関する研究報告を行ない,同時に最新情報を収集するために本学会に参加しました。
 MSの動物モデル系とされる「実験的アレルギー性脳脊髄炎(experimental allergic encephalomyelitis; EAE)」は,髄鞘構成蛋白質抗原を認識し活性化した「I 型ヘルパー(T helper type 1; Th1)T細胞」により惹起されます。現在まで,MS特異的な自己抗原は同定されていません。MSでは「脳炎惹起性自己抗原」に分子相同性を示すウイルスなどの外来抗原を認識し,活性化した自己反応性CD4 Th1 T細胞が,血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)を通過して,中枢神経系組織内に浸潤することにより発症すると考えられています。

IRGの発見

 1990年代以降,MSの再発抑制に対するインターフェロンベータ(interferon-beta; IFNβ)の有効性が立証され,現在ではMS急性増悪期には副腎皮質ステロイド大量静脈内投与(ステロイドパルス療法)を行ない,また回復期にはIFNβの継続的投与を行なう方法が,最も一般的治療法として選択されています。
 しかしながら,MSにおけるIFNβ治療効果を裏付ける分子細胞生物学的機序は十分解明されてはいません。
 最近われわれの研究グループは,MS患者からIFNβ治療開始前後に末梢血CD3 T細胞とCD3non-T細胞を分離し,治療に反応して発現変動を呈した遺伝子群をDNAマイクロアレイを用いて同定し,その結果,MSにおけるIFN応答遺伝子群(IFN-responsive genes; IRG)を発見しましたので,本学会で報告しました。また,IFNβに抵抗性の患者(nonresponder),あるいは副作用のため投与できない患者に対する治療法の選択は重要な問題となっています。現在,IRGを手がかりにしてnonresponderを識別する検査法を研究開発中です。
 IFNβの他にも,種々の免疫調節療法(immunomodulatory therapy)がEAEに対する治療効果に基づいて考案されていますが,EAEで顕著な治療効果を認めながら,MSにおける臨床試験では無効であった治療法も多く存在します。

新知見の数々

 本学会では欧米の複数の研究グループにより,比較的身近な抗生物質であるミノサイクリンが,自己反応性活性化CD4 Th1 T細胞のBBB通過を抑制してMS患者でも奏効すること,Naチャンネルブロッカーが脱髄巣における軸索の異常な電気的信号伝達を抑制して,軸索障害予防に有効なこと,EAE極期に神経幹細胞を脳室内に移植すると病巣に移動して生着し,オリゴデンドロサイトに分化して,EAEの症状軽減に有効なことなどが,MSに対する新しい治療法開発への展望として報告されていました。これらの治療法が一日も早く実用化されることを望みます。
 最後に,私がダイアモンドヘッドへ向かって歩いている途中に見かけた交通標識の落書きをお目にかけたいと思います。
 写真2は“STOP WAR”,写真3は“DO NOT ENTER IRAQ”と読めます。いかにも米国らしい風景と思いました。