医学界新聞

 

新しい糖尿病学への飛躍

第46回日本糖尿病学会開催


 第46回日本糖尿病学会が,さる5月22-24日の3日間,小林正会長(富山医薬大)のもと,富山県のオーバードホールほか12会場で開催された。「新しい糖尿病学への飛躍-再生医療から予防・地域医療まで」をテーマに掲げた今回は,先端医療から地域医療・一次予防まで,幅広い視点から糖尿病学を見なおす試みが議論された。なお,本学会が富山県で開催されるのははじめてのこと。


地域医療としての糖尿病学の展開

 5月22日,小林正氏(富山医薬大)が「糖尿病-その発症から地域医療まで」をテーマに,糖尿病の発症機序と今後の大きな課題である地域医療について講演した。
 氏はまず,「2型糖尿病の発症は遺伝的要因と環境因子による」と述べ,現代人の抱える環境因子として,交通手段の発達による運動不足や,食事の西洋化によるタンパク質・脂質の過剰摂取をあげた。そして,そうした環境因子が引き金となって糖尿病を発症するまでの過程を最新の知見も交えつつ,医師以外の参加者にもわかりやすく解説した。
 また,地域医療における試みとして糖尿病データマネジメント研究会を紹介。患者の情報を治療や指導に効果的に活かすためのシステムとして,CoDiC(Computerized Diabetes Care)を用いた全国規模でのデータの収集・解析活動について言及した。
 氏は最後に,「糖尿病医療の質を向上させるためには,遺伝子情報や病態の解明といった研究活動と,臨床データの蓄積やチーム医療の効率化といった地域での医療活動の両方での発展が必要である」と述べ,会長講演とした。

■糖尿病療養指導士制度4年目の明暗
シンポジウム「糖尿病療養指導士の役割と課題」から

地域の診療所への浸透が課題

 シンポジウム「糖尿病療養指導士の役割と課題」では,発足4年目を迎えた日本糖尿病療養指導士制度について,5人のシンポジストが招かれ,活発な議論が行なわれた。
 齋藤宣彦氏(聖マリアンナ医大)は,糖尿病療養指導士(以下,CDE)に求められる資質を,態度(attitude),技能(skill),知識(knowledge)の頭文字をとって“ASK”としたうえで,現行の制度では,知識のみを問うにとどまっていると指摘。認定機構は,知識以外の態度,技能を評価・養成していく必要があると述べた。また氏は,CDEの誕生によってどのような医療経済効果があったのかなど,自らの存在価値をアピールしていくこともCDEの役割の1つであると述べた。
 武田倬氏(鳥取県中央病院)は,日本糖尿病協会副理事長として,CDEに望むことを述べた。氏は,地域によって大きく異なる文化的背景によく通じたCDEが求められていることを指摘。また,CDEのケアを診療報酬化していく必要性などを述べたうえで,糖尿病療養指導士認定機構には,CDEの各地での活躍を調査・評価していくこと,CDEには,自分たちの活動を積極的にアピールしていくことを求め,医師,患者,コメディカルが参加する日本糖尿病協会にもっと多くのCDEが参加すれば,一丸となって制度の発展を盛り上げていけるとした。
 高村宏氏(高村内科クリニック)は,地域でのプライマリケアにおけるCDEの課題について述べた。氏が行なった調査によると,現状ではCDEの多くは糖尿病専門医のいる地域中核病院に勤めており,一般の開業医のもとにはほとんど勤めていない。一方で,医師の7割以上が,糖尿病患者の療養指導をコメディカルが行なうことに賛同しており,本当に必要とされる施設にはまだCDEが浸透していない現状が浮き彫りとなった。

認定更新に難しさが

 川上知恵子氏(亀田総合病院)は,認定更新制度について,講習会委員として発言した。現在の認定制度では,「自己の医療職研修20単位」と「糖尿病療養指導研修20単位」が更新に必要とされているが,氏は,これらの更新条件のもと,実際にCDEが更新をどのように検討しているのかを独自に調査した。この結果,実に6割のCDEが次回の更新を行なうかどうかについて「わからない/更新しない」と答えていることがわかった。
 「勤務の都合により単位を取得できない」「異動で療養指導にかかわれなくなった」「維持費がかかりすぎる」などがその主な理由だったが,氏はこうした状況を受け,もう少し認定講習を地域的に分割して開催するなど,更新しやすい制度にあらためるべきであると指摘した。
 池田正毅氏(池田病院)は,CDEの「横のつながり」を目標に,糖尿病療養指導士兵庫県連合会を発足した経緯を紹介しつつ,地域におけるCDEのあり方について考えを述べた。氏は,CDEが糖尿病専門医療機関に集中していることや,CDEが相互に連絡を取り合うようなシステムがないことを指摘したうえで,兵庫県連合会のような地域でのCDEの連合を作り,そこを拠点として各医療職団体や施設と交流を深めていくことが必要であると述べた。また氏は,CDE制度に先だって日本各地で発足し,現在もCDE制度と並存して活動している地域糖尿病療養指導士(LCDE)制度について言及し,CDEとの制度的統合の必要性を訴えた。

さまざまな課題を抱えつつ

 ディスカッションでは,会場から多くの質問がシンポジストに寄せられた。認定制度については,認定更新に必要な単位を取ることはどうしても小規模な施設では難しく,結果として,中核病院にCDEが集中してしまっているのではないか,という指摘があった。川上氏は,「講習会の内容をあらためていく必要がある」ことを述べたうえで,地域で行なわれている小さな講習会を単位として認めていくことや,患者から学べる場として,日本糖尿病協会での研修といったことも検討していきたいと述べた。
 また,もっとも多く寄せられた声に,CDEの所属が公開されていないことが問題だとするものがあった(現在のCDE制度では,合格者の地域ごとの氏名のみを公開し,所属などは非公開となっている)。
 このほか,各シンポジストの提起した話題について質疑応答があったが,最後に座長の松岡健平氏(済生会糖尿病臨床研究センター)は,「合格者の所属についてはプライバシーや,異動後の追跡の難しさが問題となるだろう。また,療養指導士を,一般の診療所に広めていくには,さらなる啓発が必要と思われるが,これらを今後の課題として検討したい」として,シンポジウムを締めくくった。

■β細胞への分化・増殖がカギ
シンポジウム「膵β細胞の再生医学」から

 現在,ヒトES細胞の樹立が報告され,また成体のさまざまな組織で組織幹細胞が発見されている。これらの細胞を用いた再生医療への期待が高まるなか,シンポジウム「膵β細胞の再生医学」(司会=徳島大板倉光夫氏,阪大 宮崎純一氏)では,膵臓のβ細胞の分化・再生について各分野における最新の試みが紹介された。

β細胞へのさまざまなアプローチ

 最初に登壇した岡本宏氏(東北大)は,糖尿病における膵臓のβ細胞が死滅する機構を説明した「岡本モデル」について言及。ポリADPリボース合成酵素(PARP)の働きを阻害することでβ細胞の死を抑制できるだけでなく,細胞の増殖が促進されることを説明した。また,氏はその研究過程で発見したReg遺伝子(Regenerating gene)ついても言及し,Regタンパク質が細胞増殖因子として受容体に作用する「Reg-Reg受容体情報伝達系」がβ細胞だけでなく神経細胞など他組織の細胞増殖も促進させることから,今後の再生医学への期待を語った。
 続いて山岡孝氏(徳島大)は,患者自身,あるいは糖尿病モデルマウスの細胞から分化誘導したインスリン産生細胞の機能が実際の膵臓β細胞よりも劣っていることを指摘し,「基本に立ち返ってβ細胞の分化と増殖のメカニズムをより深く解明することが,臨床応用に耐えうるβ細胞再生医療への近道かもしれない」と述べた。
 また氏はβ細胞の増殖と分化について説明,増殖因子と分化誘導因子は拮抗する関係にあるとし,「この逆リンクしたメカニズムを解明することは再生医学全般において重要な課題である」と述べた。

ES細胞・組織幹細胞の可能性

 再生医療の中核ともいえるテーマであるES細胞,組織幹細胞の点からは,倭英司氏(阪大),谷口英樹氏(横浜市大)が講演した。倭氏は患者からES細胞を樹立し,β細胞に分化させた後に体内に戻す自己細胞移植について言及するとともに,ヒトクローン胚を用いたES細胞研究については,「ヒト受精卵の,人の生命の萌芽としての取扱いのあり方に関する議論を待って判断する」と述べた。
 谷口氏は膵臓の細胞中にわずかに存在する膵幹細胞を分離・回収することのできる手法を紹介,得られた膵幹細胞は高い増殖能力と分化能力を有すると述べた。また,他の組織細胞をβ細胞に分化させる試みにも言及し,腸管上皮細胞をインスリン産生細胞に分化させ,糖尿病マウスに移植して治療効果が得られたことを発表した。
 一方,β細胞への分化については,宮川潤一郎氏(阪大),小島至氏(群馬大)が登壇した。宮川氏は個体レベルでインスリン分泌細胞の分化・増殖を促進する手段として,膵臓内に分化誘導遺伝子や増殖因子を導入するin vivo再生医療について紹介し,膵臓の導管内ににHB-EGF遺伝子を注入した結果耐糖能の改善がみられたものの,分化誘導されたβ細胞の数や寿命といった課題があると述べた。
 また,小島氏は新規分化誘導因子の模索として,ベータセルリン(BTC)の変異体であるBTC-δ4と植物性アルカロイドであるコノフィリンを併用したところ,膵前駆細胞が効率よく分化し,かつその後も増殖を続けたという結果を提示,今後の治療研究へつながる可能性を示唆した。

■急増する2型糖尿病患者の発症予防
シンポジウム「世界における2型糖尿病の一次予防」から

糖尿病は一次予防の世紀へ

 シンポジウム「世界における2型糖尿病の一次予防」では,世界規模で糖尿病患者数が急増している現状に対して,Jaakko Tuomilehto氏(ヘルシンキ大)がフィンランドにおける一次予防研究について基調講演を行なった後,日本での取り組みが各演者によって紹介された。
 小坂樹徳氏(東大名誉教授)はまず,「糖尿病は人類の健康にとって,人間社会にとって大きな問題であると認識される」と述べ,虎の門病院で行なわれたIGT(耐糖能障害)に対する生活習慣介入による一次予防試験を紹介した。そして2型糖尿病の一次予防には(1)国民に対する糖尿病についての知識の普及・啓発,(2)職場や人間ドックなどの健康診断の推進,(3)問診・検査といったスクリーニングの充実,(4)ハイリスク者に対する指導や検査体制の構築が必要である,と述べた。

生活習慣介入の有効性が実証

 続いて生活習慣介入による糖尿病発症抑制を中心に坂根直樹氏(日本糖尿病予防プログラム研究班),石田さくらこ氏(広島原爆障害対策協議会健康管理・増進センター)が登壇した。坂根氏は,日本糖尿病予防プログラム(JDPP)の活動を報告し,欧米人と日本人とでは体型が異なることから,肥満だけでなく正常体重者も含めた日本人対象での研究の重要性を強調した。そして生活習慣介入試験の結果,適正な体重,運動習慣の維持を行なったグループでは,糖尿病発症率が有意に減少したことから,JDPPにおける生活習慣介入は効果があったと発表した。
 石田氏は広島市での糖尿病予防事業を紹介し,糖尿病発症の危険性がある人に対して,医師,栄養士,運動指導士による個別指導が発症予防に成果をあげたことを報告した。また氏は,「モチベーションの持続のためには繰り返しの指導が必要と考えられる」とし,今後の方向性として「2型糖尿病の一次予防は研究・医療機関レベルから職場・地域レベルへ」と述べた。
 一方,野田光彦氏(朝日生命糖尿病研究所)は薬剤介入による2型糖尿病の発症抑制効果について,臨床試験の結果を報告した。まず米国におけるDPP(Diabetes Prevention Program)でのIGTに対するメトホルミンの投与試験を紹介し,生活習慣を改善したグループには及ばなかったものの,有意な発症抑制効果が得られたと述べた。さらに国際的多施設共同試験におけるアカルボースの投与試験においても発症率の抑制や耐糖能の改善がみられたことを挙げ,これら薬剤による介入が糖尿病の発症に一定の効果を示したことを発表した。
 また,行政による糖尿病一次予防として,伴野祥一氏(群馬大)は,2010年までに1080万人に増えると予想される糖尿病患者に対して,検診の受診率促進,治療の継続,合併症の減少を目標とする「健康日本21」について言及した。そして法的基盤として5月1日に「健康増進法」が施行されたものの,全国の市町村での計画策定が進んでいない現状を述べ,「健康日本21が機能しているとの実感は今のところない。医療関係団体が積極的に参加する必要がある」と指摘した。

■CoDiCの普及と新たな展開
シンポジウム「糖尿病データマネジメントの現状と今後の展望」から

 シンポジウム「糖尿病データマネジメントの現状と今後の展望」では,2001年よりはじまった糖尿病データマネジメント研究会の活動や,カルテの電子化などの新しい動きについて,各方面から報告があった。

データマネジメントの倫理的課題

 山崎勝也氏(富山医薬大)は,糖尿病のデータベースソフトであるCoDiC(Computarized Diabetes Care)を共有して,多施設での臨床研究を行なう糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)の活動を紹介した。現在,CoDiCを導入している施設は100程度,データベースに入力された患者数は4万例に昇り,年々増加している。また,糖尿病学会でのCoDiC関連の演題も毎年着実に増えているという。氏は,これらのデータをもとに,日本人糖尿病患者における新たなエビデンスが見出されるものと期待されると述べた。
 また,データベース化の際に生じる倫理的問題について,糖尿病データマネジメント研究会では倫理委員会を設けている。委員の1人である武藤香織氏(信州大)は,疫学研究の際に生じるインフォームド・コンセントの問題について,現行よりも手続きを簡略化していく方向性を示唆した。氏は,疫学研究への理解を市民に求める十分な努力を前提とするならば,個々に書面での承認を求めることなく,ポスターなどで周知を求めるといった方法が考えられると述べ,新たな疫学研究の倫理のあり方について,糖尿病データマネジメント研究会の倫理委員としての見解を示した。

IT導入で変わる地域医療

 一方,シンポジウムの後半では,病診連携や在宅患者支援システムなど,インターネット技術を用いた,新たな地域糖尿病医療について報告がなされた。
 中島直樹氏(九大)は,年々増加する糖尿病患者に対して,糖尿病専門医が絶対的に不足している現状の問題に触れたうえで,ネットワーク技術を用いて情報のやり取りを行なうことによって,非専門医の糖尿病診療レベルの底上げをはかることができるのではないか,と提言した。氏が現在福岡市で行なっている取り組みは一定の成果をあげているが,やはりここでも,情報の共有化に伴う倫理的な問題や患者への説明の問題が,避け難い課題として浮上した。
 また,金塚東氏(加曾利病院)は,CoDiC入力データを元にした,多施設臨床データの解析を行ない,報告した。氏はこれによって,強化インスリン療法が積極的に行なわれている現状が明らかになるなど,糖尿病医療の現状を数字で捉えることができたと報告した。
 最後に,座長の川井紘一氏(川井クリニック)は,「CoDiCをはじめ,本日報告があったような膨大なデータベースを整理していくことができれば,糖尿病診療に貢献することは間違いない。糖尿病データマネジメント研究会は2001年に発足したところだが,間違いなく5年後ぐらいには,一定の成果が期待できるだろう」と述べ,今後の方向性を確認した。