医学界新聞

 

「第14回ヨーロッパ発達障害学術集会」印象記

榎勢道彦(南大阪療育園・理学療法士)


はじめに

 「EACD」(European Academy of Childhood Disability)は,小児科医,小児神経科医,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,臨床心理士,看護師,ソーシャルワーカー,教師など,発達障害を持つ子どもに関わるさまざまな専門職種から構成されるヨーロッパの学術協会である。
 EACDでは,「発達障害領域における質の高い研究と教育を発展させること」,「子どもが受ける療育を進化させること」,そして「専門職の水準を向上させること」をその活動の主な目的として掲げている。このEACDが主催する「第14回ヨーロッパ発達障害学術集会」が昨(2002)年10月24日-26日,イタリアのピサで開催された。

「発達障害児の治療」をテーマに

 ピサといってまず思い浮かべるのは,ガリレオ・ガリレイが「落下の法則」の実験を行なった「斜塔」だろう。風光明媚な街で観光名所として名高いが,伝統的な大学都市としても有名な街である。学会の会場となった「国立ピサ大学」も創立660年の伝統を持つ大学であり,これまでも多種多様な分野の国際的な学術集会が開催されてきている。
 「発達障害児の治療」を主題として開かれた今回の学会では,ヨーロッパを中心とする700人以上の多くの専門職の参加者があった。私も,成澤みどりさん(塩尻協立病院),椋野智治さん,江渡義晃さん(佐賀整肢学園こども発達医療センター),平井真由美さん,片平美和さん(南大阪療育園)とともに旭川児童院の今川忠男先生に同行させていただいて参加することとなった。

「運動療法」に関するサテライトワークショップ

 まず,学会の前日にサテライトワークショップが開かれ,「運動療法」について議論された。4か国の医師と理学療法士のペアが,運動障害を持つ同じ子どもに対して評価と治療を行ない,短期および長期の機能的予後,問題点,治療目標,治療手段をVTRで解説した。
 その後,参加者も加わって,運動障害の本質と治療計画についての討議が行なわれた。職種の枠を超えて白熱した議論が展開され,翌日から始まる学会の前哨戦にふさわしい役割を果たした。

「TIMINGの原則」を提唱

 学会初日は,Heinz Prechtl氏の「発達神経学におけるTIMEとTIMING」の基調講演から始まった。
 この講演では,「個体発生適応」という概念に基づいて,各発達段階における中枢神経系の構造と機能は,その個体の内的環境および周囲の環境の必要性に適応しなければならないという提言があった。
 発達上のあるでき事は,発達上のある時期に,ある特定の中枢神経領域で起こるという「TIMINGの原則」が提唱され,もし中枢神経機構が年齢に適した発達を成し得なかった場合,それを後で埋め合わせることはできないとされた。そして治療においては,年齢に適した介入がなされるべきであることが提案された。

治療のための基本的概念と新たな挑戦

 これに引き続き,「神経再組織化の神経生物学的基盤」「可塑的現象」という基調講演が行なわれ,神経可塑性の新しい概念が提案された。
 さらに「遺伝子療法」の講演では,胚細胞移植による白血病やデュシャンヌ型筋ジストロフィー症に対する新たな治療への挑戦が発表され,また「健常児と脳損傷児における認知と運動学習」では,イメージトレーニングの重要性が報告された。「治療のための基本的概念と新たな挑戦」の命題のもとに行なわれたこれらの基調講演から,「発達障害児の治療」において,パラダイムの移行が確かに起こっていることが伺えた。

4つのテーマからのアプローチ

 基調講演に引き続いて,「運動障害」,「広汎性発達障害」,「言語障害」,「感覚・知覚障害」の4つのテーマを中心に,発達障害児の治療に結びつく内容が3日間にわたって発表された。それぞれのテーマについての最新知見を含んだ講義と,分科会形式でのワークショップが開かれ,さらに朝の教育講座6題,口述発表27題,ポスター発表102題が実施された。発達障害を持つ子どもに対する診断・治療,評価・支援について,病態生理から生活支援まで幅広い内容で構成されていた。
 1つひとつが興味深い内容であったが,ここでは私の専門分野に関係の深い「運動障害」に関して,特に興味深かった内容を取り上げてみる。

脳性麻痺児が持つ「運動障害」についての新しい知見

 「脳性麻痺」は,発達の初期の段階で起こる脳の損傷や異常に起因する非進行性の,しかし臨床像は頻繁に変化し得る運動障害症候群の包括的用語である。その障害像は個々の子どもで異なるが,一般的には病態生理や障害部位から大別された障害像に基づいて,評価と治療が行なわれている。
 また教科書においても,脳性麻痺児が持つ運動障害が説明される際には,「痙性」,「連合反応」,「異常反射活動」,「筋骨格系の異常」,「ディスキネティック」,「拮抗筋の同時収縮」などの用語がよく使われている。これらは脳性麻痺児が持つ運動障害の陽性徴候に焦点が当てられている。
 これに対してHans Forssberg氏は「脳性麻痺の運動障害」という講演の中で,脳性麻痺児が持つ運動障害に対する治療では,陰性徴候に焦点化した治療を行なうべきであると提言した。
 ここでいう「陰性徴候」とは「中枢性協調障害」と「麻痺」である。脳性麻痺を持つ子どもの運動行動は,感覚運動制御の障害による適切な運動協調性の欠如によって特徴づけられる。「この中枢性協調障害こそが適切な運動行動を阻害する主な徴候であり,生涯にわたる感覚運動機構の発達に弊害を及ぼす」とし,これに対しては運動学習理論を背景とした治療を実施することが提案された。
 また,麻痺も適切な中枢神経制御機構の欠如によるものであり,随意運動中の力強い筋収縮の生産,つまり筋力の発達に障害をもたらす主な徴候であるとした。これに対しては筋力強化を実施することが提案された。治療において重要なことは,個々の子どもに合わせた治療を計画するために,運動障害における主要な中枢神経系障害を正しく理解し,日常生活機能に焦点をあてた治療を行なうことであるということが示唆された。

「運動障害」を持つ子どもに対するリハビリテーション

 運動障害を持つ子どもへ治療を行なう際に,最も重要な因子となるのは年齢である。Eva Bower女史は「運動リハビリテーションにおける発達学的アプローチ」の中で,年齢によって運動発達の速度や運動技能の意義が異なることを示唆し,年齢に応じたリハビリテーションを展開する重要性について提言した。
 「幼少期」では家庭,家族の中で意味のある運動技能,「学童期」では学校,同年代の子どもの中で意味のある運動技能,「青年期」では地域社会,友だちや同僚の中で意味のある運動技能など,各年代に関連した必要性のある運動技能に焦点化すべきことを提案した。
 続いて,「神経成熟理論」から「認知理論」,「ダイナミックシステムズ理論」へと治療の背景となる運動発達理論の変遷について述べ,さらに,Phelps,Bobath,Doman,Vojta,Petoなど20世紀に行なわれてきた治療から学ぶべきことを解説し,この21世紀に治療をどのように進化させるべきかについての提案がなされた。
 またEva Bower女史は「現在,科学的に証明された画一的な治療法はなく,重要なことは今行なわれている治療を検証することである」とした。そして,「子どもの運動技能が変化したか,変化したならばそれは治療介入による結果であるのかということを確かめるため,臨床場面において個々の子どもに対してシングルケース研究法に基づいて検証されることが重要である」と述べた。
 ちなみにEva Bower女史は講演の後,私の個人的な質問についても親切に答えてくれた。Pediatric Evaluation of Disability Inventory(PEDI:障害を持つ子どものための日常生活機能評価)を臨床で使い,その活用について2年間模索してきた私にとっては大変幸運な機会であった。

おわりに

 帰路に着き,今回の学会で得た知識を整理し,臨床実践と関連の深い内容であったことを実感している。
 このような機会を得て,学会とピサの街で貴重な時間を楽しくともに過ごさせていただいた今川忠男先生,成澤みどりさん,椋野智治さん,江渡義晃さん,平井真由美さん,片平美和さんに感謝の気持ちを申し上げます。