医学界新聞

 

第26回日本医学会総会開催


 第26回日本医学会総会が杉岡洋一会頭(前九州大学総長・九州労災病院院長)のもとで,さる4月4日-6日の3日間,「人間科学 日本から世界へ-21世紀を拓く医学と医療 信頼と豊かさを求めて」をメインテーマに掲げて,福岡市の福岡国際会議場・他において開催された(「学術展示」は3日-6日の4日間,「公開展示」は2日-8日の7日間)。
 周知のように日本医学会総会は日本医学会が日本医師会と協力して,医学および医学関連領域の進歩・発展を図り,学術面,実践面から医学における重要課題を総合的に討議することを目的として,明治35(1902)年に東京で第1回が開催されて以来,ほぼ4年ごとに開催され今日に至っている。
 今総会はメインテーマに示されたように,今世紀初であるばかりでなく,創立100周年を迎えた日本医学会が開催する初の総会であると同時に,東京・大阪・京都・名古屋の4大都市圏以外での初の開催となり,多くの面で節目の総会となった。
 本紙既報のように(第2527号参照),学術プログラムは「会頭講演」,「記念講演(京大名誉教授・上田閑照氏)」,「招待講演(ノーベル化学賞受賞者・田中耕一氏)」,「公開講座(作家・五木寛之氏)」,「閉会講演(東大教授・松井孝典氏)」,および22題の「特別講演」の他,「(1)21世紀医学・医療の使命:疾病の解明とその克服」,「(2)人間科学と医学」,「(3)医療の改革をめざして」,「(4)医学・医療の進歩を世界へ向けて」,「(5)医療フロンティア:何を,どこまで,何で,治せるか?」の5つを柱としたシンポジウム・レクチャー,また特別シンポジウム「日本の医療の将来」,および「医学部学生企画」という総会初の試みが企画された。

 

 
 
 



特別シンポ 日本の医療の将来

 日本医学会総会最終日には,本総会のメインイベントとも言える特別シンポジウム『日本の医療の将来』(司会=杉岡会頭,久留米大学長 平野実氏)が開催され,医療に関わりのある各分野を代表するシンポジストが,4時間半にわたり,白熱した議論を繰り広げた。
 シンポジウムの冒頭,司会者の杉岡会頭は「医療保険をはじめ,日本の医療は制度疲労が目立つようになてきた。さらに国民の医療への不信感はかつてない高まりを見せている。日本の医療に変革が求められる今日,われわれは東洋的価値観に支えられた人間の営みとしての医療を守れるのだろうか」と問題提起をし,「日本の未来を語っていただきたい」とシンポジストたちに発言を求めた。

厚労相「医療の透明性」求める

 最初に発言した坂口力厚労相は「医療制度改革たけなわだが,厚労省は何を考えているのか,まず示したい」と口火を切り,「医療保険制度の一元化」,「診療報酬体系の基本の見直し」,「効率的で質の高い医療をどうつくるか」という大きな政策課題をあげたうえで,特に,「現在の医療をみた時に,最も直すべきことは,どの病院に行っても医療者が忙しすぎるということだ」と指摘。患者と医師が話す時間が少ないことから,患者が不満を持ち,医療費の圧迫につながる「病院歩き」が生まれている状況の改善に意欲を見せた。
 坂口氏はそのためにも「診療報酬の基本の見直し」が必要だとし,(1)ドクターフィー的要素とホスピタルフィー的要素への再編,(2)「時間」の要素の導入,(3)疾患の重症度の評価などの新しい基準を示し,「患者は質問をしたいのに,医師は忙しくそれができない。これが不信を生む。あるいは忙しいから医療事故に結びつく」と改革の必要性を強調した。
 また,財政問題については,42兆円の税収のうち6分の1が医療に投入されている現状を示し,「今後,高齢者の増加でこれを5分の1に引き上げざるを得ない。そうなるとコスト削減への風圧が強まる」と指摘。「みなさんに一番お願いしたいのは,医療の透明性を高めること。これが医療への信頼につながり,財源確保の第一歩となる」と訴え,発言を終えた。

財源問題,市場原理主義の導入,患者の選択などが話題に

 続いて登壇した下村健氏(健保連副会長)は,今後の医療政策に望むものとして「医療水準の向上」,「患者中心の医療」,「医療機関の機能別の報酬体系」の3つを提示。そして,「患者も賢い患者になる必要がある。保険者はその手助けをすることが必要だ」と述べ,医師や医療機関の情報提供など,保険者機能の強化が必要だとした。
 一方,坪井栄孝氏(日本医師会長)は,近年の社会保険料の増大や自己負担増,あるいは,規制改革の動きを念頭に「国民が安心できる社会をつくるべきなのに,現在の政府は国民の不安を煽るようなことばかりしている」と現政府の政策を批判。「ライフスタイルを支える社会的共通資本」としての社会保障を強固なものにすべきであるとの持論を展開した。特に,株式会社の参入など市場原理主義の医療への導入や医療費総枠抑制策については強い懸念を表明し,「国民の生活への不安を排する,国の安全保障としての社会保障制度を構築すべきだ」と述べた。
 経済界を代表する立場からは,日本経団連の副会長を務める西室泰三氏(東芝会長)が登壇。「医療費は経済動向とまったく別に上昇の一途をたどっている」と指摘。皆保険を長期的に維持するためにも,「公的医療保険制度の守備範囲を見直すべき」との考えを示した。そして,抜本的な改革のキイワードとして「国民の多様なニーズ」,「質の向上」,「効率」の3つをあげたうえで,「日本の医療は『おまかせ医療』となっており,『出来高払い』の弊害で『過剰な医療』が行なわれている」と指摘。これからは,徹底した情報開示を基本に「患者中心の選択できる医療」を実現する必要があると述べた。また,保険者の役割については,「患者の立場にたち医療機関のチェック機能を果たすべきだ」とした。
 また,南裕子氏(日本看護協会長)が,今後は「人とひとが癒し合う社会」「互いが自立し,支え合うコミュニティ」づくりが大切となるとの考えから,今後の医療の展望を述べた他,森亘(日本医学会長)は「今の日本は目先の問題にとらわれすぎている」,「根底に『教養』がなければ,状況は改善されない」と強調。そこから敷衍して「現在,よい医師が集まり,医療人として納得のできるような自浄に一歩踏み出すか,あるいは諦めるか,分かれ目にきている」と述べた。
 さらに,山本文男氏(全国町村会長)は国民皆保険について,「貴重な財産であり,次世代に受け継がなくてはならない。そのためにも国保が基盤であり,まずこれを安定させなければならない」と問題提起。被保険者の半分が高齢者や低所得者で占められる国保の厳しい財政事情を示したうえで,「医療保険は国が保険者となり一本にまとめるのが望ましい」と主張した。
 一方,コメンテーターとしては秋山洋氏(日本病院会常任理事),尾形裕也氏(九大教授),李啓充氏(前ハーバード大助教授)が発言。この中で,本紙の連載でも知られる李氏は,まず,「医療倫理の4原則((1)患者の自律性の尊重,(2)患者に害をなさない,(3)患者の利益の追求,(4)正義,公正)」を示し,「医療の公政策もこの4原則の実現を図るものでなければならない」との持論を展開した。具体的には,患者の権利保障については法制化が必要であり,また,医療の質の向上についてはそのための直接の施策こそが求められ,「診療報酬支払い方式の変更で質の改善は達成されない」と指摘した。さらに,公正な医療資源の配分については,医療を市場原理にゆだねることの危険性を強調し,「コスト削減からコスト効率改善への発想の転換が必要」だとした。李氏は「日本の医療は『コスト』からではなく,『患者の権利』と『医療の質』から攻める」と訴え,発言を終えた。

厚労相と日医会長が応酬

 後半の討論では,坂口氏と坪井氏の間で激しい議論の応酬があった。坂口氏が「財務省から予算をもぎ取るのも限界がある」と強調し,「坪井会長の話は高邁すぎる。具体的な話をしないとかみ合わない」と具体論を求めると,坪井氏は「財源が足りないなどというのは嘘」と反論。国庫負担を増やす際の調達先として,(1)公的年金積立金の取り戻し,(2)国家公務員OBの生涯保障システムの維持等として支出されている特殊法人および,特別公益法人等への補助金,利息補給金,(3)2回目以後の退職金に対する課税強化,(4)国立病院等への補助金,利息補給金,(5)労働保険特別会計等の剰余金,(6)不要普及の国家財産の売却などの方策をあげた。また,高齢者医療制度についても財源の組み替えで対応できるとした。これに対して,坂口氏は「年金の積み立てを使うわけにはいかない」。また財源の組み替えについても「ぐるっと回しても同じことになるのではないか」と述べ,両者の主張には隔たりを残した。
 他方,混合診療,株式会社参入などの規制改革の動きについては,坂口氏が「戦い抜く」と反対する意向をあらためて示したのをはじめ,坪井氏ら多くのシンポジストが否定的な見解を表明。批判の矢面に立たされた形の西室氏は,混合診療の導入には賛成の立場を見せたものの,株式会社の参入については,「東芝病院の経験から,それほど儲かるものではないということは承知している。正直に言えばどちらでもよい話」と述べた。また,李氏は「株式会社にしたら医療の質がよくなるというのは詭弁だ。株式会社の参入や混合診療の導入が日本の医療の一番大切な問題ではない」と一連の動きを批判した。討論の最後には,フロアから竹嶋康弘氏(福岡市医師会長)が指定発言を行ない。規制改革の動きを批判するとともに,医師の側にも自浄努力が必要だと述べた。
 なお,本シンポジウムの討論を踏まえ,日本医学会総会の閉会式では,「患者中心の医療」をうたった「福岡宣言」が発表された。


会頭講演 21世紀を拓く医学と医療

科学技術の進歩の光と影

 開会式に引き続いて行なわれた会頭講演は「科学技術の進歩と光と影」,「大変革期の医学・医療」,「人間の営みとしての医療」の3本の柱に沿って進められたが,冒頭で杉岡会頭は,「科学技術の進歩と光と影」を次のようにまとめた。
 今日の生命科学としての医学のめざましい進歩は,人類にとって大きな福音となり,また今後もそうであろうことは誰もが疑わない事実である。しかしまたその一方では,「かつての10年は現在の1年に相当する」という過去に経験したことのない幾何級数的な進歩の速度に対して,人類が適切に対応できず,その功罪の判断に困惑していることも事実である。
 また杉岡会頭は,「環境問題」にも言及し,「あらゆる生物は互いに依存し合っており,“種の絶滅”“集約農業や集約養殖漁業”などがもたらした『負の遺産』は,もはや一国だけでは解消することはできない。その面においても,現今広く言われている“グローバリゼーション”の真の意味・意義が問われている」と述べ,「これからの医学者・医療人は,医学・医療界にのみ留まるのではなく,これら『環境汚染』,『自然破壊』,『食品汚染』などの課題に積極的に関わり,“科学の負の遺産”の解消に努力をすべきである」と強調した。

大変革期の医学・医療

 さらに杉岡氏は,くしくも今年50周年を迎えた「DNA二重螺旋構造の発見」を始めとする近年の科学技術の進歩がもたらした「大変革期の医学と医療」と「人間の営みとしての医療」を次のように概説。
 近年の「遺伝子工学」,「再生医療」などの進歩により,バイオテクノロジーへの新たな一歩を進めたが,同時にその背後には「効率至上主義」という考え方・価値観が迫っている。例えば,杉岡氏が専門とする「股関節外科」の分野においても,特にアメリカでは安易な人工股関節全置換が隆盛を極めているが,これも単なる一例にすぎず,これらの背景には,「アメリカの利潤追求型医療」がある。

人間の営みとしての医療

 杉岡氏は以上のことがらを踏まえて,「わが国には1961年に導入に成功した『国民皆保険制度』があるが,近年は『支払能力に応じた医療』,『株式会社の参入』,『規制廃止』などの声が聞こえるが,はたして医療を利益や利潤の対象にしてよいものか」と疑義を提示した。
 そして杉岡氏は,「これまでの日本の医療政策ならびに医療制度改革の議論には,中立的な学問の場における研究・提言の欠如のみならず,国民的合意の形成を欠いていたのではないか。これからは,さらなる『科学と社会の接点=医療と社会の接点』が不可欠である」と強調し,「今回の総会のプログラムの柱に『3:医学の改革をめざして』を設け,また『公開展示:社会が育てる医学と医療』および『特別シンポジウム:日本の医療の将来』はこの主旨のもとに企画された」と付言。
 最後に杉岡氏は「21世紀は20世紀と異なり,競争(国際化)の世紀ではなく協力(地球化)の世紀になってほしい」と強調して会頭講演を結んだ。


シンポ 医療の現場における安全,安心の取り組み

 シンポジウム「医療の現場における安全,安心の取り組み」(司会=福岡県医師会 横倉義武氏,明大 新見育文氏)では,近年,医療者,患者側ともに意識の高まりを見せている安全確保,リスク管理のあり方について議論された。

それぞれの視点から示された方向性

 星北斗氏(日本医師会)は,「医師会が取り組む安全な医療提供の仕組み」と題し,日本医師会による医療の安全管理への取り組みとして,すべての都道府県医師会への患者相談窓口の設置などについて述べたうえで,(財)日本医療機能評価機構からの評価について,受審病院数が,急速に増えている状況を紹介し,医療従事者による安全管理への懸命な対応を評価。さらに氏は「医療事故に際してまずすべきことは患者に対する説明」と強調し,「その後の対応はあくまで患者とその家族に任せるべき」と述べた。
 鮎澤純子氏(九大)は,「医療におけるリスクマネジメント-さらなる事故防止・安全管理に向けての問題提起」と題して今後の安全管理の課題を述べ,(1)体系的な教育プログラムの構築,(2)医療の現場の安全,安心に関する社会の議論が必要,(3)取り組みを通して,変わり続ける組織作りをめざす,の3点を提示した。そのうえで,「安全管理の対策は独りよがりになってはいけない」と指摘。「医療者側が考える安全,安心」と「患者側が考える安全,安心」が同じものなのか,対話を通じて相互に理解する必要性を示唆した。また,リスクマネジメントの課題として,事故防止,安全管理のみならず,事故発生時の対応の体制を確立することも改めてあげた。
 川村治子氏(杏林大)は,「インシデントレポートを医療事故防止にどう役立てるか」をテーマに,多数事例の分析を行なうことによって8つの注射エラー発生の要因が明らかになった例を提示。インシデントレポートの利用によって,個々の事例の分析とともに,業務や対象別の多数事例の分析も可能であると説明した。その上で,(1)業務別の多数事例の分析は,エラーとその発生要因の多角的な俯瞰を可能にし,エラー発生のメカニズムの理解に有用,(2)特定の状況・対象事例に限定した分析は,課題解決のための有用な情報を提供できる,(3)多数事例の分析では,業務形態,特性を考慮し,対策立案を視野に入れた分析の視点を考えることが重要,と結論づけた。
 児玉安司氏(東海大)は,弁護士としての自身の立場から,「医事紛争とリスクマネジメント」をテーマに口演。年間に800件ほどの医療訴訟がある日本の現状を鑑みて「まだ,訴訟を中心にリスクマネジメントを考えるべきではない」と提言。また,医療訴訟は患者対医師の争いではなく,医師同志の「何をもって標準治療とするか」の争いとも言えるとし,このことから,「標準医療をはっきりとさせることが,ゆらぎのない裁判につながる」と指摘。法的観点からEBMのあり方について方向性を示した。
 久保田潔氏(東大)は,「疫学的方法とリスクマネジメント」をテーマに口演。発生率(リスクの大きさの評価)の推定や,リスク因子の解明には疫学的方法が有用である可能性を指摘した上で,今後の課題として,対策の有効性についての客観的評価の方法論研究や,インフラ整備をあげた。
 また,指定発言として厚労省から新木一弘氏が登壇。行政の立場から医療事故の事例を通じて必要と感じる点として,(1)予防の充実,(2)透明性の確保,(3)当事者への適正な対応の3点を提示した。

患者側も責任を認識できる取り組みが必要

 会場も含めた議論の中で鮎沢氏は,医療者側のみならず,患者側もともに「責任」を持つことを自覚できるよう,アピールすべきと述べ,患者への教育もリスクマネジメントの重要な要素である点を示唆した。議論の終わりに司会の横倉氏は,「本シンポジウムで今後の問題点,方針が明らかになり,対策の方向性も見えてきた。さらに医療の安全に向かって努力を続けていかなくてはならない」と述べ,シンポジウムを締めくくった。


シンポ 21世紀における感染症対策

感染症対策の構築急げ

 「21世紀における感染症対策」(司会=実践女子大 竹田美文氏)では,日本の感染症対策の中でも最近注目されるトピックスを取り上げた。
 最初に,雪下國雄氏(日本医師会)が,1次2次医療機関における対策は,「日本の1次2次医療機関における感染症対策は,日本医師会の感染症対策と考えても過言ではない」という視点から,氏が室長を務める医師会内の「感染症対策危機管理対策室」の活動を紹介。
 また,オウム教団による炭疽菌作製や最近の世界情勢からその危険性が指摘されている「バイオテロリズム」への対応について牧野壮一氏(帯広畜産大)が解説。安価で比較的簡単に作製でき,生物兵器の代表格と言われる炭疽菌を中心に述べるとともに,日本では本領域の研究者が非常に少なく(炭疽菌に関しては日本に数名),国としての対策の遅れが目立つことを強調した。

SARSへの対応についても発言

 本セッションに先駆けて,総会会期中にSARS(重症急性呼吸器症候群)の緊急提言を行なった岡部信彦氏(国立感染症研感染情報センター)は,早期発見と対応が求められる感染症対策としてのサーベイランスのあり方を解説。サーベイランスの目的は「Surveillance for Action」(行動のためのサーベイランス)であること,またこれまでのようにデータを待つというに受身的な姿勢ではなく,積極的に調査して早期から専門家が対応する「症候群サーベイランス」などが,今後ますます重要になると述べた。


シンポ 医療改革と医学・医療・福祉教育のあり方

 シンポジウム「医療改革と医学・医療・福祉教育のあり方」では,司会の岩崎榮氏(日本医大)と福本陽平氏(山口大)が「現在,社会から医療提供者側に,EBMや情報公開の促進,良好な患者・医療者関係の構築,医療事故への対応などが強く求められており,教育の現場でも新しい対応が必要になってきている」と問題提起。さまざまな立場で医学・医療教育に関わるシンポジストに,今後の教育のあり方について提言を求めた。

一般人が医学教育に参加すること

 はじめに口演した福井次矢氏(京大教授)はEBMの研究・普及に携わってきた,この領域の第一人者として,何かと誤解を生むことも多いEBMについて,その考え方やプロセスをわかりやすく提示した。
 続いて登壇した佐伯晴子氏(東京SP研究会)は,日本における模擬患者活動の草分けの1人。模擬患者として教育に関わった豊富な経験を持つ佐伯氏は,「プライバシーの配慮や挨拶,言葉遣いなど,一般社会では当然のことも日本の医療現場では欠けている」と指摘し,一般人や患者が医学教育へ参加することによって,「相手の気持ちへの配慮」や「普通の感覚を持って患者さんと一緒に考えること」の大切さに気づくと,その意義を示した。
 さらに佐伯氏は,「患者さんが大事にされていると実感できる医療者」の育成こそが重要であると強調し,「理想をもって学習していく医師をめざしてほしい。医師をめざすものとしてそのようなプライドを持てなければ,医学生もつまらないのではないか」と医学生への期待を述べた。

医療倫理への関心高い医療系学生

 一方,「医の倫理の教育」について口演した星野一正氏(先端医療振興財団・先端医療センター生命倫理審議会)は,米国における「患者の人権運動」の歴史を概説。その中で,裁判所における裁判基準としてインフォームド・コンセントが用いられるようになり,医師の患者に対する態度が変化していった経緯を指摘。「日本ではいまだに医師が治療の選択肢を示さない場合がほとんどだが,医師は患者に選択肢を示さなければならない」と述べた。また,看護大学などの医療系学生が,医療倫理に非常に高い関心を持ちはじめていることを報告し,インフォームド・コンセントとバイオエシックスを教えなおすことの重要性を示唆した。
 最後に登壇した橋本廸生氏(横浜市大教授)は,まず「個人としてのよい医師をつくるだけではダメで,よい組織文化をつくる」必要があると指摘。横浜市大で6年生を対象に行なっている「医療安全管理学」の授業内容を紹介した。橋本氏はこの中で,「診療組織としての診療内容の保証」,「Standard Setting」,「診療責任の明確化」,「質のプロセス」などを包摂する「クリニカル・ガヴァナンス」という概念を提示。これからの医療では,「資源制約下での配分と倫理の衝突」が起こる。その中で医療サイドが自律性を持って,決定権の行使を行なうためには,「クリニカル・ガヴァナンスの確立が不可欠」であると訴えた。


シンポ 医療の改革を目指して-何が課題なのか

改革のターゲットは

 シンポジウム「医療の改革を目指して-何が課題なのか」(座長=九大 信友浩一氏,ささえあい医療人権センターCOML 辻本好子氏)では,演者がそれぞれの視点から改革の問題点や方向性について発表,議論した。
 まず登壇した行天良雄氏(医事評論家)は,戦時中からの自身の体験とともに日本の医療制度の変遷について紹介。その上で,現在の皆保険制度は「どんな病気を持っている人々も守り,助け,苦しみから救う」といった原点から成っていると説明し,改革にあたってもこの原点だけは守ってもらいたいと述べた。
 次に,基本的人権の立場から大熊由紀子氏(阪大)が登壇。精神科医療において,ベッド数,在院日数ともに増加傾向にある日本の現状や,痴呆症の患者に精神科のベッドをあてがうことについての問題点を指摘。基本的人権を守る立場に立った医療への変革の必要性を示唆した。

患者を味方につけた改革

 コミュニケーションの観点からは辻本好子氏が,COMLに寄せられる患者からの電話相談の例をあげながら,トラブルの原因が医療者と患者のコミュニケーションギャップに起因しているケースが多い点を指摘。患者本人がどうしたいのかについてコミュニケーションを十分にとることが,患者にとっても依存や対立ではなく,「医療は共同作業」であるという意識を持つために重要であると述べた。
 渡辺俊介氏(日本経済新聞)は,情報開示の観点から改革の方向について発言。(1)医療機関の情報開示,(2)医師-患者間の情報開示,(3)院内における情報交換,の3点がすべてできなければ本当の意味で情報開示にはならず,「株式会社参入論」に対抗できないと指摘した。
 すべての演者を交えた議論の中で信友氏は,「明日からでも変えられるのは,『言葉の問題』」と述べ,さらに「患者を味方につけながら皆保険を守り,育てていきたい」との考えを示した。


シンポ 改革の原動力は

改革には何が必要か?

 シンポジウム「改革の原動力は」(座長=国立循環器病センター 友池仁輔氏,国立保健医療科学院 小林秀資氏)では,今後の改革に向けての新たな取り組みや,必要とされるテーマについて,医療に関するそれぞれの立場から議論された。
 長坂健二郎氏(万有製薬)は,「小さい政府の実現」と題して講演。現在直面している財政危機の原因の1つには,政府による医療の丸抱えがあると指摘。その上で抜本改革の方向として,(1)医療は原則として民間保険でまかなう,(2)民間保険に馴染まない(難病,低所得者など)患者を政府,自治体が救済,(3)診療報酬,薬価の自由化,の3点を柱とした「小さい政府」を実現させることが必要とした。
 続いて鈴木久雄氏(健康保険組合連合会)は,「保険者機能の強化による改革の可能性」と題して発言。患者中心の医療を実現させるためには保険者機能の強化が不可欠であるとし,強化策としては,(1)保険者医療機関等・患者への調査権の付与,(2)保険医療機関の選択権,診療報酬交渉権の拡充,(3)レセプトの完全磁気媒体化と電算処理システムの構築,(4)レセプトの審査改善・強化,(5)規制緩和による効率的な事業運営,(6)加入者や患者への情報提供システムの確立,の6点を提案した。
 「EBM運動による改革の可能性」と題して登壇した下山正徳氏(国立がんセンター中央病院)は,日本においては,エビデンスの創出,EBMの普及よりもガイドラインの作成が先行している現状を指摘。また,標準治療や医療標準化の普及が遅れ,専門医療の質は必ずしも高いとは言えないとした上で,改善のためにはイギリスの改革にならい,人頭総医療費支出を増額していくことが必要との見解を述べた。

新たに導入された包括評価についての発言も

 最後に登壇した川渕孝一氏(東医歯大大学院)は,「急性期入院医療のDRG/PPSによる改革の可能性」と題して講演。この中で氏は,本年4月より特定機能病院に導入された新しい包括評価制度であるDPC(Diagnosis Procedure Combination)について,「改革の原動力となりうる」と評価した上で,DPCの問題点としてDPC自身の不合理性の存在や,国際疾病分類についてのポリシーの欠如,患者に対する説明責任の欠如などについて指摘した。


シンポ ヒト,チンパンジー,ロボット

研究の進歩によりさらに進んだ人間理解

 「人間とは何か」を知るためには,人間そのものを探る手法に加えて,あるものとの比較が考えられるが,「ヒト,チンパンジー,ロボット」(司会 京大霊長類研 松沢哲郎氏,科学技術振興事業団 北野宏明氏)では,チンパンジー研究や意識の問題など,人間理解に関する新しい研究領域の潮流を紹介する場となった。
 最初に松沢氏は「チンパンジーの知性と教育」と題して,日本とアフリカとで共同研究を行なってきた,ヒトに最も近縁であるチンパンジーとヒトの比較研究を概説。特に,チンパンジーがいかに知性や社会性を発達過程で獲得するのかを理解することは,人間における同様の過程を理解する大きな可能性となることを示した。
 4月14日に,世界6か国により「ヒトゲノムの完全解析の結果,ヒトには29億塩基,ヒト遺伝子は3万2000個との結果が宣言されたが,榊佳之氏(理化研)は,ヒトとチンパンジーのゲノム比較を行なった結果を分析。500万年前に分岐したこの2種であるが,チンパンジーのゲノム構造は人間と98.77%が同じであるが,Y染色体だけはとびぬけて異なる事実などを紹介した。
 近年,一般に「脊髄介在ニューロン(spinal interneuron)」と総称されるニューロン群によって形成される複雑な神経回路ネットワークは,脊髄損傷後の機能回復における代償機構の主役となることが示唆され,注目を集めているが,伊佐正氏(岡崎生理研)が,錐体路の発達・進化と脊髄介在ニューロンとの関係を概説した。
 ロボット研究の最前線については北野宏明氏(科学技術振興事業団ERATO・北野共生システムプロジェクト)が解説。氏は,「ロボットや人工知能の研究の本来の目的は,工学システムを用いた人間理解にある。人間に簡単にできることが,ロボットにはできず,しかし,一定の環境下ではロボットは人間には不可能な行為ができるという,その違いを深く理解することが,人間とは何かを考えることにつながる」と述べた。

意識,経験についての客観的な研究手法

 最後に,下條信輔氏(カリフォルニア工科大/NTTコミュニケーションズ科学基礎研)は,「意識とは何か,どのように研究できるか-知覚の主観的経験をめぐって」と題して講演。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)や磁気直接刺激法(TMS)などの発展により,覚醒した被験者の意識的経験と感覚皮質との相関の検討が可能になり,脳と心の関係についての研究が進んだことを踏まえて,「心は環境と身体を通して外界と関係している。人が自分の外側にあると思っている『外界』とは,実は心の世界」と述べ,さらに知覚は脳内だけで起こるものではなく,必ず外界との関係によって成り立つことを示唆した。


シンポ 治療の最前線-21世紀のリハビリテーション

患者の機能向上に加え,医療費についても議論

 「治療の最前線-21世紀のリハビリテーション」(司会=東大 江藤文夫氏,慈恵医大 宮野佐年氏)では,4人の演者が登壇し,リハビリテーション領域の新しい知見や今後の課題について議論した。
 最初に「急性期リハビリテーションの治療効果」と題して,石神重信氏(防衛医大)が,海外に比して遅れていると指摘される日本の急性期リハを,脳卒中を中心に言及。氏の実践をもとに,急性期から集中的にリハを行なうことが患者の予後を大きく変え,さらに医療費削減に寄与することをデータとともに示した。
 続いて,回復期リハ病棟の医療効果として,園田茂氏(藤田保衛大七栗サナトリウム)は,週7日休まずリハを行なうシステム「Full-time integrated treatment(FIT)program」を紹介。このプログラムでは,患者さんを病室にいさせずに広い廊下に出てもらうことで,日常生活すべてがリハビリテーションの中に位置づけられる。またスタッフのシフトを工夫し,土日も休まずに必ずリハ訓練ができるように組まれており,氏はその効果を,患者の機能向上と医療費の側面から検討し,両者とも通常のリハプログラムに比して効果が得られたとした。

今後の課題と新しい知見も紹介

 さらに,「在宅障害者における地域リハプログラム」と題して,安藤徳彦氏(横浜市大)は,介護保険導入でその充実が望まれる地域におけるリハの連携システムは未熟な状態であり,リハを行なうにあたり,さまざまな可能性のある患者を見逃している可能性があることを指摘。医療者はリハとケアの違いを十分に認識し,ケアマネジャーにすべてゆだねる前に,患者のリハの可能性を見極める必要があると提言した。
 これまでは伝統的治療法としてのみ認識されてきた温熱療法について,田中信行氏(鹿児島大)はその効果を裏づける種々のデータを紹介。特に重症心不全患者に温熱療法を行なった結果,治療後の脈拍と心臓が血液を押し出すポンプ機能の低下という病態にうまくマッチして,思わぬ効果をあげたことを紹介した。