医学界新聞

 

第26回日本医学会総会開催

医学・医療の進歩を世界に向けて


 第26回日本医学会総会が,杉岡洋一会頭(九州労災病院院長)のもとで,さる4月4-6日,福岡市の福岡国際会議場ほか3会場で開催された。
 5つの柱からなるシンポジウムやパネル・ディスカッション,また14の特別講演などによって構成された今回の総会は,最終的に3万3000人余の参加者を集めた。本号では,特に看護職の関心を集めたセッションの内容を紹介する。


■看護を質的にみる方法論
シンポジウム「質的な研究方法」から

 シンポジウム「質的な研究方法」では,太田喜久子氏(慶應大),高崎絹子氏(東京医科歯科大)が司会となり,医療・看護における質的な研究について議論が交わされた。

それぞれの方法論

 萱間真美氏(東大大学院)は,ケアを受ける人のバックグラウンドや,ケアそのものの個別性によって看護の現象は強く影響を受けるとしたうえで,そうした看護現象を分析するのに有効な方法として,Grounded Theory Aproach(以下,グラウンデッド・セオリー)を紹介した。グラウンデッド・セオリーは,おもに社会学のフィールドワークで用いられてきた研究方法だが,萱間氏は,自らの研究報告を交えながら,「綿密なデータ収集の方法」やそれを踏まえた「具体的な理論を生成する手順」が明文化されていることから,グラウンデッド・セオリーがケア領域での質的研究の方法論として有効であることを解説した。
 続いて『語りかける身体-看護ケアの現象学』(ゆみる出版)で知られる西村ユミ氏(静岡県立大)は,現象学を方法論として受け入れていった経緯を紹介した。
 遷延性意識障害の患者ケアにあたっている看護師からはしばしば,「患者さんと視線が絡むことがある」という体験が述べられる。自然科学的な見方ではどうしても捉え切れない,こうした「感覚的経験」をいかに言葉にしていくかという模索を続けるなか,西村氏が出会ったのはメルロ・ポンティらの現象学であったという。西村氏は,これから研究に取り組む研究者に対して,「何を探求したいかという目的によって,研究方法は違っていいはずであり,“質的研究”だからといって,特定の方法にとらわれるのはよくない」と述べた。
 また,『物語としてのケア』(医学書院)で,ナラティヴ・アプローチを日本に紹介した野口裕二氏(東京学芸大学)は,ナラティヴ・アプローチについての概略を述べたうえで,質的研究の方法論としてのナラティヴ・アプローチを概説した。
 ナラティヴ・アプローチは,現代思想におけるSocial Constructism(以下,社会構成主義)の影響を強く受けている。「言葉が世界をつくる,というのが社会構成主義の考え方だが,これと同じように,“病”や“ケア”も,物語として存在すると考えるのが,ナラティヴ・アプローチです」と簡単に紹介した野口氏は,続けて,ある種の「言葉」あるいは「物語」が,病を膠着化させてしまったり,逆に快癒の方向に向かわせることが実際にはよくある,と述べた。
 また,質的研究としてのナラティヴ・アプローチの可能性については,インタビューなど,あらゆる情報収集は,聞き手や,その場の状況などに依存するため,実証的な意味でのデータ蓄積は困難だとしたうえで,「ケアの現場で,どのようなナラティヴが生まれ,それがどのようにケアに結びついたのか」といった事後的な研究方法は可能であるとし,そうした手法にのっとった海外での研究例を紹介した。
 最後に発表したやまだようこ氏(京大大学院)は,人それぞれの人生の意味づけや再構成プロセスを重視するライフヒストリー研究を紹介した。
 また,従来インタビューによる,言葉の「語り」に注目してきたナラティヴ・アプローチやライフヒストリー研究に対して,例えば「あなたの人生を絵に書いてください」といった,ビジュアルな手法による情報収集も有効であると述べた。さらに氏は「自分の命は神様が与えてくれた」といった,文化を超えて共通するナラティヴについて,なぜそれが民族を超えて「救い」となりうるかも,興味深い研究対象であると述べた。

人の心を動かすデータがある

 会場からは,具体的な研究・分析方法についての質問があいついだ。「質的研究では,どういった発表形式が適しているか」という質問に対し,萱間氏は「どういう場所で,誰に伝えるかによって,データの見せ方は変わってくると思うが,発表方法が,紹介する現象にぴったり合ったものであれば,たとえ数字ばかりの一見無味乾燥なデータであっても,聴く人に感動を与えることがある」と述べた。また野口氏は,「発表形式の問題は,この分野での大きな課題。研究者と患者が相互的・リアルタイムにかかわる臨床研究では,客観的な情報収集は難しいが工夫次第で十分に説得力のある議論を展開することが可能である」とした。

■高度化する医療現場で見なおされるケアの原点
シンポジウム「先端医療における看護職の役割」から


 シンポジウム「先端医療における看護職の役割」では,水流聡子氏(広島大),中村惠子氏(青森県立保健大)が司会となり,救命救急や移植医療など,先端医療に絡んだ問題について議論が交わされた。
 山勢博彰氏(山口大)は,医療の高度化・専門化の影響が特に著しい救命救急医療の現状について概観し,そのなかでの看護師の役割について,最先端の専門知識・技術に習熟することはもちろんのこととして,そういった専門知識を患者へ還元する説明能力がより一層問われるようになると述べた。
 森田孝子氏(信州大)は,移植医療現場での看護師の役割について述べた。移植医療では,一般的に手術の側面に注目がいきがちだが,移植を待つ患者・家族へのケアなど,長期間にわたって,深く対象者とかかわるケアが求められている。また,臓器移植の成功率が100%となることは現状では考えられず,移植を受けた結果亡くなってしまった患者家族へのケアが,看護師の役割として期待されているとした。
 水流聡子氏は,広島大学医学部附属病院で実験的に導入されている,電子カルテや無線LANなどを含んだ最新の医療情報システムを紹介し,医療情報システムに看護師がかかわっていく意義について述べた。「医療従事者のなかでもっとも人数が多く,また,患者と密に接する立場にある看護師は,医療情報システム内においても,患者・医療システム間のインターフェースとなりうる。単なる機器の管理ではなく,ケアを含んだ医療情報管理ができる専門職としての役割が,今後スタッフナース・看護管理者ともに求められていく」とした。
 中西睦子氏(国際医療福祉大)は,出生前診断などによって行なわれている選択的中絶の問題をとりあげ,先端医療における倫理的課題として,問題提起した。「情報量の増大と患者の不安は,螺旋階段のように相互作用しながら高まっていく。ゲノム解析などにより,各種遺伝病の発症率予測の精度は飛躍的に上がっているが,それに伴って現場レベルではクライエントの意思決定や患者家族への対応など,これまでなかった難しい倫理的課題が生じている」とした。
 佐藤禮子氏(千葉大)は,医療の高度化がもっとも進むICUやCCUでの倫理的課題について述べた。生命の危機に瀕した患者を扱うこれらの施設では,患者の意思はしばしば「二の次」とされる。佐藤氏は,ICUやCCUでのそうした現状については,「ある程度しかたない」としたうえで,看護師は「この人(患者)が,自分にとってどういう人なのか」という視点を忘れないことが大切だと結んだ。

■その他の看護系セッションから

 日本医学会総会では,臨床看護の主要なテーマについてそれぞれ30分ずつ,講義が行なわれた。主なものを以下に紹介する。

臨床の諸領域に新たな提案が

 安酸史子氏(岡山大)は,「糖尿病患者のやる気を促すセルフケア支援に向けて」と題して,糖尿病患者をエンパワメントする最新のプログラムを示した。自己効力感を高めるためには,肯定的な言葉かけや,モデルの呈示などが有効であることを確認した。
 岡美智代氏(北里大)は,「透析患者におけるエビデンスに基づくセルフケア行動促進プログラム」と題して,患者の行動変容を促すプログラムを紹介した。従来の知識提供プログラムに対し,セルフケア行動促進プログラムでは,患者の行動変容に対する動機へのアプローチをとっており,これにより,従来よりも効果が高いことに加え,プログラムや記録の標準化が行ないやすいというメリットがあることを示した。
 真田弘美氏(金沢大)は,平成14年10月からの褥瘡対策未実施減算以降の褥瘡ケアの現状について触れたうえで,創周囲洗浄時における,皮膚組織の界面活性の変化など,最新の褥瘡ケアについてデータをもとに紹介し,「褥瘡ケアは予防にはじまり予防に終わるをモットーに,これからも変わらず取り組んでいきたい」と締めくくった。
 大村裕子氏(東京オストミーセンター)は「ストーマケア:看護と医師のチーム医療」と題して,日本と米国におけるストーマケアの現状と歴史について述べた。「医師と看護師が協力して発展させてきた日本のストーマリハビリテーションは,チーム医療の1つのモデルとして考えることができる」と述べた。
 小板橋喜久代氏(群馬大学医学部保健学科)は「看護におけるリラクゼーション技法の活用と成果」と題して,看護におけるリラックスの意義について概説した。普段意識化されにくい緊張に気づき,それを緩和するリラクゼーションの技法を看護に用いた臨床例を紹介し,その可能性について述べた。
 黒田裕子氏(北里大)は「看護診断の役割と課題」と題して,看護診断の実践的意義と現状について述べた。看護診断という標準化された共通言語を看護師が共有することで,看護援助を客観的に表現するツールが持てるようになったことを示し,看護診断の今後の可能性について概説した。