医学界新聞

 

看護イノベーション:
激動する社会を創造的に生きる




〈インタビュー〉
第29回日本看護研究学会学術集会会長
早川和生氏に聞く


長い伝統を有し,最大規模の会員(約5,000名)を擁する学会

――本日は,きたる7月24-25日,大阪市の大阪国際会議場において,「第29回日本看護研究学会学術集会」を開催される早川和生会長に,その抱負をお聞かせいただきたいと思います。最初に「日本看護研究学会」についてご説明いただけますか。
早川 「日本看護研究学会」について私なりに簡単にご説明しますと,この学会は看護学の分野ではもっとも長い伝統を持ち,約5,000名の会員を擁する最大規模の学会として着実な発展を続けており,看護学の学術的発展に多大な貢献をしてきた実績を有しています。これはひとえに諸先輩の方々の努力に支えられてきたものですが,この伝統を汚さぬよう,微力ですが精いっぱいがんばりたいと思います。
 本学会の伝統的な特徴をあげるならば,まず「学問の自由を最重要視する」ことがあげられるでしょう。会員1人ひとりの学問的視座をもっとも大切にすることです。創造性豊かな研究活動を通して,本学会の自由闊達な雰囲気のなかで,看護学の健全な発展に貢献していく「大らか」で「明るい」伝統です。
 2番目の特徴として,臨床実践技術の向上を特に大切にし,実践面で役立つ看護研究を特に重視してきた伝統があります。
 これは,「技術こそ医療の生命である」という理念が基盤にあるからと思います。学会の設立当初より臨床家を大切にしてきたことから,臨床家の会員割合が高い学会になっています。臨床実践家が大学研究者と連携して研究を展開することは,今後も重視すべき特徴でしょう。
 また本学会は伝統的に若い会員が多く,若く進取の気概を持った会員を積極的に育てるべく非常に早くから若手の「奨励研究」制度を設けています。
 3番目の特徴として,「学際性」があげられます。「看護学」としての学術を深めることは当然のことですが,人間の健康に関する問題は1つの専門分野だけでは解決できない広がりをもっています。本学会は,設立当初より会員を看護職のみに限定せず,学際的研究を大切にしてきたという特徴があります。

「知的刺激いっぱいのワクワク学会」をめざして

早川 まず総論的に申しますと,ぜひとも「知的刺激を満載してワクワク・ドキドキする学会」にしたいと思っています。つまり,参加者の方々が帰る時には,「とても満足」「参加して本当に良かった」と率直に感じられるような学会にしたいと思っています。
 今学会では,まず思い切って一般演題をすべてポスター発表にいたしました。発表者とその内容に興味を持った参加者が,Face to Faceで相手の顔を身近に見ながら話し合うことができます。より具体的な議論も可能です。ポスター発表の場合,発表を聞きに集まる人は内容に興味を持った人がほとんどですので,発表者も話しやすい雰囲気のなかでおおいにご自分の研究の真価や新しい知見を多くの方にアピールしていただきたいと思っています。
 研究発表はドキドキする「真剣勝負」の世界であると同時に,発表を通して面識のなかった者同士が知己を得て交流を広げることができる場でもあります。
 また,シンポジウム,鼎談,フォーラムなど学術プログラム内容の水準の高さはもちろんのことですが,展示に関しても,最新の「バリア・フリー用具」「生活支援機器開発」など,参加された皆さんに新しい知的ヒントや糸口になるような工夫を凝らしてみました。

メインテーマ「看護イノベーション:激動する社会を創造的に生きる」

――今回のメインテーマ,「看護イノベーション:激動する社会を創造的に生きる」には,どのような意図があるのでしょうか。
早川 言うまでもなく,わが国は現在,政治・経済などもろもろの局面で大きな変革期を迎えています。
 医療界においても,ご存知のように先端科学の進歩は目覚ましく,再生医療・生殖医療・遺伝子医療などさまざまな分野において,またさまざまな技術においてイノベーション(技術革新)が進められおり,それに対して生命倫理などの視点からの検討がなされています。さらには医療制度のあり方が,政・財・官を含めて大きな議論の的になっています。
 もちろん看護の分野も例外ではあり得ません。激動する社会に対して,看護は何ができるか。そして,現代社会から看護は何を学び,何を吸収すべきなのか。看護自体のイノベーションはどうあるべきなのか,ということを改めて皆さんといっしょに考え,見つめ直していくべきではないのでしょうか。そういう意図のもとに今回のメイン・テーマを考えてみました。

ヒューマンポテンシャルへの畏敬

――「会長講演:ヒューマンポテンシャルへの畏敬」についてはいかがでしょうか。
早川 看護というものを学術的視点から考えると,「人を育(はぐく)む学問」,「人を守る学問」,そして「人を看取る学問」ということに集約されると思います。
 これらのことが,看護という専門職が有する「人間が持つ可能性」を開発・啓発していく所以(ゆえん)になるのではないでしょうか。その意味で,看護職の行為は「人生の応援歌」であると同時に,「人生の素晴らしさ」を証明することにも繋がるのではないでしょうか。
 そのような考えから会長講演のテーマに選んでみました。

「未来を見つめるナーシング・アカデミー:21世紀ストラテジー」

――シンポジウム「未来を見つめるナーシング・アカデミー:21世紀ストラテジー」についてはいかがでしょうか。
早川 これは文字どおり,看護学として21世紀のストラテジーを展望する遠大な課題のシンポジウムです。わが国の看護界のそうそうたる方々がシンポジウムにご参画くださり,「すごいシンポジウム」になりそうです。
 草刈淳子先生と川島みどり先生に司会をお願いして,東大大学院の村嶋幸代先生(日本看護科学学会),広島県立保健福祉大の田島桂子先生(日本看護学教育学会),東京医科歯科大大学院の島内節先生(日本在宅ケア学会),東海大の藤村龍子先生(日本看護診断学会),都立保健科学大の川村佐和子先生(日本看護研究学会)をお招きし,一堂に会することができました。
 それぞれの長年のお考えを踏まえた議論が展開されるものと,大いに期待しているところです。

看護職の機能拡大は飛躍の起爆剤か,パンドラの箱か

――「看護職の機能拡大は飛躍の起爆剤か,パンドラの箱か」というパネルディスカッションについてはいかがでしょうか。
早川 ご存知のように,昨年9月30日に各都道府県知事宛に出された「厚生労働省通知」で,「看護師の静脈注射は,診療の補助行為の範疇である」とされました。
 これによって,これまで50年間「看護師などによる静脈注射は,看護業務の範囲を超える」という「保・助・看法第5条」の行政解釈が大きく改められたわけです。このことが看護界に大きな波紋を投げかけたことは記憶に新しいことですが,いまだに大規模学会で本格的に討論されたことがありません。
 今回は,在宅看護の立場から村松静子先生(在宅看護研究センター),日本看護協会の立場から國井治子先生(同会常任理事),専門看護師の立場から濱口恵子先生(静岡県立がんセンター),看護教育の立場から大島弓子先生(山梨県立看護大),臨床の立場から佐山静恵先生(獨協医大付属病院)をお招きし,これに関してそれぞれの立場からの闊達なご意見をうかがいたいと思っています。

医療過誤とリスク・マネジメント:看護職の責務

――「医療過誤とリスク・マネジメント:看護職の責務」という鼎談についてはいかがでしょうか。
早川 これはメインテーマである「激動する社会」と関連しますが,現在,医療過誤をめぐる諸々の問題とともに,リスク・マネジメントという問題が,マスメディアなど通して広く社会の注目を集めています。この問題に対してわれわれ看護職はどのように取り組むべきか,またその責務をどのようにまっとうすべきかということを考えてみたいと思います。
 久常節子先生,新道幸恵先生の司会のもとに,弁護士であり,看護師でもある堂前美佐子先生,リスク・マネジメント研究の第一人者である川村治子先生(杏林大),臨床現場から八田かずよ先生(阪大附属病院)のお三方の鼎談という形で,十分時間を取ってご意見をうかがいたいと思っています。

新しい看護領域を担うナースたち

――ヤングナース・フォーラム「新しい看護領域を担うナースたち」は,今回が初めての企画とうかがいましたが。
早川 この学会は長い歴史と伝統を誇っておりますが,この「ヤングナース・フォーラム」は今回が初めてで新しい試みの1つです。
 この企画もメインテーマである「看護イノベーション」と関連しますが,新しい看護領域を切り拓いた看護職の方に登場していただいて,その体験を通してフレッシュな視点からお話していただくものです。
 「在宅療養者の居住空間デザイン」に関して宮島朝子さん(京大),「先端医療の倫理と決断」に関して前田ひとみさん(宮崎医大医学部看護学科),「病院リサーチナースの重要性」について伊豆上智子さん(東京医科歯科大付属病院)に発表していただきます。
 貴重かつ斬新な体験が報告されるものと大いに期待しています。

看護起業家の道:その可能性と課題

――イブニング・フォーラム「看護起業家の道:その可能性と課題」についてはいかがでしょうか。
早川 これもまたメイン・テーマ「看護イノベーション」と関連しますが,ここ数年,話題になっている「看護起業家」に焦点を当ててみました。
 実際に起業され,活動を続けておられる江口博美先生(Kid's Power代表)に「起業してわかったキーポイント」と題しましてご自身の体験をお話していただきます。
 一方,勝原裕美子先生(兵庫県立看護大)には「看護経営学」という視点から,また,野村興一先生(新産業創造研究機構)には「新産業創造のアドバイザー」という観点から,それぞれ看護起業家の可能性と課題を論じていただきます。
 「ベンチャー・ナースは世界を翔ける」の時代が近く到来しそうです。

「すぐに役立つ正しい臨床技術」

――実演交流会「すぐに役立つ正しい臨床技術」についてはいかがですか。
早川 この実演交流会は参加者の方々に「私もできた」と実感していただけるように考えて企画したものです。明日からでも使える即戦力の技術を習得していただけるものと思います。
 「ETナース技術」「経管栄養・血圧測定・ボディメカニズム」「リラクゼーション手法」「清拭技術」の4つのコースを設けまして,それぞれ大村裕子先生(東京オストミー・センター),平田雅子先生(神戸市立看護大短大部),小板橋喜久代先生(群馬大),松田たみこ先生(自治医大)にご指導をお願いしています。

「歴史に学ぶ専門職の栄枯盛衰」

――特別講演はいかがでしょうか。
早川 特別講演は,「歴史に学ぶ専門職の栄枯盛衰:変革期の社会を生きる知恵」と題しまして,清水忠彦先生(近畿大名誉教授)にご講演をお願いしました。
 清水先生は,本当の学者と呼べる稀有な先生です。医療文化論に特に造詣が深く,激動する現代社会においてわれわれ看護職がよるべき方向性について,医療の歴史から学ぶべき点をご指摘いただけるものと思います。
 清水先生の抄録原稿中に「現在は,過去と未来の一点である」というひと言がありました。何と奥深いひと言でしょう。

「患者と共に進める医療改革」

――市民公開シンポジウムについてはいかがでしょうか。
早川 市民公開シンポジウムは,「患者と共に進める医療改革」と題しまして,患者さんの視点から医療改革を考えてみたいと思い企画しました。
 これはメインテーマの「激動する社会を創造的に生きる」にも対応するもので,若生治友氏(ネットワーク医療と人権)には「薬害エイズがもたらしたHIV医療の改革」,辻本好子氏(コムル)には「ささえあい医療人権センターの視点」,そして,菊池素子先生(阪大病院)には「患者として,看護師として」と題してご自身の立場から報告していただきます。
 すばらしい方々にシンポジストになっていただけました。司会は,神戸大学の津田紀子先生,東札幌病院の石垣靖子先生にお願いしました。フロアの参加者から多数のご意見や提言が,つぎつぎと出てくる重要な市民公開シンポジウムになることが予想されます。

プレ・カンファレンス・セミナー:「看護研究入門」

――「プレ・カンファレンス・セミナー」についてはいかがでしょうか。
早川 「プレ・カンファレンス・セミナー」は若手会員育成に寄与するためのサービス企画と位置づけています。学会前日の午後に開催されます。
 「看護研究入門:データのまとめ方から研究発表まで」というテーマで,「質的研究入門:その手順と重要ポイント」,「量的研究入門:データのまとめ方から研究発表まで」の2つのコースを用意しました。
 前者には黒田裕子先生(北里大)と泊祐子先生(滋賀医科大学),後者には中野正孝先生(三重大)と大野ゆう子先生(阪大学大学院)にそれぞれアドバイザーになっていただき,パソコン実習までも含めて講習していただきます。
 参加費が別途必要ですが,通常の同様内容の講習会より参加費が1/3から1/4に抑えてありますので,これに参加しただけでも相当メリットがあると思われます。

「ランチョン・セミナー」について

――最後になりますが,学会2日目に今回初めて「ランチョン・セミナー」を企画なさったとお聞きしましたが。
早川 ええ。この学会においてはもちろん初めての企画ですし,おそらく看護系の学会で「ランチョン・セミナー」を開くのは初めてではないかと思います。
 テーマは「C型慢性肝炎の治療とケア」で,全体は2部構成になっています。
 まず第一部は,この分野の研究の第一人者である林紀夫先生(阪大大学院)にいわゆる基調講演をお願いしました。
 そして第二部は,それを踏まえて座談会「専門家に聞くケア上の注意点・問題点」と題しまして,渡辺あや子先生(聖路加国際病院)と峰孝子先生(大阪大学附属病院)の2名の看護師の方から問題提起をしていただき,林先生がそれに対して回答するという形式をとります。
 講演も座談会もともに濃い内容になると思いますが,軽食つきですし,もちろん参加無料ですので,多くの方のご参加をお待ち申しております。
――本日はお忙しいところありがとうございました。
(おわり)