第2532号 2003年4月21日


「プロの医師」と『ハリソン内科学』


市村公一氏
(前東海大学附属病院研修医)
 
黒川 清氏
(東海大学総合医学研究所長)
<司会>
 
福井次矢氏
(京都大学教授・総合診療部)


■『ハリソン』とは何か?

「OS」としての『ハリソン』

黒川<司会> 現在は情報のグローバリゼーションということもあり,国民の側からのよりよい医療を受けたいという要望も高くなっています。また一方では,医師の側もよりよい医療を提供するためには多くの情報を得なければいけない時代です。また,医学教育や卒後研修のあり方をみても,いろいろな段階で医師の質を高めようという大きな動きが出てきています。
 今日は,そうした背景を踏まえて,今回日本語訳が出版された『ハリソン内科学』(以下『ハリソン』)を題材として,医学・医療をめぐるさまざまな問題をお話し願いたいと思います。
 まず,なぜいま『ハリソン』を訳さなければいけないかについて,監訳者のお1人である福井先生からお願いします。
福井 『ハリソン』は内科学書とはいうものの,日本で言われている「内科学」の枠を遥かに超えた医学・医療の現場の教科書だと思います。その特徴は,何と言ってもcomprehensive(包括的)かつreliable(高い信頼性)なことでしょう。
 今回の翻訳は原著第15版を基にしていますが,内容は最新かつ信頼性の高いものとなっています。
 現在,「EBM」という考え方が大きくクローズアップされていますが,膨大な新しい情報の中から,正しい情報,役に立つ情報を取捨選択するための知識基盤として『ハリソン』は最も適したものだというのが,私自身,以前から抱いている考えであります。それが今回,翻訳しようという動機につながったわけです。
 私は,『ハリソン』はコンピュータの言葉で言えば,医学の世界の「OS(Operation System)」に相当すると思っています。『ハリソン』という「OS」の上で,さまざまなソフトを動かす,というイメージです。
 したがって,世界のスタンダードな「OS」である『ハリソン』を日本の多くの医師が知っておく必要があると考えたのです。
黒川 福井先生が,『ハリソン』は医学の世界における「OS」のようなものだと非常に適切な比喩を言われました。
 現在,英語はグローバルランゲージになっているので,わざわざ日本語に翻訳しなくてもよいのではないかという意見もあるかもしれませんが,福井先生が言われるように,医学の世界の「OS」であるならば,やはり皆さんに日本語として提供する必要もありますね。

メーリングリストの中の『ハリソン』

黒川 ところで市村先生は,メーリングリストという方法を駆使して,この情報化の時代に情報発信の新しいメカニズムを構築されたわけですが,『ハリソン』に関してはどのように思われていますか。
市村 私がメーリングリストを始めたのは医学部の4年生の時です。
 当時,私はある疾患について『ハリソン』や『セシル』を読んで簡単なレジメのようななものを作っていました。それを他の人の参考になるかもしれないと,当時あった国家試験対策のメーリングリストに流したら,「こんなものは国家試験に役立たないからやめてくれ。別なものにしてくれ」という意見があり,それで新たに立ち上げたのが現在の「より良い医療を目指す医学生と医師のメーリングリスト」です。
 そのような経緯もあって,「このメーリングリストに入るのなら,最低限『ハリソン』と『セシル内科学』(以下『セシル』)のどちらかを持って,『New England Journal of Medicine』は講読しよう」と呼びかけています。
黒川 現在は何人くらいになりましたか。
市村 2000人を超えるようになりました。
福井 1日に何通くらい来るのですか。
市村 平均すると10通を超えます。多い日は30-40通ほどあります。

「英語」という厚い壁

市村 メーリングリストを通じて,全国には『ハリソン』を読んだり,雑誌論文まで読んでいる人たちもいることが参加された方にわかってきて,多少なりとも刺激になっていると思います。
 ある大学では,クラスで『ハリソン』をまとめて買ったという話もありましたし,国家試験対策偏重の勉強から少しずつ意識が変わってきているとは思います。ただ,やはり英語の壁は厚いようです。
 先ほど黒川先生から,英語はグローバルランゲージになっているというお話がありましたが,今の医学生にも英語というだけで腰が引けてしまう人が少なくない印象です。黒川先生はいつもメールを英語で出してくださるのですが,英語のメールだと内容を読まないという人が多いですね。
黒川 それで返事がこないのですね(笑)。
市村 英語でメーリングリストのケーススタディを始めた時も,英悟だと読んでくれる人が少なくなるので,私が訳して提示しました。
 ですから,その意味でも今回,この『ハリソン』の日本語訳が出ることには大いに意味があると思います。「最低限『ハリソン』と『セシル』を持って」と言ったことが,やっと現実になるかなと思います。
福井 ある会議で,「医師国家試験では,医学用語を英語で出題したらどうか」という意見が出されました。現在の医師国家試験では,人名以外はすべて日本語で出題されています。医師国家試験で20題程度でもよいですから,英語の問題を出題するようにしたら,学生はもっと本気で英語を勉強するのではないかと思います。

■なぜ『ハリソン』なのか?

「ハリソン』の読まれ方

黒川 なぜ『ハリソン』がこれほど多くの方に読まれているのでしょうか。この設問は同時に,なぜ『ハリソン』を読まねばならないのかということになりますが,いかがでしょうか。
 市村先生のメーリングリストの中にも,それぞれの科で学生は「何がよい教科書なのか」ということについて困っているという話が繰り返し出てきています。
 例えば,薬理学では何がよいか。レントゲンを読むには何がよいのか。そして心電図はというように疑問が出てきた時に,結局内科は『ハリソン』か『セシル』ということになりますね。
 しかし,すべて通して読むのは大変だから,「疑問」や「症例」などがあった時にまず読むことが大事だと思います。その時は「問題は何か」と思っているはずですし,エッセンスは『ハリソン』にすべてありますから,クオリティが向上してくるのではないでしょうか。私はそういう読み方をしなさいと,常々言っています。
福井 私もそう思います。頻度の多い問題についてその都度読めば,同じところを読む回数がそれだけ多くなるわけですから,その知識はより確実で強固なものになっていきます。
 例えば,臨床実習や診療で,毎日遭遇する多くの問題のうち3つについては,必ずその日のうちに該当する『ハリソン』の項目を読むというようにすれば,何年かたてば実力は確実についてきます。ぜひそういうふうに使ってほしいと思っています。
 ところで,市村先生はどのように『ハリソン』を使われましたか。
市村 臨床実習を担当させていただいた患者さんの疾患については,もちろんその都度読みました。また,先ほど申し上げたように,1日1つの疾患を決めて,『ハリソン』と『セシル』を読み,それを「今日の疾患」と称してまとめていきました。結局,200までいかずに挫折してしまいましたが,そういう目標を持たないとなかなか読めません。最初から通して読むのは,当然ながら難しいと思います。
福井 最近の版では,分量も多くなりましたから,最初から通して読むのは大変です。私が学生の頃は,どうにかそれができました。特に,パート1と症状のところの総論は素晴らしいと思います。
黒川 私も読むたびに,いつも感激します。

「症候学」と「病態生理学」

市村 たまたま緑膿菌の部分を書かれているオール先生が東海大学に来られて,お話しする機会がありましたので,「先生は『ハリソン』に書かれているけれども,それは別にして『ハリソン』と『セシル』のどちらを勧めますか」と伺ったことがあります。
 すると,「内容的には同じようなものだけれども,“症候学”のところが『セシル』にはないので,その点で『ハリソン』を勧めます」とおっしゃっていました。
福井 たしか1950年に初版を出す時,「症候学」の部分をつけたことと,「病態生理学」に基づいたアプローチを徹底したこと,その2つがそれまでの教科書にないところだったと聞きました。
 「『セシル』にはない特徴を」という発想から,『ハリソン』の編集は始まったようですが,確かに症候のアプローチは素晴らしいですね。
黒川 「病態生理学」を強調する教授法をより一層推進させる原動力になったのではないでしょうか。
福井 そうですね。私はこの『ハリソン』が継続して出版され続けていたからこそ,1970年代に米国の内科医の中から一般内科(「General Internal Medicine」)のグループが出てきたのではないかとさえ思います。と言いますのは,一般内科の専門性の最も重要な部分は症候からのアプローチですので,このアプローチが内科医の間で広まっていたことが,一般内科という専門科が存在する前提になっていると思います。現在の教科書は,ほとんどがこの症候学を取り込んでいますね。

「病態生理学」をベースにした教授法

黒川 「病態生理学」の重要性がようやく理解されるようになりましたね。ある意味では検査データもたくさん出るようになったので,病態生理を考えながらどういう症候が出るのか,何をするかというプロバビリティの話が進んできたわけです。
 やはり,病態生理を強調した教授法になってきたのがあの頃の特徴ですね。
福井 そうですね。黒川先生も東海大学でされていると思いますが,アメリカの内科医は,まるで鑑別診断の表やアルゴリズムテーブルが頭に入っているように,とうとうとまくし立てます。そのようにできる内科医は,日本では少ないですね。いつも不思議に思うことなのですが。
黒川 そういう教授方法を受けていないからでしょうし,また日常的にそういう経験もしてないからでしょう。
 きちんと病態生理学を勉強していると,どういう病気になり得るかという診断が論理的・合理的に出てきますからね。そうでないと,鑑別診断とは何かと言った時に,その知識が単に記憶になってしまって駄目なのです。その辺りの教え方が日本と違うでしょうね。私も学生の頃に経験しましたが,なぜ鑑別診断なのかという一番おもしろいプロセスが欠落していましたね。
福井 少なくとも『ハリソン』に書いてあるような症候のアプローチは,日本の多くの教科書では欠落していますね。日本ではこういうアプローチを必要とする臨床教育の場があまりなかったのでしょうか。
黒川 そうでしょうね。それを生かす場がなかったこともあるでしょう。
 臨床の場でそういうことを誰かがやって見せないと,いかにエキサイティングでおもしろいものなのかが学生にはわからないのは自明の理ではないでしょうか。
福井 アメリカの病院のティーチングスタッフは,「この症状について話をしてください」と言うと,ほとんどの症状についても30分や1時間,延々と話をしますね。
黒川 ええ,そうです。本物の野球では,元読売ジャイアンツの松井選手がマスコミの話題になっていますが,医学の世界では舞鶴市民病院の「大リーガー医」が最近は話題になっていますね。

医学の「根」と「幹」に当たる

福井 『ハリソン』は,日本で通常考えられている「内科学」の領域よりも,はるかに幅広い部分をカバーしているということについてはどうですか。
市村 アメリカの内科学書には必ず皮膚科も入っていて,なるほどそこまで勉強しないと内科はできないのかと思いますが,いかがでしょうか。
福井 皮膚病変は頻度が高く,内科的疾患との関連で症状を捉えなければならないからでしょう。それに,精神科の領域も必ず入っていますね。
 黒川先生,日本の内科学書にはどうして皮膚科と精神科は入らないのでしょう。
黒川 日本人は細かく分類していくのが好きなのですよ。だから,ジェネラルな部分がなくなってしまうわけです。
 Medicineというのは1つの知識体系であって,根本的に人間もそれほど変わっていないし,病気の本態はそれほど変わっていない。診断する新しいツールができるとか,画期的な治療法ができて進歩するということはありますが,基本的な病態生理そのものはあまり変わっていない。
 そういう意味で,『ハリソン』は医学の「根」と「幹」にあたるのです。そこから「枝」が伸び,新しい「葉」が出てくるわけです。病気を診たり,症状を聞いたりした時に,『ハリソン』に戻ることは有効だと思います。
福井 『Archives of Internal Medicine』の最近の巻頭に,「若い医師への10のメッセージ」という記事がありました。そして,その2番目が「コモンセンスを持った医師はコモンではない」というメッセージでした。
 枝葉末節にばかり目が向いてしまうと,根幹がぶれてくる恐れがあります。
黒川 そうですね。座標軸ができていないと正確な判断ができないし,枝葉の部分で瑣末なことにばかりこだわることになるのですね。

「『ハリソン』を読む」ということ

福井 ところで,市村先生は『ハリソン』のオンライン版を使っておられますか。
市村 いえ,実は研修医になってからは,逆にあまり読まなくなってしまいました。
 最近は,もっぱら『UpToDate』を使っています。
 これはメーリングリストでも話題になったのですが,実際に患者さんのマネジメントをする際には『UpToDate』が役立つと。ただし,学生の時はその前提となる根や幹を作るという意味で,やはり『ハリソン』を読んでおくべきだと思います。
福井 京都大学の私たちの部門では,診療上の個々の疑問について,毎年刊行される『Current Medical Diagnosis and Treatment』や,数か月おきに出る『UpToDate』などの二次情報を見て,一次情報をチェックしなければいけないかどうかを判断します。二次情報の中に,『ハリソン』を入れておいたほうがよいのではないかと思います。
市村 福井先生は『EBM実践ガイド』(医学書院刊)の中で,「まず,『ハリソン』を見て,時には専門書を読んで,それから次に進む」と書いておられますね。
福井 私も忙しくなって,なかなか実践できていませんが(笑)。
 そういう意味でも,学生の時に読んでおいてほしいですね。
市村 そうですね。すべてを通して読むことは難しいと思いますが,「『ハリソン』にはどこまで書いてあるか」とか,「Braunwaldの『Heart Disease』にはどこまで書いてあるか」というように,どの本にどの程度のことが書いてあるかぐらいは知っていてほしいと思います。
 「『ハリソン』を読む」ということは,そういう意味だと思います。
福井 実際はそうなると思います。それでも臨床実習に入る前に,腰を落ち着けて『ハリソン』を読破するくらいの意気込みで勉強してほしいですね。
 卒業後,そして研修後は,なかなかまとまった時間が取れませんからね。

「『ハリソン』に書く」ということ

黒川 もう1つは,先ほども言いましたが,何が本当のスタンダードの教科書なのかという問題があります。
 市村先生のメーリングリストを読んでいますと,どうも「日本の教科書は駄目だ」ということになりますね。それはなぜかと言うと,日本にはピアレビューのシステムがないからです。
 少なくとも『ハリソン』に執筆する人は,質を保証されているから依頼されるわけですし,「今回の版は,質が落ちた」などと言われたら編集者も変わります。そのへんの「質の保証」が十分になされています。1人ひとりが「プロ」として関わっていて,医師のコミュニティでも「あの人なら大丈夫」と評価されている人が選ばれているわけです。『ハリソン』に執筆することは彼らの誇りになります。
福井 そうですね。『ハリソン』に関する資料によりますと,エディターが全員8-10日泊り込んで目次作りなどの作業にあたっています。
 編者の間のコミュニケーションが密ですし,原稿の一字一句まで目を通すのはもちろん,さらにそれぞれの専門分野のエクスターナル・レビューワーが目を通しています。日本での教科書作成には,それだけの手間暇をかける余裕がないのでしょうか。
黒川 アメリカの場合は,医師同士がその人がどのくらいの仕事をしているのかを広く皆が見ています。そういう意味では,これを書く人たちもテストされているわけです。

■『ハリソン』の使い方

『ハリソン』の読み方

黒川 それでは次に,『ハリソン』をどのように使えばよいのかという問題ですが,先生方のご意見はいかがでしょうか。
福井 先ほど申し上げたように,私は新しい版が出るたびにパート1と症候のところを半強制的に読むように自分に課しています。そして,各論については,受け持った患者さんで疑問に突き当たった時に,その都度,当該セクションに目を通しています。
黒川 最近まで学生であって,つい最近まで研修医をされていた市村先生は,後輩や同輩に対して,どのように使えばよいとアドバイスしますか。
市村 やはり福井先生と同じで,最初のところはきちんと読んで,あとは実習や研修なりで診たことを復習することだと思いす。私が特に勧めていたのは,循環器なら循環器で,受け持った患者さんに関する部分を「つまみ食い」的に読んで,そしてある程度「馴染み」のページができたら,その章全体を通して読むことです。
福井 それは具体的で,かつ身近なケースなので読みやすいかもしれませんね。
市村 幹を作るという意味では,ある程度通して読むこともまた必要だと思います。

「索引」とフィロソフィー

福井 それから,今のお話のように,個々の患者さんの問題に突き当たるたびに読もうとすると,索引がいかに大事かということがわかります。
黒川 それは重要なポイントですね。
福井 と言うのも,自分で使ってみると,『ハリソン』でさえ不完全だということがわかります。あちこち何回か往復しないと,自分の知りたいテーマにたどりつけないことがしばしばあります。
 日本の教科書と比べると,相当に整理されていると思いますが,『ハリソン』でさえそのような状況です。
市村 そういう面では,今後はCD-ROMなどの電子媒体を使うことも重要なことになるのではないでしょうか。
福井 そういうことになりますね。
黒川 その一方では,索引そのものがどういうフィロソフィーで作られているのかということが重要ですね。疾患別に見ることも大事かもしれないし,主な章はどちらからも見ることができます。
 索引というのはユーザーからみてどこを見ればいいかということですから,本来とても難しい工程ですね。
市村 日本の教科書には索引が貧相なものが多いですね。
黒川 索引作りだけでも,相当力を入れなければいけないということですね。
福井 それによって使い勝手がだいぶ違いますからね。

『ハリソン』と内科医

黒川 ところで,『ハリソン』の最新版の特徴はどういうところにありますか。
福井 まず,遺伝と分子生物学の部分が今まで以上に入ったことです。
市村 今回初めて「Genetic considerations」という小見出しが登場しました。
福井 それから,内容,フォーマットともに「EBM」を強く意識したものになってきていることが挙げられます。
 ただ個人的には,新しい部分だけで評価したくはないと思います。
黒川 もちろん,根と幹の部分は大事です。私は学生には2年生の時点で,「Introduction to Clinical Medicine」の部分は全員に読んでほしいですね。格調が高くて,いつも感激します。
市村 先輩の先生の部屋に行くと,大抵は『ハリソン』がありますね。それぞれ,ご自分が学生や研修医の時に勉強した版を持っていらっしゃいます。やはり先ほど言われたように,「根であり,幹の部分」だからなのでしょう。
 例えば,ある人は12版の『ハリソン』で育ち,その後はさまざまな論文で勉強してこられたのでしょうね。
福井 私はサブスペシャリストはそれでよいでしょうが,内科医,General Internistでありたいと思っている者は,常に新しい版を手元に置くべきだと思います。
 そして,パート1と症候の部分は常に目を通し,各論については受け持った患者さんで遭遇した問題ごとにひもとくという使い方をしたいですね。
黒川 福井先生もアメリカで臨床のトレーニングを受けていらっしゃるからおわかりでしょうが,やはりアメリカの医師は『ハリソン』を常に手元に置いて,何かあると見るようにしていますね。サブスペシャリストのコンサルテーションの場合でもそうです。
 これも『ハリソン』の特徴の1つですが,各疾患について必要なことがきちんと書いてあって余計なことがない。短かい中に実に要領よく,過不足なく書き込んであります。やはりエディターの努力が大きいと思います。
福井 重複もかなりオミットしているようです。やはり編集の力量ですね。
黒川 編集者も相当に医療のバックグラウンドを持っていますからね。

『ハリソン』携帯版について

黒川 『ハリソン』の携帯版についてはどうですか。
市村 あれは親本を読んで初めて使えるものだと思います。キーワードが書いてあるだけで,一番重要なpatho-physiologyのことはほとんど抜けていますから,あれだけ読んでもよくわからないです。親本を読んでいて携帯版を読むと,「なるほど」と思いますが,逆にはならないです。
福井 例えば,病気の歴史をよく読むと,知識として記憶に残りやすいのではないでしょうか。断片的な知識の羅列や集積を見たり読んだりしても,記憶に残らないように思います。

■「プロの医師」の育て方

「プロの医師」とは

黒川 次に,『ハリソン』と「プロの医師」という話題に移りたいと思いますが,その前に「プロの医師」はどうあるべきかということが問題になります。
 これだけの情報化時代で,国民が皆「プロとは何か」ということを知りはじめたわけです。国民は医学・医療の世界に関しては言ってみれば素人ですが,医師はどうあるべきかという期待像があるわけで,その期待にはたして応えられるかということが,いま問題になってきているわけです。
 いままでの日本は,雲が低く垂れこめた田舎の山みたいなもので,ア・プリオリに村人は「教授」という山は2500メートルあると聞いて,そうとうなものだろうと思っていたわけです。しかし,「情報化」によって雲が取れると,実は1500メートルしかないということもわかってきた。
 一方では,学生も若い時に8000メートル級の山を見せておくと,状況が客観的に見えるようになります。そして,同じ2000メートルでもなだらかな山もあるし,谷川岳のようにリスクの高い山もあるわけです。そういうことが見えてくると,山は高いことだけではないということもわかってくる。その結果,選択肢が増えるわけです。

「Mission」が持つ意味

福井 私は大学基準協会の委員をしていて,資料を見ておかしいと思った点があります。各大学が「基本理念」を定めていますが,あれは「mission」の翻訳だそうです。完全な誤訳ではないでしょうか。そのために,多くの大学が社会的使命を明瞭に意識していない。どちらかと言うと,内に向かった「あるべき姿」を書いていて,「社会的使命」が明確には記述されていないようです。今後は大学としても個人としても,社会的使命を真剣に考えないといけないと思います。
黒川 それはすべてそうですね。医師や医師会,大学,病院,企業,すべてが社会に対する責任は何かをはっきりさせることが一番大事です。いままでは自分の監督官庁によく思われることでよかった。だが,重要なことは,パブリックに対するアカウンタビリティとは何かということです。
市村 きれい事だと言う人もいるかもしれませんが,missionという意味では,医学を勉強するのは自分のためというよりも,将来自分が担当させていただく患者さんのためだと思います。「そういうスタンスを持てば,国家試験対策の本だけで済ませるような勉強にはならないでしょう。『ハリソン』やさらに新しい文献を読むような勉強になるでしょう?」とよく言います。
 プロの医師というのは,やはり患者さんのための医療をするものであって,その前提となる『ハリソン』を読んでおきましょうということを言いたいですね。

「Professionalism」とは何か?

福井 プロの医師という言葉で思い出したのですが,いま,「professionalism」がアメリカで話題になっています。日本ではまだなじみがないかもしれませんが,アメリカでは内科学会をはじめとするいくつかの主要学会で,「professionalism」とは何なのかについて,委員会を立ち上げてディスカッションし,2001年に「Physician Charter of Professionalism」を発表しています。
 その内容のかなりの部分はプロの医師の2つの柱として,「Patient centered Medicine」と「Evidence Based Medicine」を心がける必要があるということになると思いますが,日本ではもうひとつ,「professionalism」ということが浸透していませんね。
黒川 医局制度や卒後臨床研修の問題,大学院部局化でもそうですが,日本では根本的な理念が理解されないで,国の施策として行なっていることが多いのです。「ロースクール」にしても,「メディカルスクール」にしても,そのシステムはどのような理念のもとに,どのように運営されているのかということを理解しようとしません。
 日本は現在,50%の人たちが大学へ行くほどのいわゆる高学歴社会です。しかし,私も含めての話ですが,大学へ入ってからどれほど勉強したかということを訊きたいものです。
 日本ではよい大学へ入るための勉強はしますが,大学へ入ってからは勉強しなくてよくなるシステムなのです。日本の高学歴社会というのは,「高い学力を持った社会」ということではなくて,「高等学校まで勉強した社会」ということです。だから,日本のリーダーの歴史観をみても,大学入試に必要なレベルの歴史しか知らないでしょう。それが「日本の高学歴社会」の正体と言えます。
 それを変えるには,今度の卒後臨床研修もそうですが,卒業生を必ずよそに出すことが大切です。卒業したら必ず外へ出す,中にとどまることをしないのが西欧の個人主義の常識です。日本人は,どうしても中に残るけれども,卒後臨床研修で外へ出るべきです。そうすることではじめて出口で大学も問われる。
 卒業生が問われることになれば,『ハリソン』ぐらいは読むようになるし,そうなれば「これは違うな」ということが皆にわかります。出口で混ぜない限り,プロの医師は絶対に育ちません。
 最後は私の持論で終わってしまったようですが,本日は長時間貴重なご意見をどうもありがとうございました。
(おわり)





  黒川 清氏
1962年東大医学部卒,67年同大学院修了。69年渡米。その後,南カリフォルニア大医学部内科準教授,UCLA医学部内科教授などを経て,83年東大第4内科助教授,89年同大第1内科教授。96年東海大医学部長。2003年より現職。2000年より日本学術会議副会長。著書に『医を語る』(共著,西村書店),『医学生のお勉強』(芳賀書店)など多数。黒川氏のホームページは以下の通り。
http://www.KiyoshiKurokawa.com



  福井次矢氏
1976年京大医学部卒,84年ハーバード大公衆衛生大学院卒業。聖路加国際病院で内科研修後,コロンビア大St. Luke's Hospital Center,Harvard Medical School Cambridge Hospital,国立病院医療センター,佐賀医大を経て,94年より現職。著書は『EBM実践ガイド』(医学書院)など多数。



  市村公一氏
1984年東大文学部美術史学科卒。2002年東海大医学部卒業。99年より始めた「より良い医療を目指す医学生と医師のメーリングリスト」は全国の医学生や国内外の医師の参加を得,2000名の会員を擁する医療系最大のメーリングリストの1つ。同メーリングリストについては下記を参照のこと。
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2000dir/
n2409dir/n2409_09.htm#00