医学界新聞

 

印象記

第75回米国心臓協会(AHA)学術集会

大西 勝也(三重大学医学部附属病院中央検査部助手)


はじめに

 第75回米国心臓協会(American Heart Association, AHA)学術集会が,2002年11月17-20日の4日間にわたりシカゴで開催された。
 初日の朝,会場に向かうシャトルバスの中から見たシカゴの町並みは,うっすらとした雪化粧でどうなることかと思われたが,その後は少し気温も上がり,Windy Cityと呼ばれるだけあり冷たい風には悩まされたが,まずまずの日和であった。2001年のAHAは,テロの影響で出席者が少なかったと聞いていたが,2002年は出席者も非常に多く,活気に満ち溢れた学会であった。
 私は1994年からテロの影響を考慮した昨年を除きAHAには欠かさず出席しているが,専門分野の講演あるいは発表にしか注目していなかった。今回は印象記を報告させていただく機会をいただいたので,従来より広い視野で,前半は学会としてのAHAに関して,後半は私どもの発表を含め今回の学会で注目した点について報告する。

AHAの挑戦(会長講演)

 1998年のAHAにおいて,2010年までに冠動脈疾患および脳梗塞を25%減少させるというゴールが設定され,それに向かいさまざまな試みがなされている。今年は“Research and Translation”というスローガンが掲げられ,新しい知識を発見することだけではなく,それを検証してきちんと伝えることの重要性,すなわち研究で得た成果を臨床の現場に還元する重要性が強調されていた。逆に,臨床から持ち帰った情報を基礎研究で再確認すること,現在必要なことと未来において必要なことのバランスをうまくとることも重要であると会長は述べられていた。また,2020年には米国において肥満者が人口の40%を超えるという予測から,肥満と糖尿病に対する強い警戒感を示しているのが米国らしいと感じたが,日本でも軽肥満が増加している現在,他人事と言ってはいられなくなってきている。
 運営面でも,抄録集の量の30%削減,演題締め切りから演題採択発表まで2週間短縮されて3か月となったこと(次回にはもう2週間短縮する予定),次回にはスライドの全面廃止およびPCによる発表,ポスターセッションの展示ブースからの切り離しなど,さまざまなところで変革がなされており,参加者にとって便利になったという印象を受けた。

注目を集めた話題の数々

 大規模な学会であるため,すべてを網羅することは不可能だが,今回の学会で興味深く感じた話題をいくつか取り上げてみる。
●細胞移植
 動物実験レベルで,骨髄細胞や骨格筋細胞を心筋梗塞後の瘢痕部位に移植することにより,心機能が改善したということが,いくつかの施設から報告されていた。
 Arizona心臓研究所のグループは,米国で初めての人体への細胞移植の安全性について報告した。16例の心筋梗塞後の患者から骨格筋を採取して筋芽細胞を分離,3-4週間かけて培養させ,冠動脈バイパス術中(11例)あるいは左心補助装置挿入時(5例)に,心臓の瘢痕部位に移植した。1回の注入細胞数は1000万程度で,1-30回程度直接瘢痕部位に,総細胞数として1000万から3億程度注入された。移植後,副作用もなく経過は順調で,患者たちのQOLは改善した。一方,イギリスのLeicester大学のグループは,冠動脈バイパス術中に骨髄細胞を瘢痕部位に注入した結果,6週間後には心機能が改善し,その効果が10か月後にも確認されたと報告している。骨髄細胞は,心筋細胞に分化するだけではなく,平滑筋細胞や結合組織など他の細胞にも分化していくため,注入された瘢痕部位に新たな細胞構築ができている可能性も示唆された。
 これらの研究は小規模な臨床試験であるが,心筋梗塞後心機能が低下した症例に対する細胞移植の安全性と効果を示したものである。今後,前者のグループは臨床効果判定試験への移行,後者のグループは骨髄細胞が瘢痕組織をどのように変化させていくかといった基礎研究への移行を表明した。また,開胸下の注入ではなく,カテーテルを用いた非開胸下のアプローチも検討されているらしい。遺伝子療法,growth factor療法などとともに,今後注目される心不全の治療法の1つになるであろう。
●細胞シートを用いた組織再生工学
 細胞シートを用いた組織再生工学の1つとして,ヒトの皮膚細胞を用いた,健康で機能的な血管の構築についての報告があった。従来の手法と異なり,scaffold(骨組みのようなもの)を必要としないため,血栓形成の危険性が著しく軽減すると報告されていた。
 また,Harvard大学のグループは,骨格筋細胞と心筋細胞とを組み合わせることにより,ペースメーカー細胞を構築できる可能性を示した。これは,ペースメーカーが必要な小児に対して有効な手段かもしれないが,まだまだこれからの分野で,将来が楽しみである。
●ロボット心臓手術
 近年,ロボット(ダヴィンチシステム)を用いた冠動脈バイパス術が報告されていたが,今回ロボットを用いた心房中隔欠損症の修復手術が報告された。14症例に施行され,良好な手術成績が示された。心臓停止時間は従来の開胸手術の20分に比べ34分と長く,人工心肺が必要な時間も少し長かったが,術後の回復は従来の開胸手術と比べ早く,入院期間は3日間短縮され,社会復帰も早かったと報告された。低侵襲手術が注目されている現在,興味深い報告であった。
●大規模薬剤介入試験
 ここまで3題,近未来に発展するであろう最先端の治療法について言及したが,ここからは少し日常臨床に還元しやすい話題に目を移したい。大規模臨床試験は,日常臨床を行なうにあたり欠かせないものとなってきているが,その中でも興味深かった話題を紹介する。Late-breaking clinical trialのセッションで発表されたPROSPERという試験で,pravastatinの高齢者における冠動脈および脳血管事象の発生率に及ぼす影響をみた大規模臨床試験である。冠動脈疾患の既往のある,あるいは危険因子が多い70-82歳の5804人を対象とし,pravastatin 40mgが毎日投与され,有害事象発生率が検討された。結果は,pravastatinは心血管事故を19%減少させ,冠動脈疾患による死亡を24%減少させた。また,HDLコレステロールが低い患者群において,pravastatinの効果はより著明であった。高齢者におけるstatinの新しいエビデンスとして,興味深く拝聴した。
●慢性心不全
 慢性心不全における演題も従来通り,多種多様な演題が採択されていた。心収縮能が保たれている心不全(Diastolic Heart Failure; DHF)のセッションが賑わいをみせていた。最近の大規模臨床試験の結果によると,慢性心不全患者の約50%がDHFだと指摘されていることもあり,診断や治療に関して注目されていた。両室ペーシング療法の演題数も増加しており,慢性心不全の治療選択肢の1つとして確立しつつあるという感を受けた。
 慢性心不全の薬物療法としては,AHAのガイドラインに示されている通り,ACE阻害剤がGolden Standardの位置を確保しており,その次にどの薬剤を選択するかというところが興味を持たれているところである。1つの選択肢としてのcarvedilolに関する演題も多く,その有効性を示していたが,その機序は議論の分かれるところであった。私どもは今回,高頻拍性心不全犬に対して,アンジオテンシン受容体拮抗剤candesartanをACE阻害剤であるenaraprilに追加投与したところ,相乗的に心機能が改善し,その機序としてブラジキニンが大きく関与していると報告した。現在CHARMというcandesartanの大規模薬剤介入試験が進行中であるが,ACE阻害剤とアンジオテンシン受容体拮抗剤の併用が慢性心不全の治療の主流となるかもしれない。
 末尾でありますが,このような機会を与えてくださった金原一郎記念医学医療振興財団の皆様に,重ねて御礼を申し上げます。