医学界新聞

 

〈寄稿〉第30回北米プライマリ・ケア研究会定例
総会(NAPCRG2002)に参加して

鶴岡優子・鶴岡浩樹(ケース・ウェスタン・リザーブ大学家庭医療学・客員研究員)



鶴岡優子氏(右:Stange会頭)
1993年順大卒。国保旭中央病院,自治医大地域医療学を経て,2001年米国へ。研究テーマは在宅医療,相補代替医療,医師患者関係
 私たちは,2002年11月17-20日,米国・ニューオリンズで開催された「第30回北米プライマリ・ケア研究会(North American Primary Care Research Group: NAPCRG)定例総会」に参加する機会に恵まれた。
 「NAPCRG」は,米国とカナダの研究者が中心となって発足したものであるが,今回は記念すべき30周年ということもあり,北米のみならず英国,オランダ,オーストラリア,韓国,ベトナム,日本などから総勢500名を超える参加者が集まった。
 「Building Research Capacity」と題された本総会は基調講演,口頭・ポスターによる研究発表,ワークショップ,フォーラムから構成され,プライマリ・ケア研究の将来を示唆する興味深い内容だったので報告したい。

Building Research Capacity

 学会初日に,Kurt C. Stange会頭から今回のテーマ「Building Research Capacity」について紹介があった。
 一言で説明すれば,「Building Research Capacity」とは,すべてのプライマリ・ケア医に研究の素養を身につけてもらおうという一大ムーブメントである。これは,プライマリ・ケアの研究が日常診療から発信されることを前提としている。
 Disease-orientedに導かれたこれまでの知識だけでは,現場で生じる多種多様な現象や問題に対応し切れず,ここに焦点を当てて研究するのがプライマリ・ケアの専門性であるとStangeは言う。このように考えると現場の医師の役割は大きく,日常診療で生じる現象をまず疑問と感じ,リサーチ・クエスチョンに変え,研究につなげるような目を養わなければならない。
 「Building Research Capacity」は,現場のすべての医師がこのような視点を持つことで,プライマリ・ケアの知が飛躍的に発展するであろうと見込んで計画されたもの,と私たちは解釈した。
 米国ではすでに「Building Research Capacity委員会」が立ち上げられ,活動が開始されている。このメンバーは,「NAPCRG」をはじめとして,「American Academy of Family Medicine(AAFP)」,「Society of Teachers of Family Medicine(STFM)」など米国のプライマリ・ケア領域で主要な5学会から選出し組織されている。その詳細については,『Family Medicine』誌に掲載されているので参照されたい1
 学会2日目の「The thrill of victory and the agony of inertia」と題されたBarbara Yawnの基調講演では,さらに具体的な話を聞くことができた。
 「Practice-based research」が脚光を浴びるようになり,連邦政府の研究機関や財団等がプライマリ・ケア領域の研究に興味を示し始めている。この時代の流れと需要は,われわれの勝利を予感するものであるが,これに応えるべくプライマリ・ケア領域の研究者が少なすぎるというのである。開業医であると同時に,開業医のための研究ネットワークを長年主催する彼女の言葉には説得力があった。

日常診療に根ざす研究テーマ

 ポスター発表にしても,口頭発表にしても,提示された研究テーマは,「臨床疫学」,「予防医学」,「行動科学」,「ICPC(プライマリ・ケア国際分類)」,「心理学」,「医学教育」,「老人医療」,「遺伝子」,「相補代替医療」,「医療過誤」など非常に幅広かったが,一貫して言えることは,これらの研究がすべて日常診療に基づくということであった。
 口頭発表の中で特に印象的だったのは,「お祈り」のランダム化比較試験であった。
 この試験は,不安による諸症状を問題とした患者を対象に,「祈る群(1か月で6000分以上)」と「祈らない群」に割り付け,痛みなどの効果を判定するというものであった。その内容については批判的にならざるを得ない点もあったが,研究費がついて実際研究が行なわれたことには私たちは驚いた。現場から出た疑問は,その時代や社会の常識の枠にとらわれることなく,研究していく姿勢が重要であると実感した。
 「Building Research Capacity」については,臨床研究ネットワーク,英国の医学教育,家庭医療学教室の運営法など,研究の目を持つプライマリ・ケア医を育てるためのさまざまな試みが発表されていた。

進化する研究方法

 近年,プライマリ・ケア領域でも「質的研究」が注目されているが,NAPCRGでも早くから取り組むべき課題の1つにあげていたようだ。実際,ポスターセッションで提示された155件の演題のうち27件が質的研究を含んでいた。その方法についても「エスノグラフィー」,「現象学」,「グラウンデッド・セオリー」,「フォーカス・グループ」とバラエティに富んでいた。
 学会2日目に開かれた「Critical Appraisal of Qualitative Research Papers」というワークショップに参加した。立ち見がでるほど参加者が多く,突っ込んだ議論に至らなかったのは残念であった。質的研究は,もはや流行りの研究方法ではなく,評価し,評価される段階であると実感できたが,その評価方法については一定の見解はないように思えた。
 ところで「Multiple Research Method」,もしくは「Multimethod Study」という言葉を聴かれたことがあるだろうか? これは,「量的研究」と「質的研究」を統合した新しい取組みである。ポスターセッションやワークショップなどで目にしたが,今後大きな流れになるのではないかと感じた。

多彩な参加者の顔ぶれ

 今回は「30周年記念総会」ということもあり,40%の参加者が初めての参加であった。プライマリ・ケア医の他,疫学者,社会学者,人類学者,心理学者などさまざまな分野の研究者が世界から集まっていた。
 私たちも今回が初めての参加であったが,学会の名札をつけている限り,「どこから来たの?」,「研究テーマは何?」,「あなたの大学,フェローの給料はどのくらい?」などと話かけられ,発表の合間でもゆっくりコーヒーを飲めなかった。
 学会3日目の夜には,水族館を借り切ってのケイジャン・パーティがあった。スパイシーなケイジャン料理の他,研究の話,職場や家族の話,歌や踊りもある実に楽しい夕食会であった。
 興味があったので,どうしてこの学会に参加したのか何人かの参加者に尋ねてみた。ある社会学者は「共同研究者を探しに」,オランダの医師は「自分の研究に,いつもと違う意見を聞いてみたかった」,アジアの医師は「留学のきっかけにしたい」と語ってくれた。そして最後は,「ニューオリンズが魅力的だったから!」と全員で大笑いになった。
 ニューオリンズは異国情緒溢れる南国の町である。市場には彩りあざやかなフルーツがあふれていた。「NAPCRG2002」は,プライマリ・ケアの研究を軸に,あざやかな彩りだけでなく,香りもを楽しめる魅力的な学会であった。

〈参考文献〉
1. NAPCRG Committee on Building Research Capacity and the Academic Family Medicine Organization Research Subcommittee. What does it mean to build research capacity? Fam Med 2002; 34(9):678-84