医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


透析医療におけるナースに必要な知識と技術を詳述

透析専門ナース
稲本 元 著

《書 評》宇田有希(日本腎不全看護学会理事長)

約21万人に達した透析患者のナースへの期待

 透析医療が,腎臓病患者の治療法として定着しておよそ30年以上が経過した。現在,透析患者は約21万人に達し,1960年代に始まった救急・延命の治療から,今や患者個々の生活の質を維持する治療へと変貌をとげた。それは必ずしも順風満帆な道程ではなかった。
 人工臓器を用いた先端技術に対する偏見と差別によるさまざまな障害があったが,その最も大きな問題は,スタッフの育成であった。従来の医療体制に比べて,ナースとしての主体性を求められる業務と,人工臓器によって生きる患者への新しいケアの開発に魅力を感じながらも,数年ごとの配置交代により透析看護から離脱していくナースが多かった。その結果,現場では,一から教育しなおすことを繰り返さざるを得ず,看護の継続性がいちじるしく損なわれた。そのために各施設において,新人教育のための透析治療と看護のマニュアルが作られた。
 マニュアルは,一度作ればそれでよしというわけではない。装置の改良,技術革新にともなうシステムの再構築,患者への新しいケアの開発などにあわせて作り変えられるものであろう。しかしながら,多忙な日常業務に追われる医師やナースには,そう簡単にはいかないジレンマに悩まされる現状がある。『透析専門ナース』というタイトルには,そうした著者の思いが込められているように感じられた。

求められる透析専門ナース育成の教育的基盤

 本書は,一透析施設のマニュアルというよりも,透析室を運営する上で中心的役割を果たすナースの具備すべき条件を踏まえて,系統的に緻密に描かれており,いずれの透析施設にも共通する設計図のようなものである。それだけに,チーム医療の主役である患者への具体的なアプローチの方法や,患者の全体像をどのように把握すれば効果的なケアにつなげることができるのかといったトータルケアの実践例があれば,より立体的な看護のイメージが得られるのではないかと思うのである。これを元に透析患者への血の通った,生き生きとしたトータルケアを実践するのでなければ,透析専門ナースとして患者の信頼を得ることはできないであろう。どれほど多くのHow toものを読もうと,ナース自身が腎不全看護の専門職者として自律的に行動しなければ,社会的認知は得られないことを自覚するとともに,専門看護師を育成する教育基盤の確立が今後の課題であると思う。
B5・頁232 定価(本体3,800円+税)医学書院


今までにない患者中心の視点で書かれた糖尿病教本

糖尿病のケアリング 語られた生活体験と感情
Jerry Edelwich,Archie Brodsky 原著/黒江ゆり子,市橋恵子,寳田 穂 訳

《書 評》日野原重明(聖路加国際病院名誉院長)

語られた生活体験と感情を通して糖尿病患者ケアに対処

 このたび,医学書院から『糖尿病のケアリング-語られた生活体験と感情』が発刊された。米国のハーバード大学医学部やジョスリン糖尿病センターのスタッフと密なる関係を持つDr. J. EdelwichとDr. A. Brodskyの2人が,糖尿病専門家としてだけでなく,患者のケアをするためのカウンセリングの教育的ならびに行動科学的技術を持つ専門家として執筆しており話題を呼んでいる。今までにない患者中心の視点から,糖尿病患者の身体的ならびに精神的,社会的ケアの方法が解説的に書かれており,その内容と様式においては類い稀な糖尿病教本と言えよう。
 1型糖尿病とか2型糖尿病という診断を受けた時,患者はどう心の反応を見せるかという心理的立場からアプローチする章が第1章である。実際の症例を用いて述べられており,医師にとっては診断名の伝え方,そして患者の持つ誤解や幻想にはどんなものがあるか,患者は果たして病名をどう受容するのかの実態が興味深い。
 第2章は,糖尿病の診断から症状,合併症と治療までが要領よく述べられている。第3章には,発病についての患者の不安や悩みをどう医療者が共有するかという大切な点がとりあげられている。第4章は,患者が病気を受容する心理過程,それが末期の癌を宣告された患者の病名や死をどう受容しているか,との対比で書かれている。
 第5章では,「選択と賭け」という題で,糖尿病の患者には何が治療上のよい選択か,何が患者にとってよいか悪いかの道を自ら決定できるように誘導している。第6章の「医師とナース」という題の章では,医療従事者の診断や治療を正しくさせるための働きが,多方面の立場から述べられている。
 第7章では,糖尿病は家族にどのような影響を与えるかが述べられ,家族のためのガイドラインまでが語られている。第8章では,親と子との関係,遺伝に関する罪悪感などが扱われている。第9章には,性,セックス,妊娠との関係が述べられ,成功した症例があげられている。
 第10章には,糖尿病患者のもつ保険や障害支払金や糖尿病の医療費の問題が具体的にあげられている。第11章には,インスリンの自己注射やインスリン・シリンジポンプの使い方が述べられている。第12章は,患者のサポート・グループについての紹介やガイドラインが示されており,最後に文献リストやウェブ・サイトがあげられている。

病む人間の心に入り込んだ新しい糖尿病患者ケア

 この本にはさまざまの症例が集められて,その分析の中に症例から教えられるケアのためのアートが上手に紹介されている。症例を読んでいるとその文脈に引き込まれ,自分でこの病気を解決するノウハウが自然と知らされるようである。その場合の,患者家族の心理状態の把握とそれをどう誘導すべきかの技術が紹介されている。
 著者らが数多い医療従事者や心理療法士,精神医学者,患者層に接する中で遭遇した事態がよくとりあげられ,これを読む者には,ケアの立場からうまく患者の問題に焦点のあっていることがよく体感される。診断を受けた患者の,病名をもらった時の生活体験と感情が克明に表現され,その症状や所見に対して,医療者が深い感性をもってどうアプローチすべきかが,述べられている。
 日本の在来の糖尿病の本は,一方的な,言わばdidactic teachingの本であるが,本書は病む人間の心に入り込んで,心理的にどう上手に患者を誘導すべきかが述べられている。本書を読むと,最近Narrative Based Medicineといっている臨床の知が,この刷新された心理学的または行動科学的アプローチによって,よく理解できると言えよう。
 本書訳文は,黒江,市橋,寳田諸氏によって推敲され,きわめて読みやすく,糖尿病患者を新しく診るきっかけとしてすばらしい書だと思う。
A5・頁328 定価(本体3,200円+税)医学書院


基礎教育担当者が自己の教育理念を具体化するために

看護実践能力育成に向けた教育の基礎
田島桂子 著

《書 評》川島みどり(健和会臨床看護学研究所長)

憂うべき新人看護師の臨床実践能力の低下

 この数年,新人看護師らの臨床実践能力の低下を憂う声が高い。看護教育の高等化が進み,従来以上に期待度が高くなっているためもあるだろうが,単なる即戦力を期待する意識からだけではなさそうである。
 「基礎教育は,いったいどうなっているの?」という臨床からの率直な声も例年通り聞こえてくる。その基礎教育を理解するために,本書をひもといてみることにしよう。

長年の看護経験をもとに看護実践能力育成を示唆

 著者は,基礎教育領域におけるリーダー的存在である。私がその看護教育観にじかに触れたのは,ある地区学会のシンポジウムの場であった。基礎教育の課題を,臨地・臨床における看護実践を視野に入れつつ問題提起をされ共感した。本書でも,看護と教育の共通点を上げ,いずれも人間を対象とした,人間相互の関係性で成長するという考え方が貫かれている。長年の教育経験をもとにしながら,看護実践能力を高めるための育成過程と,これを創りやすくするための工夫,効果的な教育を行なうための過去の論議と教育単位に含める教育内容の考え方,教育方法および評価にかかわる留意事項がその主な内容である。
 「看護は実践力を持って意味をなす」と言う著者の信念をふまえながら,第1章の「看護実践の過程」を読んだ。看護教育の成果は,その教育を受けた者の全人格を媒介にしながら,ただちに看護の対象に還元されると言ってもよい。著者は,看護の高等教育という性格から能力育成の過程でその成果は自らの責任において創るものと言うが,それにしても,第2-4章の看護学教育課程編成から評価までの,全過程における緻密な検討に触れると,「教育がどうなっている?」などと軽々しく言えないことを痛感した。
 ただ,看護実践能力とは何かについての合意が図られていない現在,この点に関して一層の理論的精練が必要であろう。基礎教育担当者らが,自己の教育理念を具体化する際に本書を活用できると思う。
A5・頁228 定価(本体2,600円+税)医学書院