医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


神経の局在診断学の貴重なテキスト

神経診察ビジュアルテキスト
小嶺幸弘 著

《書 評》柳澤信夫(関東労災病院長)

 いまだに神経疾患の診療は,難しいという説がある。神経系の基礎知識があれば,局在診断は論理的に明確にできるのが神経内科の特徴である。神経系はこまかく機能分化し,脳および脊髄の局所,脳神経から脊髄神経,そして自律神経はそれぞれ異なる機能を持つことから,患者の示す機能障害の組み合わせを明らかにすることによって,障害部位が診断できる。これが神経病の局在診断学である。
 神経疾患の診療は診断からスタートするが,その診断は局在診断と病変の原因の診断からなる。そして局在診断と病気の経過からおおよそ7-8割の患者は,初診における診察とアナムネーゼの聴取によって病気の見当づけができる。このように神経系の診察は,診療上きわめて重要な意義を持つ。近年画像検査が発達して病変の局在診断に有力な武器となったが,これのみに頼ると重大な誤りを犯す場合が少なくない。あくまでも神経学的診察から見当づけをして,画像検査でそれを確かめるという手続きをとらなければならない。
 このたび上梓された,小嶺幸弘氏による『神経診察ビジュアルテキスト』は,神経の局在診断学のテキストとしてまことに時宜を得た企画と内容であり,学生諸君や神経内科を学ぶ若手医師にとって貴重なテキストになるものと期待される。

若い読者の勉強の仕方にマッチした記述

 本書の特徴は,神経系,血管その他の臓器と身体部位を立体的にとらえた図に,初心者に理解しやすい解説を加えたはじめての診断学テキストという点にある。私たちの若い頃は,平面的に詳細に図示された解剖学書を読んで,いかにして立体構造のイメージを得るかに大変苦労したものである。著者の小嶺氏は,教育上の苦労から本書を生み出したことを序文で述べているが,その配慮は本書の隅々にうかがえる。短い箇条書きの文章,頭をやわらげるエピソードなど,今時の若い人たちの勉強の仕方にマッチした記述であろう。
 神経学の教科書は,ともすると記載漏れのない,完全な書物であることをめざし,しかし書籍の常として重要性のアクセントがつけ難いために分厚い難しいものになりがちである。本書はこの点記載が簡単すぎる,断続的すぎるという感がなきにしもあらずだが,若い人たちにどれだけ受け入れられるかが私自身興味のあるところである。有益なテキストとして活用されることは疑いないが,小嶺氏にはここで示された優れた才能を駆使して,次の段階として大脳,脳幹,小脳,脊髄と分けた中枢神経系と周辺組織の立体的アトラスに発展させていただくことを願っている。
B5・頁252 定価(本体4,800円+税)医学書院


生半可な知識の医師たちが疥癬パニックを引き起こす

疥癬はこわくない
大滝倫子,牧上久仁子,関 なおみ 著

《書 評》石井則久(国立感染症研ハンセン病研究センター部長・生体防御)

 疥癬虫(ヒゼンダニ)は今,老人ホームや,集団生活をする施設の「天敵」として恐れられている。しかし,このヒゼンダニの生態を知っている医師は,日本に,いや世界にも数えるばかりである。
 このダニに9歳の時に自ら感染し,医師になってからは30年余研究に打ち込んでこられた大滝倫子先生は,おそらく世界で一番多くの疥癬患者を診てきている。この大滝先生と,保健行政の現場で疥癬にかかわっている牧上久仁子先生,関なおみ先生による,実におもしろい本が出た。

皮膚科医の無知とウソ

 一口に言って疥癬の治療は簡単で,題名どおり「疥癬はこわくない」ことがわかった。ヒゼンダニの生態を知り,普通の疥癬とノルウェー(角化型)疥癬の区別をすれば,残るは治療と予防である。
 では,なぜ疥癬パニックなのか。その第一の責任は,生半可な知識の皮膚科医にあるのではなかろうか。
 大滝先生は疥癬の診断を下す人を「医師」と書いているが,途中から「できれば皮膚科医」,さらに進むと「皮膚科専門医」,最後は「疥癬治療に慣れた医師」とトーンが高くなってくる。私自身,以前皮膚科医の端くれであったが,皮膚科医の疥癬に対する無知と,患者指導・予防対策指導のウソには愕然とした経験がある。表紙の写真はかわいいヒゼンダニ家族であるが,この本を読んで「眼からウロコ」なのは実は皮膚科医ではなかろうか。治療方法,患者指導など多くの皮膚科医が行なっていたことは間違いであることがわかる。

「念のため」が患者を苦しめる

 目次をみると,疥癬に悩んでいる医療者がいま知りたい項目が列挙されている。疥癬患者診察時の疑問はもとより,軟膏の塗り方や入浴・洗濯など,看護や介護の現場でいつも出る疑問にすぐ答えが得られるようになっている。その点からも,皮膚科医はもちろんのこと,内科医や施設等の医師にもぜひ読んでほしい。
 医師は,看護サイドから「本当にうつらないのですか?」と問われた時,生半可な知識と経験のため,「念のため厳重に対処してください」と言ってしまう。このことが患者を苦しめ,施設内の混乱を招いているのである。
 しかし,ノルウェー疥癬でも1-2週間程度,まして普通の疥癬ではほとんど厳重な制限や処置は不要である。一方で,外用剤は全身に塗布すべきであるのに皮疹部のみにしか塗っていないなど,力の入れ所を誤っていたことがわかる。

看護雑誌への辛口コメントも

 本書は,初めから終わりまで具体的な事例が示されているため,単に医師のみでなく,看護師,コメディカル,福祉関係者などにもわかりやすいだろう。特に,ある看護雑誌の掲載論文に対するアドバイスは,辛口だが的確で説得力があり,看護計画を立案する時に役立つ。
 また,「医師にムトーハップを勧められたが,使ってよいか?」,「疥癬を理由に,その患者さんの転棟・入院を拒めるか?」など,彼らがいつも悩む問題には,Q&Aコーナーで明確に解答している。さらに,キャバレーや尼さんまで登場してくるコラムが折々にはさまれていて,つい目がいってしまう。これら疥癬にまつわる裏話も,単なる閑話でなく示唆に富む内容になっており,疥癬を知ることで社会の縮図をみるようである。

立ち読みするなら,まず10の質問に答えてほしい

 まさに皮膚科医,病棟,老人施設,集団生活する施設などには,必携・必読の書である。なお立ち読みですまそうという方には,口絵写真の次にある10の質問(「疥癬にまつわる十大誤解」)に全問正解できるか試みることをお勧めする。
 この本を参考に,各施設で疥癬マニュアルを再検討して,疥癬の生態に則した患者本位の治療・看護・対策が行なわれることを期待したい。
B5・頁156 定価(本体1,600円+税)医学書院


負のイメージを払拭する出色の心電図・不整脈解説書

《ベッドサイドのBasic Cardiology》
心筋細胞の電気生理学
イオンチャネルから,心電図,不整脈へ

山下武志 著

《書 評》小川 聡(慶大教授・呼吸循環器内科学)

 新進気鋭の山下武志博士が,大変おもしろい本を出版された。『心筋細胞の電気生理学』というタイトルそのものからは,他の同種本と同様,大方の医師,学生から敬遠されるに違いない。それでなくとも,心電図・不整脈というと心臓病学の中でも「難しい」,「おもしろくない」というイメージがつき物であった。まして,副題にある「イオンチャネル」が出てくると余計そうかもしれない。しかし,本書は少し違っている。循環器の臨床医として,外来を受診する不整脈患者を治療するために薬理学,分子生物学を徹底的に学び,数多くの論文を一流英文誌に発表して,今はやりのtranslational researchを実践してこられた山下博士ならではの,まさに「from Bench to Bedside」をわかりやすく解説した本である。

なぜ不整脈が発生するかの疑問に答えるドラマを展開

 科学の進歩は,「なぜ?」から始まる。疑問が生じて初めて勉学心が湧き,その学問へ熱中できるようになる。臨床例の不整脈への疑問なしにイオンチャネルや活動電位を論じても,興味が湧かないのももっともである。例えば,発作性心房細動が,健康な人が大酒を飲んだ深夜から翌朝に起こることが多いのは,よく経験される事実である。夜間起こることから迷走神経が関与しているとか,アルコールで活性化される交感神経の影響だとか言われている。そのためホルター心電図で心房細動発生前の心拍変動解析なども試みられているが,結論は出ていない。そんな疑問から,お酒を飲ませた(エタノールの注射)ラットの心臓(心房)を擦りつぶし,心房細動の発生に大きな関連のあるいくつかのカリウムチャネルのメッセンジャーRNAの解析を行なって,心房特有のKv1.5の発現が,飲酒数時間後に一過性に変化していることを突き止めたのが著者の山下博士である。そんな探求心旺盛な博士の哲学がよく現れていて,これから医師をめざす学生や大学院生の諸君に心電図・臨床不整脈への関心を高め,すでに実地診療に携わる臨床医には,最新の知見を整理して患者の治療に生かすのに役立てられる最適な解説書である。
A5変・頁236 定価(本体4,600円+税)MEDSi


低侵襲で操作性に優れた画期的泌尿器手術のアトラス

ミニマム創 内視鏡下泌尿器手術
Portless Endoscopic Urological Surgery

木原和徳 編著

《書 評》荒井陽一(東北大大学院教授・泌尿器科学分野)

完成の域に達した1つの手術体系

 開放手術の欠点は,文字どおり創が大きく術後の回復が遅れることにある。腹腔鏡下手術は,創の大きさは侵襲そのものである,といういわば当たり前のことを見事に証明して見せた。東京医科歯科大学の木原和徳教授編著による『ミニマム創内視鏡下泌尿器手術』は,創の最小化へのもう1つの新しい方向性を示した画期的なものである。
 本書は,泌尿器科メジャーサージェリーのほとんどを網羅しており,すでに200例以上の症例でその有効性と安全性が実証されている点は特筆に値する。1つの手術体系として完成の域にまで達せしめた木原教授の精力的な仕事に,心より賛辞をおくりたい。

開放手術と腹腔鏡下手術の両者のメリットを備える

 泌尿器科は腹腔鏡下手術の入門的な適応症例に乏しく,教育上の大きな障害になっている。この点,ミニマム創手術の手術操作は開放手術のそれと同じであり,開放手術からの移行に抵抗が少ないであろう。しかも高価で特殊な器具や炭酸ガスを必要としない。木原教授は,いきなりミニマム創手術を導入するのではなく,まず創内に内視鏡を入れて術野を観察することを勧めている。習熟度に合わせて少しずつ創を小さくしていけばよいわけである。
 実は本術式の最大の特徴は,開放手術にこの内視鏡を取り入れたことにある。予想される窮屈な操作野の欠点が,内視鏡と独自に考案した器具によって見事に補われている。従来の開放手術の最大の問題点は,創の大きさよりも「開放」の名称とは逆に,その「密室性・盲目性・非共有性」にあったことである。手術の第1助手は,決して執刀医と同じ術野ではない。先輩の手術を見た後にいざ自分が執刀という時になぜか上手くできなかったということは誰もが経験する。ましてや第2助手以下の者にとっては,密室の手術であった。モニターによる術野の共有は,手術の客観性と再現性を実現し,結果として著しい教育的効果をもたらす。ミニマム創に限らず通常の開放手術でも大いに内視鏡を利用すべきであろう。
 また本術式の成功の理由に,尿路再建などを除き徹底して後腹膜操作にこだわった点が上げられる。腹膜外アプローチでは,腹膜そのものが自然な鉤の一部として作用する。したがって,ミニマム創でも助手の持つ鉤の有効性が活かされやすい。解剖学的剥離面に沿って展開すれば,腸管に邪魔されずに大きな視野が展開できる。これは泌尿器科医が経験的に知っていることであり,また最もなじみやすい展開法でもある。手術では,時に症例ごとに最適なアプローチを選択する柔軟さが必要である。さまざまな術式が追試され,絶えず改良するところに手術のおもしろさがあり,また外科医としての醍醐味もある。
 本書は,従来の開放手術と腹腔鏡下手術の両者の優れた点を取り入れたユニークな手術書である。ラパロスコピストもオープンサージャンも,一度手にとってそのコンセプトを勉強してみることをお勧めしたい。
B5・頁216 定価(本体8,200円+税)医学書院


時代を超え組織学の大道を示す教科書

標準組織学総論 第4版
藤田尚男,藤田恒夫 著

《書 評》井出千束(京大大学院教授・生体構造医学)

 「標準組織学 総論」が改訂され,第4版として発行された。われわれの間で「標準」といえば,この教科書を指すといわれるほど名前で通っている教科書で,おそらく日本で最も広く使われている組織学教科書であろう。

生き生きと魅力的に記載された最新の組織学

 著者らの序文にもあるとおり,1975年の初版以来,これまで2回の改訂が行なわれてきた。
 今回の改訂は,第3版の発行以来14年になる。生命科学が膨大な領域を占めるにしたがい,組織学教科書に何を取り入れるかの取捨選択が次第に難しくなっている。そうした中で,この教科書は,常に組織学の大道を示す教科書としての評価を得てきた。この教科書が高い評価と長い寿命を誇っているのは,新しい多様な研究成果の中からつねに適切な内容が選択され,詳しい明解な解説がなされているためであろう。形態学は古いというように思われがちであるが,この本では形態学が生き生きと魅力的に記載され,組織学が生きた学問であり,生きた領域であることを教えてくれる。豊富な知見を盛り込みながらも単なる知識の伝達ではなく,組織学がこれから発展する領域であるという予感を与える教科書である。ここに,著者らの形態学に対する高い識見を見る思いがする。
 今回の改訂で新たに加えられた内容としては,
●研究法:新しい顕微鏡である原子間力顕微鏡の写真と解説,および共焦点レーザー顕微鏡の解説
●細胞:詳しい細胞死の記述。ネクローシスとアポトーシスの対比,および小腸上皮の細胞死の写真,細胞死の命名者の写真と命名の由来など。マクロファージの赤血球取り込みの写真は説得力がある
●結合組織:免疫系,特に樹状細胞の解説は特筆すべきである。樹状細胞の形態と機能の解説は,一般の医学関係者にも参考になろう。走査電顕で見た細胞線維や弾性線維
●骨:骨組織の形態,基質小胞,コラーゲン線維の石灰化,破骨細胞の電顕像,および滑膜細胞
●筋:コネクチンフィラメントの解説
●神経:シナプスの形態が詳しくなり,光顕による3種類のグリア細胞形態

日本の組織学の発展の指標

 この教科書の特徴の1つは,実に多くの日本の研究者の研究成果が取り入れられ,彼らの代表的な写真が載せられていることであろう。そのためこの教科書は,日本の組織学の発展の指標とも言える。これは,著者らの不断の注意と組織学に対する深い見識がなければできることではない。
 最近の学生は,簡単な教科書を選ぶ傾向にあり,組織学の十分な知識も骨組みも身につかないまま終わるという場合がある。学生が将来医学の知識を構築していくためには,しっかりした組織学の骨組みが身についている必要がある。講義の内容以上に出ない教科書は,教科書の役目を果たさないわけで,学生にはこの教科書のような豊富な内容を備えた教科書で勉強してほしいと思う。この教科書は,将来専門に進んでも常に座右に置いて参照できる参考書である。また,豊富な文献が盛り込まれている点もこの教科書の特徴で,単に学生のための教科書にとどまらず,医学を含めた一般の生命科学の関係者に広く推薦したい本である。
B5・頁352 定価(本体8,500円+税)医学書院


よりよい健診を行なうためのヒントがいっぱい

乳幼児健診マニュアル 第3版
福岡地区小児科医会乳幼児保健委員会 編集

《書 評》横田俊一郎(横田小児科医院長)

 本書は,乳幼児健診を行なうための,言わずと知れた最高峰のマニュアルである。私がクリニックを開いている小田原市においても,第2版を公的健診に参加しているすべての医師に配布し,活用していただいている。

特筆すべき福岡市の乳幼児健診システム

 福岡市の乳幼児健診システムの特筆すべき点は,公的健診だけではなく,それを補うための私的健診においても共通の健診票を利用し,そのデータを集積し利用していることである。健診の目的の1つは,疾病の早期発見・早期治療,そして最近では育児支援であるが,もう1つの大きな目的は,その結果をつぎの母子保健施策に生かすことである。このことは当然のように思えるが,そのことを視野に入れて健診を行なっている地域はあまりない。福岡市小児科医会からは,事実,膨大なデータの解析から新しい知見が報告され始めている。
 データをつぎの施策に生かすためには,安定した技量に基づいた正確なデータ収集が必要である。参加する医師の能力を標準化し,価値あるデータを集積するという姿勢で書かれたマニュアルとしては,やはり群を抜いていると言わざるを得ない。ここには長い歴史の中で,実際に数多くの健診に携わった人からしか生まれてこない知恵が凝縮されている。

健診は不良品をみつけるような作業ではない

 今回,第3版が出版された。福岡地区の若手の小児科医によって改訂がなされたという。注目されるのは,心の発達への配慮である。乳幼児の健やかな心の発達に目が向けられるようになり,育児にも工業生産的な綿密な取り組み方だけではなく,子どもへの温かな対応が必要だということがわかってきた。健診は,ともすれば不良品をみつけるような作業になりがちである。しかし,具合いの悪いものをみつけようとする姿勢は,子どもへの温かいまなざしを遮ることになりかねない。子どもがどのような問題を持っていても,その子どもの心の発達には,母親を含めた周囲の人たちの無条件の愛情が必要だということを私たちは忘れてはならない。
 母子手帳を含めたきめ細かな母子保健施策は,確かに子どもたちの健康を守り,世界一低い乳児死亡率を達成させたが,一面では子育てへの閉塞感を生み出してきたかもしれない。そのような反省に基づいて,受診者への対応に関する配慮や,よりよい健診を行なうための気づきのヒントがいたるところにコラムという形でちりばめられており,編集に携わった小児科医の方々の意図と熱意がよく伝わってくる。
 マニュアルとして活用されることはもちろんであるが,一歩進んだ健診をめざすために,いつも近くに置いて何度も見直しながら役立てていただきたい1冊である。
B5・頁144 定価(本体3,000円+税)医学書院