医学界新聞

 

《臨床研修必修化で大学病院は「負け組」か?》

必修化は好機,優れた研修病院をめざす

松岡 健氏(東京医科大学霞ケ浦病院 卒後研修委員長,第5内科教授)
聞く


 本紙編集室宛に読者からの投書があった。すでに臨床研修を修了された大学院生によるもので,「なりたての研修医が,上級医の医行為を一度見ただけで,次からいきなり患者さんに同様の行為をしている現状はおかしい。上級医が手とり足とり指導する余裕がないのであれば,せめてシミュレーションで自信をつけてから患者さんに医行為を行なわせるべきではないか」というものだ。この大学院生は,自らの手技にまったく自信が持てず,何事にも積極性を欠いたまま研修を終えたという。施設によりかなり程度の差があるものと考えられるが,不十分な指導・トレーニングの改善は,臨床研修必修化の大きな狙いの1つでもある。  本紙では,多数のシミュレーション機器を配置した大規模な臨床研修センターを昨年完成させ,質の高い研修病院をめざす東京医大霞ヶ浦病院を訪ね,卒後研修委員長の松岡健氏(第5内科教授)に「これからの研修はどう変わるべきか」を聞いた。


大規模なスキルズラボを卒後研修センターに設置

―――「十分な指導・トレーニングが行なわれていないまま,研修医が医行為を行なっているのではないか」という社会的批判があります。特に,未熟な研修医が単独で当直しているような現状はマスコミでも大きく取り上げられました。
松岡 近年,卒前教育にはクリニカル・クラークシップやOSCEが導入されつつあり,技能教育は改善されつつありますが,完成したものになっているとは言えません。経験のない研修医がすぐに患者さんに医行為を行なえば,当然,医療事故が起こる可能性が高いわけで,卒後研修においても十分なトレーニングが求められます。
 すぐに患者さんに接するのではなくて,さまざまなシミュレーションの機器を活用して,まず指導医が教えること,そして,研修医自ら十分なトレーニングを行なった上で,患者さんに接するべきです。
 私たちは,できるだけ早くそのようなシステムを取り入れようということで,卒後研修センターにスキルズラボを導入しました。8部屋のスモールグループ・ティーチング用の部屋に,シミュレータを12種類ほど用意しました。これらは,心臓の聴診,肺の聴診,心肺蘇生,気管挿管,導尿,女性の内診・導尿,浣腸,腰椎穿刺,抜糸縫合,採血,眼底鏡,耳鏡などのトレーニングのためのものです。ここはOSCEをはじめ,指導医のための医学教育ワークショップやスモールグループ・ラーニングなどにも使用でき,卒前でも卒後でもさまざまに活用できます。そして重要なことは,研修医宿舎と一体化してこの施設を設置したことです。現在はまだ開設したばかりで十分な活用がされているとは言えませんが,将来,研修医が夜の空き時間などにいつでもトレーニングできるように配慮しました。もちろん,研修医ばかりではありません。将来は,卒業生などに生涯教育でも活用してもらうつもりです。


卒後研修センターの入った新施設
 
医療情報室
 

心音・肺音シミュレータの部屋
 
救命処置の訓練機器の部屋
 

導尿,女性の内診,採血,浣腸訓練の部屋
 
腰椎穿刺,耳鏡,抜糸縫合訓練の部屋

臨床研修へのニードの変化

―――なぜ,教育的な機能を大幅に強化するのですか?
松岡 例えば,私の同級生の中で特定機能病院に務めている医師は現在4―5%です。また,リサーチャーになっている者も5%にすぎません。残りの90%ぐらいは市中病院に勤務しているか,開業するなどして地域医療をやっているわけです。そのような医療の現実を考えても,今後は,特定機能病院でのトレーニングよりも,地域密着型の医療施設でのトレーニングのほうにニードが集まると思っています。
 先日行なわれた厚生労働省のアンケートでも以前より医学生のプライマリ・ケア志向が強まっているし,プライマリ・ケアを重視した研修を望む人が増えています。時代の趨勢を見ても,私は約600床で地域に密着した医療を提供している当院が,そのようなニードに応える魅力的な病院になると確信しています。社会もプライマリ・ケアに優れた医師の養成を望んでいます。飛行機の中で誰かが心肺停止を起こし,「どなたかドクターはいますか」とアナウンスがあった時に,下を向いて手をあげられないような医者では困るわけです。

優れた研修のために必要なこと

―――必修化によって,臨床研修はどう変わっていかなければならないのでしょうか。
松岡 私たち団塊の世代はインターン闘争を行ない,インターン制度は廃止されたわけです。しかし,そのあとの研修制度がまったくできずに何十年も経ってきました。そしてようやく2004年より卒後研修の義務化が行なわれるわけですが,まず財源の問題を政府が解決する必要があります。次ぎに,大学病院から臨床研修病院へと研修医が流れるのだとすれば,受け皿となる臨床研修病院が研修医を単なる労働力で使わずに適切な研修環境を用意する必要があります。そして,指導医が十分に教育を行なえるような診療環境の整備や指導力アップのためのファカルティ・デヴェロップメント(指導医の教育)が必要となると思います。この3つが決定的に大切です。そうでないと歴史が繰り返されかねません。
 また,最近,言われ出していることに「指導医“月”モデル」というものがあります。今までは,指導医が太陽,患者さんが月,研修医が地球で,いわば,患者さんが研修医の周りを回っているようなモデルだったわけですが,それでは駄目で,患者さん本位の形に作り変えなければなりません。つまり,患者さんが太陽にならなくてはいけません。そして,指導医は月となり,常に研修医という地球の周りにいて,それをフォローすべきです。

めざすは沖縄県立中部病院

―――必修化で研修施設間の競争が生まれると言われていますが,今後の展望をお聞かせください。
松岡 いま,医療は冬の時代です。特に特定機能病院にはすでに厳しい風が吹いている。なぜかと言えば,研修医のニードがなくなってきているということがあります。特定機能病院では,プライマリ・ケアの研修ができないわけですから。また,一方で大学病院の側としても,いままでは安い給料で多数の研修医を働かせて収入をあげることができたものの,研修医は10床に1人という定員制の中でそれができなくなる。理論的には,これから大学病院は大変になり,逆に市中病院が有利になるはずです。
 ところが,これから研修医を受け入れる地域の臨床研修施設の中には,「労働力が来た」と,この動きを喜んでいるものの,よい研修を提供するために何も準備していないところが少なくありません。
 そのような状況において,私たちの病院はチャンスです。ここでは,大学病院でありながらも,地域密着型のプライマリ・ケアを提供しています。訪問看護も,通所リハビリステーションもあり,教育設備も整ってきた。幅広い救急も診れる。また,もう1つ重要なことは,内科と外科の講座があることです。つまり,2年の研修を終えた後に3年目以降,ここに残ることができるシステムがあります。これは研修医にとって心強いことではないでしょうか。
 私はあと数年でここを「地域密着型」をコンセプトとする,優れた「ティーチングホスピタル」にしたいと思っています。当院が今期採用した研修医は3人(別に本院からローテーションする研修医がいる)でまだまだ少ない状況ですが,この数年で大きく増やしていきたいと思っています。めざすは沖縄県立中部病院です。先日も見学にうかがい,院長の宮城征四郎先生にアドバイスをいただいてきたところです。必修化は私たちにとって大きなチャンスなのです。
―――ありがとうございました。


松岡 健氏
1972年東京医大卒。信州大第1内科入局,国立がんセンターを経て,74年パリ大学附属サン・タントワーヌ病院へ留学(フランス政府給費留学生)。78年信州大大学院復学,82年防衛医大第3内科講師,93年より東京医大第5内科主任教授。「週刊医学界新聞」の連載「OSCEなんてこわくない」(編集=松岡氏)は大好評となり,本年3月上旬には読者待望の単行本(仮題『基本的臨床技能ヴィジュアル・ノート―OSCEなんてこわくない』医学書院)が発行される。