医学界新聞

 

ワクチン開発・社会的対策も議論の的に

第16回日本エイズ学会が開催




 第16回日本エイズ学会が岡本尚会長(名市大)のもと,昨(2002)年11月28-30日の3日間にわたり,名古屋市の名古屋国際会議場において開催された。
 本学会では,特別講演として「Strategies for Antiretroviral Therapy」(アラバマ大Michael S. Saag氏),「ウイルスと人類-闘争か共生か」(京大名誉教授 日沼頼夫氏),「HIV/AIDS:Perspectives from the Past-Challenges for the Future」(メリーランド大Robert C. Gallo氏)の3名が講演。企画された16題のシンポジウムでは,基礎・臨床医学の話題にとどまらず,タイにおける国際協力や,感染者のケアの問題についても熱心な議論が行なわれた。また,パネルディスカッション「エイズ対策におけるメディアと行政の役割」では効果的な予防教育について取り上げられ,さらに7題のランチョンセミナー,9題のサテライトシンポジウムにおいては,実践的な治療やケアの問題について議論がなされた。
 その他,開催地である名古屋市などの共催で,市民公開講座「エイズは今どうなっているのか-自分の『性』について考えよう」が企画され,多くの参加者を集めた。


●ワクチン開発,日和見感染症治療の話題

ワクチン開発をめぐる研究の進展

 シンポジウム12「HIV免疫応答とワクチン開発に関する最近の話題」(座長=日医大 高橋秀実氏,京大 内山卓氏)では,清野宏氏(東大),森内浩幸氏(長崎大),神奈木真理氏(東医歯大),滝口雅文氏(熊本大),本多三男氏(感染研)の5名が登壇。感染防御システムについての説明とHIVに対するワクチン開発の可能性について,それぞれの立場から発表した。
 粘膜免疫システムの機能的特徴から,粘膜ワクチン開発に取り組んでいる清野氏は,鼻から抗原を注入することによって,鼻咽頭関連リンパ組織(NALT)を介して,生殖器粘膜にも中和効果のある抗原特異的なIgA,IgG,細胞障害性T細胞(CTL)を誘導できると発表。これにより,経鼻的に粘膜系に免疫応答を獲得できることと,従来通り注射での全身系の免疫応答を得ることができ,2段構えの防御機構が生体に誘導できるのではないかと提言した。
 感染防御に関わる因子について発表した森内氏は,特に母乳中のラクトフェリンはHIVの細胞侵入のステップを効果的に抑制すると述べ,母乳を介した感染防止のために,ラクトフェリンを補うことも考えられるとした。一方で,母乳,精液,唾液に含まれるHIV抑制に関わる諸因子には,ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)の増加を促進する作用もあると指摘。実験室においては,HIVの感染は簡単であるのに対してHTLV-1を感染させることは難しいにも関わらず,似通った感染経路を持つこれらのウイルスの,実際の感染率は同程度である点との関連性を示唆した。
 CTLとHIV感染の関連について,神奈木氏は,CTLが抗原特異性に関わらず,HIV-1の抑制をもたらすと発表。また,HIV感染耐性があると言われる人々からは,抗原は検出されないがHIV特異的なCTLは検出されることに関連して,HIV-1の感染以前に別の抗原に対する持続的CTLが感染局所に存在していることによって,非常に低いレベルでの感染に抑えることができる可能性があることを示唆。続いて滝口氏は,慢性のHIV感染者には大量にCTLがあるにも関わらず,感染が持続する点に着目。HIVのCTLからの逃避機序について,(1)CTLが認識するエピトープ部位のmutation,(2)Nefタンパクによる,HLA classⅠ抗原のdown-regulation,(3)CTL自体のアポトーシス,(4)CTLの機能障害,の4点の仮説があると説明した。

動物実験では効果が立証

 最後の演者として登壇した本多氏は,国内からは初のHIVワクチン臨床試験への移行のめどがついたとされている,BCGをベースにしたHIVワクチンについて説明。免疫効果を上げるために,ブースターHIV抗原として,天然痘ワクチンであるワクシニアDIsを使用し,サルをモデルに評価を行なった研究について述べた。
 この研究で,BCGベース,DIsベースの順にワクチンを接種する(プライムブースト群)ことにより,著明に免疫能が得られる結果になったと報告。また,先行感染による免疫力の抑制についても,プライムブースト群においては,その他の群よりCD4陽性T細胞数の減少は押さえられ,かつその後回復したと述べた。さらに,ワクチンの安全性についても言及し,ベクターBCGには抗結核能が残っていることが確認されたとした。
 前臨床段階としては効果の明らかになった本ワクチンだが,今後はさらに実用化に向けての検討が望まれる。

「HAART時代の日和見感染症診療」

 シンポジウム「Immune Reconstitution Syndromeにどう対応するか」(座長=サクラ精機 青木眞氏,東北大 服部俊夫氏)では,「Highly Active Antiretroviral Therapy」(以下,HAART)導入後の現在にあっても,ICU入室患者の死亡率は,HAART導入前と変わらないといった背景から,日和見感染症の治療に着目。
 特にHAART治療開始後に起こる,「Immune Reconstitution Syndrome」(IRS)と呼ばれる一連の臨床像の悪化を見る症状について,座長の他,中村哲也氏(東大),永井英明氏(国立療養所東京病院),山本成径氏(都立駒込病院),高橋孝氏(東大)の計6名が登壇し,様々な角度からの発表がなされた。
 青木氏がまず登壇し,AIDSに伴う日和見感染症の治療に際し,IRSを考慮してそれぞれの治療とHARRT療法の時期をずらす傾向があるが,HAARTのみで症状が改善できるものもあると指摘。その上で,「IRSが起こる部位やタイミングを決めているのは何か,それぞれの日和見感染症に対して,どのような時期にHAARTを開始すれば良いのかなどを明らかにするのは,これからの課題」と述べた。
 一方,中村氏は,HAART開始後1年たっても,免疫機能は完全には再構築されないとした上で,HARRT開始後2週間ほどで起こるものは,IRSと呼ぶには早すぎると指摘。起炎菌や時期に応じて検証するといった,免疫学的な証拠があってはじめてIRSであると証明できるとし,今後の研究の課題を示した。
 永井氏は,HIV陽性の結核患者に対して結核の治療と同時にHAARTを行なった場合,33%の患者で約2週間後にIRSが起こったことを報告。HAARTをいつから開始すべきかということについて,CD4陽性T細胞が300cells/μl以上であれば,結核治療を再優先し,300cells/μl未満であっても,2か月待って開始すべきであると述べた。
 また,AIDS患者の眼科疾患として最も多く見られるサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎について,山本氏はHAART開始後6か月間は定期検査を実施するべきであり,CMV網膜炎患者に対しては,つねにIRS発症を念頭に入れておくべき,とした。
 最後に高橋氏は,カリニ肺炎治療中のHAARTに伴う急性呼吸不全の問題について,最初からIRSと判断せず,カリニ肺炎の再燃,他の呼吸器感染症の合併,薬剤性肺臓炎を考慮する必要があるとする一方,IRSと判断した1例として,HAARTを中止し,症状が軽快してから2週間後にHAARTを開始した結果,問題なく経過した例を紹介した。

●予防のための効果的な教育を

メディアと行政の担う役割

 パネルディスカッション「エイズ対策におけるメディアと行政の役割」では,木原雅子氏(京大),大竹輝臣氏(文科省),橋爪章氏(厚労省),岡慎一氏(国立国際医療センター),真崎理香氏(NHK)の5名のパネリストが登壇し,HIV感染の予防に向けて議論した。
 木原氏は,フリーセックスによる性のネットワーク化が進んできた現状から,特定の相手との関係であっても感染リスクがあると指摘。HIV感染防止のための呼びかけとして,「不特定多数の相手との性交渉は危険」とのフレーズは変えるべき時期に来ているとした。また,高校生への調査の結果,性交渉の経験人数が多い者ほど,コンドーム使用率が低いという結果が得られたとも報告。STD,HIVに関する教育は中学校において早い段階から実施すべきと提言した。
 一方,行政の立場からは大竹氏が,平成14年度より教育指導要領にSTD予防教育を盛り込んだと述べ,従来は科学的事実の紹介に終始していた性教育について,児童,生徒が自ら意思決定,行動選択をできるような指導に転換する考えを述べた。
 さらに,医師の立場からは岡氏が登壇。HIVは粘膜を通じては感染しやすい病気であるといえることや,HIVのコントロールには未だ大きな負担が伴うことの認識を深め,「感染者ではなく,病気が恐い」とのメッセージをより効果的に伝える必要があると指摘。かつて深刻な感染者の増加にみまわれたブラジルにおいては,24時間のテレビ放送の中で1時間おきにエイズについての啓蒙番組を設け,非常に効果があった例を紹介した。
 真崎氏は,かつて「タバコの害」をテーマに制作した番組に対して大きな反響が得られた経験から,健康,予防医学教育には,実験を示すことが効果的であると指摘。また,各国で行なわれたメディアを利用したエイズ予防プログラムを紹介し,その有効性を示した。
 パネリスト全員が参加したディスカッションで木原氏は,メディアは継続的な予防メッセージを発することが重要と述べる一方,行政に対しては,特に教育に関して,若年者の状況を把握し,「寝た子を正しく起こす」ような教育プログラムの作成が重要と提言した。