医学界新聞

 

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小児科医をどう育てるか-米国における小児科臨床研修報告

李 権二(LEE Kwoni,亀田総合病院・小児科)


はじめに

 私は野口医学研究所主催の米国医学研修に派遣医師として選ばれ,2002年5月20日より6月15日までの約1か月間,米国ペンシルバニア州フィラデルフィアにあるトーマス・ジェファーソン大学,ならびにフィラデルフィア子ども病院(Children's hospital of Philadelphia)にて小児科臨床研修をする機会を得た。1998年11月16日発行の「週刊医学界新聞」医学生・研修医版で朴勝大先生のトーマス・ジェファーソン大学エクスターン研修の記事があったのを記憶しており,朴先生の研修報告が大変参考になった。
 野口医学研究所は,将来,米国で臨床を志す医師,医学生に対しその前段階における見学・実習の機会を提供してくれる。派遣される医師,医学生の多くがUSMLEの資格を取得,ないしは取得しようとしており,私も医学部在学中,友人に誘われてUSMLE勉強会を持ったことがある。そのような経緯からか,民間病院に勤務する今もアメリカの医療に対する関心は持ち続けている。

渡航前の準備

 小児科医として4年目を迎え,アメリカをはじめとした海外での小児医療に関心を持っていた。派遣が決まってからも普段の病棟業務,外来診療や当直など多忙な日々を過ごしており,これといった準備はできなかったが,隙間にできた時間を有効活用し,英語は通勤の車でEnglish JournalやCNN NetworkなどのCDを聞いたし,病棟が比較的落ち着いている時には院内の図書館で原著にあたるなど可能な範囲で英語に接してきた。また,亀田総合病院は教育担当医師としてアメリカ人家庭医が常勤しているので,その先生と研修医を交えた回診,勉強会を持つなど,英語を実際に使用する機会を意識的に多くとろうと試みた。
 同僚には英検1級のために勉強する医師がいたし,ローテートで回ってくる研修医にも病院からアメリカ研修の機会が与えられていて,彼らとの交流そのものがアメリカ研修に対する準備であったといっても過言ではない。加えて私自身,学生時代にcollege and university partnership programで米国ネブラスカ州にて現地の医療制度の見学をしたり,医学教育振興財団より派遣留学生として選ばれ,英国サウザンプトン大学医学部で病院実習をしたりした経験もあった。これらの経験も見えない形で今回の派遣に大いに役に立ったであろう。
 私は小児科医として渡航したため,目的を小児科領域での日米比較に絞った。派遣時期としては,4年目はある程度の知識と,違った環境に適応する柔軟性をまだ持ち合わせているため,よいように感じられたが,渡航には人それぞれにタイミングがあり,いつが最適な時期かを断言するのは困難である。

日米小児科の比較をする前に

 私は1999年3月に岐阜大学医学部を卒業し,東京大学医学部附属病院小児科で約4か月間研修した後,亀田総合病院への異動となり現在に至る。米国でもトーマス・ジェファーソン大学,フィラデルフィア子ども病院のみでの研修であったために,とても日米両国を相対的に比較する立場にはない。ただし,小児科領域の雑誌や論文で日米の医療制度の違いは個人的に知識を持っていたので,実際に自分の目で確かめることができた内容についてはそれらの追認という形になり,極端な誤解はないと考えている。さらに,学生や研修医に対する指導医の対応や,病棟全体の雰囲気はその場にいたものだけが感じることができる性質を持つといえる。
 日本の中でも施設によって抗生剤の選択や検査の項目に違いがあるのは事実である。もちろん米国でも施設による違いがあることは容易に想像できる。しかし,学生や研修医を指導,教育する場合には施設ごとの違いというより,国ごとの違いとして捉えるべきである。その違いを正確に把握して,日本に取り入れるべきものは取り入れていくのが私たち指導する立場の医師の心構えではないであろうか。米国ではハーバード大学から医学教育の改革が始まり,日本でも東京女子医大や岐阜大学などが医学教育に対する変革を試みている。また,卒後研修の義務化にともない文部科学省管轄の医学部教育だけでなく,厚生労働省管轄の研修医教育にも小児科医が積極的に関与することが今後ますます求められてくる。そのような点からも,自分自身のキャリアのためだけに米国での臨床を考えるのでなく,米国に比べ2年は遅れているといわれる医学生,研修医への教育方法も考える姿勢が必要である。

日米の教育病院における医学生・研修医の小児科教育

 トーマス・ジェファーソン大学病院では,一般外来に来た小児の問診,診察は初めに医学生か研修医が取る。その後に,指導医に報告して鑑別疾患,治療などの考察をしたうえで今度は指導医が診察をする。医学生は研修医とともに診察チームの一員として機能しており,問診,診察とも無駄がなく対応にも自信があふれている。学生は自分たちの診察をビデオ撮影していて,それらの評価をすることで診療技術を高めている。
 トーマス・ジェファーソン大学病院新生児・未熟児センター(以下NICU)においては入院しているベビーの午前回診が2―3時間におよぶ。指導医が研修医からの報告を受け,治療方針の確認や病態生理についての解説,さらには最新の文献の知見にも触れられることが少なくない。ただし,NICUの場合,学生は午前中の見学だけであって,ベビーの管理,処置にあたることはない。ここで特筆すべきは,小児科レジデントが2―3人の体制で当直を組み,夜間の業務にあたっているという点である。指導医は自宅待機であり,呼ばれることはそれほどない。なお,NICU3週間の研修で当直は5回組まれている。
 このトーマス・ジェファーソン大学病院での当直体制についてはNICUだけに限らず,救急でも一般病棟でも当てはまる。破綻しつつあるといわれる日本の小児科当直体制とはいえ,研修医が入り込むなど想像できない。あえて考えるとするならば,卒後研修をはじめる前から進路となる科を決めさせて,徹底的に訓練していく従来のストレート研修に近い形しかないであろう。これまでの一部民間病院における各科ローテート方式でモラトリアム期間をおくというやり方では,研修医に問題解決能力を身につけさせることは困難である。
 小児科を2―3か月研修したとしても,病棟管理がその中核を担い,外来診療やNICUは見学にとどまる程度である。まして,当直に関しては研修医によってきわめて取り組み方に個人差があり,指導する小児科医としては疲労のたまる中で個人のやる気に応じて教育していくのには限界を感じざるを得ない。ストレート研修で来ているならまだしも,36時間連続勤務の中でモラトリアム研修医を指導するだけの余力はない。
 ただし,フィラデルフィア子ども病院では少し事情が違っていた。救急,NICUともに指導医が当直業務をこなしており,研修医が指導医の判断を常に確認できる体制をとっている。これは重症が多く運ばれてくるという要因もあるが,小児科医の人手が十分に確保されているということと,トーマス・ジェファーソン大学に限らず米国の研修医が卒後はストレート研修をしているという点にも注目するべきである。もちろん,こちらでも激務に耐えかねて外来クリニックへ異動した小児科医もいた。忙しい病院に勤務する小児科医の悩みは日米で共通している。

日本の小児科研修の今後

 日本では近年,ローテート研修が以前にもまして民間病院で取り入れられるようになり,大学附属病院も研修医のローテート研修のシステムを構築しようとしている。これは,厚生労働省の卒後研修義務化の流れともあいまっており,日本の今後の流れである。
 しかし,小児科ではこのローテート研修のしわ寄せが常勤医師に及び,教育のための時間を設けようとすればするほど自身の業務に差し支えが出る。これは小児科に限ったことではなく,各科に共通の問題なのかもしれない。
 そこで,外来小児科を重視しようという流れが開業小児科医からでてきた。小児プライマリ・ケア実習として,小児科に興味のある医学生や若手医師を受け入れていくのである。このシステムでは開業医のみに限らず,一部の病院小児科でも同様の実習が可能である。日本の場合,勤務医としてのキャリアと専門性を十分に積んでから開業する小児科医が多い。医学教育,卒後教育にこれら経験ある小児科医を参画させるという発想は大変すばらしいものである。開業の外来小児科でなければ見えてこない保険点数の仕組みや,限られた検査,入念な問診,診察で正確な診断に至るという小児科本来のプロセスがそこには凝縮されている。これからの小児科教育においてこの取り組みはなくてはならないシステムとなる可能性にあふれている。

近年の米国小児科

 米国ではここ5年ほどで,小児科の人気が急速に高まりつつある。それに対して外科系は日本と同じく人気がなくなってきた。また,眼科や皮膚科はレジデントの競争率が高い。米国でのプライマリ・ケア重視の流れから,全人的医療を実践できる小児科に人気が出てくるのも理解できる。日本でも小児科本来が持つ全人的,非侵襲的なその手法に興味を持つ医学生や医師は多い。少子化時代において,日本の未来を育てる科としても世間から注目が高まりつつある。米国との違いは,過労,人手不足の連鎖からくる誤解と,保険点数算定の上で真の社会的弱者である子どもたちがなおざりにされてきた経緯である。周知のように米国が保険制度上抱える問題は日本より根深い。十分に保障された民間保険会社に入れず,公的扶助にもカバーされない家庭から生まれた子どもたちは高熱を出しても受診が1週間待ちという極端な状況もあった。
 しかし,保険の欠陥はあるにせよ,各州に1つは24時間365日子どもが必ず受診できる救急病院がある。小児科医がいないから,週末だから,ベッドがないから,あるいは紹介でないからといった理由では決して断ることのできない子どもの救急病院である。
 さらに,救急病院でも教育病院であれば医学生,研修医の教育は徹底的に行なわれる。極端に言うと,緊急性が少なく待てる患者はどんどん待たせている。最初の問診,診察は医学生か研修医が行ない,指導医に報告し後に鑑別疾患,投与薬剤の検討をする。また,指導医の説明はポイントを押さえて非常に簡潔にまとまっている。「ばか,そんなこともわからないのか」といった罵声は皆無に近い。これは指導医の人格だけではなく,指導される側の知識,態度が真剣そのものなのも大いに関係しているであろう。日本の医学生やモラトリアム研修医とはモチベーションが違う。

米国の看護師,医療従事者について

 よく知られていることであるが,米国の小児科看護師は採血からルート確保まですべて自分たちでこなす。未熟児などどうしてもルートが確保できない場合は看護師のIVチームに依頼して確保している。もちろん,それでもだめなら医師に中心静脈をお願いする。
 末梢静脈確保は正規看護師にのみ認められている。8時間の研修を受けた後にとることができるのだが,実際にルート確保の様子を見てその手技のうまさに脱帽した。本来,チーム医療の中心たる小児科医はルート確保をしている最中はまさに手が離せない状態であり,重症患者の状況把握に小児科医が広い視野を持つためにも,看護師が積極的にルート確保する体制は必要になってくる。日本でも看護師の医療行為は欧米並みに拡大していく方向が求められている。
 また,看護師と同様に呼吸器管理やECMO(膜型人工肺)管理の技師がNICUには常駐している。医師が依頼した呼吸器設定やNO吸入,さらにECMO管理はすべて彼ら技師の手によって執り行なわれている。医師は,必要があれば依頼するだけでよいのである。日々の調整は毎日の午前回診で,ベッドサイドでの話し合いがもたれている。そのため,NICU回診には常勤医師,研修医,医学生,看護師のほか技師や薬剤師がついて1人ひとりの症例について毎日討議を重ねている。

最後に

 日本では高等学校卒業後,6年間医学部で勉強するのに比べ,米国では4年制大学卒業後に4年間の医学部に入学する。日本の医学教育,卒後教育はヨーロッパ各国に似ており,米国との単純な比較には無理がある。ただし,研修医の教育方法,レジデントや医学生の学習意欲には日本でも学ぶべきところは多い。日本の医学部においては学生がクラブ,バイトにいそしみ勉学がおろそかになることは以前より指摘されているし,教える側も自身の研究課題を一方的に押し付ける傾向にあった。ローテート研修にしてもレジデント,指導医の間に温度差,すれ違いがあり,各研修施設の教育方針に一貫性がないことも認めなければいけない。
 そのような点からも指導医,レジデント,医学生が変わらなければいけない時期に来ている。今回の米国研修は,自分の将来像を探るなかで日本の医学を取り巻く環境が見えてきたことが非常に大きな副産物であった。今後のよりよい小児科教育,小児医療のために私の拙文が少しでも役に立つことを願っている。


 謝辞
 今回の研修のために亀田総合病院小児科部長 熊谷忠志先生をはじめ小児科,NICUスタッフの皆様には多大なご理解,ご協力をいただきました。また,同院主任外科部長兼内視鏡下手術センター長 加納宣康先生と,当時の同院医師教育研修部臨床教育部長であられたDr. David E Ruizにプログラム参加のための推薦状を作成していただきました。さらに,愛知県名古屋市の城北病院小児科 高礼美先生より市中病院小児科の抱える問題点についてのみならず,公私にわたり助言をいただく機会を得ました。その他,野口医学研究所の諸先生方に,米国研修させていただいたことをこの場をお借りして深謝申し上げます。


李 権二氏
岐阜大卒。東大小児科研修医を経て亀田総合病院小児科勤務。来年度より東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学予定。在日韓国人3世。