医学界新聞

 

医者になることの意味を探求

熱く語り合う東海大「医学生のお勉強」


 患者の権利意識の向上,医療事故の多発に端を発する医療不信により,社会の医療への視線は厳しさを増している。すでに患者が「医師におまかせする」医療の時代は終わり,患者の抱える問題を医師が共有し,ともにその解決に取り組む医療への脱皮が求められている。また,医学の進歩は,生殖医療や移植医療に代表されるように,新たな臨床的決断や倫理的問題を発生させ,医療は大きな変革期を迎えている。
 医療が大きく変化する中,次世代の医師を養成する医学教育にも変革の波は押し寄せている。教員から学生に知識を伝授する教育から,自ら問題点を見出し,それを解決する能力を持つActive Learnerの育成へと変革が求められているのだ。
 自ら積極的に学び・考え,変化に対応していく人材を育成するためには何が必要か? 独自の取り組みを行なう東海大医学部を取材した。


低学年の教育にも変革が必要な訳

 東海大医学部が,1997年に全国に先駆けて,本格的なクリニカル・クラークシップ(診療参加型臨床実習)を導入したことはよく知られている。実際に診療チームの一員として患者を診ながら,医師の臨床能力を培うこの教育方法は,高い評価を受け,コアカリキュラムの導入ともあいまって,現在全国に広まりつつある。
 しかし,臨床実習が変わっても,それ以前の教養課程や基礎医学課程が変わらなければ,十分な教育効果は上がらない。まして,クリニカル・クラークシップでは,学生に自主性が強く求められる。受け身な学生,患者やチームスタッフと良好なコミュニケーションがとれない学生は,落ちこぼれる可能性があるばかりか,診療現場に迷惑すらかけかねない。
 最近,基礎医学課程にPBL(小グループ形式で行なわれる問題解決型の学習)を導入する大学が増えているのはそのためだ。東海大でもPBLの導入は進んでいるが,さらに今回,1年次の終わりに,医学生のモチベーションを高めたり,チームワークやコミュニケーションの重要性を教育する試みが始まった。

危険な1-2年次

 「『医師になるんだ』と意気込んで医学部に入ってきても,1年目は講義形式の『教養』科目ばかり。それではモチベーションが下がってしまう」
 「初めての大学生活,1-2年への変わり目には長大な春休みがあり,気持ちが緩んでしまう。このままの気持ちで専門科目が入ってくる2年目以降を迎えていいのか心配」
 大学ごとのカリキュラムによる違いはあるにせよ,こんな感想を洩らす医学生はどこの大学でも少なくない。一方,低学年のうちに学生たちのやる気をそいでしまうような状況に,問題意識を感じている教員たちも少なからずいる。東海大講師の川田浩志氏(血液・腫瘍・リウマチ内科)は「解剖などの基礎医学科目の学習が始まる2年次の成績は,その後の成績と強い相関があるというデータがある。2年次に勉強への熱意を保てるかどうかで,その後の成長が決まってくる」と指摘する。
 そこで,東海大医学部では,特に1年生のモチベーションを高めることを目的に,本年3月24-26日の3日間,神奈川県の湘南国際村で「医学生のためのワークショップ」を開催した。参加した学生は,ランダムに選ばれた1年生15人と2-5年生各1名ずつの合計19人(学年は当時)。教員側は医学部長(当時)の黒川清氏(ディレクター)以下,卒後10年以上のベテラン講師(コーディネータ)8名をそろえた。
 プログラムは資料の通り。「無医村からの帰郷要請」(資料)をテーマにした討論,「医者になるために必要なこと」と題したグループセッション,「心肺蘇生」など手技の実践体験,症例から診断までを検討する「診断へのアプローチ」などのユニークなプログラムが組まれた。
 「あらかじめ目標を定め,その達成のために参加者全員が有効な討論を行ない,一定の時間内にある成果(product)を作り出す」(東海大ワークショップ資料より)のがワークショップだが,この作業を通して,「1人でやるよりもみんなで力を合わせてやるほうが,ずっと大きな成果を出せるということを伝えたかった」とコーディネータの1人である中川儀英氏(救急医学)は話す。
 しかし,準備段階から心配もあった。「さめている」,「無感動」などと言われる現代の若者たちが,「どんな医師になりたいのか」,「医師はどうあるべきか」というような,根源的な問いに正面から取り組むことができるだろうか。
 「しらけてしまうのではないか,という心配が教員たちには最後まであった」と川田氏は振りかえる。



資料 討論「無医村からの帰郷要請」(要約)
 君たちはT大学病院に勤務する医師だ。進んだ科は違うが,医学部に進んだ動機は同じで仲がいい。君たちは無医村の出身。治療が間に合わず,手遅れになる人々をまの当たりにし,村のために医者になろうと決心した。学費の一部は奨学金として村が出資してくれた。T大卒業後も,一生懸命に働き,勉強し,周囲の信頼もあつく,将来の教授候補と目される存在になっていた。今朝,教授から「この新しい治療方法は君の今までの研究の集大成だね。社会のために新しい治療法をどんどん開発していってくれたまえ。それができるのは君しかいない」と声をかけられ,大学教授としての将来もまんざらではないと思っていた。ところが,そこへ一通の手紙が届いた。差出人は故郷の世話になった村長だ。「村は相変わらず医者がおらず,大変困っています。立派なお医者様になられたとうかがっております。村にお帰りくださいませんでしょうか」さて,君たちならどうしますか?
 グループで以下の事項について検討してみてください。
 (1)方針:帰るか,大学に残るか,その他の道を選択するか?
 (2)その理由
 (3)今後の対策:村(村長)や大学(教授)への対応など
 グループ間でかわされた討議も報告してください。

学生たちは実は「熱い」

 ところが,ふたを開けてみれば,学生たちは驚くほど「熱かった」。
 特に1年生の積極的な姿勢は,教員や先輩医学生を驚かせた。4年生(当時)として参加した野谷美穂さんは,「1年生は純粋で真摯な気持ちでものを考えている。4年生になりクリニカル・クラークシップを行なっている最中だが,知識や技術の習得に追われてしまい,ともすれば精神的な鍛練が不足しがちだったと,1年生のまっすぐな意見・主張から気づかされた」と話す。
 「クラスメートでも,互いに医学の道に入った動機や,医学を学ぶ上での心構えを話し合うのは初めてだった」とは,1年生として参加した坂間隆さん。日常の学生生活の中で,学生同士で「どんな医師になりたいか」,「なぜ医師になりたいか」などの話題がでることはほとんどない。しかし,坂間さんはワークショップに参加して,クラスメートたちが,「こんなことを考えているのか」ということを知り,大きな刺激を受けた。

もっと語る機会を
もっと相互理解を

 「他の同級生の発表を聞いて学ぶところが大きかった。普段あまり話さない人の意見も聞くことができ,互いを理解するようにもなる。医療とは人間同士の営みなのだから,もっと他人と接し,語る機会が必要だと思った」
 ワークショップでは,3日間を通して,「医者になるために必要なこと」について,グループセッションが行なわれたが,最後には,「モチベーションが下がった時でも,勇気を出せるような立派な発表ができた」と坂間さんは満足げに話す。
 刺激を受けたのは学生ばかりではない。今回ワークショップを企画した教員側の感激も大きかった。
 「学生たちのことをよく理解することができたのが最大の収穫。今の学生たちは受身だと考えるのは,私たちの悪い思いこみ。適当な場さえ用意すれば,実は彼らも自分たちの意見を表現したくてたまらないのだと思う」
 川田氏は,ワークショップを終えての感想をこう述べている。

社会的,倫理的問題をテーマに医学生たちがディスカッション

 一方,東海大医学部は「学士入学者制度」というもう1つの特徴を持っている。
 「今後の日本では,医学部は基本的にすべて学士,すなわち4年制大学を卒業した者を対象にした『メディカル・スクール』にすべきだ」という黒川清前医学部長の考えもあり,学士枠を拡大してきた。現在定員の約2割の学生がすでに4年制大学を卒業した学士入学者だ。
 その黒川氏と学士入学者によるユニークな書籍がこの夏発行され,話題を呼んでいる。書籍名は『医学生のお勉強』(芳賀書店刊)。「クレイジーな国ニッポンを理解しよう」という刺激的なサブタイトルが付けられている。実はこの本は,2年前に学士入学者たちの希望で始まった黒川氏による「現代文明論」というディスカッション形式の連続セッションでのやり取りを収載したものだ。参加する学生とともに,テーマや材料をE-mailで議論しながら準備し,6回にわたり,「安楽死」「避妊,中絶,ジェンダー・イッシュー」「生殖医療」「生活習慣病」「医療事故」「医療経済」をテーマにディスカッションが行なわれた。

他者と語ることの意味
医者であることの喜び

 本文の中のコラムには,このセッションに参加した27名の学生たちのプロフィールが紹介されているが,脱サラした妻子持ちの会社員もいれば,米国大学・大学院出身者もいる。哲学を学んだ者もいれば,経済学を学んだ者もいる。その経歴の多様さには目を見張る。それぞれ異なる背景と経験から発せられる言葉の交流と,ときおりそこに鳴り響く「黒川節」が本書の魅力となっている。
 黒川氏は「それぞれのテーマはきわめて今日的な問題であり,明らかな正解のないものばかりであるが,正解を求めるのではなく,むしろ,議論を通して問題点を認識し,何が問題なのかを考えてもらうのがねらいであった」と序文で述べている。そのねらいの通り,本書は自分1人ではなく,他者と議論をすることの意味,語ることの喜びをよく伝えている。
 「あなたたちが受け持っている患者さんの話を聞いてみるとすばらしい人がたくさんいる。そうじゃなくても1人ひとりに人生のストーリーがあって,だからその人たちと話をしてみるとものすごくたくさん学ぶものがあって,自分がもっと豊かになる。だからそういういろんな人たちの人生の一部でも共有できるってことは医者のすごい特権だと思うんだ<中略>だから医者はよい職業だと思う。よい職業にするかどうかは自分なんだよ」
 本書の中で,黒川氏はこのように学生たちに語りかけている。

今の大学教育に欠けているもの

 日本の医学教育,あるいは大学教育が活力をなくしていると言われて久しい。ところが,東海大医学部のこの2つの試みで目にする学生たちは,驚くほど雄弁だ。決して受け身ではなく,主体的に学習する姿勢を持っているようにみえる。一般的に持たれている「受け身」で「おとなしい」現在の医学生のイメージとのギャップは,いったいどこからくるのか。
 このギャップの中に,もしかすると日本の「教育」に欠けているものがあるのではないだろうか。