医学界新聞

 

第55回日本胸部外科学会が開催される

胸部外科の抱える諸問題を討議



 第55回日本胸部外科学会が,安井久喬会長(九大教授)のもと,10月9-11日の3日間,福岡県・シーホークホテル&リゾートで開催された。今回のテーマは「生命を吹き込む世紀へ」。
 今学会では,会長講演に続き,分子生物学,免疫,再生医療などをテーマとした教育講演3題や,シンポジウムに「21世紀における胸部外科の展開-分子生物学,再生医療から臓器置換,人工臓器まで」や,胸部大動脈瘤手術への低侵襲化,長期予後からみた僧帽弁手術におけるエビデンス,末梢型肺癌への縮小手術,進行食道癌の治療成績などが取り上げられた。その他,パネルディスカッション4題,一般演題,会長要望ビデオ(胸部各臓器の低侵襲手術),ビデオセッション「私の手術」などが行なわれた。

変革期を迎えた胸部外科

 本学会では「胸部外科学会」としての専門医試験を今年で廃止し,来年度から心臓血管分野と呼吸外科分野の専門に分かれて,それぞれ専門医を認定することが決定している。関連学会と共同で設立した「心臓血管外科専門医認定機構」「呼吸器外科専門医認定機構」が主体となって専門医試験が行なわれる(「心臓血管外科専門医」「呼吸器外科専門医」となる)。しかし,このような整備が進む一方で,「胸部外科とは何か」「胸部外科学会の役割とは何か」を危惧する声も上がっている。
 そのような状況を背景に,「21世紀の胸部外科発展のために」と題された安井氏の会長講演では,診療費70%の施設基準,専門医制度の統合・再編や,臨床研修必修化,大学の独立法人化など,医療をめぐる状況が大きく変化しつつあることを概説。21世紀における胸部外科領域の発展には,(1)再生医療,遺伝子治療,医用工学などを胸部外科に応用した「ハイブリッド胸部外科学」が今世紀の主流になるとの考えから,Translational researchの充実,(2)胸部外科の臨床,研究,教育環境の整備,(3)優秀な人材の確保-胸部外科診療環境の整備,(4)胸部外科学会のドメインの再考と活力,の4点について,学会単位でリードする役割があると強調した。

胸部外科における諸問題

 3日目には特別シンポジウム「胸部外科の抱える諸問題」(座長=東女医大 黒澤博身氏,九大 信友浩一氏)が行なわれ,医療経済,学会の社会的機能,リスクマネジメント,若い医師らの処遇の問題,またカナダの医療問題などのトピックスをめぐって議論する場となった。
 最初に,瀬瀬顯氏(九州厚生年金病院)は,2001年の所属施設での心臓外科の月ごとの収支状況を分析して,見えてきた問題点と損益分岐点を検討。診療報酬点数改定に伴う影響として,外来は病院・心臓外科とも,また病院での入院は全体で減収したが,心臓外科の入院のみがプラス1.6%と,改定前後で増収したことを明らかにした。また損益分岐点を計算しところ,心臓外科が黒字になるためには年間200例の手術件数が必要とも述べた。これらの結果から,現在考え得る心臓外科の収入改善の方策と,それが抱える問題として,(1)手術点数の増加とレセプトの査定をていねいに行なうこと,(2)手術件数の増加(手術室,ICUのキャパシティなど各病院組織の問題にもよる),(3)OPCABなどの新しい手術法の導入,急患手術体制の導入で患者を集める,(4)在院日数短縮(病診連携やクリティカルパスの導入が考えられるが,これを進めると入院患者の減少を伴う),また(5)人件費の削減については,マンパワー不足からも,現状で行なうのは困難と分析した。
 続いて西田在賢氏(国際医療福祉大)は,医療業における原価管理の問題を提示。日本の病院が原価計算を行なう理由は「コスト管理」にあるべきとし,原価計算には「制度会計」と「管理会計」の2つがあり,病院経営には内部の管理状況を反映する後者の「管理会計」をもっと重視すべきと主張。特に日本では,先に講演した瀬瀬氏のように病院内のコスト管理のために原価計算を施行しているところが少ないことを指摘した。一方,現在,病院原価管理の専門家はいないに等しい状況とし,「事務では片手落ちで,現場の費用発生を理解して医療スタッフに説明できると同時に,会計処理を理解して事務管理側にも説明できなくてはいけない。このためにも,医師が積極的に取り組むべき課題」と述べた。
 「胸部外科学会の対社会的機能」と題して長田博昭氏(聖マリアンナ医大)は,本学会が担うべき役割を提示。(1)メディカル・エシックスの構築,(2)臨床研究や治験の推進を学会単位で行なうべき(例:スポンサーシップを持つためにNPO法人格取得など),(3)データベースの構築とそのパブリシティ,(4)専門医制度,(5)医療過誤,(6)社会活動などあげて解説した。特に(4)では,大学の研究至上主義やコメディカルの仕事を医師が行なっている現状や,専門医や研修者の人数が増えすぎて,若手医師に手術のチャンスが十分に与えられないことを指摘し,今後はどのように人数のコントロールするかは大きな問題とした。

リスクマネジメントと医師のアカウンタビリティ

 「胸部外科のリスクマネジメント-法廷外紛争対応について考える」と題して鮎澤純子氏(九大)が講演。「リスクマネジメント」とは「発生時・発生後を一連の流れの中で考える取組み」であり,医療の質の確保と,健全経営の確保をめざす新しい取組みのヒントであるという考え方が,日本の医療者に十全に理解されていないのが現状と指摘。さらに,医療事故に関連する紛争・訴訟が年々増加する一方で,「訴訟による解決は双方に納得感をもたらしていない」とし,また,「病院側は紛争発生時にしっかり対応できているだろうか」と問題提起した。そのためには組織としての方針,姿勢を確立することが重要であること,その姿勢が徹底していれば,医療者1人ひとりが,問題発生時の初期段階から適切な対応を取ることが可能となることなどを強調。一足早くリスクマネジメントを取り入れたアメリカにおける新たな取組みとして,患者のよろず不満の相談を聞く職種「patient representative」の存在や,患者自身が医療に参加するための「患者側の責任」を病院が教育する,などを紹介した。
 チャールズ・ペニストン氏(トロント・ジェネラル・ホスピタル)は,「Professional Accountability」(医師の説明責任)が,どのようにカナダの医療に医師の役割の1つとして導入されたのかを紹介。「Cardiac care Network of Ontario」,「Institute for Clinical Evaluative Sciences」など,大規模なネットワークを構築して心臓病に関するデータベースの作成や,レジデント教育の中に「説明責任」を学ぶ機会を積極的に導入するなどの,多様な試みを報告した。

必要な施設数・専門医数は

 許俊鋭氏(埼玉医大)は,学会に設置された「胸部外科医の処遇調査ワーキンググループ」の調査報告(回答数2293)から,卒後6年未満の医師の平均像を,月1回以下の術者機会(60%),週2回以上の当直(55%),当直日(50%)・毎日の睡眠時間は4時間未満(60%),日々多くの雑務をこなす,などのように示した。また80%が「ある程度満足できる」,「何とか生活できる」とする一方で,将来展望については80%が「心配している」,「絶望的」と回答。年収は半数が300-600万以下であった。一方で,望ましい施設数は心臓外科,呼吸器外科ともに60-80%以上が200施設と回答。特に心臓外科では,厚生労働省基準の年間手術数100例以上をクリアするためには152施設,学会基準の75症例でも217施設と算出され,現在の553施設ではまったく基準を満たせない現実が浮彫りにされた。また望ましい専門医数は,心臓外科,呼吸器外科,食道外科とも60-80%が1000人以下と回答した。氏はこれらの結果から,労働・リスクに見合った報酬がない,症例数に対して施設数が多すぎる点や,学会の方策として日本に何人の心臓外科医が必要なのか,毎年何人の養成が必要なのかがまったく考慮されない,計画性のない専門医・指導医の認定など,種々の矛盾点を指摘した。
 最後は小林秀資氏(国立保健医療科学院)が,数多くの医療を取り巻く課題の中から混合診療を中心に展開。氏は「混合診療禁止規制を解消すべき」「公的医療保険制度の他に,私的医療保険制度を確立し,両保険の新しい役割分担を定めて,国民の健康を守るべき」と提言して,講演を結んだ。