医学界新聞

 

〔レポート〕

全国に広まる感染症学習の輪

医学生・研修医のための 感染症入門セミナー2002開催


■感染症入門セミナーを開催して
 大野 博司(麻生飯塚病院研修医2年)


 2002年8月,麻生飯塚病院(福岡県飯塚市)にて,週末(金土日)3日間を1コースとし4コースにわたり,全国の医学生・研修医向けに感染症入門セミナーが開催された。内容は微生物,抗菌薬,臨床感染症について,連日夕方6時から深夜12時過ぎまでと長時間にわたったが,北は北海道から南は沖縄まで医学生・研修医が総勢約40人集まり,非常に熱気にあふれたセミナーとなった。  テキストは,「感染症入門テキスト2版」,「感染症入門ドリル」(入手方法は本文最後を参照),Sanfordの“熱病”(32版)を用いた。

-時間割-
【1日目】
I.微生物編,II.抗菌薬編
【2日目】
III.感染症編(1)(総論,中枢神経系感染症,呼吸器・気道感染症,心・血管系感染症)
【3日目】
III.感染症編(2)(消化管・腹腔内感染症,尿路感染症,性行為感染症,皮膚軟部組織・骨感染症,ヒト・動物咬傷,敗血症)

 医師になり,まず困ることの1つに感染症治療がある。つまり系統だった微生物・抗菌薬・感染症の知識がないために,患者に効果のない抗菌薬を投与したり,必要以上に抗菌スペクトラムの広い抗菌薬を使ってしまったり,抗菌薬の副作用に気づかず治療を続けてしまったり,CRPや白血球数ばかりが気になり,何を治療しているのかわからなくなるなどの危険がある。また医師になって感染症とは常に接していく疾患の1つであり,適切な抗菌薬の選択および治療経過のフォローができる必要があると考え,上級医と相談の上,当院1,2年目研修医向けにテキストを作成し,2002年5-7月に毎週1回,感染症の勉強会を開いた。これが意外と好評であったのを発端に,感染症について勉強の仕方やそのおもしろさおよび大きく間違えない抗菌薬の選択法を伝えたいと思い,短期集中コースとして感染症に関心のある全国の医学生・研修医向けにセミナーを企画した。
 私は感染症の専門家でもなければ,研修を始めたばかりのかけだし医師なので,セミナーの基本コンセプトとして,“一研修医なりに,どのようにしたら大きな間違いをせず系統だって,そして何よりもおもしろく感染症の臨床基礎知識を固めることができるようになったか”を大切にし,(時間的にはかなりきついスケジュールではあったが)気軽な気持ちで一緒に考えながら学ぶことができたのではないかと思う。

■感染症入門セミナー準備にあたって
 福田 拓也(麻生飯塚病院研修医1年)

 今回の感染症入門セミナーで会場のセッティングおよびビデオ撮影を担当しました。セミナーは計4コース開催されたのですが,回を追うごとに話がこなれ,話題が増し,のりがよくなっていった印象がありました。2コース参加した学生さんもおられ,やはり同じように感じられたのではないでしょうか。後世に残すために最終コースのビデオ撮影を行いましたが,やはり生で大野先生のパワーを感じながら聴講するのが一番だと思います。そしてその話術と魅力のとりこになり,「バルクホルデリア・セパチア!」()とか,「ステノトロフォモナス・マルトフィリア!」()と誰もが呪文のように空で言えるようになっていく光景は,このセミナーのおそるべき力を思い知るのに十分でした。実際,自分自身もこのセミナーを受講する前と後とで,感染症治療に対する姿勢がまったく変わったと思います。
 “教科書にこう書いてあるから”とか,“上の先生がこんなふうに使ってたから”使っていた抗菌薬を,自分の頭で罹患臓器・起炎菌ごとに適応を考え,選択するようになりました。この感動を感染症で悩めるすべての研修医・医学生とshareすることができれば,日本の感染症治療の未来は明るいと思います。
※Burkhorderia cepacia, Stenotrophomonas maltophilia:ともに院内感染(人工呼吸器関連肺炎)の起炎菌であり多剤耐性を示すことが特徴

■参加者からの声

第1回参加(8月2-4日)
堀之内 秀仁(鹿児島大学医学科6年)

 現在医学部で体系的な教育が行なわれておらず,なおかつ学生のうちに基本だけでも理解しておきたいもの,それは,蘇生法,感染症,栄養学ではないでしょうか。蘇生法については,すでに全国的に学習会が企画され,環境が整ってきた印象がありますが,残りの2つについては,まだそのような動きを私は知りませんでした。
 そういった中,大野博司先生が感染症入門セミナーを企画されるということをCollege-med MLで拝見し,すぐさま応募しました。3日間,夕方6時から夜半まで続くレクチャーは,通常であればとても大変なものに感じますが,実際はおもしろいほど早く時間が過ぎていきました。その理由を考える時,レクチャーそのものが素晴らしかったということはもちろんですが,それ以前に,それまで混沌としていた感染症という分野がすーっと整理されていく,その気持ちよさがあったのではないかと思っています。夏季休暇とともにセミナーは終わりましたが,これをきっかけに,すでに全国あちこちで感染症学習の輪が広がっています。このようなたぐい稀な企画を主催された大野先生はじめ麻生飯塚病院の先生方に心より感謝すると同時に,今後のさらなる発展をお祈りしています。

第2回参加(8月9-11日)
宮城 崇史(京都大学医学部5年)

 これを書いているのは9月中旬だが,セミナー以来,今再び私の頭の中を細菌ちゃんたちがぐるぐる回っている。数日後,友人に感染症の話をする準備をしているからだ。楽しい生活である。
 今年8月,感染症入門セミナーを受ける機会を得た。申し込みの動機は単純で,感染症について,自分の知識がまとまっていない,と感じていたからである。このセミナーはまさに「渡りに舟」の企画だった。MLに流れた案内文にすっかり引きつけられ,濃厚なセミナーを受けることとなった。 オタク心をくすぐる講義に,ためになる脱線(?)と,楽しい3日間を過ごした。もちろん,“本線”の講義は明解で,感染症に対する戦略の大枠は把握できたと思う。微生物といい抗菌薬といい,カタカナの名前の羅列であったものが,整然と引き出しに分類できるようになりすっきりした。その快感は,足の踏み場もなく散らかっていた部屋がすっきり片付いたときの快感に似ている。今後,この快感を周りに感染(うつ)していきたい。
 最後に,話せば話すほど元気になるパワフルな大野先生をはじめ,楽しく,かつ密度の高い講義をしてくださった先生方,このような機会を与えていただき,ありがとうございました。

第3回参加(8月16-18日)
保々 恭子(東京女子医科大学医学部6年)

 「感染症」というのは,臨床の場で最も多い疾患の1つであるにもかかわらず,どうもすっきりしない,というのは,どうやら私が勉強不足だからという理由だけではなさそうである。同じように苦手意識を持つ声を少なからず聞くからである。
 日本の病院には「感染症科」が非常に少なく,だからこそ何科であろうと身近な疾患のはずである。しかし常々,診断の仕方,治療方針の決め方,抗菌薬の処方の仕方には,「どうなっているんだ?」という疑問を抱くことが多かった。そういった疑問を解消できるのでは,という期待をもって,医学界新聞でもお馴染みの大野先生の感染症入門セミナーに参加させていただいた。
 結果は予想をはるかに上回るものであった。もちろん,まだまだ私は勉強不足ですべてを消化できたわけではないが,それでも基礎と思われるものに関しては理解ができたし,少なくとも起炎菌を考慮せずに抗菌薬を処方するというようなことはしないであろう。
 他人に教えるというのは,話すこと以上の知識がなければならないわけで,余計に勉強もするし,教える方も実は理解が深まる。ところが,勉強不足の自分のことを棚にあげて言うようだが,身近な存在同士で教えあうことが,実に少ないように思う。大野先生は,実に何の惜しげもなく知識を提供してくださった。こういった勉強会というのは,決してテスト問題を解けるようになるためではなく,持ち得る知識と方法を実際の現場で使えるように,つまりは患者さんのためだと私は思っている。そういった点でも,実際に臨床の現場でその知識を患者さんのために使っている大野先生のような先生に直接教えていただけることは非常にありがたいことであり,しかも見ず知らずの学生と知識を共有しようとしてくださった先生には,本当に感謝である。
 実際,大野先生の知識の豊富さ,教えることへの熱心さ,新しい情報への敏感さには脱帽である。今度はセミナーに参加した私たちが,患者さんのために知識をみんなと共有できるようにしていきたい。

第4回参加(8月23~25日)
吉田 真紀(熊本大学医学部6年)

 ある病院実習で,発熱に対して投与する抗菌薬の選択に悩む研修医の姿を目にしました。自分が同じ立場に立つ時は経験則に頼るのではなく,スタンダードといえる対処ができる医師でありたいと思ったことがこのセミナーに参加するきっかけでした。
 セミナーはまず細菌と抗菌薬に関する基本的な知識を学ぶことから始まりました。基礎医学の微生物学とは違い,臨床に即したessential minimumの内容であるとはいえ,情報量は多く大変でしたが,次の段階で,ある疾患にどの抗菌薬を処方するか考える時に土台となるのは,細菌と抗菌薬に関する知識であり,必要不可欠なものだと痛感しました。以前は感染症というと抗菌薬の選択1つをとっても,とかく丸暗記の世界という印象でしたが,実はすべてが暗記ではなく,基礎的な知識の上に論理的に組み立てる知的作業があることを知りました。そしてここにおもしろさがあるのだと思いました。
 セミナーを通じて感染症に限らず物事を系統立てて効率よく,かつ楽しく学ぶ方法のヒントを与えてもらった気がします。また情報を共有し,皆で学んでいく姿勢の大切さを教えてもらいました。この先,今回のセミナーのように感染症について系統的に学び,そのおもしろさを感じることのできる機会が増えることを願っています。

■皆でシェアするために

大野 博司
 今回用いたテキスト(9月15日現在バージョンアップを行ない,「感染症入門テキスト3版」,「感染症入門ドリル2版」,「感染症入門抗菌薬マップ」の3つがある)は,ホームページ:医学の歩き方(http://www.Med-Pearls.com/)にあり,医学応用レベル>臨床医学>感染症入門&ドリルの中に,ファイル形式は3通り(Word,PDF,HTML)で,ダウンロードはフリー。<著作権に触れる可能性があるため現在閉鎖中>
 また,このセミナーに参加した戸田重夫さん(東医歯大6年)が,早速学生による感染症勉強会を立ち上げ,その予習・復習のために,感染症ワークショップで学んだことをshareするホームページ(http://www.sol.dti.ne.jp/~shigeo-t/infect<現在閉鎖中>)も作成しており,すでに学生自らで積極的に勉強会を行なっている様子をみることができる(東医歯大,防衛医大,北里大,山梨医大,京大,鹿児島大の各大学で感染症の勉強会がはじまっている)。