医学界新聞

 

MEDC第5回「医学教育セミナーと
ワークショップ」に参加して

加藤智美
(岐阜大学医学部医学教育開発研究センター,E-mail:tomok@cc.gifu-u.ac.jp


 岐阜大学医学部医学教育開発研究センター(MEDC:Medical Education Development Center,Gifu Univ.)が主催する,第5回「医学教育セミナーとワークショップ」が,さる8月26-28日の3日間にわたり,岐阜県・大垣市のソフトピアジャパンで開催された。なお,上記研究センターは,「新しい医学教育の開発と普及」を目標とした,全国共同施設である。
 本ワークショップでは,これまでにもテュトーリアル・システム,模擬患者参加型臨床医学教育(以下,SP教育),客観的臨床能力試験(以下,OSCE),バーチャル教材,医学英語,危機管理,医倫理教育,EBM教育など,常に話題となる医学教育のテーマを取り上げてきた。
 今回は,上記した定番のメニューに加え,新たにBLS(Basic Life Support:1次救命処置),およびACLS(Advansed Cardiac Life Support:2次救命処置)の救命処置をテーマとして取り上げたところ,参加者から大いに注目を浴びた。そこで本稿では,救命処置を中心に各々のセッションで行なわれた内容を紹介したい。

●BLS(1次救命処置)とACLS(2次救命処置)

救命率向上のために3コースで実施

 救命処置はすべての医師が知っておくべき基本的な手技であるにもかかわらず,日本の医学教育にはいまだ十分には取り入れられていない。また,実際の医療現場においても,すべての医療従事者に標準的な心肺蘇生法が浸透しているわけではなく,先輩のやり方を見よう見まねで行なっているのが現状ではないかと思われる。救命率の向上には,循環と換気を継続させた上で,1秒でも早く適切な処置を施すことが重要である。そのためには人と器材をすばやく集め,チームとして組織だった救命処置の実施が必要となる。
 BLS・ACLSを取り上げた本セッションは,全国で精力的に活動を行なっている「ACLSを広める会」のメンバーをタスク・フォースとして企画。参加者は,インストラクターコース(インストラクターになるのが目標),実習コース(救命処置を学ぶ),見学コースの3コースに分かれた。

学生,救急救命士の参加も

 1日目には「お試しコース」が行なわれた。これはインストラクターコース参加者の中で,受講経験がない,あるいは経験が浅いといった初心者が受講生となり,インストラクターの指導を受けるもので,この過程で受講生も未熟なインストラクターも,教える内容とポイント,指導技法・指導教材とその使用・役割分担といった教え方,コースの運営法,コース計画について学ぶことができた。
 また2日目には,こうして育成されたインストラクターが,熟練したインストラクターとともに実習コース参加者へ救命処置の指導を行なった。そこでは,患者模型(ハートシムACLSトレーニングシステム,Laerdal社)を使い,実際の場面を想定した緊迫した雰囲気の中で,チームリーダーがメンバーに適切な役割を分担・指示し,その設定状況に応じた実際の手技(気道確保,マウスツーマウスやバッグバルブマスクによる人工呼吸,心臓マッサージ,除細動,気管内挿管など)を行なうといった系統立ったシミュレーションが実施された。
 参加者はインストラクターコース25名,実習コース36名で,学生,救急救命士の参加も多くみられた。参加者の1人である救急救命士からは,「救急救命士ではやれない処置もあるが,医療関係者が何をしているか知る必要がある」といった意見や,「職種を超えて平等な立場で学ぶことができ,とても新鮮」といった声も聞かれ,参加者全体から高い評価が得られた。

●医学教育の現状を視野に入れた企画

OSCE

 OSCEは,従来の筆記試験では十分に測定できなかった臨床能力を,客観的に評価する方法として現在多くの国々に広がり,その有用性が明らかになりつつある。しかし,実施に際しては,多数の教員の動員とかなり広い場所を準備する必要があること,評価者によって個々人への評価にばらつきがあるといった問題も多く,これらが日本における導入の障壁となっている。
 本セッションでは,このような状況を打破するために,4方向カメラビデオシステムと,評価のアフレコ装置である「医学教育研究システムfor OSCE」(ソニーブロードバンド・ソリューション)を用いた新しい試みが紹介され,デモンストレーションを通じて,その利用価値が検討された。
 また,本システムでは簡単な操作でVTR(テープ)からの画像の取り込みが可能で,取り込んだ画像に対して,テキスト情報,動画上への直接マーキング,音声情報,評価情報といった追加情報入力機能を持ち,かつ動画と追加情報を一括して管理することができるという利点もある。これにより,従来言われていた人的・場所的問題,評価の信頼性,受験生へのフィードバックなどの問題点の多くは解決可能と思われ,OSCE導入に頭を悩ます関係者への福音となるのではないかと期待される。

テュトーリアルシステム

 まず最初にテュトーリアル体験として,テューター役の講師と参加学生によるテュトーリアルのコア・タイムの見学を実施。その後,テュトーリアル教育の心臓部であるシナリオ作成が,ワークショップ形式で体験しつつ学ぶという形で行なわれた。
 なお,看護系,歯学系で各1グループができるほど,医学部以外の医療関係者の参加が多かったが,これは今ワークショップの特徴の1つとしてあげられる。また,受講者が作成したシナリオの完成度はきわめて高く,テュトーリアル教育に対する関係者の意識の高まりが反映されていた。
 その他,近畿大学,愛知医科大学の実際の取り組みについての講演も行なわれ,3日目には岐阜大医学部におけるテュトーリアルのコア・タイムを実際に視察する機会も設けられた。

医学英語

 英会話能力の開発,医学部のカリキュラムへの取り入れ方について,医学英語の権威である植村研一教授(愛知医大)による講演が行なわれた。英語で考える頭をつくること,そのためにはリスニングが重要であることなどを話題とした内容で,英会話に対する苦手意識が強いといわれる日本人医師にとって,貴重な示唆となった。

SP教育

 初日は参加者の交流会から始まり,学生とSP(模擬患者)による医療面接,講師によるフィードバックのデモンストレーション後,小グループに分かれてSPが持参したシナリオを使用して,参加者とSPによる医療面接が行なわれた。その後,医療面接を踏まえたフィードバックの勉強会を開催した。
 2日目には,SPを交えてシナリオ作りを実施。SPはその内容から,「参加者全体がSPの役割について理解が得られた」と喜んでいた。なお,本セッションには愛知,大阪,静岡,岐阜などで活躍中の7つのSPグループから27名が参加。SP,参加教官,学生の意見交換も盛んに行なわれ,非常に活気に満ちたセッションとなった。

●医療系教育改革の必要性

今後に向けて

 今回のセミナーには,230名を超える参加があった。特筆すべきは,医師以外の歯学,看護,救急救命士などの医療関係者の参加が多かったことである。これは,医療系全体が従来の教育に対して問題意識を持っており,教育改革の必要性に対する意識の高まりを反映していると考えられる。
 報告者自身,研修医時代より医学部で受けた教育と実際の医療現場とのあまりのギャップに驚き,そして戸惑いながら,それでも何とか見よう見まねでこなし,そして自分なりに咀嚼しながら,10年以上臨床に携わってきた。またここ数年は,後輩医師の指導にあたることも多くなり,教えることを通じて自分の考え方・やり方を見直す機会が増えていた。
 このような中で今年度よりMEDCに勤務することとなり,本セミナーに出会った。前回の第4回(本年5月24-26日)に引き続き2回目の参加となったが,いずれの機会も効果的な教育法を知ることができたと同時に,従来の学会とはまた違った方式での自分自身の生涯教育の場にもなった。今後は,主に企画運営する立場となるが,参加者としての視点を大切にし,さらに有意義なセミナーを開催していきたい。
 また,本セミナーは今年度より年4回の開催を予定。次回(第6回)はきたる11月16-17日の両日,岐阜市のグランパレホテルで開催する予定である。なお,次回の内容は,(1)Advanced OSCE,(2)医療倫理教育ワークショップ,(3)医学教育におけるコーチング技術セミナーを予定している。詳細と申込みは,MEDCホームページ(http://www.gifu-u.ac.jp/~medc)まで。