医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2499号よりつづく

〔第17回〕医療現場における紛争解決(2)

登場人物:ボブ・ベネット/調停員,レズリー・ブラウン/患者遺族,テッド・タッカーマン/主治医
背景:レズリーは母親を肺癌で亡くしたばかりである。テッドは彼女の主治医であったが,入院するまで肺癌とは気がつかなかった。レズリーはテッドを訴えるとしているが,テッドの勤める医療グループからボブに調停依頼があった。ボブは事前にカルテ等を閲覧し,レズリーとテッドに個別に面会を済ませ,本日調停の運びとなった。(前回より再掲)

母を失った怒りの矛先

 (レズリーが出ていきドアが閉まるのを確認して)
テッド ボブ,君には感謝しているよ,でもこれはうまくいかない。彼女は私が彼女の母親を殺したとして一歩も譲ろうとしないんだから……
ボブ テッド,君がどうしてそうイライラするかわかるよ。確かに彼女は君に怒りをぶつけている。でも,お母さんが健康な時にはとても神経質だったことは認めているじゃないか。不定愁訴が多かったかもしれないが,君が主治医として,肺癌がわからないまでも,入院精査の措置をとっていれば情況も変わったんだろうが……。でも,彼女の態度も最初とは少しずつ違ってきていると思わないかい? 君はどう思う?
テッド そんなのわからないよ。僕は彼女の心まで読めないからね。
ボブ 彼女は母親を失って悲しみに暮れている,そして誰かを責めたいんだ。その誰かは君だよ,テッド。お母さんを失った怒りのエネルギーは,すべて君にぶつけられているんだ。君が,「僕も彼女を失って悲しい」と言った時,彼女は君のことをしっかりみていた。彼女は君に対する見方を,殺人者から面倒をみてくれていた人と変えると思うよ。すぐには変わらないと思うから,君は辛抱強くなくちゃいけない。
テッド 頑固者を相手に辛抱強くはつらいよ。
ボブ わかったよ。じゃあどうする?
テッド 君が言ったように,出て行きたくなったら出ていくさ。

ほしいものはお金じゃない
――残された家族が望むこと

 (ボブはテッドが少し落ち着くのを待って,レズリーと交代させた)
ボブ レズリー,現状をどう思う?
レズリー タッカーマン先生は,私の気持ちをまったく理解していないのだから,変わるはずもないわ。
ボブ レズリー,この現状を打開するにはどうしたらいいと思う?
レズリー 私は弁護士のところに相談に行ったわ。彼はおそらくある程度お金は取れるだろうって言っていたわ。でも,母も高齢だったし,医学的に大きなミスではないから,大金というわけにはいかないだろうけれど……。ともかく,私がほしいものはお金じゃない何かだと思う。
ボブ 何かって,何?
レズリー もうこんなことが他の誰かに起こってほしくないの。そう,だから私は彼の医師免許を剥奪してほしいと思っている。そうすれば,他の人に同じことが起こらない。
ボブ 医師剥奪以外に方法はないのかな?
レズリー 私は医療訴訟の解決の時,医師が問題のあった病気に関する教育セミナーに参加するということを聞いたことがあるわ。少なくとも,彼が肺癌の注意するべき症状についてのセミナーを受けるなら,彼ももう少し注意深くなると思う。
ボブ それはいいアイディアだ。
レズリー それと,もう1つ。彼が本当に申しわけないと思っているのかどうか知りたいわ。これは私にとって一番重要な点です。
ボブ テッドを呼んで来た時に,この3つの点について提案してもいいかな?
レズリー もちろん,そうしてください。

解決に向けた妙案
――アメリカ癌学会への寄付

 (ボブは部屋の外に出て,待合室にいるテッドを伴い部屋に戻ってきた)
ボブ 個別に話をして,大きな進展がありました。私は,今,お互いの思いをより理解し,解決に向けての妙案が浮かびました。テッド,レズリーが解決に向けて3つの提案をしてくれました。1つは,同じようなことが他の患者や家族に起こらないようにすること,具体策として,あなたが肺癌に関する教育コースに参加すること……。
テッド そりゃ,私だってこのようなことが2度と起こってほしくはないよ,それに,医学教育コースにはしょっちゅう参加しているし,肺癌のコースに出ることで解決されるんだったら,もちろん参加するさ。
 (ボブはテッドの同意を大いに励ました。もう1つもスムーズにいくように願いながら……)
ボブ 2番目のは少しタフかもしれないけど……。レズリーは,アメリカ癌学会に貢献してほしいと言っている。彼女自身は,お金はほしくないそうだ。彼女は他の人に同じような思いをしないでほしいと願っているんだ。
テッド 貢献って具体的にはどういうこと?
レズリー (素早く反応して)3000ドル
テッド 3000? それは大金だ。
ボブ (驚いたように両手をあげて)ちょっと待った。さっきは,まだ,お金の話までしていなかったよね。でも,テッド,金額はともかく,癌学会に寄付する気はあるかい?
テッド 癌学会への寄付はよいアイディアだと思うよ。あとは値段の問題だ。
ボブ (レズリーのほうを振り向きながら)どう思う? 中庸をとって2000ドルでどうかな?
テッド (ため息をつきながら)OK。2000ドルで解決に向けて前進するのなら寄付するよ。

訴えの取り下げから同意へ

ボブ これはレズリーの最後の提案だが,レズリーに謝ってほしい。
テッド (レズリーのほうに向き直って)レズリー,医師にとって患者さんを亡くすことがどれだけつらいことか想像するのは難しいかもしれないけれど,君のお母さんが亡くなった時は,私にも万感の思いがありました。このことは受け入れがたいかもしれないけれど,肺癌は恐ろしい病気です。この病気に関して医師にできることは限られていているとはいえ,あなたのお母さんの病状をもっと早くに把握できなかったことを後悔しています。病気をもっと早くに発見していれば,治療の可能性もあり,結果も変わっていたかもしれません。私も父親を癌で亡くし,今のあなたのつらい気持ちをお察しします。本当に申し訳ありませんでした。
 (テッドの言葉が終わり,しばらく静寂が続いた)
ボブ どうもありがとう。レズリー,テッドはきちんと謝罪したと思いますが,このことで訴えを取り下げてくれますか?
 レズリーは黙ったままです。テッドは静寂に耐えかね,急に席を立ってドアの方に歩き出した。その時,レズリーが「これで十分です。この訴えを取り下げます」と言った。ボブは早速,どのような点で合意に達したかの文書をまとめ,2人はこれにサインをした。

調停員に学ぶ医療者の「こころ」

 調停の原理原則は「公平無私であること」です。そして,調停される側から中立であると感じてもらうことです。双方は調停員が中立であると実感すれば,信頼してそれぞれの思いを伝えてきます。そして,調停員はテコの支点のように,両方をバランスよく支える働きをします。そうでなければ,調停はあくまで任意であるので,最終合意には達しません。また,調停員がそれぞれの言葉に耳を傾けながら,共感を示し,そして,重要なポイントは自分の言葉に直して繰り返す,進歩があれば言葉に出して祝います。そして,よい質問者となって両者を満足させる解決の糸口を発見することに全霊を傾けなくてはなりません。
 この調停員の「こころ」は医療従事者が患者さんと接する時と基本的には同じなのではないでしょうか。
 次回からは,日本人として初めて参加したハーバード大の生涯教育セミナーでの学びから,「医療現場における交渉と紛争解決」について,ステップごとに解説していきたいと思います。

◆編集室より:本連載に関しまして,これまでに数種のタイトルを掲載し混乱を招きましたこと,お詫び申し上げます。今回のタイトルが「看護版」の正式なものです。