医学界新聞

 

Vol.17 No.8 for Students & Residents

医学生・研修医版 2002. Sep

臨床研修必修化でここが問題になる

座談会 医学生
V.S.
全国医学部長病院長会議

福田康一郎氏(千葉大学医学部長)
加藤進昌氏(東京大学医学部附属病院長)
瀬戸口雅彦さん(東京医科歯科大学医学部6年)
光石陽一郎さん(東北大学医学部6年)
田村雄一さん(慶應義塾大学医学部5年)
下山祐人さん(東京医科大学5年)

 今月初め,厚生労働省のワーキンググループは必修化後の臨床研修の「基本設計」(全文を掲載)を示し,これまで見えにくかった新制度がついに具体的な姿を現し始めた。しかし,制度設計の議論が大詰めを迎える一方で,新しい研修の当事者となる現在の医学生たちは,情報不足から不安を感じたり,自分たちの声が十分に汲み取られていないことへの不満も持っている。そこで本号では,4人の医学生にご出席いただき,全国医学部長病院長会議の福田康一郎,加藤進昌両氏と,必修化される臨床研修の問題点についてお話しいただいた。


■医学生は「必修化」をどう考えているのか?

福田 千葉大学の医学部長をしております福田です。卒後臨床研修については,この5月まで全国医学部長病院長会議の会長を務めていたので,要望書を出すなどの取り組みを行なっていました。現在,卒後臨床研修については,厚生労働省の新医師臨床研修制度ワーキンググループを中心に議論が大詰めを迎えているところですが,そこには,実際にこれから研修を受ける医学生たちの声がなかなか届きにくい現実があります。しかし,質の高い医療を望む社会の要請に応える制度設計には,これから研修を受ける学生の側の意見を十分に反映させる作業が不可欠です。
 卒後臨床研修必修化の中身を決める議論が,大詰めを迎えているいまだからこそ,学生の皆さんが声を上げていくことは大切です。本日は,学生のみなさんと意見交換を行ない,臨床研修必修化をめぐる問題について,一緒に考えてみたいと思います。
加藤 東大の附属病院長をしております加藤です。では,まず学生の皆さんから,臨床研修必修化について,日ごろ考えていることや疑問に思われていることなどを,お話しいただきたいと思います。

外へ出るか,中に残るか

瀬戸口 東京医科歯科大学6年の瀬戸口と申します。東京医科歯科大でも,再来年からスーパーローテーションによる研修が始まりますが,6年生の間でよく話題になることは,外(の臨床研修病院)に出るか,中(の大学附属病院)に残るかということです。以前は,何も考えずに大学に残る人が多数派だったと思いますが,最近はインターネットやメーリングリストなどにより,外にはすごい病院があるとか,こんなに優れた教育をしている病院があるなど,さまざまなことが知られてきて,大学に残るのは果たして得策なのだろうかと半分以上の医学生が考えているという印象です。
 皆,ベッドサイドラーニングで各科をまわる時に,先生方にいろいろな質問をしたりしています。「スーパーローテーションが果していい制度なのでしょうか?」と聞きますと,どの先生も実は否定的な発言をなさるんです(笑)。例えば,外科だったら「たった3か月で何ができるようになるのか」とか,「3か月ここでやったからといって,10年後にそこで身につけた技術が使えるか」とか。それに,教える側の心情として,「たった3か月しかいないのに,そんなに一生懸命教える気持ちにはあまりなれない」とかおっしゃる先生もいるので,そのようなことも,大学に残ってもあまり意味がないのではないかと考える1つの要因になっているのだと思います。
 そこで,折角の機会ですので,本日,先生方にお願いしたいのは,ぜひ学生たちが「大学に残りたい」と思わせるような研修プログラムをつくっていただきたいということです。

少ない情報が不安をあおる

田村 慶應義塾大学医学部5年の田村です。僕と下山君は5年生なので,実際に研修必修化1年目にあたる学年です。慶大では,医学部長の北島政樹先生が,「中間とりまとめ(論点整理)」(4月22日)が出された時点での状況を学生たちに説明してくださいました。しかし,その時は「何もわからないことがわかった」という感じでしたし,現在も厚生労働省のワーキンググループの議論はある程度進んできているのかもしれませんが,それが,学生にも現場の先生方も十分に伝わってきていません。
 現在でも,厚生労働省のホームページで見る限りでしか情報が得られないのが実情ですから……,情報が少ないがゆえに皆不安になっているのだと思います。いま瀬戸口さんがおっしゃったように,現場の先生方が否定的だというのは,今後どうなるかが見えないという不安からくるのではないでしょうか。
 僕たちにとっても,卒業した年から制度の施行が行なわれることは法律的に決まってしまっているので,いつ具体像が見えてくるのかがもっとも気になるところです。研修プログラムにしても,処遇にしても,どちらも大切な要素ですが,それらを具体的に決定する上でのファクターは,やはり指導体制や定員などといった各病院側の事情だと思うのです。学生側はそういうことを総合的に判断して,最終的にどこへ行くかを決めるのだと思うので,そういった観点からも一刻も早く具体的な情報がほしいというのが学生の間で話題となる共通の希望ですね。マッチング制度(組み合わせ決定制度)が実施されるという話もありますが,そうなれば,どのような影響があるか想像もつきません。繰り返しになりますが正確な情報を早く出していただき,学生に考える時間を与えてほしいというのが,僕の希望です。

不安が残る生活の保証

下山 東京医科大学5年の下山です。僕も新しい制度に直面しなければいけない学年ですが,自分も同学年の友人たちも,正直に言って,新制度を実施するということだけ決まっていて,中身が十分に固まっていないことへの不安感を持っています。僕の大学は,古い大学でもあり,卒業生はどちらかというと自分の大学に進むことが多いです。また,校訓に「自主自学」とあるように,やる気のある先生が自分で勉強するなり,臨床をするなりしてがんばって,全体を引っ張っていっている一方で,丁寧な指導をしていく上ではなかなか手が回らない印象を受けます。そこで,今回,必修化の議論の中で,新規に制度化される指導医の役割については,興味深く思っています。
 もう1つ僕個人が持っている疑問点を申し上げれば,臨床医として履修しなければいけない事項があるとして,それは2年間で行なうのが本当に適切なのかということです。もし,初期のステップを覚えるだけでよいのならば,もっと圧縮して短期間に抑えることもできるのではないでしょうか。または学生の間に行なえる研修もあったのではないでしょうか。また,給与についてですが,特に僕の大学は都心にあるので生活費にも非常にお金がかかります。大学病院にすぐ行ける距離に住むためには10万前後の家賃が必要です。2年間研修に専念するということは大切なことだと思いますが,その名目の下で,給与がまったく保証されないまま,アルバイトだけできなくなってしまえば,相当生活はきつくなるでしょう。アルバイトができずに大学や病院に拘束されっぱなしになるというような危惧もあります。この制度がいろいろな先生のご意見の中を二転三転した後に,ちょっとひどい言い方になることをお許しいただきたいのですが,2年間病院に縛られる奴隷を作り出すようなことにならないように,ということは祈っています。

■研修方法の変革は何をもたらすか

大きく揺らぐ東北独自の研修制度

光石 東北大学医学部6年の光石と申します。東北大学は以前より他の大学と大きく異なる卒後研修プログラムを行なってきました。大部分の人が卒後すぐに入局しないで,市中病院に出て研修を行ないます。内科・外科以外の科は卒後すぐの入局を認めていたのですが,内科・外科は東北圏内を中心にして2-3年研修をした後に入局するという形でやってきました。そして私たちの代からは,すべての科で卒後の直接入局を廃止する方向に制度づくりが進んでいます。
加藤 学生や研修医たちの反応はどうですか?
光石 私たちとしては,現行の研修方法を評価しています。まず,初期研修中は入局しないというのが,他の大学の人からも「いい制度だ」と言われます。全国のどこの病院で研修を行なっても,その後皆同じ立場で入局できるので,学生・研修医にとってはやりやすかったのだと思います。何よりも卒後すぐに自分の専門とする分野を選ぶのではなく,研修後に決めることが出来るというのは魅力的ではないでしょうか。
 ただ,今回の臨床研修必修化の制度ができることによる問題も浮かび上がってきています。東北地方の臨床研修指定病院以外の病院の中には,いままで研修医がいないと成り立たなかったところも少なからず存在します。指導医が1人いて,そこに研修医が1-2人いるだけという病院の診療科が数多くあるのです。そういう病院にとってみれば,新しい制度の中身によっては研修医を採用できなくなり,即,死活問題につながりかねません。さらに,東北圏は臨床研修指定病院の指定を受けられる病院が少ないものですから,これまで指定病院以外の所で研修を行なっていた人の分が指定病院に集中してしまう可能性もあるわけです。それらの病院では,いままで2-3人だった研修医が,突然数倍の人数に増えるわけで,果たして今までどおりの研修の質が保てるのかという問題もあり,皆が心配しているところです。
福田 どの施設で研修するかと考えれる時に,選択はどのようになされていますか。
光石 基本的には,先輩の話を聞く,もしくは自分で実習に行ってみてその印象などで判断します。
福田 面接などもあるのですね?
光石 はい。ただ東北圏内に他からいらっしゃる方はあまり多くないので,実際には医者不足という地域の事情も手伝い,それぞれの施設で受け入れる枠と希望者の数が合えば,ほぼ内定はもらえます。
福田 病院ごとに給料格差もかなりあるでしょうね。
光石 あります。東北圏の中で見ると,都市部のほうがそうではないところと比較して給料は安いです。ただ東北地方の病院を押し並べて見てみると,他の地域の病院よりは給料が高いのではないでしょうか。関東圏の病院などを見てみると,「わぁ,安いな」というのが皆の正直な反応です(笑)。
 現在,東北大学としては,いまお話ししましたような,これまで研修医を受け入れてきたけれども臨床研修指定病院には指定されていない病院と大学病院が連携し病院群を形成して,スーパーローテーションのカリキュラムをつくれないか,という方向で検討しているようです。つまり大学病院で半年なり1年研修して,それから外の病院で研修を行なっても,研修をしたと認められるような制度づくりをしていこうと動いているようです。

厚生省WGの「基本設計」で固まりつつある新しい研修方法

加藤 スーパーローテーションのお話が出ましたが,必修化後の研修方法をどうするかという議論がこの間行なわれてきました。厚生労働省案は,24か月のうち18か月を「基本ローテーション」とし,内科系および外科系で8か月,そして小児科と救急はそれぞれ3か月,精神科と産婦人科はそれぞれ1か月……というように,「すべての研修医は,これをしなさい」という,いわば「定食メニュー」を提案していたわけです。しかし,そこには,アラカルトメニューがほとんどなく,選択の余地がありませんでした。そこで,全国医学部長病院長会議では,7月22日に「卒後臨床研修のあり方について」(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/07/s0723-2d.htmlで閲覧可能)という提言をまとめ,この「基本ローテーション」にあたる部分を「内科,外科,小児科,救急」および「選択必修1科目」を加えた12か月以上の期間とする案を提案していました。
 9月4日に行なわれた厚生労働省の新医師臨床研修制度検討ワーキンググループ全体会では,この問題が議論され,いわば厚生労働省案と大学側の案が歩み寄るような形で,「新臨床研修制度の基本設計」(9面参照)としてまとまりました。この基本設計では,2年間のうち最初の12か月は内科,外科,救急部門を基本研修科目として研修し,2年目は小児科,産婦人科,精神科および地域保健・医療を必修科目として,それぞれを1か月以上研修することになり,24か月のうち16か月を基本的な7診療分野を必修として経験する形になっています。現在のところ,この方向で具体化する見通しとなっています。

■大学病院は必修化でどう変わるのか?

新しい研修方式がもたらす「問題」

田村 研修方法について,よく6年生の方に聞かれるのですが,特に,内科や外科以外の専門科に卒後すぐに入局される方は,多くの場合2年間ぐらいの研修プログラムとなっていて,その中には,それなりの雑用もあるのが実情だと思うのですが,今後,必修化されると,卒後すぐに入局する人はいなくなってしまうわけですよね。すると,僕らの1つ上の学年,もしくはもう1つ上の学年ぐらいまでが,医局の雑用であるとか,「医局の戦力」としての部分をかぶらなければならないのではないかという不安があるようです。
加藤 それはあるかもしれませんね。逆に言うと,研修プログラムが決まらないものだから,現在の若い研修医たちの不安はつのったままなんです。再来年からはローテーションで通り過ぎていく研修医たちが次々来るようになる。そうすると,現在やっている仕事に加えて,研修医たちの教育もしなくてはならないだろうということで,非常にしんどい状況になるのではないかという危惧を持っています。
下山 僕の大学でもよく耳にするのは,例えば内科は全部で5講座あるのですが,その中でどういう割り振りになっていくのか,あるいは,「精神科1か月,産婦人科1か月……」というような話を聞いた時,各科で共通して聞かれるのは,雑用係がそんな短期間に回ってくるだけで,果たして研修としての意味があるのだろうかという声でした。
 例えば,1か月では仕事も技術もきちんと覚えないまま期間が終わってしまう。しかも病棟を支える労働力が成立しない。また,指導医にはどういう人をあてればいいのかということ,それからいま雑用として研修医の先生がやっているような仕事を,新しい制度では誰がやるのか。そういうことを解決していかないと,制度が変わったとしても,囲われた中で研修医が雑用を引き受けるという現状には変化がないのではないかという危惧があります。

社会的批判にさらされる大学病院

加藤 だいたいで言えば,いま研修は約75%が大学病院で行なっています。東北大学のような例も一部にはありますが,多くはそうですね。しかし,これまでの大学附属病院での研修に不備があったことは事実です。そこは変えなくてはならない。
福田 現実は,大学病院で研修する人たちは多いわけですが,ストレート形式だとどうしてもそこの戦力になってしまう。おそらく,研修医たちは「自分たちは医局の仕事ばかりをするつもりで入ってきたんじゃないんだ」と感じていると思います。研修のきちんとした体制もないまま,数ばかり集めてくるわけで,これがまさに批判されているんですね。
光石 確かに,75%が大学病院で研修をされているという現実はあると思うのですが,そうせざるを得なかった学生もたぶんいると思うのです。外の市中病院に行って,「ここで研修したいけれど,将来のことを考えると大学でやらざるを得ないな」と。医局に属さざるを得ないという……。
福田 それもまさに指摘されているところです。学位や専門医制度との関係で大学で研修せざるを得ないことへの社会的批判があります。
光石 ですから,7割5分が「選んでいる」のではなく,その中には「選ばされている」人も多くいるのが現実ではないかと……。
福田 そう,選ばされている。私も,それが正直なところだと思います。いま,それが国会でも取り上げられて問題となる時代となった。社会一般もそこを鋭く指摘するわけです。このあたりは,これから変わらざるを得ないところだと思います。

大学病院でプライマリ・ケアを学べるか?

田村 今回の臨床研修必修化では,プライマリ・ケアのできる医師を養成するということがうたわれています。実際,これまでの大学病院は,高度先進医療を推進していく意味で,いろいろなところから集約的に特殊な症例やめずらしい症例を集める場所であったことも1つの事実ですから,逆にそのことが災いして,プライマリ・ケアを研修医に経験させるという点については不十分だったということはあると思います。
 そこで,今後大学病院が,プライマリ・ケアも教育・研修の中に取り入れていこうという時に,具体的に何かアプローチがあるのか教えていただけますでしょうか。
加藤 1つは,「病院群」です。プライマリ・ケアの研修が可能な施設と連携することによって,それは可能になると思いますが,一方で,1か月や3か月ずつのローテーションでいったい何ができるのかという見方もあります。
瀬戸口 そもそも,大学病院のような特定機能病院というのは,研修病院として適切だとお考えなのでしょうか。
加藤 これは大学によってさまざまです。
福田 大学病院は,先進医療をやるために専門的な領域に偏り,そして,その大学病院の診療体制も専門家に偏ってしまった。患者さんも多くは紹介患者ですから,やはり一般的な疾患を持つ患者さんは,多いとは言いにくい現状があります。
瀬戸口 鑑別疾患を考える時には,頻度の高いものから考えるというのが原則ですよね。すると,大学病院のような場所での初期研修には疑問も感じます。
福田 ですから,大学病院としてもそれではまずいというので,国立大学では総合診療部をつくって,全体的に診られる先生を育成したいと考えているのです。ところが,なかなか専門医から全身的,一般的なところへ抜けきるのは難しいです。
 大学病院の研修というのは,ストレートで入ってきて専門医になりたいという人には非常によいのですが,いま社会的に要請されているのは,医師の基礎的な能力として,全身的なものを診ることができなくてはだめだということです。「小児科のこと?私は知らないよ」「救急? 私は診られないよ」という医師ばかりでは困る。その原因はいまの研修体制がまずいからだ,という批判の論理です。
加藤 大学病院によっても事情がいろいろ違いますが,東大や慶應病院などの場合には,患者さんが非常に多いので,かなり幅広くやれるはずです。救急も東大の場合には,患者さんが年1万人を超えますので,かなりカバーできるはずです。
 また,臨床研修病院の中には優れた教育を提供しているところがありますから,そのようなところとの役割分担,あるいは病院群をつくって,それにより近づける,融合していくシステムも考えられます。しかし,それが先日まとまった「新臨床研修制度の基本設計」でも,卒前に行なわれる1年間の臨床実習でのスーパーローテートの後に,単に16か月の定食メニューを加えるような形になっては,6年間の卒前教育が7年4か月になっただけになる可能性もある。そこを非常に危惧しています。
 そもそもすべての病院へのフリーアクセスが保証されているわが国において,一律にプライマリ・ケアのみを強調した研修を強制することにも疑問を感じています。厚生労働省の意見を聞いていると,地方や離島の医師不足を,研修医の再配分でつじつま合わせをしようとしているのではないか,とも思えてきます。
田村 僕自身は実は,大学病院で研修することは悪いだとは思っていません。例えば,外来で経験できる患者数は少ないかもしれないですが,自分が診た患者さんがその後どうなっていくか,どういう医療に触れていくのかという,あとの流れを見ていく機会は多いと思うので,僕自身にとっては大学病院の研修は大変魅力的に感じます。ただ,いま世の中一般として,医局制度もからめて大学病院がいろいろ言われているのに対して,「大学病院でも,プライマリ・ケアもちゃんとできるよ」,「やっているよ」と言葉でアピールすること以外に,これから研修先を大学病院か,市中病院かを選択していく学生に対して,何かアトラクティブな要素が見えてこないと,先生方が危惧されているように,外からの情報だけをみて,大学病院から人が減っていってしまうのではないかと思うのです。

臨床研修内容の根幹について十分な議論が必要

福田 要するに,どこの研修施設でやっても,必要最小限の研修内容については保証されなければいけないわけです。基本的には,医師としていちばん大事な要素――私はプライマリ・ケアという言葉を使わないのですが――全人的に診られる研修体制が,どこへ行ってもある程度担保されているということが,第1条件だし,法制化の趣旨だと思います。そして次に,それをどのような病院群で行なうかという問題になる。そして,自分はどこの病院を選ぶという話はもっと先に出てくる話です。
 ですから,いちばん求められている研修内容は何なのか,最低限これだけはクリアしてほしいということは何かを,まず全国医学部長病院長会議として7月22日に「卒後臨床研修のあり方について」という提言で示したわけです。これは大学病院に限った話ではありません。臨床研修病院も含めた基本的な基準を示したものです。だからまず,そのプログラムの話を十分に話し合って決めなければならない。その上で各大学病院・各臨床研修病院がそれぞれの特色を出し,学生たちにアピールしていくことになるのではないかと思います。
加藤 研修方法,研修プログラムについては,学生さん,特に当事者になる人たちは,どんどん意見を言ってほしいし,私たちもそれを厚生労働省などに橋渡ししていかなくてはならないと思っています。上から,こういう制度ですよと決められて,「そうですか」とする必要はありません。いろいろな人に,いろいろな希望があっていいわけです。それをうまく取り込んでいけるように,研修を受ける側はその立場からの希望を出し,われわれも「こういうメニューが出せるよ」と,それぞれの大学病院,臨床研修病院らがメニューを出してお互いにすり合せを行ない,それを積み上げたものを制度とすべきであって,「一律に16か月の定食メニューだ」とすべきではないと考えています。東大病院も与えられた枠の中で,いかに魅力的で多様性のあるプログラムを提示できるか考えているところです。

学生が発言すべき時だ

田村 学生と病院側がしっかり議論を行ない,よりよい研修のあり方を考え,プログラムを作っていくことができれば,はじめに制度ありきという流れを断ち切れるかもしれないということですね。
福田 これから研修に臨む人たちは,臨床研修はどうあるべきかということを,自分たちで考えなければいけません。その中で大学病院のシステムの悪いところについては,不満もあると思いますから,それを主張し,提起してほしい。学生の側の持つ問題意識も共有しながら,それが今回の制度設計の中ではどうするのか議論していく必要があります。
 学生の皆さんは,自分自身が直接かかわることだから,いまからでも臨床研修はどうあるべきかということを考えてもらいたい。制度設計の議論はまだまだ動いている状況ですから,そこには学生の意見が反映されて然るべきです。
田村 今後,ストレート研修がなくなり,医局への入局もなくなっていく中で,先生方としては,大学病院で研修するメリットとはどのようなところにあるとお考えでしょうか?
福田 相対的にスタッフの数が多い大学病院では,1人ひとり丁寧に教えてもらうことができるという,大きなメリットがあると思います。研修医1年目の時などには,少ない症例で丁寧にその病態が何であるか,必要なことをよく考えることができるし,あるいは指導医から教えてもらうことができる。そういう時期がまず最初にあり,そして2年目にたくさんの患者さんを診る時期を迎えるというのはよいことではないかと思います。
瀬戸口 いわゆる「雑用」と言われることについてはいかがですか。
福田 それは,何を雑用と考えるかにもよりますね。例えば,医師たる者,包帯は自分で巻けなくてはならないでしょう。軟膏の塗り方だって知らなくては看護師を指導することもできません。導尿だってそうです。こういうことは,「雑用」とは考えないでいただきたい。要するに,医療の現場をよくみて,経験し,各自の能力向上に役立てることが必要です。
加藤 しかし,大学病院の場合には,あまりにプリミティブな雑用があるのも確かですけれどもね。
福田 書類を持って走るとかね(笑)。しかし,大学病院での研修はこれから大きく変わると思います。私たちが先日まとめた「卒後臨床研修のあり方について」という提言もぜひ読んでみてください。各大学で状況は違うかもしれないし,先生方の意見も違うかもしれないが,情報を共有し,オープンな議論が必要です。もちろん,この議論には学生の皆さんも加わるべきです。学生の皆さんが私たち(全国医学部長病院長会議)に話を聞きたかったら,いつでも連絡をください。あるいは,学生の皆さんから厚生労働省に,問い合わせたり,意見を言うことも必要でしょう。厚生労働省のホームページでは現在,「臨床研修に関する医学生へのアンケート(http://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/p0902-1.html)」(9月30日締め切り)を行なっており,学生の意見を集めています。どんどん自分の意見をぶつけましょう。
 皆がわからないまま,慌てて進めることはあってはなりません。よい制度をつくらなくては,結局困るのは国民ですし,あなたたち自身です。
 本日は有意義な時を過ごしました。ありがとうございました。
(了)



下山祐人さん
東京医科大学五年生。アイスホッケー部に所属し,アメリカンフットボール部にも1年間参加した経験を持つ。ハードな練習の中で地道に積み上げていくことの大切さを痛感。地味だけど確かな努力で,将来患者さんとの間にも確固とした信頼関係を築き上げていき,病を見ずに人を診れるような医師になりたいと語る。

田村雄一さん
慶應義塾大学医学部5年。慶応大学心臓病先進治療学の福田恵一講師(本紙2483号参照)の指導のもと心筋細胞の再生医学研究に携わる。また学内でケーススタディの勉強会を主宰し,すでに50以上の症例に関してディスカッションを交わすことにより医学を貪欲に学ぶモチベーションづくりを模索している。

福田康一郎氏
1966年千葉大医学部卒,千葉大大学院(外科学・生理学)などを経て,75年千葉大助教授,同年文部省在学研究員として,ドイツのボッフム・ルール大学生理学研究所へ赴任。92年千葉大教授(生理学第2講座)。2000年より千葉大医学部長。本年5月まで全国医学部長病院長会議会長を務めた他,現在,同会議・卒後臨床研修制度ワーキンググループ委員,共用試験実施機構運営委員などを務め,卒前卒後の医学教育改革に携わる。

加藤進昌氏
1972年東京大医学部卒,帝京大学,国立精神衛生研究所,国立精神・神経センターを経て,79年カナダのマニトバ大学医学部へ留学。83年国立精神・神経センター神経研究所研究室長,86年滋賀医大精神医学教室助教授,96年同教授。98年東大精神医学分野教授,2001年より東大医学部附属病院長。全国医学部長病院長会議では,大学病院の医療に関する委員会,卒後臨床研修制度ワーキンググループで委員長を務める。

瀬戸口雅彦さん
東大建築学科卒。現在,東京医科歯科大学医学部6年生。来年度からは,新しい研修システムを採用した東京医科歯科大学医学部附属病院で臨床研修予定。2年間の大学病院での研修をより有意義にするために,研修医の側からできることは何かを模索している。

光石陽一郎さん
現在,東北大学医学部6年生。大学2年生の時に行ったインド・カルカッタの伝染病院での医療に大きなショックを受け,日本の医療を考えるようになる。医療の進歩の中に,日本人の持っている独自の宗教観・死生観がうまく絡み合ってきた時に「本当のよい医療」が生れる,と感じていると話す。