医学界新聞

 

〔レポート〕マレーシアの家庭医療

プライマリ・ケアの教育施設を訪ねて(前編)

大西弘高(イリノイ大学医学教育部)


 WONCA(世界家庭医学会)のためにクアラルンプールを訪れたが,飛行機の都合で3日ほど暇ができたため,マレーシアの2大学にあるプライマリ・ケアの部門にお邪魔し,いろいろな話を聞いたり,見学をすることができた。その模様をお伝えしたい。

プトラ・マレーシア大学医学部コミュニティ・ヘルス部門

 マレーシアの首都,クアラルンプールから南に車で30分ほど走った郊外に,プトラ・マレーシア大学(Universiti Putra Malaysia,以下UPM)の広大なキャンパスが広がる。ここは,元々は1931年に創立された農業大学であったが,数年前に医学部(Faculty of Medicine & Health Sciences.Facultyは米国で言うところのCollege)ができたという。英国統治時代からの伝統校に新しい医学部という取り合わせが何ともユニークだった。
 Dr. Zaitonは10代の子ども3人を抱える女性講師で,コミュニティ・ヘルス部門〔Department of Community of Health
(http://www.medic.upm.edu.my/~kkom/)〕に所属する家庭医療科(Unit of Family Medicine)の主任だ。今は,近々スタート予定の新しい家庭医療学卒後研修プログラム(Master of Family Medicine)のことで頭が一杯だということ。すでに,5年間の医学校プログラムにおいて,卒前教育の地域/家庭医療実習のために20-30人の家庭医(General Physician)とやり取りがあるようだが,そこに研修医をどんどん配属するということが可能かどうか,もっと教育熱心で優秀な指導医はいないかどうかと,悩んでいるらしい。
 UPMの医学教育は,University of Nottinghamにそのひな形を求めているそうだ。「やはりマレーシアは英国の助けを借りるのか」と尋ねてみると,英国だからというよりは,Family MedicineやCommunity Medicineの領域で英国が世界の先端を行っているという考えからであった。ただ,マレーシアから留学するということになると,英国に行くというケースが多いとも聞き,結びつきは今でも深いと言えるのだろう。

学生による地域/家庭医療実習

 卒前教育での地域/家庭医療実習は,5年間にいくつかのレベルに分けて行なわれる。3年次に行なわれる体験実習では,ある程度重症な1人の患者を病院で受け持った後,自宅に帰ってから本人,家族,地域に焦点を当てて考察させるようなものである。これについては,後に詳述する。また,4年次では,4週間の実習期間を政府での実習(これの中身は理解できなかった)と診療所等での実習に分けており,診療所実習の半分は何らかの研究活動に携わることになっている。
 私はこの研究活動に関心を持ったが,多くの場合,その診療所での診療内容を監査するような研究が行なわれるらしい。例えば,対象の3日間にかぜ症候群で受診した患者すべてに聞き取り調査を行ない,その患者たちにcough mixという風邪用約束処方が出されたかどうかを中心として分析した研究など見せていただいたが,なかなか視点が興味深いと感じた。これは,診療所にとっても自らの診療内容をチェックする意味でプラスになるし,学生にとっても診療所の機能を研究的な視座から分析する重要な機会となり得る。
 学生は,どのような患者を診療したかを書くためのポートフォリオを教員から手渡されており,一覧表とともに,特に関心を抱いた一症例について細かく記載したり,2例は患者とのやり取りを録音することが義務づけられていたり(そのための患者へのインフォームド・コンセント用紙がすでにシラバスに含まれている!)と盛りだくさんである。そして,診療所で教育に携わる医師は相応の金銭的報酬を受け取っており(これは他の大学ではあまり行なわれていないらしい),それゆえにファカルティ・デベロップメントも比較的行ないやすいということであった。

地域の診療所,クアラルンプール病院

 昼前に,少し地域の診療所を見学させていただいた。ここは,公立で受診はすべて込みで1RM(1リンギット=約30円)という施設である。助産婦がフォローアップするマタニティヘルス外来,精神科や老人のデイケア(すべて無料)も併設されている。見学した日は月曜だったため,やや混んでいるということだったが,午前中にMedical Assistant(3年間のプログラムを終えたヘルスケア要員)と1人の医師で110人の患者を診療したらしい。小さなエコーや,単純写真のみのX線装置があるという意味で,この診療所は公立としてはまだ水準が高いほうだということであった。
 昼からは,コミュニティ・ヘルス部門の部長であるDr. Longにクアラルンプール病院での小グループ教育セッションに連れて行っていただいた。クアラルンプール病院
http://www.hkl.gov.my/)は2585床の公立病院であり,Dr. Longは知る限りでは世界1の規模と言っていた。今回の教育セッションは,上で述べた3年への体験学習についての報告会予演だった。7人グループの学生たちのうち2人は休んでいて,Dr. Longは初めややご機嫌斜めだったが,そのうち,1人ひとりの学生によるプレゼンテーションが始まった。PowerPointで非常にきれいに作られたファイルがプロジェクターで映し出され流暢な英語でプレゼンテーションがなされる。今回のグループの出席者は全員マレー系なので,高校までは英語教育を受けていないはずであるが,あまりに早口な英語にたじろいでしまった。そして,プレゼンテーション用のフォーマットは決まっていたようであったが,患者の病態,生活の問題,本人の心理,家族背景やその心理,経済状況などを実にうまくまとめている実力にも驚かされた。
 興味を持ったのは,糖尿病,冠動脈疾患,高血圧を抱えた65歳のマレー系男性である。2人の妻を持ち,片方の妻の子どもには生活の経済的援助,もう一方の妻の子どもには受診に関する経済的援助を受けている〔イスラム国家ということでPolygamy(一夫多妻)は依然みられる〕。しかし,そのような援助を受けていたとしても,公立診療所ではなく私立の診療所を受診しているらしい。そういうのはいかにもマレー男性らしいのか,結構この点については何も質問がなされず,Dr. Longも「結構あるんですよね~」というコメントだけであった。マレーシアでのPolygamyに関しては,頻繁にディベートされる内容らしく,医療者ともなるとその手の話題にはやや辟易しているのかもしれなかった。

マレーシアの医学生との対話

 終了後,Dr. Longはバドミントンの練習があるからとそそくさと帰って行かれたが,私は学生5人と1時間ほどいろいろと話をしてみた。学生は女子4人,男子1人だったが,医学生の6割が女性というマレーシアではこのような人数配分はまったくめずらしくない。彼らにまずコミュニティ・ヘルスの今回の実習について感想を聞いてみると,「言われたことをこなしているだけ」とあっけない返事であった。
 では,医学部に進んだ理由はと尋ねると,1人しかいない男子は「親が医者だから,その影響が強いかな」とか,他の女子は「やっぱり収入が安定しているからかな」と,これもあっさりとした答えであり,どこの国の学生もこんなものなのかという印象を受けた。ただ,「医学部は学生生活が忙しく,酒が飲めず,男女のオープンな交際もあまり一般的でないので,暇な時間があれば寝ています」と言った女子にはやや照れた様子もみられたので,本当は医師になりたいというもっと熱い気持ちを友人たちの前で隠しているのではないかとも思えた。
 また,日本に関してはトレンディ・ドラマなどで触れる機会が多いという理由でかなり関心を持っていた。「日本の女性はとても保守的と言われているのに,トレンディ・ドラマではそんな風に描かれず,とても軽い恋愛を楽しむような感じだけど,本当はどうなの?」と訊かれた時には,さすがに答えに窮したが……。