医学界新聞

 

新しい精神医学・医療の構築をめざして

「第12回世界精神医学会横浜大会」開催にあたって

鈴木二郎  前日本精神神経学会理事長・世界精神医学会大会運営委員長・
WPA東アジア地区代表・国際医療福祉大学教授


創立100周年を迎えた日本精神神経学会

 本年2002年は,日本精神神経学会と精神病者慈善救治会が1902年に創立されてちょうど100周年に当たります。前者は呉秀三先生と三浦謹之助先生,後者は呉先生によって始められたのでありますが,この両会創立によって,日本の精神医学と医療が初めて近代化への道を歩み始めたということができます。
 1918年に呉先生が述べられた「我邦十何萬ノ精神病者ハ,実ニ此病ヲ受ケタル不幸ノ他ニ,我邦ニ生レタル不幸ヲ重ヌルモノト云ウベシ。精神病者ノ救済・保護ハ実ニ人道問題ニシテ,我邦目下ノ急務ト謂ワザルベカラズ」という有名な言葉があります。この時代からの100年間が,本来あるべき近代化あるいは精神障害者のための医療の100年間であったと必ずしも言うことはできません。
 もちろんこの間に欧米に学んできたわが国の精神医学から,新しい独自の「森田療法」,「内観療法」あるいは「甘え理論」,さらに生物学的精神医学研究の多くの知見などが産出されてきました。
 しかしこの間,現実には精神科医や精神医療従事者は,精神医療の貧困や精神障害者に対する根強い差別と偏見に対して絶えず戦う苦悩の歴史が続き,現在も戦いは続いています。
 この記念すべき年に,すでに「21世紀のメンタルヘルスを考える」救治会100周年記念式典が5月25日に開催されました。

第12回世界精神医学会横浜大会を開催する意義

 さらに第12回世界精神医学会(WPA)横浜大会が,8月24日から29日まで横浜で開催され,同じ会場で同時に日本精神神経学会創立100周年記念行事と展示が持たれます。WPA世界大会は日本精神神経学会創立100周年を機に開催を誘致したもので,大会開催は実に大きな意義があります。
 まず,日本精神神経学会は,その会員数だけからいうと約8900人と世界第2位に達しています。しかし,過去の苦悩の歴史もあって,学会としては,世界的にはいわば鎖国状態にあったと言われても仕方ない状態でした。大きい学会として1960年代から開催を要請されても,応えられなかった状況が続いていました。1997年にWPA理事会メンバーが来日した時の様子は,まったく幕末の開国の状況と同様でした。この大会開催は,日本から多くの情報を発信できるとともに,今後の日本の精神医学・医療に大きい影響を与えてくれるでしょう。
 またWPA大会を日本で開催してほしいという要請は,アジアの精神医療の発展のためにという大きい責務を含んでいます。アジアの精神医療事情は,それぞれ特徴はありながら,残念ながらきわめて悪く,WHOの西太平洋事務所と共同してその改善が求められています。これまでWPA大会はすべて欧米で行なわれてきましたが,歴史的必然として,今回アジア,次回はアフリカということになり,グローバリゼーションが精神医学・医療にも及んできたということでしょう。この大会開催と併せて,アジア各国に精神医学の雑誌を寄贈する計画も期待されていますが,いまのところ資金難で頓挫しています。
 このアジア開催の意義を強調して,本大会へアジアを主とした若手精神科医を招待するプランが進められ,少数ですが,ホームステイも予定されています。こうした意味でこれまで少数の方々が熱心に活動されてきたアジアの精神医療により多くの関心を向ける契機となることが期待されます。

現在の精神医療が抱える課題

 日本の医学界の先生方にことにご理解いただきたいこととして,現在の精神医療は,多くの課題を抱えています。呉先生が述べられた状況とどれだけ異なるでしょうか。
 学会100周年の行事や展示は,過去の歴史を示してくれます。しかし,それが単なる回顧や告発だけであってはならず,それを点検し,教訓を得て,新しい方向を模索し,呉先生の言葉にとどまらず,心の世紀としての21世紀への出発点にしたいものです。日本の地域医療が,例えば小規模作業所など,特色を持つと言われることがありますが,現状は果たして十分でしょうか。
 このように現在,さらに今後も,精神医療がチーム医療の連携をとり,多くのコ・メディカルスタッフや福祉関係者との共同作業であることを踏まえて,今回の大会が広くコ・メディカルや福祉関係者の協力を求めているのはそのためです。
 また現在,医療保健の中でしっかりした資格を持つ臨床心理技術者も求められています。今回の大会が,こうした面でも新しい出発点になることが期待されます。

「手をつなごう心の世紀に」をテーマとして

 精神医学・医療は,人々の心の問題です。そうでありながら精神障害者に対する偏見は続いています。WPAでは,そうした偏見に対するキャンペーンを世界的に展開しており,今回の大会でもそのための行事が組まれています。精神障害者の心情を理解してもらうために,世界各国から寄せられた絵画の展示が予定されています。
 一方,一般市民の精神疾患についての関心も強く,それに応える意味もあって,市民公開講座を4件開催します。こうした市民との接点を求める努力は,当然精神医学・医療の広がりと進歩が,市民のためのものであることを要請します。
 ワールド・カップ大会が,日本の国際化に貢献すると同時に,サッカーというスポーツを広く一般に浸透させたように,今回のWPA横浜大会が,「手をつなごう心の世紀に(Partnership for Mental Health)」のテーマのもとに,世界と日本をつなぐ絆の1つと同時に,広く医学界,市民に精神障害を少しでも理解していただく機会になることを心から願っています。

●「日本精神神経学会」創立百周年記念行事のご案内

森 温理(学会創立百周年記念行事委員会委員長)

 日本精神神経学会は明治35年(1902年),当時の帝国大学教授の呉 秀三,三浦謹之助両先生によって創立されてから今年で100年になります。創立時は日本神経学会と呼ばれていましたが,昭和10年(1935年)から日本精神神経学会となり今日に至っています。
 現在,当学会では百周年記念事業としてさまざまな記念行事の開催と学会百年史の刊行を企画しています。記念行事としては第12回世界精神医学会(WPA)横浜大会の始まる8月24日に記念式典と記念講演を,WPA大会期間中に記念シンポジウム,記念展示などを行なう予定です。
 記念講演は伊藤正男(理化研・脳科学総合研究センター所長),N. Sartorius(ジュネーブ大学教授)両氏によって行なわれます。また,記念シンポジウム(「わが国における精神医学・医療の歴史と展望-21世紀における日本精神神経学会の新たなる発展をめざして」)には,秋元波留夫(前東大教授),松下正明(都立松沢病院院長),山口成良(金沢大学名誉教授),仙波恒雄(日本精神科病院協会会長),佐藤光源(日本精神神経学会理事長)の諸氏がシンポジストとして参加されます。記念展示についても鋭意準備を進めているところです。
 WPA横浜大会,およびそれと同時に開催される第98回日本精神神経学会総会に出席される方々には,ぜひ学会百周年記念行事にもご参加いただきたくお待ち申し上げております。