医学界新聞

 

〔投稿〕

採血手技時には手袋着用を―――

必ず実施してほしい標準予防策

五味晴美(日本医師会総合政策研究機構・在米研究員)


先進国のスタンダード

 現在日本では,「採血時の手袋着用」を実施している医療機関は非常に少数です。しかし,医療資源の豊富な先進国で,採血時のような血液に曝露する可能性がある場合,素手で行なうことはあり得ないのが実情です(発展途上国では経済的に不可能である場合が多い)。私は卒業後の大半を米国の病院で過ごしました。卒後1年目から,在日沖縄米軍の病院で研修しました関係上,卒後10年目のいままでに,採血,血液ガス,筋注,静脈注射などを,素手で行なったことはただの一度もありません。
 その背景には,特に米国では,1980年代のHIVの急増などで,HIVを代表とする血液を介して感染が伝播する感染症を,いかに医療現場で予防するかということが大きな課題になっていました。院内で,感染症が伝播することを防ぐために,現在,CDC(米国疾病管理センター)では,4つのプレコーション(予防策)を強く推進,推奨しています(全米の病院ではほぼシステムは確立)。
 その4つのプレコーションのうち,スタンダードプレコーション(標準予防策)と呼ばれるものは,手洗い,手袋着用を基本とする予防策です。体液に曝露,接触する可能性のある場合,代表的な例で採血時,皮膚病変の診察時などは,必ず手袋を着用することが必要で,これが大原則です。血液を介して感染が伝播するものには,臨床上重要なものでB型肝炎,C型肝炎,HIVが挙げられます。このうち,B型肝炎がもっとも感染性が高く,少量の曝露でも感染が成立してしまう危険があります〔大雑把な米国での疫学上のデータでは,針刺し事故後,B型肝炎,C型肝炎,HIVに感染する頻度は,それぞれこの順に,30%,3%,0.3%である(MMWR 2001;50(R-11):1-67)と言われています。ただし,針刺し事故での感染成立は,針の入った深さ,曝露した血液(接種された微生物)量に深く関連していますので,上記の割合は針刺し事故後の個々人に感染が成立する確率ではないことに留意していただきたい〕。

素手で採血を行なうのは危険

 そして,欧米諸国よりも,B型肝炎の有病率がかなり高い国である日本で,かつ,採血時などの,感染性の高いB型肝炎への曝露の可能性を考慮すると,素手で採血を行なうのは非常に危険です(B型肝炎の有病率に関し,世界的には,サハラ砂漠以南のアフリカ諸国は有病率が高い国,台湾,日本などは有病率が中等度である国,北米,欧州などは有病率が低い国であると認識されています)。
 採血は,針刺し事故というリスクが常について回ります。現在,この針刺し事故を防ぐための安全器具付きの翼状針,留置針が製造,販売されています。米国の病院では,この安全装置付きのものにかなり置き替わっています。現在の日本では,針刺し事故の頻度の正確なデータは存在しないのが実情ですし(医療機関によっては統計を取っているところもあるようですが,大多数は未知のままのようです),事故後の補償なども,予防投与や検査が病院負担なのか個人負担なのか,医療機関として明確な方針を立てているところは少数でしょう。

大切な標準予防策の教育

 したがって,医学部の学生さんに,「静脈採血」を指導する際に,こうしたスタンダードプレコーションを中心とする院内感染の予防策,針刺し事故といったリスクマネジメントも合わせて指導することは必要不可欠です。そして,その手技自体も,グローバル・スタンダードにのっとった方法で教育することが非常に重要であると考えます。
 本紙先月号の連載「OSCEなんてこわくない」では,「静脈採血」の方法が写真つきで,非常にわかりやすく解説されていました。リキャップをしないこと,Sharp Container(針の処理箱)に処理することが適切に説明されており,うれしく感じたのですが,ただ1点,素手で採血が行なわれており,残念に思いました。日本では,その他の医学生・研修医向けテキストでも,採血手技が素手で示されているものが少なくないのですが,感染症科医として,ぜひ,先進国のスタンダードについてお伝えしたく,投稿させていただきました。



五味晴美氏
1993年岡山大学医学部卒。沖縄米軍病院インターン,岡山赤十字病院内科研修医を経て95年から98年まで,NYのベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント,98年から2000年まで,テキサス大学医学部ヒューストン校感染症科フェロー,その間に,ロンドン大学衛生熱帯医学校にて熱帯医学修得,帰国後,2002年6月まで日本医師会総合政策研究機構主任研究員。2002年7月より,ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院在籍中。