医学界新聞

 

第36回日本作業療法学会が開催される

クライエント中心の作業療法の構築


 第36回日本作業療法学会が,さる5月29日-6月1日,宮前珠子会長(広島大)のもと,広島市の広島国際会議場,他において開催された。今回のテーマは「現代作業療法全図-作業療法21世紀への指針」。
 本学会では,宮前氏による学会長講演「クライエント中心の作業療法と,作業療法の学問的位置づけ,そして作業療法の全体を把握する観点」に続いて,杉原素子氏(日本作業療法士協会長/国際医療福祉大)と山根寛氏(京大医療短大部)による特別企画「私の作業療法地図と21世紀の展望」の他,(1)「作業療法実践の枠組み」,(2)「作業療法教育」などのセミナー7題,また教育講演12題,技術講座や,企画セッションやワークショップ23題,ケース検討,一般演題など,多彩な企画がなされ,大勢の参加者を集めた(関連記事)。




 宮前氏による会長講演では,これまでの作業療法のあり方をクライエント中心という視点からとらえ直し,作業療法の新たなステージを模索する内容となった。
 最初に氏は,ADLの自立,家庭復帰,家屋改造などが可能となり,リハの成功例と思われていた重度片麻痺患者が,バリアフリーに改築した自宅の部屋を「座敷牢」と呼び,退院半年後に自殺してしまったエピソードを紹介。また,住宅改築に際して本人の希望がかなわず,在宅療養の中で痴呆が急激に進んでしまった例などを紹介する一方で,セラピストの言うことを聞かないために,「わがままでやりにくい」と言われていたクライエントが,退院後には実に生きいきと自分らしい生活を送っているといったエピソードを披露した。
 これは,専門職がクライエントの価値観を受け入れなかった場合は,本人が不幸になり,逆に専門職の価値観を拒否した患者は自分本来の人生を生きられることになり,「作業療法とは何のためにあるのか」と自問したと述懐。さらに専門職の固定観念から,モチベーションの上がらないプログラムを押し付けて,勝手に「モチベーションの低いクライエント」と決め付けてはいなかったかと反省したという。このことから,今後の作業療法は,個人の価値観を重視すること十分に認識し,作業療法士は,クライエントに情報を十分に提供し多様な選択肢を示して,自己決定を促すことがその大きな役割になるのでは,と述べた。

作業療法の全体像

 後半では,作業療法の全体像を把握する観点として,(1)クライエント中心の作業療法,(2)学問の序列,(3)世界作業療法土連盟(WFOT)教育基準2002年の導入,(4)理論と技術,(5)理論の範囲(広範囲-中範囲-小範囲理論),(6)基礎-応用の軸から,(7)急性期-回復期-維持期から,の7点を提示。
 特に(1)は,「対話型のインフォームド・コンセント」をめざすアプローチが必要になると述べ,CMOP(カナダ作業遂行モデル)などの個人のセルフケア,生産性,レジャーにおける作業遂行の成果に焦点をあてる作業療法モデルを紹介をした。また(2)では,システム工学者のチェックランドが提唱した「物理学,化学,生物学,心理学,社会科学と,後になるほど複雑で曖昧である」という言葉を引用し,作業療法はこの後半部分を含む学問であるとした。しかし,学問が複雑・あいまいになると,従来の研究法ではエビデンスを示すのが難しいことから,最近では質的研究やフィールドワークなどの新しい研究アプローチが用いられはじめ,中でも小集団を対象とするマイクロ・エスノグラフィや,グラウンデッドセオリーなどは,作業療法における臨床研究の強力なツールになるとした。
 最後に氏は,「作業療法は還元主義では解決できない。社会・文化,心理レベルの学問を含めた作業療法の構築が必要である。このような学問,治療法では,個人の役割や価値観がクライエントのモチベーションを大きく左右することから,クライエント中心の対話型アプローチが,作業療法の成否を決める」として講演を結んだ。



作業療法実践における理論の位置づけ

――第36回日本作業療法学会より




 第36回日本作業療法学会(参照)のセミナー(1)「作業療法実践の枠組み」(司会=名大 原和子氏,北里大 浅井憲義氏)では,作業療法の臨床実践の中に理論をどう位置づけるかをめぐって議論がなされた。

患者にとって意味のあるリハ

 最初に大川弥生氏(国立長寿医療研)が,「目標指向型アプローチ-生活機能・障害構造論にたって」と題して,「リハとは障害を持った条件下での新たな人生の創造である」との考え方を基調とする「目標指向型アプローチ」を紹介。ICF(国際障害分類)モデルにおける参加レベルの「新しい人生目標」を主目標に,その具体的生活像である活動レベルの副目標を同時に決め,それに必要な心身機能・構造レベルの副目標を定めてプログラムを決定する,という本アプローチの流れを概説した。さらに,「患者の自己決定権の尊重と,専門家の専門性が両立してはじめて最良のリハが実現でき,そのためにはインフォームド・コオペレーション(情報の共有と協力)が重要になる」とした。
 続いて上村智子氏(広島県立保健福祉大)が,「カナダ作業遂行モデル(CMOP)-作業遂行プロセスモデルを用いた実践」と題して登壇。CMOPは「患者のニードに基づいた課題にクライエントとともに取組み,成果をあげることが作業療法の基本的役割」との考えのもとに開発され,これを根拠に「作業遂行プロセスモデル(OPPM)」が開発されているが,氏は,本モデルを日本人のクライエントに施行した2例を紹介。これにより,クライエント本人にも作業療法士にとっても予想以上の効果を生む可能性があり,新たな目標の発見が得られ,また根拠のある実践への説明責任を果たすことが可能,などの効果を強調した。
 山田孝氏(都立保健科学大)は,「人間作業モデル(MOHO)-2人の独身女性障害者の生活物語から」と題して講演。MOHO(model of human occupation)とは,人間の作業行動と疾病・外傷などから引き起こされる作業機能障害をとらえる方法で,特に叙述(ナラティブ)が重視されることが特徴。氏は,MOHOの理論的枠組にそった作業遂行歴面接改訂版(OPHI-II)を実施した2例を紹介。「作業療法とは,意味を持つ作業への参加を支援することであり,語りは意味を持つ作業を同定する。また,人は語りに耳を傾けてくれる人を求めていることから,作業療法士はそうした役割を担うべきではないか」と述べた。