医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2488号よりつづく

〔第14回〕リスク・コミュニケーション(2)

同じ数字,異なるイメージ

 ある地域で新興感染症が勃発したとします。何の政策も施行されないと600人の死亡が予想されます。下の質問に深く考えずに即答してください。

●質問1
(1)政策Aがとられると,200人が救われる
(2)政策Bがとられると,600人のうち1/3が救われるが,2/3は死亡する
あなたはどちらを選択しますか?

●質問2
(3)政策Cがとられると,400人が死亡する
(4)政策Dがとられると,600人のうち1/3が救われるが,2/3は死亡する
あなたはどちらを選択しますか?

 その結果,質問1:(1)を選択=72%,(2)を選択=28%質問2:(3)を選択=22%,(4)を選択=78%となりました。
 この例でわかるように,人々はネガティブな結果に対する数値を避ける傾向にあります。逆に希望的なフレーズに飛びつくものです。そして,(1)・(3)を選択する人はリスクを嫌う傾向があり,逆に(2)・(4)を選択する人はリスクを好む傾向にあるとみなすこともできるかもしれません(Science, 1981;211:453-8)。

個人的経験や感情に左右される意思決定

 表1を患者さんと医師に見せ,「AかBのどちらの治療法を選ぶか?」のアンケート調査しました。
 その結果,治療Bを選択した人:患者さん31%,医師51%となりました。それでは,表の「生存」の部分を「死亡」に変えてみましょう。確率は100から表1の数値を差し引いたものになっていますが,意味は同じです。
 一方表2では,治療Bを選択した患者さん68%,医師62%と大きく変化しました。特に患者さんは,死亡という言葉の示す重みに敏感に反応していると理解できます。つまり,表2に見られるように5年の時点での死亡率66:78より,2か月の時点での死亡率0:10に魅力を感じて治療Bにシフトした人が出たものと想像されます。
 今度は表1表2で数値はそのままで,治療Aを手術,治療Bを放射線治療に変えてみました。そうした結果,
●生存している確率で示された時に放射線治療を選択した人の割合は
 患者さん=22%,医師=16%
●死亡している確率で示された時に放射線治療を選択した人の割合は
 患者さん=40%,医師=50%の数値が導き出されました。
 個々の回答者の手術,放射線治療に対するイメージや知識が働き,治療選択意思決定に影響したものと思われます。全体として放射線治療を選択する人が減っていますが,これは放射線に対するイメージが悪いためでしょうか。
 同じ意味を持つデータなのに,医師でさえも治療方針が変わっているのは驚きです。人が意思決定する時は,たぶんに個人的経験や感情に左右されることがよく理解できると思います。

表1 治療選択を左右される説明の仕方(1)
    生存している確率(%)
A 2か月の時点で 90
  2年の時点で 68
  5年の時点で 34
B 2か月の時点で 100
  2年の時点で 77
  5年の時点で 22


表2 治療選択を左右される説明の仕方(2)
    死亡している確率(%)
A 2か月の時点で 10
  2年の時点で 32
  5年の時点で 66
B 2か月の時点で 0
  2年の時点で 23
  5年の時点で 78

説明の仕方によって変わる反応

 私たちは,「同じリスクなのに,説明の仕方によって相手の反応がこんなに違う」ことをよく理解しておく必要があります。患者さん側,時には医師でさえも,過去の経験やイメージを総動員してその数値の意味を自分の価値観に変換する作業が行なわれます。そのため,医師側が患者側にエビデンスを示して治療の選択をすすめても,医師の予想に反して患者側はこれを拒否し得るのです。逆に,医療者側の説明の仕方によって,患者さん側の反応を誘導してしまうことがあり得る点も考慮しておかなくてはなりません。