第2489号 2002年6月10日


連載
第5回

再生医学・医療のフロントライン

  

末梢血管の再生

森下 竜一  大阪大学大学院医学研究科助教授・遺伝子治療学


閉塞血管に対する遺伝子治療

 動脈硬化を基礎とする虚血性心疾患,閉塞性動脈硬化症は,食生活の欧米化・社会の高齢化とともに増加しつつある。優れた薬剤やカテーテル・ステントなどの手術デバイスによる治療が発達したが,依然として既存の治療法では閉塞性動脈硬化症の重症患者においては下肢切断を余儀なくされる患者も多い。閉塞血管に対する画期的な治療戦略として,血管再生による治療が提唱された。動脈硬化や血栓などにより虚血状態に陥った組織において生理的な血管新生は認められる(側副血行路の発達)が,一般的に不十分である。したがって,このような病態においては血管新生促進が側副血行路の形成につながり,治療となりうることが考えられる。
 血管新生にはプロテアーゼによる基底膜や間質マトリックスの消化,血管内皮細胞の遊走・増殖,さらに内皮細胞間の再接着と管腔形成というステップが必要であるが,その中でも内皮細胞の増殖にかかわる因子はきわめて重要な役割を果たしている。近年の分子生物学の進歩は,VEGF(血管内皮増殖因子)などの血管新生因子の存在を明らかにし,これらを用いた治療の可能性を示した(治療的血管新生)。
 1994年より米国ではVEGF遺伝子を用いた慢性閉塞性動脈硬化症に対する遺伝子治療が始まっており,良好な効果をあげている。血管新生活性を有する増殖因子としては,VEGFだけでなく,FGF(fibroblast growth factor)やHGF(hepatocyte growth factor)などが報告されている。

遺伝子治療の実際

 前述したように,遺伝子を用いた血管再生による閉塞性動脈硬化症の治療は,米国・ヨーロッパでは広く実施されている。わが国でも2001年6月より,国内で発見されたHGF遺伝子を用いた閉塞性動脈硬化症とビュルガー病患者に対する遺伝子治療臨床研究がわれわれの施設で開始されている。われわれは安静時疼痛や虚血性潰瘍を有し(Fonatine III/IV),他の治療法のない患者の下肢に1か月ごとに2mgのHGFのnaked plasmidを筋注した(図1)。現在ステージ1の6人の患者のデータがまとまった段階だが,血管造影でHGF遺伝子投与部位に一致した有意な血管陰影の増強が確認される一方,全例で0.1以上のABI改善(5人中5人:Efficacy rate=100%),もしくは疼痛の改善においてVASスケールで1cm以上の改善を認めている(6人中5人:Efficacy rate=83%)(図2)。また,潰瘍も25%以上改善を示した患者は,4人中3人であった(図3)。一方で,VEGF遺伝子治療では60%の患者に見られたと報告されている投与部位の浮腫は認められなかった。現在までの成績では,VEGF遺伝子治療より有効性が高く,安全性に優れる可能性が示されつつある。2002年2月より高用量のHGF遺伝子の投与も設定されたステージ2の16人の患者に対する治療も始まっている〔この治療に関してはホームページ(http://go.to/idenshi)を参照〕。





将来展望・方向性

 HGF遺伝子による閉塞性動脈硬化症の治療は,来年には医薬品化に向けたマルチセンター試験が実施される予定であり,今後の結果が期待される。同様の血管再生作用は,狭心症や心不全治療に有効であることは当然推測される。すでに,欧米では,VEGFやFGF遺伝子の医薬品としての開発が進んでおり,現在フェーズIIIに2剤が入っており,2003年の上市が予定されている。われわれも,心筋梗塞・狭心症患者に対する遺伝子治療臨床研究を大阪大学遺伝子治療臨床研究審査委員会に2001年1月に申請している。今後は,脳血管性痴呆などの中枢神経疾患に対する血管再生の応用が期待される。