医学界新聞

 

〔寄稿〕

インターネット通信教育によるMPH(公衆衛生学修士号)取得

神保真人(トーマス・ジェファーソン大学助教授・家庭医療学)


仕事を続けながら学ぶ

 2000年5月,私はノース・カロライナ大学チャペル・ヒル校でMaster of Public Health(公衆衛生学修士号)を修得した。これには,2つの理由から特別の意味が込められていた。1つは,われわれ50人の卒業生が,仕事を100%続けながら学んでいける「Public Health Leadership Program」の第1期生であったこと。もう1つは,これがインターネットとビデオ・カンファレンスを駆使した通信教育であったことである。
 当時,私は,米国の永住権を得るためにノース・カロライナの医療過疎地域で家庭医療診療に従事していたが,たまたま読んだ州医師会雑誌にこの通信教育の募集等の情報が載っていた。ノース・カロライナ大学の公衆衛生大学院といえば,ジョンズ・ホプキンス,ハーバードに次ぐ名門である。慶応義塾大学の腎臓内科で学位を取る時に基礎研究法を学び,フィラデルフィアのトーマス・ジェファーソン大学で家庭医療学の臨床研修を修了した私は,いずれ役立つこともあるのではと,応募した。
 実際のオリエンテーションは,大学構内で行なわれた。新入生たちの職業は,医師,看護師,保健所所長,弁護士など多様だった。この時同級生や教授陣に会うことにより,その後,ディスカッション・フォーラムやビデオ・カンファレンスでコメントや映像を見た時に「ああ,彼(彼女)だな」と同級生意識を保つことができた。

履修科目とそれらの実践度

 このプログラムは,通学した場合1年で履修するものを3年間で行なう。絶対必修は,疫学,生物統計学,環境科学,社会行動科学,米国医療システムの歴史・構造の5つである。さらに必修として,公衆衛生学におけるassessment,policy development,assuranceの3つの基本概念に関連した科目があり,私は地域における問題提起と評価,マネジメント学,公衆衛生プログラムの企画・立ち上げ・評価を選んだ。その他に選択科目,フィールド・ワーク,修士論文を合わせて全39単位(16科目位)を取って卒業となる。
 私の場合,実際の仕事や経験を授業に生かせただけでなく,授業内容が仕事に役立つ場合も多々あった。私は,ある医療組織のメディカル・ディレクターも兼務していたので,特に「マネジメントの理念と実際」という科目は役立ったと思う。
 公衆衛生大学院のassessment,policy,assuranceの3大基本概念の徹底は,見事であった。Assessmentとは,その地域における健康上の問題点とニーズの把握,policyとはそれに対する政策ないし公衆衛生プログラムの目標・目的設定,実際の計画と実施,assuranceとはそのプログラムが予定通りに進行しているか,短期および長期目標が達成されたか評価することを言う。われわれは,地域における問題提起と評価で,まずそれらの概念の基本的概念を教わり,公衆衛生プログラムの企画・立ち上げ・評価でさらに理解を深めた。ニーズを把握し,目標を設定し,プログラムを企画・実行し,それの成果を評価するという一連の流れは,社会行動科学,健康情報科学,ソーシャル・マーケッティング等の一見異なる科目の根底を成していた。臨床研究における目標設定,計画・実施,評価とも共通しており,私の過去の基礎医学的研究と現在の臨床研究との間をつなぐ意味合いもあった。

インターネット

 学生のコンピュータ熟練度はまちまちであったが,大学院側の技術スタッフのサポートが充実しており,始めから順調に勉強できた。疫学は,特に優れており,必読資料,ビデオ講義,ディスカッション・フォーラム,毎週行なわれる小試験のバランスが絶妙であった。ディスカッション・フォーラムでは,州内各地域からの学生8人くらいで,1つのグループが構成された。毎週,エイズ,薬物中毒等,実際の社会問題を取り上げ,それをコホート調査のような疫学的概念に結びつけていた。文献検索等予め準備した上で毎週2本は意見を載せなければならなかったので大変だったが,各自頑張り,充実した議論ができたと思う。
 試験は,卒業試験も含め,すべてインターネット上で行なわれた。決められた日時に各自のコンピュータで時間内に問題を解くというものである。大部分は,ノート,教科書使用可であったが,そうでない場合は,Honor Codeにより,インチキせずに試験に臨むことが求められた。マルチプル・チョイス(多肢選択式)もあったが,ほとんどは記述問題で,「地域レベルで社会行動科学を基にプログラムを作る場合の留意点は何か。具体的な問題提起をし,自分の地域に適用して述べよ」のように考えさせられる問題が多かった。

ビデオ・カンファレンス

 毎木曜日,全州7か所にあるビデオ・カンファレンス会場に集まり,本部チャペル・ヒルからの授業を2科目3時間聴講した。私は,勤務先近くの短期大学に会場があったので楽だったが,中には2時間近くかけて来る者もいた。どの会場でも誰かが意見を述べる時,他の会場に画像と音声が流れるようになっていて,問題発生の際には各会場の専門員が対処した。
 会場で行なわれる授業は,ウェブ・サイトに提示された内容を基に実際の公衆衛生学的な時事問題について議論していくという形式をとった。多様な職種・背景を持つ者の集まりゆえ,意見交換もよりおもしろいものとなったと思う。

フィールド・ワークと修士論文

 フィールド・ワークは,自分の専門外でやることが要求された。私のテーマは,紆余曲折あったが,最終的に癌検診に対する一般人の認識の調査とした。余談だが,これを参考に現在,ミシガン大学と大腸癌検診について共同研究を行なうに至っている。

インターネット通信教育法の問題点と利点

 この通信教育法は,コンピュータのご機嫌次第によるところが大きい。うまく機能している時はよいが,機械の故障やサイト上の問題で予定が狂わされることがある。はらはらものだが,幸いそのような時のためにホットラインが開設されており,迅速に対応してくれた。
 また,教授と実際に顔をつき合せることができないのは難点だが,Eメールやビデオ・カンファレンスで完璧な質疑応答がなされていたと思う。
 何といっても大変だったのは,ペース配分である。仕事・勉強・家庭の3本立ては,かなりきつい。やらざるを得ない厳しい義務付締め切りが,常に追いかけてきてくれるのに助けられた。75人中25人が脱落していったが,とにもかくにも卒業にたどり着けた喜びは,各自ひとしおだ。
 勉強時間を捻り出すのは大変だが,週1回以外は自宅で学べ,仕事も続けられることは大きな魅力である。
 この修士課程を通じて私は,前述した3大基本概念や健康向上における公衆衛生の重要性について改めて学んだ。今後の家庭医療学向上においても役立つと思う。日本から履修できる講座も大学によってはあるようなので,興味のある人は探してみてはいかがだろう。


神保真人氏

1985年慶大医学部卒,同年沖縄県立中部病院研修医,87年慶大病院内科研修医,89年佐野厚生総合病院勤務,91年慶大病院腎臓内科専修医。93年に渡米し,トーマス・ジェファーソン大病院家庭医療学科で研修医となり,96年には同チーフ・レジデント,同年よりファースト・ヘルス家庭医療センターメディカル・ディレクターを務め,99年より,トーマス・ジェファーソン大家庭医療学助教授。2000年には,ノース・カロライナ大公衆衛生大学院を修了している。