医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


さらに成熟したEBM確立のための必読書

EBM時代の症例報告
Milos Jenicek 著/西 信雄,川村 孝 訳

《書 評》中山健夫(京大大学院助教授・医療システム情報学)

 このたび,Milos Jenicek教授による『Clinical Case Reporting in Evidence-based Medicine』(Arnold)第2版の邦訳『EBM時代の症例報告』が,西信雄先生,川村孝教授の手によって邦訳,刊行されました。Jenicek教授は,モントリオール大学,マクマスター大,マギル大学というカナダを代表する名門大学で教授を務められた著名な臨床疫学者であり,その前著は『疫学・現代医学の論理』(名古屋大学出版会)として邦訳版も出版され好評を博しています。
 本書は,EBMの到達点を膨大な文献レビューにより鮮やかに俯瞰するとともに,「症例報告」の方法論をとらえなおす視点から果敢な再構成に挑んだ意欲作です。224頁の本書で引用されている文献は,実に500編を超え,臨床試験やメタ分析はもちろん,1人N回試験,対照なしの症例対照研究,質的研究,遺伝子疫学,さらには法廷におけるエビデンスの役割まで言及され,その視野の広さとバランスのよい問題点の整理には,感嘆するばかりです。これまで「症例報告」が,これほど立体的な枠組みの中で記述の対象となったことを寡聞にして知りません。まさに,「宇宙の中にはわれわれだけがいるのではない」(本書44頁)のでしょう。

確実に姿を現しつつあるEBMにおける症例報告

 本書は,すでにEBMを実践し,量的な情報と質的な情報の両方への目配りの大切さを再確認されつつある読者にとって,特に有用と思われます。EBMにおける症例報告という「ミッシング・リンク」は,本書によって確実にその姿を現しつつあるようです。
 以前,訳出に関わったRoseの『予防医学のストラテジー』(医学書院)を手にした時,真に社会の幸福を願う疫学者の志に感銘を受けました。本書もきっと同じように,多くの読者の新しい知識と展望を与えることでしょう。西先生,川村教授にはそのご慧眼のみならず,この密度の濃い著作を訳出するご苦労と,それを超えて本書をわが国に広く紹介されようとしたそのご情熱に改めて敬意を深めております。
 EBMが患者志向の医療を実現する実践的知識,そして知恵の体系として,さらに成熟していくための必読書として本書を推薦する次第です。
A5・頁224 定価(本体3,500円+税)医学書院


胃X線診断学の再構築をめざす最新検査法を開陳

馬場塾の最新胃X線検査法
馬場保昌 編集/佐藤清二,富樫聖子,坂東孝一,松本史樹 執筆

《書 評》新海眞行(半田内科医会名誉会長/新海内科院長)

 上部消化管X線検査に励む医師,放射線技師にとって最良の教科書が,馬場塾の放射線技師の筆により,馬場保昌先生の解説を加えて発行された。

今なお健在なり,胃X線検査

 撮影X線装置の改良と高濃度造影剤の開発によって,微細な粘膜面がコントラストのよい鮮鋭な画像として得られている。二重造影の利点を十分に生かし,体位変換手技を工夫することによって,その欠点とされていた造影剤の付着不良や小腸流出に伴う読影不能領域の増大などの問題が大幅に減少した。ここに,今なお胃X線検査は健在であることを証明してくれた。馬場先生の情熱と地道な努力,弟子の指導は見事であるが,名人芸とか達人として別扱いしてほしくない。
 本書を読み,素直にその指示に従えば,胃X線検査に情熱を持つ医師は,胃X線検査の重要性を納得するはずである。内視鏡のみで胃疾患診断を行なっている医師にとっても一読に値する書である。
 というのも,内視鏡で見逃した症例を知ることによって,X線は内視鏡とともに,胃疾患診断学の車の両輪と,改めて知ることになると思うからである。

内視鏡診断の質的向上につながる新しい胃X線検査法の習熟

 馬場保昌先生の胃X線精密検査の見学に,東海地区からも多くの若い消化器医,放射線技師を送り出してきた。最新胃X線検査法を試みる検診センターも出はじめている。
 発泡剤で胃を膨らませると,数分間胃の蠕動は少なくなり,検査を行なう際に,受診者の緊張をとり,楽に体位変換してもらうのも撮影者の技術である。読影しやすい整ったX線写真を撮影できる検者は,受診者にやさしい会話でリラックスさせ,胃の緊張もとり,決して乱暴な発言はしないものだと見学者は教えられて帰ってくる。
 高濃度低粘度造影剤の開発と撮影装置や機器の改良・開発によって,二重造影法の利点を十分に引き出すことが可能となった。馬場先生が指摘されるように,今後の電子工学技術の進歩と相俟って,消化管X線造影検査の特異性と有用性が,再認識される時代がいずれ訪れるに違いない。胃X線検査を行なう機会もなく,胃疾患診断を内視鏡のみで行なうことになった消化器医も,本書を読み,その指示に従って透視撮影を行なえば,診断力とその視野の幅を広げ,内視鏡診断の質的向上につながる可能性もある。
 胃X線検査診断の上達を望む医師,放射線技師には,本書は必携の書物である。
 読んで理解できないところは,消化管専門医の教えを乞えばいい。私自身も今年3月下旬,中国で消化管診断に関心を持つ医師たちに,早期胃癌のX線診断を講演する機会を得た。本書を中国に紹介できる好機に恵まれ,日中友好に貢献できたと喜んでいる。
 故白壁彦夫先生は,胃X線二重造影法を開発・普及され,熊倉賢二先生による腹臥位二重造影法の完成をみた。昭和40年代に,X線二重造影の全盛期を迎え,その後,X線と内視鏡との共存時代を経て,今日,内視鏡中心の時代が訪れている。胃X線検査と診断読影の質的低下に悩んでいる消化器医や,内視鏡万能と思い込んでいる消化器医に,馬場先生は,新しい胃X線検査法の開発や手技の工夫によるX線二重造影像を本書に紹介し,現状に警鐘を鳴らし,新風を吹き込んでくれた。その勇気と自信に,敬意を表する。

“胃X線診断学は不滅なり”

 故白壁先生は,晩年,全国各地に散在する胃X線検査診断の達人が,天然記念物的存在とならぬように願うと述べておられた。1994(平成6)年夏のことである。
 21世紀に入って,胃X線診断学の再構築をめざす馬場塾の最新胃X線検査法の誕生に,天国から「胃X線診断学は不滅である。馬場保昌君,ありがとう」との白壁彦夫先生の喜びの声が聞こえてくるような気がする。
 今なお胃X線診断を愛し,天然記念物的存在となっていない胃X線診断専門医が指導医となり,全国各地で普及活動を続けていけば,胃X線診断の黄金時代が訪れそうな予感がする。
 本書は,消化器医はもちろんのこと,放射線技師,研修医,医学生にも,ぜひ読んでいただきたい待望の好書である。
B5・頁228 定価(本体4,700円+税)医学書院


「世界の臨床医のバイブル」の名に恥じない名著の改訂

ワシントンマニュアル 第9版
Shubhada N. Ahya,Kellie Flood,Subramanian Paranjothi 編集/高久史麿,和田 攻 監訳

《書 評》寺澤秀一(福井医大教授・救急医学)

 『ワシントンマニュアル』(日本語版)が,改訂された。原著では,第30版である。かつて沖縄県立中部病院の研修開始直前のオリエンテーションで,外科部長から「君たちの部屋には机も本も要らない,ベッドがありさえすればいい」と言われた。われわれは冗談だと思い笑ったが,その医師の目が笑っていないのに気づいて恐怖にも似た不安を感じたのを憶えている。その後の研修は言われたとおり,病院の中の自分の部屋に戻ると,本を読むために机に向かう気力などなく,ただこんこんと眠るだけであった。

研修医のための唯一絶対の必読書-ボロボロになった宝物

 そのような研修医時代に,たった1冊だけ最初から最後まで読んだ本がある。それが『ワシントンマニュアル』であった。当時まだ日本語版が出版されていなかったので,英語力のなかった私には辞書を引きながらの,あたかも暗号解読に近い作業だった。しかし,回診の前に拾い読みするだけでも,スタッフからの質問に答えることができて,誉められることが何回かあり,いつ頃からか患者が入院すると必ず関係する箇所を拾い読みするようになった。気がつくと,どの頁にも線が引かれ,自分なりに書き込みも加わり,汚れてボロボロになっていた。1年間の内科,外科,小児科,産婦人科,麻酔科,救急室のローテーションの後に3年間,内科の各サブスペシャリティをローテーションした。内科の研修医になってから,再度最初から最後まで読み通した。その頃にはボロボロの『ワシントンマニュアル』は,ただ1つの宝物のようになった。
 今回の第9版は,2色刷りで読みやすくなり,私の救急領域でも,新しい心肺蘇生と2次救命処置(ガイドライン2000)の記載は充実しているし,中毒の項では,いつもどおり日本の他の中毒の本より実践的な記載である。やはり,「世界の臨床医のバイブル」の名に恥じないものである。昨年,私どもの医局に入局し,5月から沖縄県立中部病院に研修に行く2年目の研修医に,はなむけとして1冊プレゼントさせていただいた。
A5変・頁840 定価(本体8,000円+税)MEDSi


従来のイメージを脱却した精神科教科書

標準精神医学 第2版
野村総一郎,樋口輝彦 編集

《書 評》山脇成人(広島大教授・神経精神医学)

 医学生の精神医学に対する印象として,「四字熟語の羅列で難解」,「疾患のイメージが湧きにくい」などと聞くことが少なくないが,その原因は学生が使用している教科書にあるように思える。従来の精神医学の教科書は,どれも同じパターンで編集され,ステレオタイプな記述が多く辞書的な印象があり,読んでも退屈という評価のものが多かったからであろう。

編者の熱い思い-新しい企画やアイデアが随所に

 本書は,この退屈なイメージを払拭したいという編者の熱い思いから新しい企画やアイデアが随所に感じられる。その第1は,執筆陣が新進気鋭の教授あるいは研究者の先生方で構成されており,彼らの意気込みと新しい感覚が感じられる点である。第2は,編者が各執筆者に「精神医学はおもしろい」,「精神医学のロマンを語る」というコンセプトを徹底している点であり,読んでいて楽しい。第3は,国際化に対応して,新しい診断基準やEBMの概念を導入しており,医学生だけでなく研修医や医師の生涯学習にも十分役立つ内容にもなっている。
 また,本書は学生が理解しやすいようにいくつかの配慮がされている。これは,各章の冒頭に「学習目標」を掲げ,その章で何を学ぶべきかを整理できるようにオリエンテーションがなされ,また終わりに「重要事項のまとめ」としてポイントが整理されている点である。これは学生が試験前などに整理するのに大変役立ち,国家試験対策にも十分利用できる,学生の立場になった企画である。国試対策として大学受験と同じような浅薄な国試対策用テキストで学習している学生をよく見かけるが,本書は精神医学の基本と最新情報を織り込みながらも,従来の退屈で堅苦しい精神医学の教科書から脱却し,学生にとって「おもしろい」,「楽しい」編集がなされ,かつ国試対策にも対応できるようにきめ細かく工夫されているので,利用価値は高い。

卒後も手放したくない魅力

 また,これまでの教科書にはなかった企画として,巻末に「プライマリケアのための精神医学」と題して,精神科以外に進路を選択する医学生が,卒業後に精神医学的な問題に直面した時にも役立つように編集されている点は心憎い。つまり,卒業するとお払い箱になるのが教科書の運命であるが,本書は卒後も手放したくない魅力が盛り込まれている。
 最後に編者への注文であるが,精神医学への社会的要請は今後増加し,多様化する一方であり,また脳科学の進歩によりその病態解明や治療法も日進月歩である。したがって,本書は教科書ではあるが,常に最新の情報を掲載すべく,適当な間隔で改訂をしていただきたい。
B5・頁504 定価(本体6,500円+税)医学書院


感動的な新しいハーバード医学教育の体験記

ハーバードの医師づくり
最高の医療はこうして生まれる

田中まゆみ 著

《書 評》鈴木荘一(日本プライマリ・ケア学会副会長/鈴木内科医院)

 「ハーバード」という名は,日本人医師にとって,やはり眩しい存在である。本書の著者は,『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院)の著者・李啓充氏の夫人(何と3児の母である)である。「外国人研究者の配偶者のための英語教室」から入り,臨床を学びたいという熱意から特別医学生となり,ハーバードの医師教育を身を持って体験した感動的かつ客観的な物語である。
 私たちもプライマリ・ケア学会研修旅行(1979年)にて同大学を訪問したことはあるが,「ハーバード大学付属病院」なるものは存在しない。ハーバード大医学部のクリニカル・クラークシップは,提携教育病院(1979年当時,3つの提携病院があって,私たちは,ベスイスラエル病院を訪問見学した)で行なわれている。

医学教育改革の成果-ニューパスウェイの生の体験記録

 ここに書かれたのは,ハーバード大学が1987年より導入した新しい医師養成教育,ニューパスウェイの生の体験記録である。
 その教育改革の基礎には,「教えることは,自ら学ぶことである」という伝統的なすばらしい哲学と慣習があるように思える。チームリーダーは,ジュニアまたはシニアレジデントであるが,その上に,フェローそして部長または,助教授,教授がいる。さらに田中氏がいたマサチューセッツ総合病院(MGH)には,開業医グループも年1か月研修医教育に参加しているという。米国の開業医には,医学の後輩には無料で教えるという思想があるようだ。
 さて,「ニューパスウェイ」では,「医師-患者関係の重視」を教育の重点項目にあげている。その著書からハーバード大の教育改革の重要な目玉20項目抜粋してみた。
 (1)自己紹介の徹底,(2)診察前後の手洗い,(3)患者診察時のマナー,(4)医学用語のわかりやすい説明,(5)Non-Judgementalな態度,(6)患者質問に対する誠実な回答,(7)マナーも治療行為,(8)Common things are common,(9)インフォームド・コンセントとは「医療の主体者である患者が公正な判断ができるように情報公開すること」,(10)First, do no harm,(11)わからない時は,I don't know,(12)透明性確保と検証責任,(13)読めるカルテ記述法,(14)同じカルテに医師記録と看護記録を書く,(15)パーム型コンピュータの普及予測,(16)個人情報保護,(17)M&M(死亡後症例検討会),(18)OSCE(客観的臨床能力試験)の大いなる価値,(19)OSCE試験官(開業医ボランティアの登用),(20)新しい外来診療教育改革。

すぐれた臨床研修・医学教育を実現するには何が必要か

 最後に,外来・予防医学部門スザンヌ・フレッチャー,ロバート・フレッチャー両教授とのインタビューと対談で将来の外来診療教育カリキュラム改革について語り,あとがきで述べる言葉には,少なからず診療所の卒前医学教育に参加してきた筆者も大いに同感共鳴したので,ここに紹介したい。
 「世界に誇れる国民皆保険制のもと,世界一の長寿と新生児死亡率を驚異的短期間で達成した日本,優秀で勤勉な人材の宝庫である日本で,どうして臨床医学教育だけが,傲慢で基礎研究一辺倒の患者軽視のエリート医師,基礎的な鑑別診断もろくにできない医師を再生産し続けるのか。おりしも,熱心な医学部教官や医学生,そして世論の力で,クリニカル・クラークシップや,OSCE導入へと,医学部における臨床教育は大きく変わろうとしている」
 卒後臨床研修必修化は,2004(平成16)年4月から始まる。国として研修医手当てを出すことはもちろんだが,研修医も,研修指導の立場に立たれる方にも,すぐれた臨床研修・医学教育を実現するには何が必要かを考えていただきたく,本書を推薦したい。
四六判・頁240 定価(本体1,800円+税)医学書院


自律神経の病態と循環器疾患の関係を追究した好書

循環器疾患と自律神経機能 第2版
井上 博 編集

《書 評》春見建一(昭和大藤が丘病院客員教授・循環器内科学)

世に受け入れられた初版

 富山医科薬科大学の井上博教授の編集による『循環器疾患と自律神経機能』の第2版が医学書院から出版された。初版が出版されたのが1996年であるから,わずかの間に在庫がなくなり改訂版を出すことになったということで,本書の初版がいかに世に受け入れられ重要視されたかの証しであろう。
 井上教授は,Zipes教授(インディアナ大)の下に留学され,1988年にKulbertusの『Neurocardiology』(Futura)の成書の中にZipes,Inoueの連名で「Autonomic neural control of cardiac excitable properties」を書いておられる。Zipes教授は,現在ACC(American College of Cardiology)の会長で世界の循環器学をリードしている循環器学者であり,本邦にも何回か諸学会に招待されて来日されている。彼はまた迷走神経支配が,心室に及んでいることを証明したことでも知られている。その彼が,井上教授と連名でレビューを書いたということは,井上教授がいかに高くZipes教授に評価されていたかを物語るものであり,本書の編集者として井上教授は,最も適している学者と言えよう。

新しい知見も加え,面目を一新

 第2版は,80頁も増加し多くの新しい知見が各章に加えられ,「MIBGイメージング」の章が新たに加えられた。文献も1999年までのものが所載されており,面目を一新したと言えよう。
 本書は,元来井上教授の同門,また同学の方々を筆者に選んでおられ,井上教授の目が十分届いている編集になっていると思える。井上教授が表題どおりの「緒言」と「総論」における「自律神経の電気生理作用」を担当,本書の全体の構成は「総論」と,各種病態と自律神経と題した「各論」とからなる。
 「総論」では,「自律神経系による循環調節」,「心拍変動による自律神経機能解析」,「MIBG」について各著者が得意とする部門を担当し,「各論」では,「冠動脈疾患」,「心不全」,「徐脈」,「上室性,心室性不整脈」,「失神」,「高血圧」など自律神経と関連のある疾患が神経調節の立場から詳しく述べられている。
 自律神経と循環器疾患の関係を追究しようとされる方々,特に心拍変動から自律神経の病態の分析を試みられる方,心不全,不整脈,高血圧などの病態と自律神経の関連を研究しようとされる方など,この方面に関心を持ち,これから研究を始めようとされる方は,まず本書を一読されることをお勧めする。その上で,各自の研究がどの位置にあるかを把握してから研究をスタートするのがよいであろうと思う。
B5・頁312 定価(本体8,200円+税)医学書院