医学界新聞

 

〔投稿〕

総合診療 VS. 家庭医療-ある学生たちの会話より

佐野 潔(ミシガン大学医学部・家庭医学科)


登場人物
学生A:総合診療の病院勤務医志望
学生B:総合診療か家庭医療を学んで診療所勤務志望
学生C:家庭医として研修後開業を考えている

総合診療医っていうのは……

:なあ,卒後の研修先決まってんだろ。どこ行くんだ?
:もうすぐスーパーローテート方式が始まるだろ。だから今のうちに総合診療やってるいい研修病院に入っとかないと,そのうち人気が出てきたら入れなくなると思って○○病院の総合診療内科にしたんだ。研修病院としてはまあまあだよ,あそこは。
:それでおまえ,将来総合診療医になる気か? でも病院勤務医希望だろ? じゃあ,結局は内科医か?
:おまえ何にもわかってないんだなあ。総合診療医ってのは内科だけじゃなくって小外科や皮膚科,心療内科的なこともやるんだぜ。普通の内科医みたいに自分の得意な分野だけやって,後は他科へ紹介するというような専門馬鹿じゃあないんだ。膠原病,ガン末期,心身症なんてのは一番得意なんだ。
:おい,なんかどっかの本に書いてあったような建前論を言うなよ……。俺は勤務医もいいけど,ある程度お金を貯めて,40歳前くらいに診療所とかで開業したいんだ。だからその時に役に立つように幅広く研修しておきたいんだ。やっぱり医療はいつかは地域に出て,現場の第一線でやらなきゃあ生きがいがないような気がするんだ。C君,おまえも開業考えてんだろ?

家庭医療って開業医向けの総合診療?

:ああ,俺どうしても親父の後を継がなきゃならないし,どうせ開業するなら最初っから家庭医療とかいう開業医向けの,なんだか知らないけど,そんな総合診療を研修しようと思ってんだ。それで,できれば小児科やお産はいらないと思うけど,婦人科,ちょっとした外科,その他もちゃんと身につけておきたいんだけどな。でも問題は,そんな研修どこでやってる? そこなんだよ。
:何言ってんだよ。そんなのスーパーロテートすれば,その程度なら何でもできるようになるよ。その後,大学で総合診療やって,うまくいけば学位も取れるかも。そうしたら俺なんか地方の研修病院行って総合診療部長くらいで勤務医やってくんだけどな。開業なんて大変だぜ。
:おまえはいいよな,継ぐものなくって。
:ちょっと待てよ。スーパーローテートとか大学の総合診療とかだけで本当に家庭医とかいうものになれんのか。おまえ大学の総合診療って,何やってるか知ってんのか?うちの大学見てみろよ。ICUの助教授だった××先生が部長になって実際の診療は各科からの応援だろ。教育といったって,学生の診察の講義とOSCE使って簡単に診察の仕方習うだけで,外来でいろんな病気みたり,病歴とりや診察したりなんかまったくないじゃないか。
 研修医なんかいないし,入局すると関連病院回されて,ローテーターだからお客さん扱いされるだけでやっと慣れた頃に次の病院だろ。まともな研修などやってなんかいないのが正直言って現状だぜ。
:おい,ずいぶん批判的だな……。うちの大学はだめだけど△△大学の総合診療科なんかじゃ「総合する専門医」を育てるということで,学生教育をかなりやってるという話だし,ああいったところに入ったらいいんだよ。

家庭医療? それとも総合診療?

:でも俺,どうも家庭医療というものと,総合診療というものがどこかずれているような気がしてならないんだ。総合診療って何だかわかるような気はするけど,どうも内科中心みたいで,小児科や婦人科なんかどうしてるんだろう。結局は診察せず他科紹介か? それじゃあ開業しても困るような気がするんだ。
 それに比べ,アメリカやイギリス,オーストラリアなんかの家庭医は,子どもはもちろん,婦人科,整形,精神科,お産なんかも1人でやっちゃうんだろ。スーパーマンみたいだよな。俺あんなこと田舎でやってみたいんだ。どうも総合診療ってやつは診療が中途半端な広さで深さも薄っぺら過ぎるような気がしてならないんだけどなあ。そりゃあ,患者とコミュニケーションとって全身見てますって言うけど,病院医療でどこまで深くかかわって継続医療できてるか,ちょっと不安だよな,本当に。
:なるほど。言われてみれば,俺もそう思ってたんだ。今の日本のどこの総合診療科とってみても,学生教育じゃなくって卒後研修として全科回って外来医療をしっかり研修させている病院なんかないよなあ。
:そうなんだよな。実は俺もそれだけが不安なんだ。実際,俺も将来開業も考えてないわけじゃあないんだ。そうすると入院治療ばかりやってても,将来必要で重要な外来医療は誰にも教えてもらえないし,経験もしないまま研修おしまいってことになっちゃいそうだし。スーパーロテートで小児科回っても,ときどき肺炎なんかあるけど,白血病と腎炎,ネフローゼなんかを何か月も診ていて「何が総合診療小児科研修だ」なんて思うこともあるんだ。
:そうすると総合診療って何なんだい?いいとこ一般内科か? 総合診療医学会とかいうのもあるけど,プログラム見ると“医療決断学”とか“EBM”とか“在宅老人医療”とか“終末医療”とか,総合内科医と言ったほうが当たってるような気がしたよ。
:これはね,どうも内科の一分野しかやってこなかった先生たちが話をするんで,どうしても内科の枠を越えるという発想がないんだろうな。

日本の開業医療の限界

:開業医の先生たちの話を聞いてると,うつ病診たり,皮膚病診たり,小児診たり,傷縫ったりしてるわけで,これも総合診療なんだろ。それとも家庭医療か?
:海外には総合診療なんて名前どこにもなくって,日本のそれに一番近いのは総合内科,一般内科なんだよな。また開業医の先生のやっているのは家庭医とか,GP(一般医というより全科医)に相当するみたいなんだ。じゃあ日本の開業医が海外のそういった家庭医と同じことをやっているかというと,産婦人科は診ないとか,耳鼻科はわからないとか,うつ病の薬なんかわからないとか,女性の検診,小児検診,骨折のケアはしていないとか,なんというか,とても中途半端そのものなんだ。情けないったらありゃしない。
:日本の開業医療は,事情があってそうなんだから仕方ないよ。昔からそんな教育受けてきたわけでもないし,専門医指向の強い国だもの。国民皆保険で医者がみんな一律にされ,一般医,専門医も勝手な標榜制で何をもって専門医というのか不明確だし,患者さんのアクセスとかに制限がないことも問題なんだよ。
:そうだな。

俺たちがなんとかしなきゃ

:なんだよ,そんなとこで妥協屈服しておしまいか? どうにかしなきゃ将来暗いぜ。俺たちが何とかしなきゃ。
 まあ,1つはアメリカか,カナダでも行って本当の専門医としての家庭医療を身につけて日本に持ち帰って,現場で身をもって一般大衆に家庭医療のよさをアッピールすることだな。大学なんかに戻って高いところから「家庭医療とは」なんて言ったって誰もついてはこないよ。自分で身をもって実践して初めて認められるもんだよ。そうすればどっかの国であったように国民の声が集約して国を動かすことになるんだろ,きっと。そんなかたちで,アメリカでは家庭医療が発展してきたんだろ,確か……。何とかレポートとか言うやつ……何だったけ。とにかくおまえたち開業医志望だろ,しっかりしろよ。
:そう言えばこの間,アメリカ帰りの先生が言ってたなあ。日本で家庭医療を起こそうと思ったら,学生に正しいことを教えることからはじめるといいって。今のほとんどの総合診療科とかにいるスタッフや教授とかでさえも,家庭医療どころか総合診療さえ何だか定義できないまま,自分なりの勝手な解釈でやってるって言ってたよ。まさにそんな感じがするよ。いまどきは学生のほうが海外見学なんかしてくるからスタッフなんかよりよっぽど海外の家庭医療に通じていたりして……。
 そのへんの学生の研修に対する要求を,1つのパワーとして全国的に結集することも日本の家庭医療とかの発展に大きな影響を及ぼすかもな。
A・B:おまえいいこと言うなあ。

<あと書き>

 総合診療,家庭医療,めざす方向は同じである。総合診療,何を総合するのか明確にする必要がある。分化した臓器医療を総合・調整するのか,患者の心と体の問題をホリスティックに診るという総合なのか,それともこれらすべてを総合するものなのか???
 海外(北米,豪州,欧州,アジア)においてはこれらすべてを包括するものを家庭医と呼んでいる。この観点から言うと総合医の究極は専門医としての家庭医ということになる。したがって,もし総合医という言葉を使うのなら,この点をはっきりさせた上で,わが国の総合医を定義してほしい。
 「わが国の現状(これが問題)に合った」,「日本に最も合った」,「日本に一番ふさわしい」,という保守性のオブラートに包まれた言い方にごまかされ,日本だけ世界とずれた概念の家庭医を養成するわけにはいかない。もし世界と共通するものをめざすのならば,それは「家庭医」と呼ぼうではないか。そして世界中の家庭医たちがめざし行なっている医療,グローバルスタンダードに基づいた家庭医療を,日本でもめざそうではないか。

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